ノーゲーム・ノーライフ ―神様転生した一般人は気づかぬ間に神話の一部になるそうです― 作:七海香波
今回からそろそろ話も動いていきますよー?
初戦でいづなを仕留めきることが出来なかった彼らは、それぞれ別行動を取りつつ予め決めていた集合場所へと時間を計算して向かっていた。空白は手持ちの携帯で、黒は体内時計で、ジブリールは黒から借りた腕時計でそれぞれ時間はチェックしている。
ビルの設計図を管理コンピューターからハッキングした際に、ついでとばかりに街の全体図も手に入れ、それによって黒達はいづなよりも
そして誰の目にも触れられないはずの通路を駆け抜け、ゲーム開始から三十分後、彼らは最初の合流地点である公園へと辿り着いたのだった。周囲を高層ビルに囲まれ、正面と天井のみが開けた絶好の防御地点だ。これだけならこの四人なら余裕を持って対処出来る、との白・黒の計算による結果だった。
真っ先に黒が到着し、次に空、最後に途中で白を迎えに別れたジブリールが降り立つ。衝撃を吸収して見事に降り立った彼女の腕から白はするりと地に足を付ける。
空が碌に身体を動かさなかった反動で息を切らしつつ、顔に苦笑いを浮かべ――間近でいづなと一戦交えた二人に問いかけた。
「さて、黒、ジブリール。
「ええ、この目でしかと」
「あからさますぎて逆に呆れるぐらいには、ハッキリと見て取れたな」
「そうか……やっぱりそうだよなぁ。白の計算+ジブリール及び黒の攻撃をフルに囮に使ってのミスディレクション、それに加えて獣人種の身体能力の限界ですら察知出来ないはずの二重隠蔽射撃を直前に察知してくるとか……マジもう呆れすぎて何も言えねー」
どさっと地面に腰を下ろし、力なく空は笑って呆れたように呟いた。
「どう見ても人間業じゃねぇだろ……」
一切の人間味を押し殺した白の無数の銃撃、それを閉鎖空間の中でひたすら受けに回ることしかできない状況による無音の
その状況から解放されて即座に身体能力が自身より上の
見たこともない彼女らの猛撃により張り詰めた集中の糸の中で放った黒の一撃が彼女の意識を失わせ、回復したことによって完全に戦闘の意識を失わせる。
そこを狙った空の一撃が、外れる。
意識の波が持つ一瞬の弛みを突いた、週刊少年誌における世界的殺し屋の技の一つ。
射撃時のマズルフラッシュはバックに重ねた太陽光によって完全に消え去り、黒の音速を超えた近接攻撃によって発生した衝撃波により直後の僅かな銃声など聞き取れるはずのない状況で。
あの
「視覚聴覚による一切の情報無しにおいて、完全に不意をついた、死角からの亜音速飛翔体での二重狙撃――ちなみに
つまり、人類トップクラスの知能を持ってして察知不可能と言わしめる攻撃を、攻撃以前に察知することが出来るかと。
「当然、――不可能で御座いますね。これが攻撃後であれば、対処の方法など幾らでも存在致しますが。攻撃前となると、いくら
それに対して、黒は。
「……不可能とは言い切れないな」
彼女の一言を超える言葉を呟いた。
僅かに疲労を浮かべた顔で腰を下ろしながらもこちらを見つめる空白を見ながら、理由を語る。
「例えば俺とお前らのように、普段から互いの行動を数重に先読みし合う事の出来るほどの情報を集め、分析し終えた場合ならば出来るだろうさ。――けど、俺達が異世界に来てから今に至るまでの情報だけで俺達の全てが理解出来るわけがないからな。今の
それに、空の射撃に気付いた時の慌てぶりは嘘偽りには見えなかったからな、と付け加える。閉じた瞳の中で先ほどのやり取りをリプレイすると、弾丸に気付いたいづなの身体が一瞬硬直し、瞳孔が目一杯開かれたのが鮮明に映し出される。
ここまでのやり取りを自分なりにかみ砕いて、ジブリールは思い浮かんだ結論をそのまま口に出した。
「つまりあの者の行動は所謂獣人種の『第六感』による、と――」
「「「違う(な)」」」
ジブリールの言葉を、残る三人が声を揃えて被せるように否定する。
「『第六感』――五感を元にその人の経験から無意識的にもたらされる《勘》」
「音も聞こえず姿も見えず肌に触れる感覚もなく、それでいて頭に響く『第六感』なんて言えば似たようなモンは二つしかない。聖女のように何の前触れもなく突然『天から声』が聞こえるか、」
