ノーゲーム・ノーライフ ―神様転生した一般人は気づかぬ間に神話の一部になるそうです― 作:七海香波
内容はアニメ中心となっています。
そして、多くのお気に入り登録、有り難うございました。
それではどうぞ。
空中に投影されたその映像の中では、クラミーが「
黒はそのやりとりだけで、クラミーの仕込む可能性のあり得るイカサマを計算・特定し、さらにこの状況において使用可能・有効な数まで一気に絞り込む。
チェスはその原理上、互いに最善手を打ち続ければ先手必勝である。特に、常時全展開を把握している「
彼らのその能力を知らないまでも、基本先手を取る方が有利なのは
『……b2ポーン、b4へ』
空白の持ち駒である白の兵士を模した駒が動き、前に二マス進む。どうやらボイスセンサが搭載されているようだ――いや、単なる魔法か。それにしても、兵士が台座の上で膝をついたままその台座ごと動くのは黒にとって奇妙な光景だった。
さて、次はクラミーの手番。一体何をしてくるのやら。黒は奇妙な手を打ってくることを期待して、映像を通し彼女を見つめる。
『ポーン七番、前へ』
“前へ”とは、随分適当な指令だ――そう感想をもった黒の瞳に、画面内で指名されたポーンがなんと――前方に三マスも進んだ。
……ポーンは初手のみ一または二マス前進でき、その後は一マスだけしか前進できないという縛りがある。そのルールを無視しての行動に、画面内の審判、空、ステファニーが「「「――はぁ!?」」」と同時に叫んだ。ちなみに黒は、面白そうにニヤリと笑った。
『これは“意志を持った駒”――そう言ったわよね?』
自信の有るように薄い胸を張るクラミー。
――馬鹿なのだろうか?わざわざ相手にヒントを与えるとは。一体何を考えているのだろうか。普通、そこら辺は相手が聞いてこない限り適当にはぐらかすだろう。なんでそんな説明口調になっているのか、黒には理解出来なかった。
画面内では彼女がそのまま詳しい内容を話していく。
『駒はプレイヤーの『カリスマ』、『指揮力』、『指導力』――すなわち『王としての資質』に反映されて動く。王を決めるのには相応しいゲームでしょう?』
――答えまで言うか。真性のお馬鹿さんだな。
黒、そしてジブリールは簡単に情報を敵に流してしまう彼女の行動に溜息をついていた。
「……クラミー」
隣の
これはまた、なんというか。
「苦労してそうだな、
「はいぃ……クラミーはいつも余計なお喋りまでしてしまいますのでぇ……困ったものですぅ……」
母親か、と言いたくなるぐらいの暖かみを持った
――暖かみをもった声が持つ愛情なんて、俺は最後にいつ聞いたのだろうか。
黒は、自らに保護者からの愛情を向けられていると思っている。
“
家の契約に必要だった、たったそれだけの事項だけが、実は黒が愛情を向けられていると思っている理由だ。
世の中には、親を失って少年兵士となる子どももいる。
捨てられ、そのまま餓死する子どもだっている。
何も――名前さえも貰えない、名も無き子供たちよりは。
関わりがあるという証明をしてくれる――それが、社会から隔絶された黒にとって唯一、愛情にとって代わるものだった。
だから彼は、この数年で本当の愛情というものを忘れてしまっている。
今彼が想っている“愛情という二文字に当てはまるモノ”は、長い長い二度目の人生で己が刷り込んだ
「――いいねぇ、家族って」
「……見た目に似合わず大人びた発言をしますねマスターは」
「そりゃどうも」
一応、精神年齢では三十代なのだから、人間としては大人である。
身体に引っ張られてることもあってか、本人は二十歳くらいの気分だが。
『d2ポーン、d3へ』
こちらの話も知らず、画面内では白が平坦な声のまま駒を進めていく。
『あら、いいの?そんな悠長な手で』
クラミーが軽く挑発するが、白は聞こえないままゲームに集中する。
――そして。
「嘘、なのですよぉ……」
予測不能、前例踏破のクラミーの動きを素直な駒の動きだけで追い詰め始めるなど、一体誰が予測できようか――
「凄いですねぇ、マスターのお仲間は……魔法でイカサマする相手に素で闘うとは」
「いや、それ自体は当たり前なんだよ」
ジブリールとフィールが
「あの程度は常識だからな。その道に精通したゲーマーなら……そうだな、将棋の超一流なら、手元の駒をほぼ失った状況からでさえ相手を完封することが出来る。不完全零和完全情報確定ゲームではそもそも、勝ち方が既に解明されているからな。クラミーと、存在しうる全ての局面を把握しているであろう彼女なら、ちょっとイカサマしたぐらいで差が埋まらないんだろ」
