ノーゲーム・ノーライフ ―神様転生した一般人は気づかぬ間に神話の一部になるそうです― 作:七海香波
それではどうぞ。
今回は原作の流れではなくオリジナルの話です。
第一弾《
一回の敗北も許さない空白とは違って、彼はただ一度の勝利のためには何度でも黒星を喫することを辞さない。
全ての道がやがてローマへと辿り着くように、全ての敗北は勝利へと結びつく。
決して負けてはならないのは掛け金が自分である人生と言う名のゲームのみだ。そこで敗れれば、全ての挑戦権が失われるから。
――だから。
「マスター……七日七晩ぶっ続けでの『十の盟約』の実証はさすがに従者として中断することを宣言いたします。既に目元には隈が出来ておられますし、このままではゲームを続けることさえ難しいかと」
「良いんだよ別に。データ収集やってるだけだし、一時間に五分ずつ寝てるから。なに、死にはしないよ。ふぁぁ――」
例えゲーム進行に支障をきたす程度の睡眠欲が己を襲ってきても。
そのおかげでジブリール相手に二千三百六十七個の黒星を得ていたとしても、今はなんら問題は無い。
そう心の中で呟く黒に、正面に座っていたジブリールが今度こそはと思ってピシャリと忠告する。
「そういう問題では御座いません!死ぬ死なない以前の問題です!まともに頭が働いていない状況でも研究を続ける心意気はともかく、身体が保たないでしょう!だから、いい加減、ちゃんとした生活に戻るべきです!」
えー……、と目で訴える素振りをする黒だが、ジブリールは彼へ向ける目を弱める気配はなかった。
彼女の注意はこの件において既に百回を超えている。
そのたびに何度も黒の言うことを尊重してきたが――さすがの彼女も、限界という物があった。
「幾らマスターの体力・精神力が人間離れしているとは言え――食事に睡眠に入浴に排泄に運動に、その他人間に必要なハズの諸々を一切せずに、ゲームと記録をひたすら続けるのは、流石に全ての権利がマスターにある私としても見過ごせないのです!」
叫ぶ彼女の目の前では、現在進行中のトランプゲーム――その手札五枚を持って椅子に座りながら若干虚ろな瞳になりつつある黒がその言葉をボンヤリとした頭で聞き流していた。
眠そうに目を八割方閉じつつ、ゆったりとした眠気を含む言葉での黒の反論が飛ぶ。
「時間がない中で次のゲームまでに必要な知識を収拾するのには、それなりの犠牲が必要なのだよワトソン君……」
「ワトソンとは誰の事で御座いますか!いえ、それはどうでもいいとして……。マスター、確認しておきますが、自身の状態をきちんと把握なさっておいででしょうか?」
「もちろんだとも」
明らかに言動に変化が有るとを読み取り視線を強めるジブリール。
その前で黒は、自らのチェックを始めた。
――結果。
「そうだな……凄く、眠い。腹、減った」
持っていたカードを裏返しにテーブルの上に置き、顔を顎の下で組んだ手で支えながら素直に報告した。言葉の合間にこっくり、こっくりとうつむいているところを見ると本当に辛いところなのだろう。
いつもだったら大幅に嘘をついて虚構でも見栄を張りゲームを続けるところだが、流石に思考能力も低下しつつあったためそれは出来なかった。
分かっているのなら――、とジブリールは額に血管を浮かび上がらせる。そして、勢いよく椅子から立ち上がり、両手を勢いよくテーブルに叩きつけた。
木製のテーブルとジブリールの手の間から大きく破裂音が鳴り、その拍子に机に載っていたカードのいくつかの裏表が反転する。
「だったら、さっさと食事をして、寝て下さいませッ!」
「え、でも、全部データを集めるのに最低でもあと百戦は――」
「(――ギロリ)」
言い訳をしようとした黒をジブリールはなんと目だけで威圧し、黙らせた。
しりとりの時の威圧にも平気で耐えて見せた黒でも――悲しきかな。本気で怒りを募らせた女性に対しては、思考より先に男としての本能が反応してしまったらしい。
「Yes,ma'am!……お休み、なさい!(バタッ)」
ビクッと反応した後に何故か敬礼をして、そのまま机に突っ伏してしまった。
「ちょっ、マスターっ!?――
ジブリールの声も虚しく、黒は完全にその場で寝入る。
本音と言葉が逆転しているセリフはツッコむ人間が不在のため不発に終わっていた。
