ノーゲーム・ノーライフ ―神様転生した一般人は気づかぬ間に神話の一部になるそうです―   作:七海香波

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感想&お気に入り登録、有り難うございました。

ここで原作一巻は終了です。
今のところ、一気にここまでで指摘された誤字脱字を直してから、二巻の余った所をやってさっさと三巻に移る考えです。

これからもこの作品をよろしくお願いします。
ではどうぞ。



第十一手 黒の魔法と風の噂

 ――あれから数日後。

 空と白は戴冠宣言をした後、修復不可能寸前、まさに壊滅的と言われるほどにまで追い込まれていたエルキアの政治状況を瞬く間に解決し、いつからか民衆に“賢王”と呼ばれ慕われるようになっていた――それが今の世の情勢である。

 突然急激な改革を始めた事に刺激を受けたのか、他国からもたびたび間者が訪れるようになっている。だが、それらは皆真実に辿り着く前に謎の人物(・・・・)の手によってゲームで記憶を改竄され、送り返されるどころか嘘の情報を流す存在になっていた。まあ、犯人は言わずもがな白と空である。

 

 そして、民衆から英雄視されるまでに至った空白に対し、この話の主人公である黒はと言えば。

 

「ジブリール、ここからここまでの本を呼び寄せてくれ」

「はい、マスター♪」

 

 この世界について知識を仕入れるため、己の“モノ”であるジブリールを存分に活用し、魔法(・・)の勉強を本格的に開始していた。

 精霊を未だ使役することが出来ない黒の代わりにジブリールが実験台となって魔法を使用し、改良を重ねていく――それが、今の彼らの現状。

 

 というのも、元々黒は外へ出るくらいなら中で知識を深める学者のような性格であり。

 ジブリールはマスターに使役される&未知の魔法を使用できることで興奮しており。

 どちらにとっても満足のいくものなのだから、最後にこうなる(引き籠もる)のは必然だったと言えるだろう。

 

 ジブリールが魔法で本を呼び寄せる間、黒は広いテーブルを満遍なく使って同時に六冊の本を読み進めながら、手元で紙になにやら複雑な計算式と紋様を描いていた。その隣には読み終わった本が積み重なっており、ジブリールが新たな本を呼び寄せる傍らでそれらを戻していっている。

 

 ちなみにこの世界では紙は高価なモノなのだが、早速黒が発明したオリジナル魔法(本人は使えないのだが……)である製紙魔法(・・・・)によってこの図書館には多く保管される事となっている。

 

 あくまでも生と死を操ると言ったような生死(・・)魔法ではなく、またザ・○ールド的な時を止めるのでもなく、単に紙を精製するだけの製紙《・・》魔法だ。

 

 ×生死・静止

 ○製紙

 

 である。

 

 植物を繊維に分離し、異物を排除、規則通りに整えるという魔法。

 ……異世界に来て初めての魔法が『製紙』なんてのは、黒ぐらいのモノではないだろうか。

 

「製紙を魔法で行うというのは、なんとも素晴らしい発想で御座いましょう……しかも、失敗した紙のインクは分解で消して再利用できるとは」

「まあ、簡単に作れるとはいえ、無駄使いは出来ないしな」

 

 話す傍らでも、黒は手を動かすのを止めることはない。

 もはや読み慣れた精霊種語・森精種語の魔術書に書かれている言葉を片目で流しつつ、次々に計算式を続けて書いていく。

 

「ちなみに今は何の魔法を創っておられるのですか?」

「元いた世界の空想上のゲームの再現。ジブリールの“具象化しりとり”を応用して、仮想世界を創り出す魔法を考えてる。ゲームが全ての世界なんだから、“ソードアート・オン○イン”とかを創りたいんだ」

「……それはまた」

「問題点は、精霊を大量に使うんだよな。それに、生物の神経とのダイレクトリンクがまた個々で細かい調整が必要になるから……」

 

 線を引いては消し、引いては消して黒は頭を抱えながらも製図を進めていく。

 

「こちらは?」

 