「予め相応のズル、チートを使ってるに決まってるだろ。全く、東部連合には確かに『巫女』なんて呼ばれる存在がいるから前者も有り得ないわけでもないんだが、ここはあくまで電子で編まれた
「……はい、何で御座いましょう?」
意見を全否定されてからの空の頼みとやらに、ジブリールは僅かに普段の笑みを歪ませつつも答える。
そもそも幾ら同じ実力だと言われていても、彼女が実際に使えるに等しいと認めた
そんな彼女の心境を理解しつつも、この行動を素直に実行してくれないと困る――空は少しだけ
「“現在出せる全出力を以て、いづなと戦え。ただし
その言葉を聞いた瞬間、ジブリールは不自然なほど素直に空の“頼み”に従った。
物理的限界にまで下がったその身体で強引にビルの壁面を駆け上がり、やがていづなの姿を探して飛び立っていった。
「うし、それじゃあ黒――」
「――ああ。分かってるよ」
空の言葉を遮るように黒は了承の言葉を返し、背を向けて公園の出口へと歩き始めた。……その声の中には負の感情が僅かながら込められていたのに、空と白は気付く。いくらジブリールが反抗心を見せたとは言え、完璧に役割を果たさない確率が一パーセントでもある以上は
ジブリールを強制的に従わせるのは、黒に思うところがないわけでもなかった。
出口に向けて歩きながら、ポケットの中からいくつかのアイテムを出して空白の方へと放り投げる。二つのアイテムは綺麗にアーチを描いて別々の場所にいた空と白の手の中に収まった。
「さすがに悪かったか?」
「にぃ、気にしたら……逆効果……」
彼らは少し決まり悪そうにしながらも、黒から受け取った物を身につけ、それぞれが担当する場所へと別れて歩き出した。
後に残るのは、いつの間にか描かれていた、地面を埋め尽くすように描かれた無数の数式のみ。
――その意味を知るものは、今は彼ら三人のみだった。
☆ ★ ☆
「――で?バラけたみたいだけど、あそこから一体どうするつもりなのかしら。ねぇ、フィー?」
クラミーはここに来て別れた彼らの行動を読めずに、相方のフィールへと相談する。
いくら彼女が数日前のゲームで空と記憶を共有していたとしても、分からないこともある。その点、逆の立場であるフィールならば理解出来ることもあるだろうと考えて。
彼女は少しばかり逡巡をみせた後、生徒を諭す先生のように、自身が知る問題解決の
『それは何とも言えませんけど、きっと黒さんなら何かしらの策があるんじゃないでしょうかねー』
「やけに自信たっぷりに言うわね……その根拠は何?」
『だって今、空さんの右の手元で、
☆ ★ ☆
――ッ、一体どうなっているのだ。
最初から予想外の展開が続くことに、初瀬いのの頭の中は混乱で一杯だった。
いくら
いづなの動向を完全に見抜き、その弾道を完璧に弾き出す規格外の計算能力を持つ白。
照準もなしに重力で加速していく五〇〇メートル先の対象を難なく狙撃する空。
人類種でありながら百階分の壁面を駆け、獣人種に匹敵する身体能力を見せる黒。
「(全員、まさに化け物ではないか……。やはりあの感覚は嘘では無かったというのか……ッ!)」
拾い上げた手紙から空の声を聞いたときに覚えた錯覚。
心臓を握られたようなあの時と同じように、一筋の汗がいのの頬を伝う。
「(あの宣戦布告を上層部に伝えた時にその事も念入りに伝え、ゲームの拒否を進言したと言うのに……あそこで全力を尽くさなかったことは失敗だったか。今思えば、
ギリッ、とダイヤを磨り潰す勢いでいのは歯ぎしりし、思考の海に意識を埋める。
彼らが宣戦をしたその翌日、どこからともなく東部連合を駆け巡った一つの噂。
曰く、《獣人種の人類種の宣戦布告に怯え、未知の恐怖に尻込みしている》――と。
東部連合では全種族中で最も発達した
このゲームの内容を予め熟知していたらしき奴らなら、それぐらいのことはやりかねない――そう思った。
その予測は正解だった。
実行犯は黒一人。獣人種語を学び終えた次の日から東部連合の機械系統にも手を出し始め、更に一週間後には獣人種の大手情報サイトを複数運営するまでに至っていた。無駄に余っている図書館内のスペースを活用し、魔法で本格的なマシンを作成・設置している。ちなみに大半のシステムが言語が異なるだけで基本的に同じだったということもあり、ハッキング技術なども同様に通用したのは少々予想外だった。