――だが。
三人が見つめる盤面は、白の手番で進行が止まっていた。
「手の内、駒が意志を持つことを鑑みれば――捨て駒が使えないのか?」
捨て駒、則ち囮――生贄。
それが存在しうる戦局とは、狂気で陣を支配し、絶対的カリスマと圧倒的指揮系統がバランスを崩さず成り立っている盤面だ。そんなことが出来るのは、歴史上の本物の英雄の器でもなければ不可能。人生経験が短い白であれば、まずカリスマが足りない。
そして何より――「
「ってことは、捨て駒が使えない以上、戦術はかなりの数に絞られてくるな。その中で魔法に対抗する手は二通り。イカサマを暴くまで引き伸ばすか、王を奪うか」
イカサマを暴く――それは実質的に無理な話だ。空白では、予想は出来ても証拠は掴めない。
だから、取れる手はたった一つ。王を殺すこと。
「チェックメイトをかける手はさらに少ない――それを今の白が選べるとは到底思えない」
王の動揺が兵士に伝わり、士気が低下し始めているのが分かる。
戦局は悪化の道を辿り、士気を失った兵はさらに動きを落としていく。
――だが、これでいい。そうだろ、空。
『白、交代だ』
空が泣き崩れそうな白の頭に手を置いて、前へと出る。
『このゲームはチェスじゃない。見てろ、これは俺の分野だ』
何をするつもりか、空。交代だと言われ、後ろに下がろうとする白をその場に引き留める。そして、彼女を抱え手すりの上に座らせた。
本人はそこから身を乗り出し――そして、肺一杯に空気を吸って、叫ぶ!
『全・軍・に・告・げぇぇぇぇぇるッ!!』
対面にいたクラミーが、突然の空の奇行に眼を開く。
場の全員が空の行動に目を奪われる中、空は続けて演説を始める。
『この戦で功績を挙げた奴には!国王権限で――好きな女と、一発ヤる権利をやる!』
『『何を!?』』
画面内のクラミーとステファニーが叫んだ。
『尚、前線で闘う兵士諸君、この戦に勝てば以後の軍籍を免役し、傷害の納税義務を免除!国家から給付金を保障する!故に――童貞よ!死に給うな!また家族が、愛する者が待つ者達も、全員、生きて帰ってくるのだ!』
大げさに身振り手振りを交え、意志を持つ駒達の心を刺激するように声を大きく響かせる。
『『『『『『『――オォォォォォォォォォッ!!』』』』』』』
先の見えない暗闇に包まれ、静寂が満たしていた空気を兵士達の咆哮が打ち破り、荒れ狂う戦場の雰囲気へと一気に変化させる。
さらに彼らは自らに与えられた台から飛び降り、腰に携える剣を抜き放ち、眼を爛々と輝かせ、まるで本当に生きているかのような動きを始めた。
「で、出鱈目にもほどがあるのですよぉ……」
「済みません、でも男が皆あんな感じって訳ではないので今すぐその駄々下がりの評価と冷たい目線を速やかに取り下げていただけないでしょうか」
女性である彼女としては、今の発言は流石に少々いただけないところがあったのだろう。
この場で唯一人男性である黒に、
――だが。
「マスターマスター!」
「なんだ、ジブリール?」
「えっと、あ、あのですね!他の男性体ならともかく、マスターに気の赴くままに身体を蹂躙され征服されるというのは想像するだけで興奮し――」
「変なキャラを付け足すなこの変態天使!」
ジブリールにとっては別の意味で危険なスイッチが入ってしまったようだ。
――勘弁してくれ。
と、馬鹿げたやりとりをしている中でも戦況は進んでいく。
『白、お前のお陰でこのチェスはチェスじゃないことが分かった』
『――え?』
『これはストラテジーゲームだ。後は俺がやる。白は、俺が冷静さをかいたら手伝ってくれ。まあ見てろ。このゲームは、俺の担当分野だ――ポーン六番隊へ通達!前線より敵が進行中だ!速攻かけて先手を取れ!』
空に命令を受けた白の兵士が、紫の僧侶の駒の後ろへと飛び上がり、帰り様に剣を振り胴を薙ぎ払う。クラミーの僧侶の駒はその斬撃を防ぐ暇も無いまま砕け散り、音を立てて崩れ去ってしまった。
『そんな馬鹿な!?』
『騎兵二番隊!ポーンの開けた活路を無駄にするな!そして、そこの王と女王――つまり俺らだが、てめーらさっさと前線へ行け!高みの見物してる暇なんぞ戦場にはない!』
『な、ちょっと待って!私の手番でしょ!?』
『はぁ?本物の戦争で相手の手番を待つタコがいるのか?』
