ノーゲーム・ノーライフ ―神様転生した一般人は気づかぬ間に神話の一部になるそうです―   作:七海香波

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 長らくお待たせしましたが、ゲームは次回となります。
 期待していた読者の皆さん、申し訳ありません。

 なお、今回は過度に人類種を下にみるところが有ります。

 それではどうぞ。


第五手 人類種とは――

 図書館から帰ってきて数時間後。

 

 実態は神殺しの兵器(ジブリール)との読書タイムとはいえ、『美少女の家(?)から朝帰り』という、童貞には到底有り得ない不可思議(ミラクル)を体験出来て幸せだったと思っている黒は現在――空の残していった伝言を怒りのままに破り捨て、ベッドに倒れ込んで足りない分の睡眠を補っていた。

 

「ったくよー、もー有り得ねーだろなんで異世界来て早速王城なんかに行かねばならんのだ一体何をしやがった空ァ……」

 

 枕に顔をツッコミながら、モゴモゴと空に対する愚痴を延々と呟く。

 魔王討伐目的で勇者として呼ばれでもしない限りは、一般人(?)である三人が王族などと関わるわけがないというのに、

 ――なんで王城に行く事態にまで発展するんだよ白ッ、空ァッ!

 確かに、何か企んでいるのは分かっていたのだが。

 堕ちるところまで堕ちたに等しい人類種(イマニティ)の拠点に行くことになるなど、どう考えても百害あって一利無しだ。

 

「そもそもアイツが余計な一言を呟いたせいで俺はこんな目に――なのに置いていくとかマジふざけてんのか――あんの野郎ッ」

 

 バンッ!――考えるだけで苛つく黒は、咄嗟に起き上がり、八つ当たりの如く枕を掴んで壁に投げ飛ばす。

 当然、放物線を描いて飛んだ枕は土壁へと命中し、床へと落下していった。

 息を荒げて枕を投げたらちょっとは頭が冷えたらしく、そのまま心を落ち着かせるように壁を見つめる。

 試しに壁の紐模様でも数えて無心になろうとしたところで――

 

「――血痕ッ!?」

 

 黒の目に、前まではなかった、壁の一点に時間が経って黒ずんだ赤い点――血痕が黒の目にとまった。

 

「え、ちょっ、なんで血痕なんてついてんの!?あいつら一体何したの!?」

 

 それは、空に理不尽な契約で縛られたステファニーが「認められるわけ、ないでしょーッ!」と叫びながら頭を打ち付けたことによるものなのだが……当然その場にいなかった黒はその由を知るわけもない。

 

 とりあえず、一体あの状況からどう発展したらこうなるのかを推測しよう――まるで解いてくれと言わんばかりのこの興味深い状況に、驚きながらも黒が目を変化させる。

 余計な感情を省き、物事の重要な点を見抜いてそれらを組み合わせていく(クロ)の観察眼へと。

 改めて部屋を見渡し、一見何の変哲もないこの中から物語のピースを抜き出していく。

 

「(――足跡――高さ――傷――出血量――)」

 

 二秒程度だろうか、壁から床に至るまで、全てを見透かすかのように現場を捉えていた黒い瞳が閉じられた。

 何も移らない黒い闇に、切り取られた視界の破片が映されては消えていく。

 視界に浮かび上がったいくつかの不審点が揃えられ、視神経を通して脳の中へと伝わり、黒の積み重ねてきた限りない情報の山に高速で照らし合わされていく。それぞれの情報から他の情報へと繋がる足を引き出し、それらを絡めて纏め上げる。

 

「――ああ、そういうことか」

 

 再度開かれたその目には、確信を帯びた光が爛々と輝いていた。

 たった数秒でこの不自然な現象の源を明かしたと考えるその顔には答えに自信を持っていることを表すように嬉々とした笑みが浮かんでいる。

 

「理由だけが、今一つなんだけどなぁ。後で聞いてみるか。それに、さっさと王城行って、ジブリールさんの所へ向かわきゃならないし」

 