 ジブリールが、机の端に寄せられていたその他の黒の作品リストの内から一枚を引っ張り出して問う。

 

「インフィニット・○トラトス。通称IS。量子化魔法が思いつかないから今のところ保留」

「これは?」

「マテリ○ルバーストの術式だな。応用で精霊分解によるエネルギー抽出を考えてる。だが必要量をかなりオーバーするからエネルギーが暴走する可能性が高い」

「それではこちらは……」

「賢○の石。ただし、生体ではない別の材料の当てもないし術式もどう考えても簡単に終わらないからボツ」

 

 どれ一つとっても危険なものである。

 ……全てライトノベルによるモノなのは、まあ、気にしないでおきたい。

 

 それらの研究を重ねて数日、一睡もせず魔法の研究を進めている黒は未だ休むことなく続投の予定らしく、一切手を休めようとする気配がない。

 それを見かねたジブリールが横から提案する。

 

「――マスター、さすがにそろそろ休憩してはどうでしょうか?」

「ああ、まあ、そうだな――この本を読み終わってから――よし、終わった」

 

 

 読んでいた本――著者:ニーナ・クライヴ『種族の生体に干渉する魔法式について』:厚さ約七センチ――を閉じ、んー、と黒は大きく背伸びした。

 体中の関節がバキバキと音を鳴らし、固まっていた身体が一気に解れていくのを感じる。ぐるぐると肩を回すと、これまた気持ちよい感触が伝わってくる。

 立ち上がり、軽く身体を動かして全身の感覚を取り戻す。

 

「すぅー……はぁー……。ジブリール、フードをくれ」

「どうぞ」

 

 一回大きく深呼吸してから、ジブリールから差し出されたフード付きローブを目深く被る。

 

「それじゃあ気分転換に、ちょっと外に出てくる」

 

 

 

 ――実は現在、外では、空白とは異なり黒の評判は悪いモノが流れている(・・・・・・・・・・・・・・・)。どうやら国王決定戦の際、クラミー相手に話した言葉を聞いていた人間が話を歪めて町中に広めたらしく、ちょっとした人相書きすら出回っている始末だ。

 確かに話を何も知らない人間からすれば人類種(イマニティ)全体を貶しているような発言だっただのが、詳しいことも知らないで徐々に内容は歪められていくその行いがさらに人類種(イマニティ)全体の評価を貶めていると言うことに彼らは気付いていないらしい。

 まあ、黒自身も周囲の評価なんぞは気にしない性格なので、話を否定する気などはさらさら無いのだが。

 とりあえず外に出るときは、新たに自作の変装魔法を上書きした黒フードを被り過ごすことにしている。

 しばらく街を歩いていると、ふと曲がり角で誰かとぶつかった。

 

「痛たたたっ……もう、キチンと前見て歩きなさいよね!」

 

 ――ん?どこかで聞いたことがあるような……?

 黒は一瞬、自分の耳が狂ったのかと考えた。

 今耳に入った声は、決してこの場にいるはずのない少女の声。

 

「あれー、貴方は……」

 

 付き添いの女性の声もまた、聞いたことのある内容だった。

 全身を紫で統一した服を着て、腰を地につけた体勢の彼女から目を上げて前を見てみれば、こんどは金に緑の瞳の女性が目に入った――あ。

 

「……こんにちは、お嬢さん。済みませんでしたね、少々考え事をしていたもので」

 

 この二人に関わるとどうも面倒そうな未来しか視えないため、知らない人の振りをして立ち去るのが正解だろう。紳士的な態度を作り、目の前で倒れていた少女に手を差し伸べ、彼女が手を握ると同時にゆっくりと引き上げる。

 

「え、ええ。どうも……?」

「本当に失礼しました、ではこれで――」

 

 がしっ。

 そそくさとその場を立ち去ろうとした黒の肩を、後ろから誰かが掴む。

 

「だまされちゃダメなのですよぉ、クラミー(・・・・)?ねぇ、天翼種(フリューゲル)をつれた男性のお人♪」

 

