ノーゲーム・ノーライフ ―神様転生した一般人は気づかぬ間に神話の一部になるそうです― 作:七海香波
予定より若干オーバーしたのは後悔はしませんが謝罪は致します。すみません。
それではどうぞ。
一息に愛を語らったところで黒はその首をまたガクンと下に垂らした。
ジブリールの身体を鎖のように絡め取っていた黒の腕がゆるむ。同時にジブリールの足がゆっくりと後ろへと動く。無意識的に逃れようとした彼女の身体から黒の腕が外れ、力なく垂れ下がった。
顔の上半分を覆うように下がった前髪は黒の表情を隠し、一体今彼がどんな心境にいるのかを推察することは出来なかった。
「ま、マスター……?」
ジブリールが恐る恐る、震える声で黒に声を掛ける。
恐れ半分心配半分で黒を見る彼女は、後ろに下がろうとする足を意志の力で押しとどめて彼の様子を眺める。糸の切れた人形のように全身から力が抜けており、ただ元から立っていたバランスだけで立っている――そう見えた。
今にも倒れそうなマスターの意識を確かめようと、ジブリールは今度はそろりそろりと近づいて黒の肩を軽くつつこうとした。
そんな彼女の視界が、突然何か黒いモノに覆われる。
同時に、頭に走る衝撃と激痛。
「はうっ!」
どうやら頭を握られたらしいと彼女は悟った。
彼女の頭を掴むその手の力は徐々に増していき、やがて彼女の身体を持ち上げ、宙に浮かせた。
「好き勝手やった罰だ、ジブリール……ッ」
どうやら正気に立ち直ったらしい黒の声がジブリールの鼓膜を刺激する。その声は怒りに充ち満ちており、ジブリールの頭を全力で締め上げている。
一足に目が醒めた空と白がその声に黒の姿を見ると、その身体からは絶対にシステムにないであろう黒いオーラが流れ出ていた。これがジブリールでなければ簡単に握りつぶされてしまいそうな、そんな気迫が今の黒からは感じられた。
「まままマスターッ!滅茶苦茶痛いですぅッ!」
普段ならその痛みすらに快感に悶えるほどのジブリールでも、今回ばかりはそのような余裕などを感じてはいられなかった。黒の発する絶対的な負のオーラが今のジブリールからその余裕を奪っている。掴む右手の力だけでなく、黒のナニカがジブリールの精神を天の鎖のように締め上げる。
余りの激痛にジブリールが悲痛な声で黒に解放を求めるが、黒は離す素振りすら見せない。それどころか逆に徐々に筋力が上がっているとの錯覚さえ覚える。
「知るか」
黒としては。腕に込めた力を全く緩める気はなかった。それどころか、自分でも不思議なくらいの力が湧き出るような感触を覚えていた。
己の黒い部分を公にされた――それはどうでもいい。
今のジブリールへの思いを勝手に綴らされた――それもどうでもいい。
別に黒は、語ったことに意識を高ぶらせているのではなかった。
『今から思えば下らない関係だったな』
ジブリールの予期しない行動が、ゲームに組み込まれたシステムが自身にこの一言を言わせたこと――ではなく。自身がその言葉を口にしてしまったという事実に、黒は怒りを覚えていた。
例え強制だったとしても、決して言ってはならない一言。
それだけはどうしても止めなければならなかったのに、いとも容易くそれを言葉にさせたという事実は、黒に錆び付いたナイフで心の奥底を抉り出すような痛みを与えた。かつて周囲の人々が理解してくれなかった時の悲しみとは全く違う。彼女一人を完全に完璧に否定したこの言葉は、それに比べれば塵と全宇宙に等しい。
「クソ、ゲームでこんな事も出来るのかよ……」
たった一人で孤独に過ごしていた数年を経て『形状し難き愛情』を知った黒の感情は、本来自分以外の全てに向けるハズの感情すらも愛情として彼女一人だけに注ぐようになっていた。魅力的な女性を見て興奮しても、実際に行為に及ぼうとは思わない。全世界で賞賛される絶景を見て感動しても、そこに引っ越すことはない。世界に認められたシェフのフルコースを食べて味わったとしても、一番美味いものとしては見なさない。自分に最も合っているのは彼女であり、彼女が黒にとっての『自分以外の人間』だ。
黒は歯ぎしりしながら、ジブリールを掴み上げた手に込める力をより一層強める。
「ちょ、マス、ター、そんな本気に、ならなくても……」
モニター越しに見つめる観客ですらゴキ、ゴキと擬音が聞こえるように感じられた。
黒の気を受けてか、何故か少しづつ脱力し始めたジブリール。
その様子を感じ取って、黒は小さく溜息をついて、僅かに手を緩めた。
「……まあ、これ以上考えていても仕方がない、か」
