自由すぎる画家の話   作:カーネーション

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過去回想です
捏造過多ですのでご注意を


出会い

剣や銃の代わりに筆を、盾の代わりにパレットを。

海賊のもとで育ったリラは、冒険、闘争、宴とかよりも、絵を描くのがなによりも好きな子供だった。

その没頭具合も異常なほどで、ひとたび鉛筆を握ればなんでもスケッチしなければ気がすまず、ようやく離したかと思えばキャンバスを取り出し部屋に引きこもり、声をかけなければ飲まず食わずで一日中作品を作り続けてしまう。

 

船を降りれば、興味を引くものに一直線に走り出して必ず迷子になる。そうなると船員たちは大慌てで、すぐ見つかって副船長に説教を食らってもえへへと笑うばかり。時々、大笑いする父親も隣で一緒に怒られている。

 

酒場に連れていけば隅に座ってスケッチに没頭したり、人々に頼み込んで顔をデッサンしたり。

もっとも、その没頭加減に拍車をかけているのはその父親で、真っ先に作品を見せられれば褒め、スケッチをして回っていることの熱心さに感心しても止めることは無かった。

もちろん危険な目に合えばそのたびに叱っている。

マァ、彼女はそのときはシュンとした態度をとるが、時間がたてばそんなことはなかったかのように振る舞っているまでがワンセットである。

 

そんな彼女にミホークが初めて会ったのは、彼が31のときだった。

 

その日、彼はまだ片腕を失っていない幼子の父親―シャンクスと決闘していた。

剣を振る余波で天が割れ、覇王色の覇気が落雷が如き轟音を響かせ、それを斬撃で霧散させて。近くの海は荒れと凪を繰り返し、周囲の空は大雨、快晴、大雨と瞬く間に変わっていく。轟く雷の音の中ではっきりと聞こえる金属音。

かちあう双眸はギラつき、両者その死と隣り合わせの戦いに恐怖を感じることなく、決して油断と隙を与えぬように足の指先の神経まで尖らせて。

ただ、眼前にて剣を振る強者との死合いに心躍らせ、ぎっと獰猛に笑っていた。神話に伝わる神々の戦いのごとき光景は、まさに伝説と呼ぶにふさわしい。

誰もが興奮で意識が白くなり、その戦いに目が離せないでいた。

当時四歳だったリラはもまた、キラキラした目で決闘を見ている者の一人だ。

きれいだな。

己の父親の戦いや飛び交う殺気を恐れるよりも、次々と交わる剣技の美しさと力強さに見惚れ、二人の決闘を見ながら夢中になって筆を動かしたい衝動の方が勝っていた。双眼鏡を覗いては筆を走らせる。

たりない。たりない。もっと。もっと!

一挙一動を見逃さぬように食いつきながら描く彼女の瞳には、周囲の荒れ狂う天候さえも彼らの戦いの演出道具程度にしか見えていない。次へ次へ描く彼女の瞳には、いつしか笑みが浮かんでいた。

 

 

あっというまに時間が経ち、結果はまた引き分け。

 

それは同時に、宴が始まりを告げる号令だった。

 

「お父さん!」

 

酒を飲む二人の許へ近づくててててっという足音。声につられて振り向いたシャンクスは、にっかりと笑みを一層深める。

「おうリラ!こっちだこっち」

呼ばれた声に反応して、彼女は少々疲れた様子でよろけながら向かう。その姿にシャンクスは疑問符を浮かべた。

千鳥足のままリラはスケッチブックをシャンクスに渡す。そしておもむろに胡座をかく足の上にちょこんと座ったかと思うと、ぐでんと倒れた。

「あっおい!……さてはお前まァた寝なかったな?」

「ウムム……ごめんなしゃい……」

口ではそう言ってもにへらと笑っている。彼女の脳みその約9割は睡眠欲になっていたからだ。

すぴすぴ鼻を鳴らして心地よさそうに眠る幼子にシャンクスは少し顔を顰めた。

「ったくしょうがねぇな……」

口ではそう言いながらも、彼は優しい手つきでリラの頭をよしよしと撫でる。マ流石にちょっとイラっときたらしく、強めに頬をつついてあそび始めた。

「…その幼子が件の娘か?」

「そうだ!かわいいだろぉ〜」

「……相変わらず子煩悩な男だ。」

「ハハハッ!違いねぇ!」

カラカラと彼は快活に笑う。いつもよりも大分控えめな声だ。ミホークはそれを半ば呆れたような目で見て、ビールを1口あおった。とても先程まで死闘を繰り広げていた相手とはとても思えない変わりようだ。

