自由すぎる画家の話   作:カーネーション

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奇妙な幼子

「ねぇスケッチさせてー!!」

「ン」

「あっちょっと動かないでよ!」

スケッチブックを片手に、忙しなく動き回る幼子。

やんややんやと騒ぐちんまいのを横目に、ミホークはため息をついた。

 

実のところ、ミホークはこの幼子と初対面ではない。

彼女は彼の知り合いの娘である。

名前はリラ。現在7歳で、好奇心旺盛。

それ以外のことを彼はよく知らない。なぜなら、直接話をしたりということは無く、知っていることといえば、彼女の父親から聞いた自慢話の内容、そして常に持ち歩いているスケッチブックの一部のみであったからだ。

『少し奇妙だが、見事な絵を描く娘』

それが、リラが城に来るまでのミホークが彼女に抱いていた第一印象だったのである。

 

しかし、実際関わってみたことで、彼はこれに修正を加えることになる。

 

『少し』ではなく、『すこぶる、非常に、仕方のないほど』彼女は奇妙だった。

 

「たかのめさんたかのめさん、見てみて!」

「なんだ」

「このヘビすっごくキレー!」

「返してこい」

 

「ねぇねぇたかのめさん」

「なんだ」

「うさぎさん!なんか毛が真っ青でかわいいー!」

「返してこい」

 

「たかのめさん!」

「……今度はなんだ」

「キッキちゃんたちからお花もらった!かざっていー?」

「下に行って右の部屋に花瓶がある。」

「はーい!」

「割らんように……待て、それはトリカブトだ」

 

「ねぇたかのめさん!」

「たかのめさんこっち!」

「たかのめさんあれなぁに!」

(……ああ、これではまったく)

 

煩くてかなわん。

ワイングラスを机に置いて、どさり椅子に背をもたれて重たく息を吐く。

 

齢にして7つの童女が回復してからのこと。ぐったりしていた頃が嘘みたく、彼女は嵐のように、とにかくメチャクチャ忙しなかった。

しかも、獲物を見つけはしゃぐ子猫のように、ダッと走ってなんでもかんでも持って帰ってくるのがこれまた面倒臭い。

そこいらに生えていた花、紫の頭から尾まで2メートルはある眠っている鳥、落ちていたよく分からない模様の壺の欠片、エトセトラ……。

ミホークが「返してこい」と言うとすんなり返しにいくので対処自体には問題ない。だが、如何せん回数が多く、煩い。それが悩みのタネであった。

ミホークは怒るのを忘れ、ただ困惑していた。彼にはリラが人間と言うよりかは得体の知れない者、若しくは小動物のように見えていたし、幼児に自分から関わるという機会が無かったのだから、マァ仕方の無いことだった。

 

これも、アイツがこちらに来るまでの辛抱だ。

くるりと落ち着かない様子でワイングラスを手の内で回しながら、眉にグッと皺を寄せて目をつぶるのだった。

 

しかし、騒がしいリラでも唯一静かになるタイミングがあった。

 

絵を描く瞬間だ。

 

「ねぇ、スケッチさせて〜」

「……あぁ」

「やったー!」

 

キャー、とウサギのような声を上げて、相変わらず元気な様子でリラは大手を上げて喜ぶ。

新聞を読むミホークの左に椅子をなんとか引こずってちょこんと座り、スケッチブックを手早く捲り、左の手に芯が長く出された鉛筆を握らせ、目を閉じる。

 

「スゥ」

 

軽く息を吸って、パッと目を開く。

 

すると彼女は一瞬にして、齢七つの『幼子』の顔から『画家』の顔になるのだ。

リラは彼の顔の輪郭に目を滑らせて、記事に目を落とす瞳の形に瞼に閉じ込められた球体を見る。次に耳の形を頭の中で分解して、髪の形を立体的に想像して。

そして、スケッチブックの中の空間に彼の実像を落とし込み、切り取るようにして線を引いた。

 

殆どの場合、スケッチというのは全体のシルエットをとってから輪郭、細部へといくものであるが、リラはそういう決まった『描き方』というものを学んだことがないし、経験が浅いため持ったこともない。

 

故に、自由。描きたいところから描く。

 

まず目を描き、眉、鼻、口といってその後顔の輪郭を引く。そして次に腕をすっ飛ばして新聞を描き、そして手、腕、肩を描いてそれを頭を首で繋げる。

もちろん素体を描いてからシャツを描くなんてこともせず、迷わず空白ド真ん中にシワを描きいれる。そうやって形を完成させるのだ。

 

一心不乱に生み出されるその調べに躊躇は存在しない。筆運びも形式じみたものではないし、まだ無駄も多いけれど、その一つ一つが清々しい。シュッ、シュッと黒鉛の先が紙の上でワルツを踊っているようだ。

リラはマッタク別人になった様で、表情に先程までの無邪気な笑みは無く、口はピッタリ真一文字に閉じ、いつものおしゃべりな彼女はどこへやら。目は小刻みにパースとパース、線と線の間を振り子時計のように忙しなくカチカチ動いている。所作自体はなんとも無機質な様相だ。

 

しかしながら、チラッとその顔を見たミホークは、そこに機械的な『無』を見出すことは無かった。

真っ直ぐな眼差しに有るのは『無』心。『無』我夢中。

普段通り開かれているにも関わらず、絵を描く彼女の瞳が、炎天下のブラックスピネルのように、あまりにもギラギラしていたのだから。

 

「……」

 