 壁に立てかけてあった鞄を取り、伝言と一緒に机に置いてあった鍵を手にとって下の酒場へと向かう。

 

 既に酒場で色々していたマスターにチェックアウトすることを伝えて嫌な顔をされ――空が無理矢理ふっかけたのに一日でキャンセルされたからに違いない――、朝から酒盛りをやってる馬鹿共の間をすり抜けて外へと出る。

 

 

 帰ってきた時より日は上がり、現在時刻は六時半。

 昨日の時点で大体の地理を掴んではいたのだが、この辺りの細かい道はまだしっかりと理解していないために、黒は通りすがりの人々に道を尋ねながら王城へと向かっていく。

 盗賊達から奪ったボロボロのフードを目深に被り一人歩く黒の姿は道行く人々の目にはさぞ怪しく映ったことだろうが、口を開いたときに黒が優しい顔で尋ねると、ほとんどが素直に道を教えてくれた。

 

 だが、王城への道を尋ねた黒に対して、行く人々の皆が前王への嫌みをネチネチ呟くので、心の底で「(鬱陶しいな、やっぱり人間はクズが多い……)」と、着実に足を歩みを進めていきながら少々不機嫌になりつつあったのも事実だった。

 

 ――どこの世界でも人類は、他人の悪口を言うことだけは他に追随を許さないんだなー。

 異世界に来てまた一つのことを学んだ黒、彼の頭には未だ人類種(イマニティ)に対して“馬鹿”の二文字しか思い浮かんでいなかった。

 

「(ジブリールの言う、“喋ることしか脳のない猿”という表現もあながち間違っちゃいないかもな)」

 

 

 

 

 ――明け方の涼しい町中を進んで三十分。

 昨日の大移動に比べればかなり楽な距離を歩いて進み、さんざん話題で叩かれた先王の王城第二号(……一号は賭けで奪われ現在どっかの大使館らしい)に辿り着いた黒。

 大きな門の前に『十の盟約』のせいで無意味に等しいはずの槍――形式美、というやつだろうか――を構えた門番に、王城に来るよう伝えられた旨を話してみているのだが――

 

「ダメだダメだ、そんな話は聞いていない!」

 

 ――その一点張りで中に入れていなかった。

 黒がここに辿り着いて優に十分が経過しているのだが、城内に確認を取ってくれることもない。

 何度言っても話の通じない相手の背後に薄く笑う空の影が見え、

 

「(空、来いってんなら話ぐらい通しておけよ)――んの野郎、殺したろか」

 

 と呟いてしまったことが、

 

「殺すだとぅ!?やはり貴様を中に入れるわけにはいかんなぁっ!」

 

 さらなる負の連鎖を呼ぶ。

 ――さて、どうしたことか。

 試しに正面からゲームで押し通ろうとしても、そのゲーム自体が拒否されるに決まっている。このままでは話が進まないのはもはや明らかだ。

 門番を口で負かすのも有りだが、先ほどの殺害予告紛いで相手の感情は高ぶっている。口説き落とすには中々時間がかかるだろう。

 

「まったく、仕方ない――攻略(・・)するか」

 

 一旦門番の立つ正面から離れ、ゲームで鍛えた目で、出来るだけ監視の目の少なそうな城壁の位置を探して回り込む。

 このエルキアの城は中世風、城壁はレンガまたは巨石の組み合わせで作られている。

 ならば近くの店で小刀を買い、石と石の隙間に突き刺して後は登っていくという選択も取れるのではないだろうか。見られないように出来るだけ素早く移動する必要が有るが、そこら辺はさっさと登ればいいだけだと黒は考えた。

 それならば話は早い。

 すぐさま行動に移すため、黒はこの街の雑貨屋へと足を運んだ。

 

「(魔法があれば楽にすむんだろうけどなぁ……)」

 