そこから今回の出来事において、基本民主国家である東部連合の住人達のプライドを刺激するように一人で情報の波を広げていき、世論を参戦に導いたのだった。意外と脳筋だったのか、一部の過激派を刺激すれば後は勝手に広がっていったので操作は簡単だった。
いや全く、日本での経験がここで使えるとは思わなかった黒だった。
ちなみに元の世界で行ったことはと言えば、新規成立した機密情報法律によって一般公開されていない情報を手に入れたりだった。……当然、違法である。異世界に来た今となっては罰せられることもないため、どうでも良いのだが。
「(ちっ……何から何まで予想外だとは!)」
いのは画面内に映るいづなの姿へと再度目を戻す。
そして――吹き出した。
「――ブッ!!」
その画面の中では、縦横無尽に世界を走って黒達の場所を探していたはずのいづなが、どうなっているのか、今度はいつのまにか現れたジブリールとの戦闘を始めていたのだから。
キリキリと痛む胃を抑えて、いのは意識をゲームの中に映し無防備に座る空達を睨む。
獣人種と人類種の
胃薬が彼の友人となる日は、そう遠くないのかもしれない。
☆ ★ ☆
暗いスペースの中、複数の液晶からの光だけが部屋の中を僅かに照らしている。
その前に座る一人の人間は手前に設置した四つのキーボードの上で腕を素早く踊らせながら、文字と映像が走る全ての波面を俯瞰するように見つめていた。
「監視システムへのハッキングはコレで良いとして……面倒だな。一気に掌握してっと――」
軽く人間に見えない速度で接近戦を繰り広げるジブリールといづなの姿を、次々と場面を切り替えて追いながら、その動きを頭で分析していく。
「全く、ここまで自由度が高いステージは初めてだけど――まさかゲーム内で独立したネットワークが構築されているなんて末恐ろしいよホント。それでも今回は、俺達の好きなように利用させてもらうんだがな」
いくら都市を丸々再現した仮想空間内とは言え、それを本来の意味で活用する輩など早々いないだろう。獣人種の『血壊』さえもギリギリ捉えられるように作られた監視カメラが網のように張られた都市部、その全てをたった一人で掌握する。
――せっかくこんな近代的なフィールドなんだ。俺らなりに活用してやろうじゃないか。
空の提案により、ハッキング技術を持つ黒の手で東部連合の持つ技術の結晶を支配する。
今やこの空間内であればほとんどの情報を一手に集められ、それに加えて――
「空、ジブリールといづなは現在壁を蹴って空中戦闘しつつ、予定通り巨大ゲームセンター前の大通りを通り過ぎて行ってる。お前は後十秒で重なるぞ」
『了解ッ!はぁはぁ、待ってろよいづなたん!』
「白は今どこにいる?」
『ん……巨大タワーから六百三十メートル、ボーリング場らしき建物から百四十メートルの地点――いづなたんは見えてる』
「OK。んじゃ空、聞こえてるな?予定通りに行ってくれ」
黒が道の途中で手に入れた通信機を経由し、情報を発信することもできる。
数あるディスプレイの内四つで空、白、いづな、ジブリールの『顔』を追う黒は今や、観客達を除いてこの世界を俯瞰できる――神に等しい存在となっていた。
地面と左右の建物の壁面を使って宙を飛び交い駆ける二人の剣と銃は縦横無尽に火花を散らし、徐々にその位置を移動させながらも途切れることなく交差する。
ジブリールが右手に握った剣を下からすくい上げるように振るう。その手首を狙ったいづなの弾丸が発射されたのを感知した瞬間にジブリールは手を引っ込めて、代わりに右足でいづなの顎を蹴り抜こうとする。それをいづなは振りかぶった額で迎撃した。
ほぼ同じ威力で繰り出された互いの攻撃は互いを空と地に弾く。
地面に叩き落とされたジブリールはコンクリートの粉末が飛び散り視界を遮る中、いづながいるであろう辺り目がけて続けざまに五発の弾丸を見舞う。いづなは発砲音を聞き、着物の袖を翼代わりにして、散る木の葉のようにそれらの隙間を縫ってヒラリヒラリと地面に舞い降りる。
『ははっ、実に楽しいな!!』
『私としては、少々不完全燃焼ですが――ね!』
顔に獰猛な笑顔を浮かべながら、着地と同時に地面を砕いていづなは剣を振りかぶって土煙の中に突進した。
直後――バギンッ!