『くっ……ポーン隊、前進しなさい!防壁を築き王を護れ!』
『ハッ!』
クラミーの対抗策を、空がわざとらしく鼻で笑う。
勢いで相手を飲み込むのも、確かに立派な戦術だ。
『見よ!使い捨てと見下し、臣下を盾とし自らの身を守ろうとするこの王を!前線で兵を闘わせ、後ろでふんぞり返って何が王か!』
『なんですってぇ!?』
『全軍よ――諸君よ!この戦いは、我々エルキアの――人類の!最後の砦であるこの都市を、誰に託すかという命運を左右する戦いであるぞ!眼を開け、その国の女王を――こんな頭の足りない女に任せて、本当にいいのか!?』
『なっ……』
『一方、我らが勝利すれば彼女が女王だ』
ここまで放っておいた白の肩を抱き寄せる。
『そう、今し方諸君を想い、諸君に勝利をもたらさんと心を殺して指揮を取り、諸君らに無慈悲と突き放され、心で涙している彼女だ!』
うつむいて顔を隠していた前髪を上げ、その顔を全軍の前に晒す。
そう、白いアルビノの髪の下で、赤い目にうっすらと涙を浮かべる彼女の顔を。
『――貴様らそれでも男かぁッ!』
『『『『『『『ウオォォォォォォォォォォォッ!!』』』』』』』
白の顔に心を打たれた兵士達は、これでもかと言わんばかりに声を上げる。
その声は堂の中を大きく振動させ、至る所に反響し、彼らの士気を大きく高めていく役割を果たす。
『な、何、この迫力は……?』
『誇り高きビショップ、ナイト、ルークよ!その称号に見合う働きを、今こそ示せ!ポーンを援護し、成らせよ!』
空に命令を下されたそれぞれの駒が杖を、剣を構え、次々に紫色の駒に攻撃をかけ破壊する。空の、場の空気を掌握する演説に戸惑っていた彼らは為す術無く崩壊の一途を辿っていくことになる。
完全に戦局は変わってしまっている。クラミーは怒濤の攻めから一変、守りを固める戦術へと変化させた。各兵に指示を出しながら、空白を見て自らの心情を素直に叫ぶ。
『――こんなこと、有り得ない!』
『そりゃあ、そーだよな?
『くっ……』
自らの手が完全に透けていると思い、何も言い返すことの出来ないクラミー。
『カリスマの差と言ってしまえば全て説明が付く、なるほど、証明しにくいイカサマだ――だがお前は、大いに間違えた』
『なんですって?』
その彼女を追い詰めるかのように、空はさらに言葉で彼女の精神を攻めていく。
『古今東西、圧政によって自軍を従わせた王が賢王だった試しはなく、何より人は正義のためにしか戦えず、またこの世で絶対的な正義などたった一つしかない!』
『たった一つの、正義――?』
『この世で唯一不変、絶対的真理である正義――それは、“可愛い”だ!』
――は?
映像で空の言葉を一字一句逃さず得ていたフィールとジブリールの目が点になる。
『“可愛いは正義”!全ての欲求と欲望と本能が可愛いを求め、可愛いのためにその命さえもなげうってみせる――所詮男はそんなモンだッ!』
『そんな、そんなこと――』
――嘘だ、とでも言いたいのだろう。
だが、現実では目の前で自身の騎士が、唯の兵士によって瓦礫へと変えられてしまった。
『ッ!(向こうにどの種族がついているか分からないから、バレる危険性もある――けど、やるしかない!)キング、E6へ!』
彼女の目がベールを通して据わったのを
クラミー自身のである紫の王の眼が妖しく輝き、ここまで来てようやくその重い腰を上げ、一歩を踏み出した。
その先、E6の黒いパネルが王の足がつくと同時に深い紫の光を放ち、盤上の空気を入れ換える――あれは、魔法か?特定の駒が行動を起こすことで発動する遅延発動型、と
場の変化を感じながら、勇敢な一人の兵士が僧侶へと襲いかかった。僧侶はその手に持つ丸盾でその剣を受け止め、反撃しようとメイスを構えた。
だが、動かない。
その代わりに、盾から発生した紫のオーラが接している剣を伝って白の兵士の身体全体を覆い、やがてその全身を紫に染め上げていく。これは――。
『敵は洗脳魔法を使う!全軍、一時撤退せよ!』
『(バレた!?)』
クラミーの額を冷や汗が伝う。
だが、その動揺は運良く顔の前方を覆う紫のベールに包まれて空達には見えない。
『ど、どうなっているんですのぉ!?』
『とにかく撤退だ!敵には一切触れるんじゃない!』
空達の慌てぶりに、クラミーの口の端が自然とつり上がる。
『さあ、全軍前へ!』
そのまま、今度は空達の駒をクラミーの駒が下し始めていく。
「設置型の魔法術式……引きこもりは手先が器用なことで」