彼女が試しに小さく声を掛けてみるも、起きる気配は全くない。何度進言しても睡眠を取ろうとしなかった彼だったが、今回こそ本当に眠ってしまったらしかった。
さて、そんな、無防備に寝姿を晒す自らのマスターを前に。
「(ハァハァ、無防備に眠るマスターの寝顔が、今まさに目の前にっ!ああ、この可愛らしい様子はどう言葉で表せというのでしょうか?普段とのギャップがまた良くて――ああっ!)」
ジブリールは性的興奮を覚えていた。
本当に残念な天使である。黒と出会うまでの威圧的な態度は何処へやら。一度彼に屈服させられてからは何かのスイッチが入ったらしく、彼の身体が愛おしくて堪らないといった風に性格が逆転していた。彼から与えられるその全てがご褒美に思え、彼こそが宇宙の真理だとでも言うかのようにその行動に深く心酔していた。それを(自らの貞操も含めて)色々危険だと判断した黒が何とか説得することである程度マトモに戻ったのだが、未だ残念な性格は残念なままだった。
「うーん、かかってこぉい、直江百代ぉ!」
訳の分からない寝言を叫ぶマスターの様子を見て、ジブリールは一旦正気を取り戻すと同時に、改めて彼が人類なのだなと再認識させられた。
いくら
マスターにも触れられたくない部分が有るのだと思ったジブリールは別の意味で反応し興奮していたのだが、それは彼女だけの秘密として。その事に関しては何度考えても答えは出ないと分かっている。
それよりもジブリールには今の発言に気になる点が一つだけ存在した。
“ナオエモモヨ”、とは一体誰の事なのだろうか。
かかってこいと言うからには黒と同等の力を持つ存在なのだろうが、元の世界では“並ぶモノは空白を除いていなかった”と聞いている。ならば尚更のこと、誰なのだろうかと不思議に思われた。
名前だと言うことは分かるのだが、日本語は一通りマスターしても今一漢字の当てはめ方が分からないジブリール。さっぱり見当が付かなかった。
「あ、そういえば、マスターの道具には検索機能が付いていたような……」
名案を思いついたと言わんばかりに頭の上に電球を浮かべる。
傍らに置いてあったPC(設置型充電魔法の改造付き)を拝借し、試しにひらがなで入力しEnterキーを押すが……検索結果は《0》と表示された。どうやら彼女のマスターの頭の中にしかイメージのないものらしい。
はぁ、と満たされることのない知識欲を呪いつつ彼女は溜息をついた。
未だマスターの事をよく知らない事を自覚すると共に、また彼の事をもっと――今まで以上に知りたいという欲求が心の底から浮かび上がってくる。
彼女がそれが何なのかを意識するのは、まだまだ先の話である。
――それから数分後。
マスターである黒のあられもない姿を妄想することにまで発展していたダメ天使ことジブリールは、さすがに落ち着きを取り戻していた。さすがに一度大きく妄想を膨らませれば、その後には普通の思考へと戻るらしい。
机に突っ伏して寝たままの黒を魔法で移動させて自らのベッドの中へとゆっくりと横たわらせる。同じくその横で自らも横になりながら、自分たちの上に純白の毛布を被せた。
限られた図書館内の居住スペース。そこにはジブリールの部屋と同様に黒の部屋も存在している。当然、いくら暴走気味でも最低限の正常な思考を残しているジブリールは本来ならそこへ寝かせるべきだとは分かっている。
……だが、そこで普段の行いが祟ったのか。ジブリールの度重なる(性的な)襲撃に警戒した黒は、自前の撃退装置を部屋に幾つか取り付けていたのだ。
ジブリールにも明らかにされていないまま組み立てられた装置だったのだが、先日のしりとりで使用された攻撃手段の小型化されたモノが複数取り付けられていると言えば分かるだろうか。それを聞いたときには流石の彼女も顔が青ざめたモノだった。
その解除には時間が掛かるため、やむを得ないと判断して彼女は自らの寝室へと彼を誘った。
子を見守る母親のように、目の前で無防備に眠る彼を見つめる。
「嗚呼――幸せで御座いますぅ……」
若干頬が紅潮しているのは見えないこととして。
それにしても、これが
文字通り星さえ壊した大戦が終結したとは言え、未だ各種族の間には越えがたい壁が存在している。種族同士ではあらゆる物資を
そんな中で、まさか一つ屋根の下で平和に同じベッドの中に入っていようとは。