 ジブリールの精霊運用を間近に見た後では、どうしても魔法の有用性を第一に考えてしまう。

 だが、今はまだ使えないと理解しているため、その思考を無理矢理頭の隅に追いやった。

 

 

 

 

 ――十六種族(イクシード)位階序列第十六位の人類種(イマニティ)は残念ながら魔法は使えない。それはジブリールの図書にも書かれていることであり、街行く人々が黒に対して先王の敗北した理由に上げた最たるものの一つでもあった。

 

 人類種(イマニティ)には“魔法”は使えない。

 

 なぜなら、人類種(イマニティ)には魔法の源たる精霊回廊に接続するための神経が無く、下手に取り入れたならば、反動で壊れた精霊――『霊骸』によって体内の精霊がかき乱されて死に至るのだから。

 

 

 ――だが、それは本当なのか?

 

 なるほど。命を失うに等しいなら魔法を使えないと考えても差し支えないだろう。

 

 人間、いや、生けとし生ける者なら誰しも死は恐れるのだから。

 

 

 それでも、それらは――人間が魔法を使えないという理由には何一つとして(・・・・・・)当てはまらない。

 

 

 人は空を渡る翼を求め、飛行機を創り出した。

 

 人は海を征く足を求め、蒸気船を生み出した。

 

 求めなければ、始まらない。

 

 死を恐れ、一歩を踏み出さないのなら――何も始まらないのは当たり前だ。

 

 

 だから、この世界の人類は、ジブリールの言うとおり、愚かに輪をかけた、“言葉を操るだけの猿”に等しいのだと黒は思う。

 

 前に進もうとしない、進歩を捨てた人間は――果たして、“生きている”と言えるのか?

 

 

 黒の周囲の元の世界の人間も、誰一人として先を行く彼に着いて行こうとはしなかった。

 

 なぜなら、天才には追いつけないから。天は彼に二物を与えたから、と。

 

 “天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず”――激動の時代を生きたかの偉人の心は、既に失われて久しかった。

 

 人は才能在る者をただ羨み、妬み、蔑むだけの存在。才能を求め、努力を求めない。

 そう、だから――本当に、腐っている。

 

 先を行く者を理解しようとはしない、認めないと言わんばかりに目を背け自ら進歩の道を捨てる。

 

 

 だから黒の目には、周囲は背景としか映らない。

 

 進化と言う名の生命の特権を捨て、停止した時の流れに身を任せ一生を終える死体(・・)などを映して何の意味が有るというのか。

 

 己の人生を賭けて人類の発展に尽くした偉人達は彼の世界で色を持ったプレイヤーとして動くし、そう有る空想の人物達も色を持った実在の人間のように動く。

 

 人は彼の想いを知れば、思うだろう。

 ――それこそ、選ばれた者の特権、エゴイズムだと。

 そう思うことが、自らの道を閉ざすための言い訳なのだと知らないままに。

 

 

 

 

 流れよく雑貨屋のおばさんから少々お高いながらも小刀二振りを手に入れられた黒は、早速石で造られた城壁の隙間にそれらを交互に突き刺して手早くよじ登り、城の中に忍び込むことに成功する。

 

 ゲーム上の忍者さながらの体捌きで従者達の徘徊する城内を人の目に触れないよう、息を殺しながらゆっくりと慎重に進んでいくと、か細いながらもここ最近で聞き慣れた空の話し声がふと黒の耳に届いた。

 

 かすかに聞こえたその手がかりを頼りに、黒は今いる位置で一旦停止し空の声から場所を特定する。数秒で答えを導き出し、続けて天井を這っていく(・・・・・・・・)と、そちらへ向かっていくにつれて、風呂場特有の湯気の匂いが鼻につくようになる――もしかして、朝風呂か?

