ノーゲーム・ノーライフ ―神様転生した一般人は気づかぬ間に神話の一部になるそうです― 作:七海香波
――そして、ゲーム開始より五時間が経過した。
人類種側は既に残り駒が二つ、元あった内の三つを奪われている。人類種最強である現国王の片割れである空、言わずと知れた戦闘種族のジブリール、そして元王女。
今回参戦した内の最大の駒であると思われたジブリールが奪われた今となっては、観客席の間では二極された雰囲気が漂っていた。
人類種側はもはや未来がないかのように思われた暗い空気を纏っており、対して獣人種側は疑わない勝利を前に最高潮の興奮に酔いしれている。
それもそうだろう。
自分たちに残っているのはたかが小学生に過ぎないような少女と、散々悪い意味で噂の種になっている少年なのだから。恐らく後数分もしないうちに、片が付くのだろう。
そう、
しかし、いつまで経っても、ゲーム終了の宣言は来ない。
不審に思った人類種側の一人がふと画面を見ると、その中では驚くべき戦いが繰り広げられていた。――いや、戦いというのは少しばかり違うだろう。
「……あれ?」
そう、今まさに互いの尊厳を賭けて戦っている二陣営。
その獣人種側から、残った人類種側は余裕綽々といった態度で逃げ続けているのだから。
■
互いの人員に変化がないまま、ゲーム内の状況も動いてはいなかった。
と言うのも地下に潜り続ける二人は、片やFPSの達人であり、それをお姫様抱っこしているのは一時的とはいえ人外の相手とほとんど同じ性能を持っている人外(仮)。
対していづなの方は空とジブリールがついているとはいえ、本人は獣の直感しか頼れるものは無く、白と別れた空はステフ以下、ジブリールに至っては単純に力任せの無差別破壊兵器だ。
黒の下では本来以上の仕事を叩き出すジブリールも、彼の下を離れた今となってはそこまでの脅威でもない。むしろ彼らからしてみればそんなバグキャラが一人くらいいたほうが、かえって行動が読みやすいのだった。
その上に監視カメラをハッキングし専守防衛に徹した二人にとっては、一方的に相手を避け続けることも不可能では――ない。
現代日本に比べて僅かに時代遅れの雰囲気を漂わせる獣人種の街だが、それでも発展の度合いで言えば間違いなくこちらの方が高い。それはもちろん地上だけでなく、
東部連合の都市、その下に広がる地上と同等、いや、それ以上の拡がりを持つ地下空間の中で黒たちは逃走劇を繰り広げていた。何しろ入り組んだ構造そのものが障害物とかしており、軽く地下三十階まであるともなれば一度入ると簡単に抜け出すことは出来ない。
そんな場所を、胸に抱えた少女にダメージが蓄積しないように滑らかに、さながら宙を軽やかに飛び回る燕のように、黒は縦横無尽に走る地下の街を駆けていた。
「次、左――右――まっすぐ――その次は下――それでまた左――」
一向に疲労を見せない黒の元で、白は携帯端末をチェックしながら彼の逃走経路をナビゲートする。三人の動向は黒の追跡プログラムにより随時監視下にあるため、彼女の画面に映る立体地図上に赤い点として表示されている。
黒というキャラを操作する白というプレイヤー。その二人の組み合わせが、獣人種側の三人を置き去りにして地下の世界を逃げ続ける。いづなにも
「くー……身体、大丈夫?」
「ああ。まだまだ逃亡劇を続けるくらい出来るさ。これでも鬼ごっこで捕まった覚えは無いんでな」
「違う――考え事してるから。くー、今、
「確かにそうだが、それは白ちゃんの気にする事じゃないさ。まだまだこれくらい昼飯前だよ。それに、俺がこうしなきゃ式は完成しない、だろ?空も白ちゃんもこういうのには慣れてないんだから俺がするしかない」
「……そう」