自慢げな顔でシャンクスは続ける。

「それだけじゃねぇ。こいつは滅茶苦茶絵が上手いんだ!」

「……」

「おいおいそんな目で見んなって。これは俺の贔屓目なんかじゃねぇよ。」

「どうだか」

ここ最近何回も聞かされている自慢に加えられればなかなかに信憑性がない言葉だ。

どうもこの男、子供と宴のことになるとミホークとの関係を忘れている節があるようで、前回も嫌になるほど絡まれた。やれ「かわいい」だ「天才だ」の。

鬱陶しいことこの上ない。1度首を撥ねてやろうか。となった覚えがある。

だからとる行動はひとつ。彼は一瞥することも話を展開する訳でもなく(いつものことではあるが)、酒を飲み続けた。

「あっオイ」

むっとしたシャンクスは、リラに渡されたスケッチブックをペラペラとめくる。

「見てろよぉ?えっと………ッ!!これは…………………ハハッすげぇなァ…」

長い沈黙の後、息を呑む音に思わずこぼれた笑い声。キラリと光った黒曜石の瞳は娘の絵を微笑ましく見るようなものではなく、どこか真剣で、感嘆を含んだ眼差しだ。

少し興味が湧いた。この男をそこまで感動させる幼子の絵とは一体どういったものなのか。マ、子供の描くものなどたかが知れてると分かってはいるが

ミホークは、静かにビールジョッキを置いた。

シャンクスはニヤリと悪戯っぽく笑う。

 

「お前も見てみろよ。きっとたまげるぜ。ほら」

スケッチブックをばっと広げて見せつける。

「八……」

そこに目をやったミホークは、その鋭い目を大きく見開いた。

 

 

二人の男が鉛筆で描かれている。手前にいる一人はこの男で、奥にいるもう一人は…ミホークだろうか。片方は西洋刀、片方は黒刀を振るって戦っている。あぁ、先程の戦いの場面だと彼はすぐに確信した。

書き殴ったのか、躍動感のある荒々しいタッチの線だが、二人がどんな服装で、どんな動きをしているのかハッキリと分かる。

もう一度全体を見たその時。ふと、戦いの時肌をひりつかせた殺気と息の詰まりそうなほど濃密な覇気を感じた気がした。

(ア……)

剣の感触、薄ら聞こえた荒れた空の音と風にまじる潮と鉄錆の臭い。死合いに歓喜する己の感情。一瞬に感じた全ての感覚が鮮明に蘇る。長いストロークで描き殴られた剣の軌跡に、踊るようなタッチの足運びに、あるいは不敵に笑っているお互いの簡潔かつ繊細な表情描写からだろうか。

息を呑む。

写実的とも言える臨場感と緊張感に、思わず瞬きすらも忘れて魅入られてしまう。どんどん絵の中に感情が入り込んでしまう。

込められた荒々しく激しい感情に胸が潰れるような思いだ。だというのに、何故だろうか

 

「…」

アァ、綺麗だ。

はっきりと、そう思えてしまう魅力がこの絵にはあるのだ。どうしても目を離せず、その世界に呑み込まれてしまうような恐ろしく、清々しい魅力が。

「な、すげーだろ?」

ウチのちいさな画家サマの絵は。快活な声に、吸い込まれていた意識が引き戻された。

スケッチブックの後ろでニヤニヤと笑うその男を、いつもだったら睨みつけているだろう。だが、ミホークの心には声を聞いてイラつくほどの余裕も無かった。大部分が絵の感動に向いているため、外の事に気を向ける選択肢がないのだ。今なら海軍大佐レベルの殺気なら向けられたとしても見続けられるかもしれない。東の海でもこんなに無警戒になった覚えはないのではなかろうか。

何も考えず。ウン、きれいだ。と返事をして、スっと目を細める。

「…」

エラく素直だな。そう思って、静かに口を閉じて、シャンクスは手を引き戻し、スケッチブックを開き直す。

隣にミホークが座ったのを見て、自分から横に半ば差し出して見せる。シワを作らぬようそっと指を添え、ペラリと捲る。

「……こいつには、あン時の俺たちがこんな風に見えてたんだなァ……」

「……見事だ」

「なぁ…………これすげぇな」

「ああ……」

ペラリ、ペラリとページが捲られていくのをミホークはボーッと見ていた。1ページまるまると描かれた絵はどれもヤッと声を上げてしまいそうな見応えがあり、時折走り書きのように描かれている足や手にさえ自然と目でなぞってしまうほど力強い美しさがある。

これはあのとき良い一手が打てたと確信した時。これはあの闘志やどる目に心が踊った時だったか。そしてこれは……

 

「…あっ終わりか」

「……」

そうして夢中に見ていたら、あっけなく終わってしまった。ミホークはもう一度見たいと手を伸ばしそうになり、やめた。ここでまた見れば興が冷めてしまうと、なんとなく思ったからだ。

何事も無かったかのように行き場のない手をジョッキの取っ手に突っ込む。しかしまァ、飲もうという気分はさらさら起きず、閉口した。

一方シャンクスは忙しなく取っ手の持ち方を変え、目をパチクリさせて何も喋らない。雰囲気が重たいから。とかそういう気まずい理由ではない。

祭りのスグ後のように興奮が冷めない。しかしくっちゃべるでもなく黙っていたい。そんな気分なのだ。

 