 あ、ちょ、痛いって。

 ギギギ……と首を後ろに回してみれば、金髪の女性――数日前の森精種(エルフ)のその人が、その華奢な身体の一体何処のそんな力があるのかと思われるほどの握力で、黒の肩を強く掴んでいた。

 

 ……どうやら黒に休息の一時はないらしい。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 服装を変えて誤魔化していても結局は美少女の二人。あの場では色々と拙い方向で人の目を集めそうだったため、黒は一旦彼女らを図書館へと連れていくことを提案した。特に反対する理由もなく、また向こうもこちらを探していたらしく彼女らは何も言わず黒に着いてきてくれていた。

 

 今はジブリールにお茶ついでの食事(数日ぶり)の用意を任せ、黒と二人は各々正面に座り向き合っている。

 

「――とりあえず、アンタが空の言っていた黒で間違いないわよね?」

「ああ、そうだ。その様子だと、そっちは俺を探してたみたいだが」

「そうよ。あの後アンタに色々言われて、結局私は思ったの――確かに、アンタの意見は正しいかもしれない。でも、私は納得出来なかった。コレまでの人生を、いきなり途中から出てきた奴に否定されたくなかった」

「……つまり、ゲームをやれと?」

 

 黒の一言に彼女は無言で頷き、懐から一つの箱を取り出し、その中身を机の上にばらまいた。

 散らばったものは自動的に立ち上がり、そして勝手に整列する。コマの数は計三十二個。白と黒にそれぞれ十六個振り分けられている――チェスだ。

 

「空白と同じ、戦略チェスをやれと?」

「ええ、そうよ。さっき城に行ってあの二人の話をこっそり聞いてみれば、アンタ一人であの二人と同じ実力らしいじゃない」

 

 ※盗聴は犯罪です。

 

「一応、挑むのはこちらだからゲームの決定権は貴方にある……でも、まさか逃げるなんて言わないでしょうね?あれだけ私に言ってくれたんだから」

 

 挑発するように告げるクラミー。

 当然普通の人間で有ればこんなあからさまなイカサマの仕込まれているゲームなど断るのだろうが、あいにくと黒の逃げ道は先ほどの言葉で塞がれている。

 そして何より、黒の辞書に“逃亡”という文字はない。

 

「いいぞ、受けて立とうじゃないか――ジブリール」

「はい、何で御座いましょう?」

 

 傍らに突然ジブリールが出現した。

 ――ハートをあしらったフリル付きエプロンを着て、フライパンを持っていることには間違っても触れてはいけない。

 

「飯が出来るまで後何分かかる?」

「後五分もあれば」

「そうか」

 

 それだけを聞いて、改めてクラミーに向き直る。

 ジブリールは昼食の続きを作りに図書館に備えつきの調理室へと転移していった。

 

「それじゃあ相手するよ、クラミー。ただな、俺はこの四日近く不眠不休で研究やら何やらしていてな、腹が減ってるんだ」

「……何を言いたいの?」

「――五分でケリを付けてやる」

 

 右手の五指を立て、堂々と宣言した黒に二人は開いた口が塞がらなかった。

 幾ら『  (空白)』から負けを学んだとはいえ、そこで大きく成長したクラミーに対して僅か五分で決着をつけるというのは、馬鹿なのか。

 あの場でゲームを視ていたというのはクラミーもフィールから言われて知っている。

 前情報を持っていても、そんな口がたたけるとは――。

 

「――そんなことが出来るとでも?」

「当然」

 

 心の底からの疑問をぶつけたが、それに対してさえ自信満々で言い放つ黒にクラミーは少々面食らう。だが、この状況で受け入れるというのは彼女らにとっても好都合だったのでこれ以上は何も言わないことにする。

 

「で、何を賭けるんだよ?」

「私が勝ったらひとまず謝罪しなさいよ。それで、あんたが勝ったら……何かある?何でも良いわ」

「じゃあ、俺がお前に話したことを納得させる方法を自在に取れるようにする」

「――分かったわ。それじゃあ良いわね?」

「ああ」

 