ふと、俺の腕を握る白の力が強まった。
黒のそれなりに鍛えられた腕に優しく抱きかかえられながら、白は道を計算し、そして自分たちのために相当の無理を続けている彼を心配する。
しかし他人からの気遣いに疎い黒はそれに気付かないまま自らのやるべき事を進めていったのだった。やはり、黒と白の急造コンビはその内までは滑らかに回らないということか。それでも互いに互いを気遣った上で限りなく無敗の状態に近づけている辺り、二人の努力が伺えるだろう。
背後からいづな、もしくはジブリールであろう破壊音が聞こえる中、黒は現在居る地下五階から階段のある位置へと走る。
そして視界の端、下に落ちる約十メートル先に螺旋状の直通階段が見えたところで。
「白ちゃん、下降りるぞ――2、1、0!」
そう宣言し、カウントとほぼ同時に、黒が勢いよく地面を蹴った。そしてその速度のまま今度は壁を蹴り、そして天井を蹴る。白は自身の天地がひっくり返り、自らの身体を包む力は僅かばかり強まったのを感じた。
そして、自身を抱く黒はそのひっくり返った体勢のまま天井をもう一歩蹴り、現在居る二〇階から螺旋の中心、最下層へと一直線に繋がる道へと頭から飛び込んだ。
ただ飛び降りるならいざ知らず、遠慮無しに恐るべき初速度で弾丸の様に飛び出すその光景には画面の外から二人を見る誰もが驚きを隠せなかった。
「次……着地、3、2、……0!」
また、着地と同時に戻る天地と重力の感覚。
本来襲い来るハズの着地時の衝撃は黒がほぼ吸収しきったため、白に目立ったダメージは通らない。少しばかり受け身に失敗したせいか頭がクラクラとするが、それくらい何の支障もない。
「少しだけ計算ミスったかな」
受け身の状態から立ち上がってそのまま足を止めずに前へと踏みだし、次の一歩で軽く
「ホントに、大丈夫……?」
信じられないようなアクションを次々と起こす黒に、白がまた問いかける。
黒は前を向きながら余裕綽々と言った風情で笑いながら返事をした。
「おーおー、全然これくらいなら大丈夫だぜ。周囲を爆破されたときに比べれば軽い軽い」
「……どんな人生?」
「ま、色々とあったんだよ」
一瞬過去を振り返るような目になった黒、白はその瞳をのぞき見た。
しかしそこに映っていたのが安易に問うことの出来ないような遠い闇であることを知ると、それ以上深く追求はしなかった。
「それより白ちゃん、そろそろだろ?準備は良いか?」
「……もちの、ろん……くーは?」
「当然俺だって問題無いさ。んじゃ、気張って行けよ?相手は兄貴なんだ、ちょっとくらい無茶したって計算はやり直せる」
「ありがと、くー」
黒と白の目の先に移るのは、先ほどとはまた別の巨大な螺旋階段。その中心には地上からの光が差しており、それは彼処がここから地上まで一直線に続いている穴だという証明だ。
そう、つまりあれはこの辺りにある唯一の地上まで繋がる階段だった。
そして黒白の逃避行の終着点でもある。
「んじゃ行くぜお姫様、気絶するなよ!」
そこで黒は、全力で白を引っ掴んで――地上まで投げ飛ばした。
地下三〇階から地上まで、百メートル近くを白は急上昇していった。本来なら物理的に絶対に不可能な光景なのだが、
白が大体地上まで辿り着いたのを見届けると、黒は先ほど来た道を戻り始める。そして、追いかけてきている破壊音の元凶の所へと近づいていった。
少しばかり歩いて行くと、突然――バゴォォォンッ!
軽く二階分の構造を吹き飛ばし、いづなとジブリールの姿が粉塵に塗れて現れた。
「――よう、お二人さん」
声を掛けられたいづな……それより先に脊髄反射で、粉塵の中からジブリールが飛び出してくる。
しかし黒はそれを避ける素振りすら見せず――ガィンッ!