 今一状況が掴めない中、黒は手足の指でしっかりと天井を掴み四つ足で歩いていく。

 近づくにつれ大きくなってくる空の声、並びに聞こえるようになってくる白の声を頼りにさらに近づいていき、最後には更衣室らしきところで二人を見つけたのだが――

 

「なんで執事服を着てるんだアイツ……」

 

 何故か空は執事服に、白はドレスに身を包んでいた。

 あの特徴的なTシャツや制服は洗濯にでも出しているのか、この世界のものと思われる中世風の服を身に纏っていた。

 空は執事服とやらを着て楽しんでいる様子だが、所々ゆるめている辺り不良執事というイメージしか湧かず、白は胸の辺りをポスポス叩いて納得のいかないらしく口を“へ”の字に曲げている……頑張れ。

 その身体から多少の湯気が出ていることから二人が湯から上がって間もないと分かり、黒は一旦床へと下りることに決める。

 

「(よいしょっと)」

 

 着地の衝撃を両足で吸収し、音もなく床へと降り立つ。

 そして足音を消したまま忍び足(スニーキング)で二人の後ろへ歩み寄り――

 

「うっす、お二人さん」

 

 軽く肩を叩く。

 

「のわぁっ!?――ああ、黒か。よう」

「……黒、おっはー」

 

 二人はやはり黒の存在に気付いて居なかったらしく、それぞれ驚いた表情を浮かべる。

 少しはお返しできたことに満足しつつ、黒は額に血管を浮かび上がらせながら二人を睨み付けるように皮肉の笑みを浮かべる。

 

「挨拶してる場合かなぁー?俺なー、お前らの行動のせいで異世界早々リアル潜入ゲームをする羽目になったんだよ?なんでたった一人の異世界の仲間を置いてったのかねぇ?――まずは謝罪だろ、な?」

 

 笑みを保ち続けたまま黒がそう告げる。

 瞳からは光が失われ、空の肩に置かれた手には本人が気付かないうちに熱気と力が篭もっている。黒も人間なのだ、さすがに異世界一日目から理不尽に置いて行かれたとなると、本気で怒りたくもなる。

 

「スマンスマン」

「……めんご……」

「ホントに謝る気無いだろお前ら!……はぁ、もういいや」

 

 だが、全く悪びれる様子もなく謝る二人の顔には謝罪の意がさっぱり無いのが読み取れる。

 ……余りに適当なその謝罪に、逆に黒の怒りも冷めてしまった。

 呆れたように二人を見つめる黒とその視線を笑って受け流す空、そう言えばPC上でいつもやっていた遣り取りだと白は思う。

 「  (空白)」と「(クロ)」とのチャット上の遣り取りで、口調を統一するため「  (空白)」側は空が主に喋っていた。よって、「(クロ)」を不必要に挑発することが多々有ったのだった。

 

「なっ、貴方は一体どこから!?」

 

 突然、第三者の声が三人に突き刺さる。

 そちらに目を向ければ、昨日見たとおりの王女様が服を着替えて立っていた。

 額には黒の予想通り(・・・・)にバンソーコーを貼っており、僅かながら血が滲み出しているのが見える。

 

「あ、ステファニー……だったか?」

「ちょちょっと兵士達!ここに侵入者が――」

 

 ここで兵士を呼ばれたらまた色々面倒な事になる、そう思った黒は一瞬で移動し彼女の口を後ろから一旦手で塞ぐ。

 

「んーっ!んーっ!」

「姫様、どうかなされましたか?」

「あー大丈夫大丈夫。問題無いから」

 

 外で待機していたメイドには空が対応し、何とか面倒ごとに発展させずに済ませる。

 

「よーし、一旦落ち着け王女様。俺、昨日のもう一人なんだけど、分かる?」

「ーっ!」

 

 顔を見せると、必死に思い出したようにコクコクと分かったように頷く。

 

「そうか、んで何で俺がここにいるかというと、そこの馬鹿()が置き手紙を残したくせに門番に話が取ってないからだ。しゃーなしに侵入してきたんだよ。不可抗力だ、不可抗力。これもわかったか?」

 