 黒の手元には黒の駒、クラミーの手元では白の駒がそれぞれ整列して並び立つ。テーブルには盤の代わりだろうか、黒と白のチェック模様が浮かび上がった。

 今にもゲームが始まりそうな雰囲気の中で、黒がそういえば、と思い出したことを告げる。

 

「……ちなみに教えておくが、俺に洗脳魔法は意味は為さないぞ」

「へえ、やけに自信が有るじゃない。さっきの天翼種(フリューゲル)が味方をするのかしら?」

「いや、俺単独でだ(・・・・・)

 

 ここまで大きく出た黒に、フィールはもはや残念な者を見る目しか持てなかった。

 だが、クラミーは違う。あの時空白に感じられた底知れぬ恐ろしさが、目の前の男からもハッキリと五感を通じて感じとれた。

 この男も只者ではない――クラミーは自分の身が一層引き締まるのを感じた。

 

「行くわよ――「『盟約に誓って(アッシェンテ)――!』」」

 

 

 ――その瞬間に起きた出来事を、一体誰が予想できただろうか。

 

 

 余りの出来事に、クラミーが愕然とした面持ちで呟く。

 

「な、なによ、コレッ……!?」

「だから言っただろう、俺には洗脳魔法が効かないと」

 

 ふふん、と(クロ)はまるで予想していた光景だとでも言わんばかりに彼女の眼前の光景を肯定した。

 

「嘘、嘘よ……信じられない!」

 

 黒がニヤリと笑う。

 

「まさか――

 

 

 

 

 

 

 

 ――ここまで人望がないなんて!」

 

 そう、今し方ゲームが開始すると同時に起きた変化。

 

 それは、黒の駒が王と女王を除いて、――全てが白に染まるという前代未聞の光景。

 

「そう、俺に洗脳魔法は意味を成さない……!何故なら、そもそも俺には洗脳されるはずの仲間すらいないのだからなッ!」

 

 ※格好付けるところではありません。

 

「どういうこと、なのよ……」

「そう言うことだ。俺には王としての才能――いや、人の上に立つという才能自体が雀の涙ほどもない(・・・・・・・・)

 

 あの空白ですら、一応は王をやれていたものの。

 黒はいっその事清々しく感じられるほど――味方がいなかった

 

「人は天才に着いて行く。だが、行きすぎた“天災”には着いて行くどころか反乱を起こすのさ」

 

 そう言って、黒は女王の駒を人差し指の腹で優しく撫でる。

 

「コレはジブリールを意味するんだろうな、きっと。俺とジブリールは互いの全てを賭けてゲームをし、俺が勝った。一生涯一緒にいる最強のコマ……それが反映されて、かろうじて女王だけが裏切らなかった。それがこの現状の説明だ。ま、推理通りだな」

「分かっていたのにゲームを受けたの?貴方、本当に馬鹿ね」

 

 心底軽蔑したような目で黒を見る。

 自陣に残るのは女王と王のみ。どうやっても、勝てる気配はない。

 だが、そんな状況でも――黒は妖しい笑みを浮かべたままだった。

 

「いや、馬鹿じゃないな。何故ならコイツには俺が反映されている。それだけで、俺は勝利出来ると確信している」

 

 分からないか?といった様子で首をかしげる黒からはクラミーは何も読み取れない。

 

「つまり――行きすぎた王としての能力が全て詰め込まれていると言うことさ」

 

 刹那、黒の王の姿が消えた。

 慌ててクラミーとフィールがそれを探す中、黒は余裕綽々と話を続けていく。

 

「王としての能力ってのはな、時代による違いこそあれど大きく三つに別れている」

「――なんのこと?」

「一つ、知力」

 

「二つ、カリスマ」

 

「そして三つ――武力(・・)

 

 ゴトンッ、――クラミーの手元で、陶器の落ちる音がした。

 慌ててそちらへ目をやれば、そこでは既にクラミーの王の首が刎ねられていた。

 その後ろには、黒の王が何かを振り抜いた形で盤外に立っていた。

 