瞬きした瞼の裏にチラついたのは、視界に映える鮮烈な色。迸る閃光、血の匂い。目の合ったソイツも、やはり彼女と同じギラギラの瞳をしていて。

ミホークは薄く口を開く。

アァ、やはり

 

「似ている」

「……ン、なに」

スケッチの手を休めることなくリラは問う。平坦。かつ無機質で、ボソッとした声色だった。

 

あ。

 

と心の中で零して、ミホークは初めて無意識に言葉が出てしまったことに気がついた。思わず彼はぼうっとしてたのから覚めた。そして何か言おうと口を開いた。

「いや…なんでもない事だ。」

しかし、少し視線を惑わせ指をサワサワ遊ばせるだけで、代わりに沈黙を置いて目を閉じたのだった。

「そう。……ちょっとだけ口とじて、目もあけてて。……ウン、そう、そう……オッケーもうだいじょぶ」

そんな彼の様子を気にすることく、またボソボソッとリラは言葉を連ねて言った。

彼女は顔を上げてミホークを見ていたが、彼のカタチに目を配るだけで、会話を行う相手として見ていなかった。受け答えでも視線の動きを一切ブレさせることなく、耳から入った声を脳の表面にチロッとしか通さず殆ど脊髄で物を言っていて、鉛筆の先を紙に付ければもうやったことすら覚えていない。

目で感じるもの全てを写しとらんとすれば、耳に入る音は右から左へ。指先の躍動に神経を尖らせれば、言葉なんてものは脳から消えていく。体を巡る血の勢いに身を任せ、鉛筆を走らせる。

 

彼女はとっくにまわりが見えていなかった。

 

横髪が前に垂れてくるのを耳にかけ、首にじわじわ浮かぶ汗を、肩を回して襟でぐいと拭き取る。紙面に練り消しを転がして形を整えて、またその上を鉛筆の先でカリカリ引っ掻く。

 

数秒の間停止して、ミホークもまた自然と新聞へ目を落とした。

『超巨大造船企業 発足‼-水の都七社 まさかの統合-』

『南の海の大国グレマティア、独裁政権崩壊 』

『偉大なる航路リンデル島周辺に海王類の大規模な群れ確認 未だ原因不明』

重要な部分に目を通した後、現在の海賊の情報を確認をする。

しかし、目的となる新たな強者は今のところいないらしく、仕方ない。と先程読んだ部分以外の場所も読み始める。

 

ここから動いてはならない。そう思えば彼にはそれしか選択肢が無かった。

リラにスケッチされてる時の彼はいつもそうで、腕の位置も、足も、動作に関係するもの以外指示されない限り無意識に動かせないようになってしまう。

否、受動的というよりかは、能動的にやめてしまうのだから、『動かそうという気が失せてしまう』という方が正しいだろう。

 

何にしても彼は、この場を支配する彼女の()()()()()()()に、知らぬ内に呑まれていた。

 

雲間から朝日が覗き、窓の向こうでさやかに鳥が鳴いている。

静寂に、鉛筆の音と紙の擦れる音だけが響く。

 

「フウゥゥゥゥゥゥ」

 

幾ら経った頃だろうか。突然の長い吐息に目を向ければ、リラは肩をだらりとさせたまま、目をつぶって顔を上に向けさせ、バチンと両手で頬を叩いてパッと目を開く。

「ッシ!」

そして、またいつもの太陽のような笑顔に戻った。

 

サラサラっと日付とサインを記入して、鉛筆と練り消しをテーブルに置いて。グッと細い両腕を伸ばしてスケッチブックを掲げて、真っ直ぐな眼差しで作品を眺める。

「ンー……ン、いい感じ」

 

満足そうに頷いて、カラッとした笑顔で今度はスケッチブックをミホークへグッと突き出す。

 

「ネ、ど?」

 

描かれていたのは、新聞を読むミホークだ。

主線はザクザクと真っ直ぐな線を何遍も重ねて出来ており、面の影の斜線が、印象としては柔らかいながらも立体感をパキッと出している。

髪やズボンなど、黒い部分は軽やかにサラサラ塗りつぶされてはいるが、それによって勢いや取っ掛りが出来、目の面白みが生まれている。ベタ塗りや影をキチッとつけるよりも重た過ぎない、走り書きの軽やかな筆跡。それもあって、普段の彼とは違い些か間延びしたような印象を受ける。

つらつらと視線を流して読んでいる途中のようで、閉じられた口元、鋭い目にも、彼特有のシンとした緊張感は見られない。

 

目新しいことが無かったのか、記事がつまらなかったのか

あるいは、あるいは。

黒い線で縁取られた瞳の閉じ加減だけで、そんな想像が見る人間の中で掻き立てられる。

 

退屈で気の抜ける日常。

それを切り取ったような一枚だ。

「……」

そう、退屈さを描いているはずなのだ。

しかし、何故だろうか。彼がここ数日何度も彼女のスケッチ、それも何枚か自分が描かれているのを見ているのに、駆け巡り伝わってくる絵に込められた気迫や想いが己の中に色褪せることなく伝わってくるのを感じるのは。

 

この絵の中の世界に、視線が吸い込まれてならないのは何故なのだろう。

 

「……」

 

答えが彼の中で見つかることはなかった。

ただ刹那の間、何も分からないまま絵に思考を奪われるだけだった。

 

「……ウム」

数秒動きを止めてふいと目を逸らし、やっとその音を発した。

ぶっきらぼうに聞こえる反応に、幼子はきょとんと目を開いたあと、弾けるように笑む。

「シシシシッ、やったー!」

よく見れば、彼の目元は僅かにゆるくなっている。

つまりこの反応は、「良い」ということなのだから。

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