 またもコクコクと頷く。

 ……若干顔が青くなりかけている辺り、そろそろ口を開けてやらないと窒息しそうだ。

 

「俺、あの時宿にいた、もう一人。置き手紙を見て、来ただけだ」

 

 再度そう言って了承の確認取ってから彼女の口から手を放すと、彼女は納得したらしくもう叫ばなかった。

 

「はーっ、はーっ、はーっ、……死ぬかと思いましたわ!」

 

 というより、再度酸素を肺に取り込むことに手一杯になっている。

 

「んで、今更聞くのも何だが――そこの二人はなんで執事&その主様になってるわけ?」

「あーこれな。ステフが着替えとして持ってきてくれた奴だ。俺のが従者ので、白のがステフのお古」

「そうか、俺が従者相手にリアル忍者体験をしている間にお前らはゆうゆうと風呂に入っていたと……死ね(・・)

 

 もう一度冷たい目で空達を睨み付ける。

 

「失敗、しましたわ……」

 

 そんな黒の耳に、今度はステファニーの小声が届く。

 妙に艶めかしい声だと思ってそちらをこっそり見てみれば、彼女の目線は執事服の空に固定され、顔は真っ赤に――は?

 不審に思った黒は、身をかがめて白に訊ねる。

 

「(なあ白ちゃん、あれって一体どういうこと?)」

「(――にぃが、ゲームで勝って……『惚れろ』って、命じた)」

 

 ――恋愛感情すら縛るのかよ『十の盟約』、正直引くわ。

 ルールを作ったのであろうテトの笑う顔が黒の頭に思い浮かぶ。

 だが、そんな顔を赤らめた表情に、空は伊達に童貞やってないとも言わんばかりに気付かない。

 

「……鈍感系主人公って見てると何か無性に殴りたくなるよなー、白ちゃん?」

「……同感」

 

 黒白揃って、やれやれと溜息をつく。

 

「なんだよ二人とも、人をゴミを見るような目で睨んで」

「……にぃ、一生どーてー?」

「……白ちゃんの言う通りだな」

「何でお前ら揃って俺をイジメるんですかねぇ!?――いや、それより、ステフ」

「は、はいっ!何ですのぉっ!?」

「そんな慌てんなって。この家――いや城か――図書館とか書斎みたいに、調べ物を出来るとこないの?」

「あ、はい、有りますけど――一体何を?」

 

 分からないらしく、ステファニーはこてんと首をかしげる。

 

「アホか。調べ物するっつたろ。ステフちゃんは耳が遠いのかねぇ?」

「それは聞こえてますわよッ!一体何を調べるかを聞いているんですの!」

「“この世界”に決まってんだろ。そもそも一般常識(ゲームのルール)がなきゃ始まらないんだから」

「――“この世界”?」

 

 どうやら空達はまだ三人がこの世界の住人でないと告げていないらしい。

 

「……にぃ、それ……言ってない」

「――ん?そうだったか?」

「あの、さっぱり話が見えないんですが……」

「あー、うん、まあ、なんだ――」

 

 ああ、こういう場合はなんと告げればいいのだろうか。

 異世界転生RPGゲームで言うなら、信じて貰うことが最も重要なイベント。

 

 

 この子に信じられ受け入れて貰えるように、自身の語彙から丁寧に言葉を摘み取っていき――ああ、やっぱ面倒だな。

 

「教えてやろうステファニー・ドーラ。――俺たち三人は『異世界人』。だから、ここの知識が欲しいわけだ」

 

 堂々と、相手を“猿”だと見下して、上から目線で言い放った――

 

 ――訳はなく。

 

 

「よーするに俺ら、異世界人なんだよ。だからこの世界の知識が欲しいわけ」

 

 黒と同じく丁寧な言葉遣いを面倒だと諦めた空が、そう伝えた。

 

 

 

 