周りの喧騒が鼓膜に張り付くように聞こえる。数十秒もの間、2人は凪の海に揺られるような心地の良い余韻に浸っていた。

「なぁ赤髪」

「ン」

「何故……」

「ン?」

「何故その娘は恐れよりも絵に執着する。」

見てみれば、彼の目は自分ではなく遠い水平線を望んでいる。

「…………さあなぁ……」

シャンクスもまた海の向こうを見つめる。寝ぼけた子犬のようなどうもパッとしない顔でボーッとリラの髪を指で混ぜ、クアっと欠伸をひとつする。

気づいた周りの船員たちが、お頭の様子がおかしいと笑うでもなくヒソヒソ話し始める。

「どうしたんだろ」

「さァ?」

「あれ本当にウチのお頭?」

「ガワだけは本人だな」

「中身何入ってんだろ。聖女?」

「やだよあんなオッサンがガワの聖女。さすがに怖いわ」

「大丈夫か?そこの島の医者腕いいらしいぞ。行くか?」

「マジで需要ねぇな…」

「おいビール足りねぇ」

「自分で取りやがれ」

「チッ…まぁたぶんユーレイか何かがついてんだろ。ホラ。此の前沈めた船のやつとか」

「オンナかもな」

「有り得る…おい、それ俺のだ!」

「あっそこのツマミ、そう、そのツマミを取ってくれ」

「マ、どうせあの人のことだ。また二日酔いが効いてきたんだろ」

「俺らも迎え酒しようぜ!」

ガヤガヤと軽口と冗談を肴に酒を飲む。こんなことを言っているが、皆一様にシャンクスを尊敬してついて行っている。ある種の好意の裏返しなのだ。コレは。

騒いでいた1人、ルレーズがアコースティックギターにピックを滑らせる。ジャンと奏でられたのはDシャープマイナーセヴンスのコード。そのまんまの調子でジャン、ジャンと前奏を奏で始める。乗っかって、船員たちは何事も無かったかのように歌を歌い始めた。

海の向こうまで溶ける軽快なリズム。海賊に知らぬものはいない歌、ビンクスの酒。

「ンー……。」

首を掻き、空を見上げる。カモメがゆっくり輪を描いていた。

普段のシャンクスなら船員たちへツッコミを入れて混ざりにいく所。しかしこの男、何も聞こえていないように絵を見てぼーっとしている。しかもミホークと一緒に。

ベックマンは加減を間違えてタバコを握りつぶした。

「……まぁ、うん……あァ、でも何となくわかる気はする。」

「?」

疑問符を浮かべる彼にあーと零し、下を向いた。シャンクスは脳内で言葉を選び、頭を掻き、ジョッキをくるりくるりと回す。

数十秒か、数分か、とにかく長い時間考えていたように思える。そしてアァと声を上げた。

片眉を上げて、ニヤリと笑ってみせる。

「…お前は死を恐れて剣の道をやめられるか?」

「否だ」

無粋極まりない質問に、思わず正気か?という言葉が出かける。ミホークは眉間にグッとシワを寄せた。

「貴様何故そのような事を……アァいや、そうか。そうか、 成程。」

「そーいうこと」

「ハハハ」

合点がいくと一転して、手を顔に当て、今度は半分乾いたような笑いが零れた。

この男、幼い娘にとって絵を描くことはミホークにとって剣を振るうことと同義であると言うのだ。

剣士が死を恐れず高みを目指すのは固い信念からでもあるし、病的なまでの渇望と執着からとも言える。

この男はミホークの剣の道に対する熱がどれほどであるかをよく知っている。たとえ冗談だろうとそれを過小評価することがどれだけの侮辱であるかを弁えている。

それでも娘と彼はジャンルは違えど同じぐらいの執着を持つ同類であると、そう言うのだ。

 

冗談だと一瞬思ったが、確かに彼女は芸術というものに関心のない彼の心さえも動かす作品を作り上げてみせた。これほどの者が持つ熱意が中途半端なものであるはずが無い。

故に。彼女の執着がまさしく「本物」だという答えは、少しもしないうちに頭の中に出た。

 

「ハハ、ハハハ……」

アァ、共感できることが冗談のように可笑しい。アァ、その底知れぬ執着加減が少し恐ろしい。

背中にゾクリと悪寒が走るのに、口は更に弧を描いていた。異名にあるその鷹のような金の双眸が、青白い指の間でぎりと光る。

…嗚呼、面白い。

「ハ、ハ八。成程…成程なァ。や、さすが貴様の娘。どうやら、小さな体に似合わぬ“強き者”のようだな。クククク」

「……お前がそうやって笑っているの初めて見た。アッハッハッハ」

「ハハハ」

一体何がツボに入ったのか。この男よく分かんねぇと思いながら、突然笑いだした彼に、シャンクスも吃驚して笑い出した。

船員の一部はびっくり歌を止めて彼等を凝視する。

「それでな、うちの息子がなァ……」

酔ったヤソップが残してきた息子の自慢を始めた。またいつもの調子に戻る。

タバコの火をつけ直そうとしたベックマンは今度はライターを落とした。

 

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