常識有る者が聞けば、馬鹿にするか精神鑑定を薦めるか――ともかく、狂気の沙汰とさえ言い切るだろう。
そんなことは知った事ではないと言わんばかりに微睡み始めたジブリールも、自らの両手で黒を抱いて毛布に深く潜り始めた。
意識してはなくとも、黒もそれに返すかのように、自然な動作で自らの両腕をもってジブリールの身体を抱き始める。
世に流されることなく自由に過ごす二人の姿を、一体誰が封じられるのだろうか。
天外から指す煌めきが、二人を暖かく包み込んでいた。
女性特有の甘い香りに包まれながら、黒はゆっくりと意識を覚醒させた。
暗闇から引き上げられるような心地と共に、五感が鮮明になっていくのを感じていく。数日間の激務から休息していた神経が活性化し、手足の先端の微細な感覚が透き通るように蘇ってくる。
「……んぁ?」
意識せず小さく声が口をついて出た。声と言うよりは欠伸に近いものだったが、まあ、どちらとも取れぬものも世の中にはあるだろう。
黒はうっすらと視界にかかっている靄を消し去ろうとして、両目を手でごしごしとこすった。そのまま手を額へと動かし、今の状況を考えていく。
「どこだ、ここ。……確かゲームして、ジブリールにまたどやされて……結局寝たんだったよな?」
「ふにゃ、ますたぁー……」
頭に手を当てて記憶をたぐり寄せていた黒の耳に、艶めかしい女性の声が届いた。
その声の元を辿る内に、気付いて居なかった肌を覆うぬくもりと、至る所に伝わる柔らかな感触が神経を通じて黒の頭に刺激をもたらした。
――嫌な予感が、黒を襲った。
恐る恐る声の元へ目を向けると、自身が寝ていた横にはもう一人の存在があった。
こちらを「マスター」と呼び、ここ最近チャンスがあれば肌と肌の接触を狙ってくる女天使――ジブリール。その普段の面影は消えており、何の夢を見ているのやら、涎を垂らして幸せそうな顔で黒の事を呼んでいた。彼女の様子をさらに深く見てみれば、両手を腰の方に回して黒を離さないようにガッチリと固めており、どうあっても黒から離れる気は無いと言うことが伺える。
「……」
はぁー、黒の口から安堵と呆れが半分半分で溜息が出た。
嫌な予感は、どうやら違ったものだったらしい。おかしなテンションで襲ってきていたいつもとは違い、今の彼女は黒をして純粋な微笑みを浮かべていると言える。
――しかし、しりとりの時のやり取りを覚えていないのか、コイツは……。一緒に寝ていた黒は種族の違いがあることはさておいても異性だ。人類の事を知らない訳ではないだろう。相応の年齢の男女が寝床を共にするなど……。
信頼してくれているのか、それともその方向を望んでいるのか――彼女の心境が黒に理解出来るはずがなかった。
今まで黒は様々な相手の心を読んできた。……別に、読みたくて読んでいるわけではない。それは単なる変態である。彼の場合、生きるために読むことを強制され続けていたというべきか。
彼にすり寄る者、甘言を向けてくる者――年齢性別に構わず表とは異なり裏に様々な感情を宿した人間達を相手にしながら、何とか立ち回ってきた。
幼稚園の頃、黒を超常研究所へと連れていこうとした男性がいた――彼らは黒を惨殺し、遺伝子だけを回収するつもりだった。黒はその時既に目覚めつつあった身体能力で監視の手を振り切り、男たちの手から辛くも逃げ切った。
小学校の頃、黒を海外旅行へと誘ってくれた友人の親がいた――黒の成績の陰に過ぎない、常に二番手の息子のために旅先で事故に見せかけ黒を殺すつもりだった。帰りの飛行機の不慮の事故で、その二人の命が失われることになった。
中学校の頃、黒を恋い慕うと告白した女子がいた――彼女は彼の警戒をゆっくりと解いた後、妹もろとも、その頃すでに彼を無視し始めていた両親を殺害し、最後に身も心も虜にして遺産を全て横取りしようとしていた。その時親は死亡し、黒は初めて自らの手で人の命を奪う経験を得た。
そして一年前――高校一年生の時、冷徹なまでにギブアンドテイクの関係だった義理の両親に迷惑をかけないよう独り立ちしていくつかの賞で賞金を得始めていた俺の元には、ついにその十数年間で得た知り合いからの魔の手が伸びてくるようになった。知り合いは皆死亡もしくは精神崩壊し、再起不能へと陥った。