「――え?」

「行ったろ、俺の全ての能力が詰め込まれているって。盤の外から回り込んで、携えた剣で一気にお前の首に刺突を繰り出した。刺突は剣の技の中で最も威力のある剣撃で、触れたときに洗脳されないよう直前で手放した。それで、殺したというわけさ。これでも武術を嗜んでいる身なんでな、このくらいの距離なら一瞬で詰めて相手を下すぐらい造作もない。さて、俺は一切合切魔法なんて言うイカサマなんぞや他人に頼らなくても勝ってみせた。これでいいか?」

 

 ……そんな馬鹿な。

 クラミーもフィールも、開いた口が塞がらなかった。

 確かにこのゲームはコマが意志を持って動く。

 しかし、盤の外側から回り込んで敵王を討ち取るなど予想も出来なかった。

 

「ホントは裏切った馬鹿共を女王で皆殺しにしても良かったんだがな」

「はい、丁度五分きっかりで御座います♪」

 

 丁度ジブリールが、四つの器を宙に浮かべ戻ってきた。

 

「とりあえず、飯食いながら話そうぜ。食ってけよ」

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

「……これは?」

「俺の故郷の食べ物の一つ、ラーメンだ」

 

 箸を使って麺を掬い、一気に口の中に突っ込んでズズッと吸い込む。

 ……うん、試しに作ってみた割には問題無い味だな。

 

「ジブリールの記憶の食材の味を元にして、手持ちの食材で再現を頼んでみた。ところどころ不可思議な食材とかが入ってるんだが、まあそこの所は気にしないでほしい」

 

 ちなみに醤油味。醤油自体が無いから、その再現がこのラーメンに入っている食材の中で最も苦労させられるものだった。

 

「で、先ほどのゲームの履行だがな」

 

 ズズッと麺を啜りながら黒は話し始めた。

 

「お前に話したのは、昔の俺に似てた……からかな?」

「昔の?」

「ああ。俺が前の世界に生まれてから――あ、空白は俺達が異世界人だって言ってたか?」

「ええ、確かにそう言ってたわ。どうやら本当みたいね」

「そうか。んじゃ続けるぞ――それで、これまで過ごしてきた年間で得た経験を元に忠告したんだよ。“人類は強い者の元では餌を与えられるだけの肥え太る豚”に過ぎないってことを経験から知っていたからな」

「なんかさらに毒舌になってない?」

「気にするな。で、自慢じゃないが俺はこの世界で天翼種(フリューゲル)ジブリールにゲームで勝ち、お前にも勝った」

「何よ、急に」

「いいから聞け。……だがな、天翼種(フリューゲル)を破るほどの知恵も、同種族を圧倒する身体能力も、元々持って生まれた訳じゃない。空白みたいな生来の天災じゃないんだよ。これは、幼い頃から多くの読書を積み重ね、身体を鍛え上げた結果だ」

 

 黒は神様転生したことで、記憶を持ったまま生まれたことから二次元の存在のある世界に生まれたことを考えて、一応は最大限の努力を尽くしてきた。神様なんかからの多少の補正はあったかもしれないが、今の力は、自分の努力で手に入れたものと胸を張って言えるだけの努力はしてきた。

 

「それでな、力をつけた最初の頃に思ったんだよ。この社会を変えたいってな」

 

 気付いてみれば、周囲は現実を諦めた者達ばかり。

 そんな彼らを引っ張っていこうと、表に出ない役割で彼は大きく尽力することを決めた。

 

「だがな、それを初めて一年がたった頃、気付けばそんな俺の努力は全て空回りに終わっていた」

 

 彼らは黒の努力を見て精進しようと思ったのではない。

 楽が出来るなら甘えようとしただけだった。

 振り返れば、残っていたのは自分の足下に縋るだけの者達ばかりだった。

 

「人は行きすぎた天災にはついてきてくれないらしい。努力で全てが叶うと知っている俺に、努力で追いつけるとはみんなは思わなかったらしくてな。ま、叶えられるだけの努力をしていない奴の頭の中身は俺の知った事じゃないが。とりあえず奴らは結局、素直に甘い汁を吸うだけの知性しか残ってなかった」