ぶつかり合った二人の間で火花が散り、何故か、ジブリールの方が吹き飛ばされる。
対して黒は、その場から一歩も動いていない。
とにもかくにも、そんな様子の黒をいづなは視認すると、軽く今のやりとりに目を見張り、それから軽く周囲を眺め回した。
弾かれたジブリールは特に思うこともなかったのか、無表情で空中でバランスを立て直し、いづなの後ろへ音もなく降り立った。
「む、お前一人か。白は……隠れている、というわけでもなさそうだ。何処へやったんだ?」
「姫は今頃王子様とデート・ア・ライブと洒落込んでるよ。地上でな」
「ふ、……そうか」
意味は分からなくても言いたいことは伝わったのだろう。
黒といづなは互いに苦笑しながら、改めて相手の方へと向き合った。
「つーわけで、ここは通行止めだぜ、お二方。恋愛に横槍は無粋だって、習わなかったか?」
血壊を解いたいづなと理性の飛んだジブリール、そんな化け物二人を目の前にして、黒は笑いながら話す。
そんな彼の様子を見ながら、いづなは少しばかり考える。
「(確かに、一見もう笑いでもしなきゃやってられないような状況であるのだが、それでも目の前の男はそんな人間では無い。)――そうだな。それではこの胸の高鳴り、代わりにお前に沈めて貰うとしよう」
そう言っていづなは獰猛な笑みを浮かべ、一剣一銃のスタイルで構えを取った。同時にその背後で、ジブリールが構えを取る。
「胸の高鳴り、ねぇ……見た目幼児に言われても、違和感しかないぜ?ま、望みと相手してやろうじゃないか初瀨いづな。覚悟しろよ?俺の剣は想像上ではかの大英雄の猛撃すら防ぐ――好きなように、掛かってこい」
それに対し、黒も一歩も引くことなく、自らの
――さあ、仮想と現実を重ね合わせよう。
口にも出していないそんな黒の心の呟きがゴングとなり、三人は同時に駆けだした。
■■■
弧を描くように投げられた白は、丁度頂点につくと同時に地面に降り立った。
その辺りの上手い黒の力加減に感謝しながら、白は丁度目の前に立った空の姿を見る。
――そう、この場を整えるまで、約五時間。
優にフルマラソン×2.5超を黒に走らせたのは、他でもない。人外組と空を引き離した状態で、二人が二人だけで出会うため……なのだった。あともう一つ、黒にこの世界の感覚に慣れさせると言う目的もあったのだが、それは今関係無いので割愛して。
とにかく、いづなたちは人外の膂力を持ってして黒に着いてきていたのだが、対して自身の兄である空は人類の最底辺の体力だ。碌な思考力もない状態で追ってくるとなれば、相応の距離が開くはず。
その距離が埋まる前に、空を取り戻す。そしてそれが、白の計算式でいうところの、奪われた空を取り戻す間の、ブリールといづなを足止めする一つめの変数X――『く』だった。
地球で様々なゲームの頂点を飾ってきた「
ちなみにこの作戦だが、もちろん隠れて避けようのない狙撃をする、と言う手もあった。しかしここで敢えて、白は空の前に躍りでる。何故ならコレは、単なるFPSではない。
恋愛ゲーでもあるのだから。
「にぃ……」
「……」
無言のままうつむいている空に、白は悲しそうな目を向ける。
そして白は銃を握る右腕を上げ。構えた銃の引き金を引いて、弾丸を発射した。
――当然、空はそれを避ける。
「――ッ!」
自身の愛を受け入れて貰えなかったショックで、白の思考は一瞬停止する。
――が、思考停止していたはこちらがやられる。
刹那、お返しと言わんばかりに空の弾丸が発射される。一応予想していたとおりのそれを容易く避け、迎撃しながら白は確実に一つ一つを潰していく。
自身の兄は読み合いにおいては弱いが、意外性においては自分より上だ。その点を踏まえてしっかりと行動しないと、こっちがやられてしまう。何しろ十年近く一緒にいるのだから、互いの手は知り尽くしている。……長引けば、こちらが不利か。