唐突にそう口にした黒は、先ほどとは一転し素直にジブリールの頭を手放した。
今は一応「
そうして一旦折り合いを付けた後、空と白に向けて顔を上げる。
「悪かったな、空、白ちゃん」
当然先に元に戻っていた空と白は、黒が気持ちを落ち着かせるのを待っていてくれたらしい。二人は今の黒の変化を、何の表情の変化も無く静かに見守っていた。空と白、二人の関係も黒と彼女のように複雑に絡み融け合わさった結びつきなので黒のことは一応理解出来たのかもしれなかった。
「おう」
「……くー、大丈夫?」
年相応に黒の事を心配そうに白は見上げた。
そんな白の様子に苦笑しながら、黒はお礼とばかりにその頭を優しく撫でた。
「ああ。サンキュー、もう大丈夫だ」
「よし、そうか。なら黒、ちょっと相談なんだが」
空は黒の方に身体を向け、日頃の隣人へ向ける朝の挨拶のような爽やかさで――その手に持った銃の引き金を黒目掛けて引いた。
ピンクの光は線を描いて地面にあたり、入射角と同じ大きさで反射して黒の顔面に――
「不意打ちはもう結構だ!」
――ヒットするわけもなく、反射的に一歩身体を引いた黒の額の上を通り過ぎて上空に消えた。
その姿を眺め、空はアッサリとこう言い放った。
「ふむ、やっぱり跳弾性能は有りか。コレが鍵だぞ、三人とも」
「うん……分かった……」
「了解で御座います」
「その前に軽々しく前触れもなく人で実験するな!」
何の前触れもなく撃たれかけた黒はやはりキレる。
「相談だって言ったろ」
「俺は空前絶後な生徒会長じゃないんだよ!一年三百六十五日二十四時間常に誰からも相談を受け付けてるわけないだろ!」
「まあそんな気にするなって。もし当たってたら即ジブリールに撃って貰う予定だったから」
「いや別にジブリールなら良いって訳でもないから!というかさっきのをもう一度繰り返せと!?むしろ悪化するわ!」
「はいはい、そうだな。――じゃ、ここを暫定のαポイントとして、ゲームバランスを把握するまで固まりで動く。俺と白で前左右、ジブリールが後方、黒が撃ち漏らしを迎撃。もし現実通りの体力なら俺と白はアレだから追っ手は皆殺しで構わん」
「スルーするなッ!!――ま、作戦はそれでいいけど……
「――おっけー」
「はい、……しかし、もう一人の方は放っておいてよろしいので?」
一応ここにいないステファニーの事を口にしておくジブリール。
それに対して三人は。
「大丈夫だろ、ステフぐらい」
「……問題、なし」
「そっちは気にするだけ無駄だ」
さらりと彼女のことを流した。そんな三人の様子にジブリールはそうですか、と納得するあたり、彼女も大概である。
「うし、それじゃあ行くぞ、三人とも!人類の命運、この一戦にあり、だっ!」
そう決めた空のセリフに、
「……一気にやる気が失せたんだが」
「そんなこと言わないでっ!?」
普段通りなセリフを返す黒。その声に、残る二人は苦笑い。
どこまでもマイペースな彼らの様子は、絶対に勝利するという自信の表れなのだろうか。
無数の
至る所から出現し、迫り来るNPC達は時に頭を撃ち抜かれ、首や手足を斬り飛ばされ、心臓を貫かれ、次々にその
彼女らは獣人種にしては予想外に身体能力は低く、空や白でもなんとか対応出来ていた。動作は主に抱きつくだけで、蹴りや打撃などの攻撃及び回避・防御動作が含まれていないのが救いだったのだろうか。最も黒やジブリールは余裕を持って対処出来ていたのだが。
しかし、それよりも若干気になることがあった。ここまで全てのNPCを暗殺者紛いの一斬必殺で斬り捨ててきた黒だが、ふとその消滅の様子に違和感を覚えた。一見特に何も無いように思えるのだが、どこか不自然な気がする――。そう頭を悩ませていた黒の近くで、同じくNPCをヘッドショットしていた空が突如奇声を上げる。
「――NPCの本体と服……消えるのに一瞬のラグがある……はッ!?……まさか、これはもしや、
空は直ぐさま自分の推理を試すために、次の女の子へと銃口を向けた。彼の声に黒は「え、可能じゃないのか?」と首を捻りながらも横目で空の方を見る。
何故ならそんな彼らの背後では、ジブリールが楽しそうな顔をしながら獣人種の女の子の姿のNPCの四肢を斬り飛ばしたりして遊んでいたからだ。
それはともかく空はまず四発弾丸を放ち、セーラー服・スカート・靴下・靴を剥ぎ取った。後に残った、下着だけのNPCは一瞬逡巡したかの様子で足を止めた。
その隙を、空の計算に編み上げられた狙撃が鋭く突く!