 

 そして気付いた。

 大きすぎる力は、周囲を崩すのだと。

 

「今のここでも、同じ事が言える。森精種(エルフ)の魔法は使えないと知っているから、彼らは決して自分たちで動こうとはしない。ただ、それで得られる利益を享受するだけになる。そんな人間達を、目の前で嫌でも見せられた俺だからこそ分かる――今の人類種(イマニティ)は終わってるってな」

 

 黒は麺を食べ終わったらしく、今度は一気に汁を啜り始める。

 

「そんな光景を見せられてみろ――自分のせいで、救おうと思った周囲の人間が独り、また独りと緩やかに腐っていく。俺はそんな気分を、誰かに味合わせるわけにはいかないと思った」

 

 一度失敗したらやり直せないしな、と呟く。

 全員の心にその言葉が不思議な重みを持って深く響いた。

 

「もし俺があの時お前に忠告していなかったら、お前は道を間違えたままそんな未来を創ってしまう考えを持ち続けてしまう。まだ何も行っていない、お前だからこそ言ったんだ。本気で人類種(イマニティ)を救おうと思ってる奴をみすみす見捨てようとは思わない。もしお前が本気でそうやろうとしていなかったんなら、俺は何も言わなかったよ」

 

 ゴトンッ、と飲み干した器を置く。傍らに置いておいた紙で口を拭き、それを近くの屑籠に放る。

 

「それを直に教えてやっても良いぞ?なんなら当時の俺の記憶をさっきのゲームの勝者条件の行使でお前の脳内に直接映しだしてやる。普通の精神じゃ到底耐えられないだろうけどな」

「……止めておくわよ」

「それが賢明な判断だろうさ」

 

 今度はングッ、と水を飲む。

 

「そう言うわけで、やるならキチンと周囲に配慮しながらやることだな。俺と違って、ミスったらマジで一種族が滅ぶんだからよ。しかも、今回で分かったろ、人類種(イマニティ)でも森精種(エルフ)に渡り合えるってのはな」

「……そうね、そう言うことにしておくわ」

「お前には、幸いにも頼れる相談相手もいることだし」

 

 そう言って、隣にいたフィールを目で指す。

 

「あら、貴方にはいなかったの?」

「言ったろ、“天災には誰も着いて行かない”って」

「……分かったわよ」

 

 これ以上クラミーが何かを言うことは無かった。

 

「フィー、行きましょう?」

「はいなのですよぉ、クラミー」

 

 二人は食べ終わってからゆっくりと立ち上がった。

 

「一旦私達はエルヴン・ガルドに戻ってまた策を練り直すことにするわ」

「おー、頑張れ」

「ええ、頑張るわ」

 

 帰り際、図書館の入り口まで案内したところで、フィールが突然懐から千枚以上の束ねられた紙を取り出した。それらは先ほどしまい忘れていた黒の紙である。どうやら、帰る途中にくすねていこうとしたものらしい。 

 だが、ここに来て何故突然取り出したのだろうか。黒としては、そのまま持って帰ると思っていたのだが。

 その内の一枚を引っ張り出し、彼女は黒に見えるように突きだした。

 

「黒さんー、これは一体なんなのですかぁー?」

「ああ、そいつは今の俺たちから唯一神を下すまでの手順の下書きだよ。まずは獣人種(ワービースト)、次に吸血種(ダンピール)――って感じのな。そもそも書いてあるだろ、一番上に“クラミーにチェスで勝つ”ってな」

 

 自分に絶対の自信を持っていたクラミーの態度をゲームを通して理解し。

 フィールに彼女を温かく迎え入れ上げるよう薦めたなら。

 母性の固まりのようなはフィールはクラミーの折れかけた心をその優しさで癒し、良い方向へ持っていこうとあやしていく。そしてその際にクラミーから黒が言った内容を聞いた彼女は、ゲーム中に不可解な行動を示していた黒の事だろうと推測し、黒に対してゲームを挑み、負け、そして素直にそれを受け入れてくれるようにクラミーに少しずつ教える――と、黒はここまで読んでいたわけだ。