故に、そう考えた白が選んだのは。
空が簡単に相殺処理しきれないような、単純なまでの、数の暴力だった。
当たれば儲けと言った考えで、唯ひたすらに兄の死角を狙って球を打ち込む。
空は死角から迫ってくる銃撃に対応出来ない。死角すらも計算する白ではないので、確実に身体を常に動かし続けて避けるはず。そんな身体を動かして避けなければならない弾丸で、次なる目標地点まで相手の位置を誘導する。
自分たちを追って身体を散々動かした兄はその分溜まった疲労度で、思考も鈍くなっているに違いない。
何しろ普段は一切運動なんてしないニートなのだ。愛に溺れ、その
そこに付け入る隙がある。
そうして白の思った通りに二人は移動していき、やがて近くにあった小さな一つの路地へと入り込む。そこは曲線物への跳弾角度すらなんなく計算する白にとって、絶好のフィールドだ。
こちらから入るように移動しながら少しずつ空を引き込んでいき、十分に空を引き込んだところで、後は引き金を引くだけとなったその時。
そこで――白の銃が、背後から何者かに叩き落とされる。
「あはっ、だめですわよ白ぉー?空を襲っちゃうなんてぇ、全くぅ!」
続いて後ろから、その誰かに羽交い締めにされる。
――正体は、ステフ。
「もう、いづな様の愛を拒むなんてぇ可哀想ですぅ。ほら空、早く終わらせて、いづな様の所へ戻りましょう?」
そう、幾らスタミナの削れきった空での「
いかにも誘導してると言った白の弾丸に、素直に従うわけがない。
それでも彼が素直に従って移動したのは、その先に彼女がいたからに他ならない。
ステファニー・ドーラ。ゲームの最初のあたりで消えた雑魚中の雑魚、居なくても同じ、存在価値ゼロの彼女――しかし、こと体力に至っては一般人……すなわち、白と空の上を行く。
先ほどすれ違った際に彼女が既にいづなに陥落済みだと言うことは分かっている。
ならば、そちらへ銃撃音を出しながら迫れば自然とこちらへと気付く。しかもその辺の獣人種の女の子と同じ体格のお陰で、近づいてきても足音でばれると言うことは無い。
加えて、この状況を見れば自然と自身に加勢することは間違いないだろう。
そして現在、彼女は白を捕まえている。
「……チェック」
避けようにも避けきれないよう、念を入れて白の額へと空は銃口を押し当てる。
そして空が引き金を引こうとした瞬間――白が、ニヤリと笑った。
白が突然身体を捻ってステフの拘束からするりと抜け出し、頭を下げる。瞬間、空の放った本来白に当たるはずだった弾丸は――ステフに命中する。
照準を直し白へと向け直すが、時既に遅し。
白は
突然の反撃に驚くも、そこは空。慌てるより先に拳銃を放さないように強く握りしめ、即座に白を振り払う。もちろん白は簡単にはじき飛ばされるわけだが――それでもう、十分なのだ。
ステフが空のことを好きだと自覚するまでは。
「空ぁー、大好きですわぁん!!」
白を改めて撃とうとした空に、目をハートマークにしたステフが思いっきり走り寄って抱きついた。突然の衝撃に思いがけず押し倒される空。
その隙を狙って、白は先ほどついでとばかりにスッておいたステフの銃を拾い上げ――
「……付け入る隙、見ぃーっけた」
――ババンッ!
そして、仲良く頭を撃たれた二人は気を失い――数秒後。
「白ぉ!愛してますわぁ!」
「おお、白よっ!よくぞ無事だったな!!もう二度と離さないからなぁぁぁぁぁ!!」
……正直ステフはお呼びでなかったのだが、仕方がないか。
そう思いながら白は随分と久しぶりに感じられる兄の感触に心地よさを感じ、こちらの勝負を制したことを黒に伝えるのだった。
今回黒が色々限界を超えてますが、その辺りの説明はまた後の話でちゃんとします。
感想等々よろしくお願いします。