「布の素材は木綿と仮定、厚さ約三ミリ、許容誤差は十分の一ミリメートル……だがしかし、俺なら――やれる!」
妙に自信の篭もった言葉と共に放たれた弾丸は弾丸は確かに女の子のパンツだけをかすめた――かのように見えた。
しかし人の夢と書いて儚いと書くように、現実は常に夢を裏切るモノである。
女の子は一瞬驚いたかと思うと、次の瞬間には顔を赤くしてその場にへたり込み、ハートマークを周囲に散らしながら桜のように淡く消え去っていった。
その光景を見て空は硬直し、そして、目に見えない何者かに向けて叫んだ。
「んだよ畜生ォォォォォッ!!なんでこういう事は出来ねぇんだよォッ!!設計ミスじゃねぇのかてめぇらァァァ!!!」
☆ ★ ☆
『んだよ畜生ォォォォォッ!!なんでこういう事は出来ねぇんだよォッ!!設計ミスじゃねぇのかてめぇらァァァ!!!』
画面内でそう叫ぶ空に、獣人種・人類種共に男性陣からは落胆の声が、女性陣からは冷ややかな目線がそれぞれスタジアム内を満たすように発せられた。うっすらと額に血管を浮かべつつ隣の夫を絞め上げている女性も、僅かながら目に映る。
そんな目の前に広がる光景を俯瞰する、黒いベールを被った一人の少女がいた。外からはうっすらとしか見えないその少女の表情は、無表情であるようにも、笑っているかのようにも見えた。
さて、実際の所彼女がどう考えているのかと言えば――
――もうどうとでもなればいいわ、こんな馬鹿種族……。
四つの視点から大画面に映された、数週間前に自身を打倒した現人類種の王である空。そして、その行動を受けて歓喜に震える人類種の半分。それらを一目に眺めることの出来る視点を持ったが故の虚しさが彼女の胸の内の想いだった。
少女は虚ろな目を眼下に向けながら、自身と繋がっているもう一人の少女へと頭の中で話しかけた。
《どう、フィー?こっちの馬鹿共の痴態は見えてる?》
その言葉を受け取ったもう一人の白いドレスを纏った少女は、東部連合でも群を抜いて高い寺院の塔の頂点に片足で立ちながら、魔法で相方の目を通してゲーム会場の光景を見ていた。
《はい、クラミー。感度万全良好なのですよぉー?》
緩やかに肩から流れる緑白色の髪がウェーブを描き、全体的に柔らかそうな印象を受け、百人中九十九人が美少女だと答えるその少女――フィールはそう、相方である会場のクラミー・ツェルに答えた。
《ふふっ、しかしあのお犬さんも可愛らしいですねぇー。気付いてるのに一切手を出して来ない、いや来られないなんて。いじらしさに耳がピクピクしているのですよ?》
《いや、それはどうでもいいのだけれど……。それよりフィー、今のところどう思う?》
《そうですねぇー、黒さんが意外とむっつりさんだったみたいなのですよぉ?》
画面内に映る黒は空の
その光景に、会場内の人類種・獣人種両方の男性陣の歓声が最大に盛り上がる。同時に空も盛大に歓声を上げていた。
ちなみに、当の本人である黒は済ました顔で何の興味も持たず、次のNPCに向かって斬り込んでいた。
《……》
《あ、ちょ、待って下さいクラミーっ。目を閉じてしまうと何も見えなくなって――》
私、こんな種族を命がけで救おうとしてたなんて……それに黒、アンタだけはまともだと思ってたのに……。
クラミーの目の端にキラリと光った液体は、きっと間違いに違いなかった。
そう思いたい。
☆ ★ ☆
そしてもう一人。
同じゲームの中から、この光景を楽しそうに見つめる一人の少女がいた。