あらゆる負の感情を見、対処・報復することには卓越したものの、触れたことのない感情を読んで対応を図ることは出来なかった。今のジブリールの態度のように、メリットデメリットの関係無しに他人の事を考えてくれ、自分を目の前にして自然体でいられる者のことは。
実に微笑ましいその彼女に、気付けば黒はその頭をゆっくりと撫でていた。
右手で髪の流れに沿うように、その手を前に、前に、何度も繰り返して動かす。――その理由は自分では分からなかった。神相手にすら必勝の手を瞬時にたたき出す黒の頭でも、無意識の内の行動は何なのかという答えを見つけることは出来ない。
一回も引っかかりを覚えない滑らかな髪は、一撫でするごとに心の靄を払っていくような柔らかな心地を黒に与える。
「……何だろうな、コレ」
手元でスヤスヤと寝息を立てる彼女の様子を見ると、なぜか心が癒される。
元の世界でもこんな感じを覚えたことは余りなかった。そもそも周囲がこちらを無視または僅かに敵視するかの状況で、癒しを覚えること自体はあの時を除いてはまずないのだが。
「……ふにゃ?」
そのまましばらく頭を撫でてやっていると、やがてジブリールが目を覚ました。
最後の辺りは俺も横になり、彼女を正面から見つめたまま撫でてやっていた。さすがに寝起きでベッドの上に座っているのは中途半端だった上にジブリールのこちらを掴む力が強すぎて下手に外すのは拙いと考えたからだ。まあ、もう少し休むのも良いかなと思ったのもある。決して、ジブリールの寝顔が可愛かったからという訳ではない。
「な、え、マスターっ!?」
起き上がってすぐに睡眠の間の様子を把握したらしく、彼女は黒が頭を撫でていたことに気付いて、顔を真っ赤に染めた。
「いつもツンケンして構ってくれないマスターが、何故!?」
「失礼だな、オイ。俺だって、たまには構うぞ」
黒は呆れたように笑う。
続いてお仕置きとでも言うかのように、ビシッとむき出しになっていたジブリールのおでこに向けてデコピンを放った。普通の威力では聞かないと知っているため、最大限の威力を込めて容赦なく当てる。首を勢いよく後ろにはね飛ばされたジブリールは、「あ痛っ!?……いや、これもご褒美とかいうもので御座いますか!?」というセリフを黒に返した。
この
「撫でてやったのは、そうだな。こっちを心配してくれたから、そのお返しだよ」
……言ってなんだが、恥ずかしいな。
恥ずかしさに頬の温度の上昇を感じ、黒は見られないようにちょっと顔を背けた。
それでもジブリールにはお見通しだったようで、彼女はニヤニヤと笑いながら黒が顔を向けた先へと回り込んだのだった。分かってやっているのだから性格が悪い。
ジブリールは黒の顔を正面から覗き込む。
それを見てますます笑うかと思えば――あくどい笑みを止め、その代わりになぜか不思議そうな顔を浮かべた。
「何故マスターは、
彼女が指摘した所へ黒はさっと手をやった。
軽く目尻を拭って前に持ってくると、確かに指には彼女の言葉の証拠である涙の跡が光っていた。
「……さあ、なんでだろうな」
俺はその痕跡を消して、彼女の問いに深く言及しないまま今度こそベッドから立ち上がった。後ろで元のいやらしい笑みを浮かべ直したジブリールが迫ってくるが、それを命令という形で押さえつける。
さて、どうやら二人で寝て密着度が上がっていたせいで、少々寝汗を掻いているようだった。
「それじゃあ、シャワーでも浴びてくるとするか。いい加減身体も洗いたいし」
「では一緒に入りましょうっ!」
風呂場に向かおうとする黒の横に、ベッドの上から飛び降りたジブリールが立つ。
息を荒げながら腕を絡め、逃げられないようロックしながら彼女は黒に混浴を迫る。
――そんな彼女に対する答えはもちろん。
「ノーだ。誰が入るか」
拒否だった。
それでもそこで素直に下がるジブリールではない。「良いではないかー良いではないかー」といって、しつこく黒に食い下がる。
「ジブリール、お前、一応言っておくけど俺の方が立場上なんだぞ……」
そんな黒の呟きから、今日もまた新たな一日が始まる。
直江さん家の百代さん……『まじこい』の主要ヒロインナンバー1。黒の中で軍師は百代ルートに入ったそうです。
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