 三人が連れて来られた先は、ステファニーの個人的な書斎だった。

 高校の図書館程度の広さのそこはちょっと前に見たジブリールの図書館には劣るものの、個人用としては十分な広さだった。

 ――其処まではよい。

 広ければ広いほど、秘められる情報は多いのだから。多くの知識が、読み取れる。

 だが、生憎と。

 

「なあステフ」

「はい、なんですの?」

「――公用語は日本語じゃないのかよ……?」

 

 そう、空と白はこの世界に来て初めて“文字”に触れるのだ――ぶっちゃけ、読めないのである。

 

「そう言われましても……人類の公用語は『人類語』ですわ」

「めんどくせぇな……オイ」

 

 会話は成立しているのに、書かれた文字は読めないという問題が二人を襲っていた。

 黒はジブリールの図書館にいた際に人類語及びその他数種族語を解読済みだったが、空と白は未だ人類語を読めない。

 本を開いて頭を悩ませる二人に、ステファニーが納得したような目を向ける。

 

「……じゃあ、ソラ達は本当に異世界から来たんですの?」

「ああ、まあ信じて貰えないだろうけど……」

 

 普通、こういうのは大概信じて貰えないのが定番なのだが、

 

「――いえ、信じますわよ?」

 

 意外にもそう答えたステフに、三人がきょとんとする。

 

森精種(エルフ)の使う魔法には召喚魔法も有るという話ですし、服はこの国のものではなく、顔立ちも少々私達と異なりますから」

 

 ――そして、人類種(イマニティ)の国は余すところこのエルキアのみ、と。

 この人類種(イマニティ)の絶望的な状況こそが、三人の正体を示す最後のキーワードとなっているのだった。

 

「……ま、納得してくれたんならそれで良いだろ。さて、空、白、お前らは大丈夫(・・・)か?」

「……問題、無し」

「俺はしばらく時間を使えば問題無いぜ、黒、お前は?」

「もう終わってる。早速、空と白は広げろ(・・・)

「へっ?一体何をするつもりですの?」

 

 書斎の中央にある広いテーブル、そこに空と白が仲良く隣り合わせになってそれぞれ数冊の本を横に置く。

 そして、ぶっとい本を個人個人で自由に数冊開き、席を引いて腰掛けた。

 

「悪いステファニーさん、あればで良いんだけど、移動式の黒板を持ってこさせてくれないか。後チョークも」

 

 まさに勉強を始めようとしている二人の正面に、黒がメガネに手を添えて立つ。

 訳が分からないとでも言うように三人の様子を眺めているステファニーにちょっとした注文をして、自身も手に持った本を広げる。

 五分後、言われたとおりに黒板とチョークを持ってきた従者達に感謝の言葉を伝え、早速チョークを片手に黒板の前に立つ。

 

「――さあ、それでは授業を始めよう。各自手元の本を適当に開き給え」

 

 そして、何故か、授業を始めた。

 

「え、ちょっ、一体何なんですのコレ?」

「授業だよ、王族なんだから教育ぐらい受けてるだろ。今から“国語”を始める。《――いいか、人類語の文法は主にラテン語系で構成されている。述語だけは漢文の倒置を使用しているが、基本はラテン語と思えばいい。また、我々の漢字のようにいくつかの象形文字から数十個への派生が有ると考えられ――》」

「はい、質問デース黒せんせー。この言葉はどんな意味なんですかね?」

「……ああ、それは文字ではなく本特有の記号だろう。ステファニーさんは、ここの解説を頼む」

「は、はい!分かりましたわ!ええっと、これはですね――」

「ふむふむ、なるほどね」

「くー、ここは?」

「そこは人類語の古文だ。文法が一周回って日本語に近くなっているだろ?」

 

 ……そんな感じで一時間が経過して。

 

「これにて授業は終了です。お疲れ様でした」

 

 黒がそう告げると共に、場に張り詰めていた一種の緊張感が解き放たれる。

 黒は限界まで使われたチョークを置いて深呼吸し、空と白は本から目を上げて額に浮かんだ汗を拭い、ステファニーは頭から煙を出して床に突っ伏していた。

 