「いや、ジブリール。ここは素直に相手を褒めるべきだ。なるほど、洗脳か……相手に直接かけるわけではなく、触れることのない音声反応式の駒にかけることでバレる可能性を低くする。このチェスにおいては、上手いイカサマだ」
「それはどうも、なのですよぉー」
「しかしよろしいのでしょうか?マスターのお仲間では……」
ジブリールが心配そうな顔をして、画面を食い入るように見つめる
「――ああ、そんな心配そうな顔をしなくても良い。大丈夫だ。あの程度のイカサマなら、何回も仕掛けられて勝ってる」
戦略ゲーで相手がチートを使い、戦力をいきなり増幅させたことなら「
むしろあれくらいなら、空白を相手取るにはまだ足りないくらいだろうなと思っていた。
『敵王の首を刎ねなさい、クイーン』
画面内ではクラミーが無慈悲に死刑を言い渡し、白の王は膝をついて首を垂れる。
その両手剣が頭上に高く掲げられ、そして王の首を一太刀で斬り落とす――その直前で、空が女王の前に立ちふさがった。
『『なぁ!?』』
再度驚きの声が上がる。
しかし、黒としては「(やっぱりやったか……)」程度の心境だった。
さらにそこから空は驚くべき展開を見せる。
『女王よ、剣を下げて欲しい――そなたは、こんなにも美しいのだから』
『『『はぃぃ!?』』』
『ああ、女王よ。今一度、考え直して欲しい。かの王は、そなたが仕えるに値する王か?兵を洗脳し、あまつさえそなたを矢面に立たせる王がために、そなたは剣を振るうのか?――もう一度、考え直して欲しい!そなたの民は!護るべき者達は!何処にいるのかということを!』
空の言葉に、女王は握っていた両手剣を地に落とした――随分本格的なゲームなことだな。ここまで本格的なゲームを仕上げた技術者に半分、あの行動を迷い無く取った空の度胸に半分、黒は呆れていた。
そして、その女王はと言えば――自らの色を、紫から白へと変化させる。
その光景に、クラミーが限界まで眼を見開く。
『フフフ……恋愛シミュレーションゲームは、俺が妹より上手い数少ないゲームの一つ!』
「だが、形勢逆転ではない……」
そう、チェスにおける最強の駒を手に入れたことは確かに大きい――普通のチェスにおいてならば。だが、今の相手は触れるだけで駒を洗脳する。すぐに取り替えされる可能性が高い。
そのことを分かっているからこそ、頭を必死に回転させ戦術を練る空。
それに対し、クラミーは一旦気を鎮めて今の内に新たな手を練ろうとする――だが、忘れているのだろうか。彼らは、二人で空白だと言うことを。
冷や汗が垂れた空の手に、白の手がが優しく支えるかのように重ねられる。
『……にぃ。二人で空白、だいしょーぶっ』
そして白が手元のタブレットPCをクラミーへと向ける。
そう、先日とつい先ほど、
それは彼女の思惑通り、クラミーの保守的な心を刺激する。
次に手を打たれる前に、トドメを刺さなければ――と。
それが命取りであると知らないままに、クラミーは膠着している状況の打破を狙った。
『(――くっ。怯んではダメよクラミー・ツェル!反撃しないと!)ナイトよ、敵に寝返ったクイーンを切りなさい!』
だが。
『ナイト、どうしたの!?』
ナイトは動かない。
それどころか、膝をつき、女王に対し頭を垂れ忠誠の証を見せ――今度もまた、その身が白く染まった。それを好機と見たか、空。
『白、軍の采配は任せた!敵に洗脳されないよう立ち回れるか!?』
『よゆー、ですっ』
手すりの上に立ち、堂々と可愛らしく宣言する白。
――既に場の空気が空白によって掌握されているのは、誰の目にも明らかだった。
『どうするつもりですの?』
『――知ってるか、ステフ。ゲームに勝つ方法って、何も一つだけじゃあないんだわ。別に闘わなくなって――勝てる!』
空白側――残り、戦車一名、騎士二名、僧侶一名、女王二名、そして王。
数少ない精鋭達の眼に、反撃の狼煙とも言える希望の光が灯った。
――ちなみに、誰か気付いているのだろうか。
空白が、自らの女王が生きているにもかかわらず新たな女王を迎え入れた――つまり、さりげなくハーレムを作っているという事実に。
後で本妻の仕打ちが恐ろしそうである。頑張れ、白の王。
密かにそう考える黒の心境を、誰も知ることはなかった。
そう、実は空白はハーレムを作っていたッ!
――ま、どうでも良いことですが。
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