一際激しい衝撃波と共に周囲の粉塵が全て吹き飛んだ。
その中心地では剣と剣を重ね合ったジブリールといづなの姿があった。
一体どれほどの力を込めているのか、鍔迫り合いを繰り広げる二人の中心では激しい勢いで火花が散り続けており、地面は二つのクレーターを作っている。
……。
「今更だが、一応恋愛ゲームなんだよな?周囲の被害が真剣に考えてヤバいレベルなんだが……。どんな価値観で作られたんだこのゲーム……?」
誰もその問いには答えない、というより答えられなかった。
さすがに
☆ ★ ☆
ジブリールといづなは剣を重ねたまま互いにその場を動かない。
全身の力を込めて相手の方へと剣を押し込み、その刃を擦れあわせながら、その瞳を覗き込む。
「しかし、まさか
刃へ込める力を一切緩めないまま、いづながそう呟いた。馬鹿にするわけでは無く、ただ純粋に覚えた疑問を表に出しただけ故にジブリールはキレることはない。
それでもまさか話に応じるとは思わなかったが。
「ふ、獣如きの分際で――それがどうか致しましたか?そもそも私は人類種に味方しているわけではありません」
「何?」
「私はただ
「……そこまで入れ込むなんて、一体あの男は何者なんだ?いくら
「それは貴方の偏見でしょう?」
「へえ、ならばてめぇから見たあの黒は、一体どんな奴なんだ?」
ジブリールは不敵な微笑みを浮かべながら、いづなに向けて語り始めた。
「ふむ、そうですね……。最初はただ、私のとある人との約束を思い出させてくれただけの人でした。正直言えば、ここまでするような対象ではありませんでした。けれど、彼と触れあう時間が増えるにつれて、一目見ただけでは分からないものも見えてきました。相手が神様であろうとも折れることのない金剛の精神、その隙間に見え隠れするか弱い本来のヒトとしての感情」
ジブリールの腕に篭もる力がふと、強くなるのをいづなは感じた。
いや、感じただけではない。実際にいづなの刃が少しづつ押され始めている。
「ふふっ、……その歪みが、なんというかもう、実に素晴らしくてですね?
ガィン!――ついにジブリールの力に耐えきれなくなったのか、いづなは力の方向を切り替えてバックステップで後ろへと下がる。コンクリートを踵で削り、十メートルほど下がったところでブレーキを掛け、いづなは身体を止めた。
二人の距離が空き、ここで一旦戦いは仕切り直しになる――と観客の誰もが思ったその時。近くにいた初瀬いのと魔法が専門分野であるフィールだけが気付いた。
現実世界の黒の手元で、先ほどの空のように精霊が働いたことに。
『盟約の下に命ず――さあ、“全身全霊を以て、物理限界を超えろ”――ジブリール!』
「了解、
刹那。
いづなの心臓にジブリールの剣が突き立った。
まだまだ終わりませんよ?今回の話から色々広げていく予定なんで。
黒達の
後、一応ここで書いておきますが、作者の現実上の都合で更新スピードは落ちるかもしれません。
それでは、また。