 黒の態度から其処までを一気に推測したフィールは。

 

「なるほど……結局最後まで貴方の手の平だったというわけでしたかぁ?」

「今回は、な。ま、貴方もそこまで瞬時に理解出来れば十分素晴らしいぜ。今度ゲームでもしよう」

 

 黒と握手を交わし、素直に自分の負けを認めた。

 利用していると思っていた相手の思い通りだったのは、まあ、ちょっとは悔しいと思っているらしい。しかし、それ以上の不敵な挑戦心を宿した真っ直ぐな瞳を黒は見ていた。

 

 手を話した後、クラミーだけが話が見えていなかったらしく仲良く(?)見つめ合う二人に動揺を隠せなかった。

 

 彼女は結局その黒の紙を返却していき、図書館前からクラミーと共に去っていった。

 

 

 

 

 ――ちなみにその手順の書かれた紙では、数万にも分岐していた世界の攻略法の全てが、最終的にはたった一つの結果に集約していた。

 

 

 最終ページを丸々使って記されたそこには、こう書かれていた。

 

 

 ――『最終目標:空白に勝利……ついでに世界制覇』

 

 

 中心に大きく『空白に勝利』、その五文字を丸で何十にも囲っている。

 そして、最後に付け足すかのようにページの隅に小さく『ついでに世界制覇』と書かれていた。

 

 

 そう、世界制覇だろうが何だろうが、黒の目標は究極には一つ。

 

 

 “『  (空白)』に勝つこと”。

 

 

 初めて出会った、自分以上の強敵に対して勝利を収める。

 

 

 それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ジブリール、先に中に戻ってろ」

「ですが、マスターを一人外に置いて私だけが戻るというのは――」

「いいから、戻れ。ちょっと外の空気に当たっているだけだ」

「そうですか……無礼にもマスターに対し意見を申し上げるなどと、失礼を致しました」

 

 ジブリールは素直に謝り、黒を置いて図書館の中へと消えていった。

 この世界に来てからもう一週間近くがたった。

 入り口の石にゆっくりと腰を下ろし、上半身を倒して寝転がりながら黒は思い出す。

 空白は王位に就き、黒は人外とゲームしその身柄ごと手に入れ――中々に愉快な内容だった。こんな世界は前世の記憶にはないのだが、まあ先を知らないのが本来の人生だ。これからも楽しんでいこうと思う。

 

 それから数分、ゆっくりと流れる雲の動きを眺めていただけの黒はゆっくりと立ち上がり、大きく背伸びをする。

 そろそろ本が恋しくなってきたし、戻るとしよう。

 後ろに振りかえり、図書館の扉を開く。

 

 ――さて。

 

「のぞき見は犯罪だぞ、神様(テト)

 

 それだけ言って、黒はジブリールの待つ、自分の場所へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒が見た何も無い空の先に、突然一人の少年が出現した。

 

 黒がこの世界に来て真っ先に出会った彼は、唯一神――名を、テト。

 

 じろりと非難するかのように殺気混じりの視線を送っていた黒の目を思い出しながら彼は記憶の中で軽く受け流し、いつも通りの笑顔で図書館前の地面に降り立った。

 

「ふふっ、まさか隠れている僕に気付くなんてね……さすがは黒、だね。忘れ物を渡そうと思っていたんだけど……また今度の機会で良いかな」

 

 どうやら会う必要は無かったらしく、彼は素直に引き下がろうと空中に舞い戻った。

 

「君のことも、待ってるよ。早く僕の袂まで来てね♪」

 

 パチンッ、指を鳴らした瞬間には彼の姿は消え失せていた。

 

 




 さて、最後に本文では答えられない『黒の神様転生の設定、要らないのでは?』という質問ですが――この設定は正直言って原作前半じゃ全然関係ない予定です、とだけ返しておきます。深く言うとアレなので。

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