手元に自身にしか見えない小さな窓を展開し、その中で楽しそうにゲームを進めていく対戦相手の様子を見て心の底から笑ってる。自身の潜むビル近くの路上では、四人が群がっているNPC相手に無双状態となって次々とらぶパワーを散らしていく。
「あははっ、中々にやるな」
その正体はそう、空白達とも観客達とも違う視点を持った少女――初瀨いづなだ。
彼女は四人が見下ろせる近くのビルの中に陣取りながら、彼らの様子をエンターテイメントとして眺めていた。
「いくら若い女性体の獣人種とは言え、こうも容易く無力化するなんてっ」
彼女の目に映るのは、明らかに劣る身体能力を持つハズなのに容易くNPCを撃っていく空白と、人間にしては非常に高い身体能力を持って心臓を穿ち、首を刎ねる黒。愉快そうに暴力に任せ切り刻んでいるジブリールはこの際置いておくとして、あの三人に対していづなは大きな興味を持っていた。
「知らないハズの銃器を使いこなし、太刀筋は達人そのもの。はてさて、あの年齢で一体どう人生を歩んできたのやら」
顎に手を当て肘を窓枠に置き、小さく開けた窓の隙間から獣人種の中でも優れた能力でいづなは黒達の姿を直視する。その取る行動は別々ながらも、誰もが一様に笑みを浮かべている。
「けど、こちらに辿り着くのは一体何時になるのやら。せめて夜までには是非とも一戦交えたいものだが……」
いづなは自身の武器である一剣一銃をそれぞれ腰の帯に差している。性能も黒達の物と大差ない汎用品だ。どちらもここへ来るまでに倒したNPCによりエネルギーは満タンとなっており、準備は万端である。
彼らとの一戦の情景をまぶたに浮かべつつ、いづなはそっと剣の柄に触れた。
殺気。
いづなは突如出現した自身へ向けられた何者かの気配を一切のチート及び改造無しに、純粋な第六感で感じ取った。
《む、どうしたいづな……?》
一瞬の変化に気付いた祖父、いのがこちらに向けて声を飛ばしてくる。
いのが付けたチートの一つ、全てを俯瞰できる立場からの助言にいづなは僅かに顔を顰めて応えた。
《なんでもない》
彼からの言葉を無視して、いづなは窓の外へと身体を引き戻した。
同時に彼女の視界に映ったのは、既に五メートルの距離を切ってこちらへ近づいてきたピンク色の球体――
《いづな、来ているぞ!》
届いたときには既に時遅し。何の役にも立たない助言が脳に届く前に、いづなの細い右腕が閃く。彼女は窓の隙間から即座に狙いを定め、爆弾を迎撃する。ピンク色の側面に弾が着弾し、空中で半径二メートルほどの爆発を起こす。
同時に煙幕のようにピンク色の靄が漂い、いづなは空達の姿を見失ってしまった。
だがしかし、同時にこちらの居場所が今ので悟られたと言うのを理解した。
いづなは身を翻し、煙幕の中から正確無比に飛んできた弾丸を
急ぎ隠れ場所を変えねばならない――そう考えたいづなの耳元に、同時に小さな、だが確かな足音が届いた。響く残響の大きさから、近づいて来るのは――白――っ!
「……ようやく、始まるのか……」
いづなは舌なめずりし、腰から己の武器を引き抜き構える。
左手に銃、右手に剣。自身の最も得意とするスタイルを最初から押し出し、いづなはビルの階段を静かに昇り来る白の幻影を透かし見据えた。
さあ、開演の狼煙は既に上げられた。
これからが、この戦争の真の幕開けとなる――
実は次話の核は三話前には既に大半書き終わっていたりしまして。
そこまでに色々挟んだらここまで伸びてしまいました……。