「ふー、にしても意外と面倒だったな人類語。元の世界の奴が色々交わり合ってる分は楽なんだけどさ」

「……くー、ナイス授業」

 

 白のサムズアップに、黒も笑いながら返す。

 かなりオーバーヒート気味だったらしく、頭から湯気が立つほど顔を赤くしたステファニーがゆっくりと立ち上がる。

 

「こ、これに一体何の意味が有ったんですの……?」

「ありがとな、ステフ。これで俺たち、もう人類語は完璧(・・)だわ」

「は?先ほどまで分からないと仰っていましたわよね?」

「黒の授業が分かりやすくてな。いや-、実に楽だった」

 

 素直に授業の感想を口に出した空に、手についたチョークの粉を払って近づく。

 

「そこら辺は、二人の元々覚えてる言語の多さが役に立ったからな。たとえが使いやすくて楽だった。……一体幾つ覚えてるんだ?」

「――しろ、十八カ国語」

「あ、俺は白と違って精々ゲームに必要なだけの六カ国語だからな。今ので七カ国語になったが」

「はぁ!?なんなんですの貴方たち!?まさか今の短時間でもう人類語が使える様になったとでも――っ!?」

「おう。言ったろ、完璧だって」

 

 予想通りに驚いた顔をするステファニーに、空が三人を代表して苦笑しながら答える。

 

「三人寄れば文殊の知恵。俺と白と黒が揃えば、言語一つの完全習得ぐらい一時間で終わるのは自明の理だ」

 

 空に続いて、黒。

 

「全ての言語はパターンを持った記号の羅列に過ぎず、地球上に存在する数千ものパターンを把握しきっていれば解読ぐらい俺に取っては朝飯前なんだよ。ちなみに、俺自身は読むだけなら言語は何でも読める。以上」

 

 ――その説明を、ステフは呆然と受け止めることしかできなかった。

 三人はまったく気にしない様子だが、その中でさらりと流されている重大な事実にステフはとらわれていた。

 なるほど、言語という意味を持った記号の羅列暗号に、数千通りに組み替えられる鍵を当てはめるだけ。

 一見、時間さえあれば簡単に出来る事だと思うだろう。

 

 だが、その全てを完璧に把握しきり、僅かな間に脳内演算だけで処理・他人に説明出来るほどまでに精通するなど――それはもはや、“人間の域ではない”のではないだろうか。

 それを簡単に受け入れる、空と白も。

 

 無意識のうちに、ステファニーは黒達から後ずさる。

 自らが理解してしまった、常識の域を超えた所行を平然とこなす三人に、未知への恐怖を感じて。

 

 ――ひょっとして自分は、とてつもない人達に出会ったのではなかろうか。

 それこそ、この国を変えてしまいかねない人達と。

 

 

 

 

「さて、軽い準備体操も終わったことだし。俺はそろそろ行くか」

 

 先ほどの授業を軽い準備体操だと言い切った黒に、ステファニーが恐る恐る問いかける。

 

「……ど、何処へ行くんですの?」

「デートの約束があるんだよ」

 

 その言葉に空が反応する。

 

「なにぃっ!?貴様、さては昨夜ナンパしてきたのか!?」

「――くー、もしかして、……やっ、ちゃ、った?」

「いや、お前らが思っているようなのじゃねーよ。ちょっくらゲームしてくるだけだ」

 

 それだけ言って、黒は気配を再度消して出て行ってしまった。

 

「え、ちょっ、あの方は一体どちらへ!?」

「……知らん。俺と白は互いに意思疎通は完璧だが、黒とは互いに行動を予測しているに過ぎないから完全に相手の動きを理解している訳じゃないんだ」

「そうなのですか……ですが、放っておいてよろしいのですか?」

「ああ。黒は俺たちと違って一人でも問題無いだろ」

 

 

 

 

 ――そう、一人。

 

 黒は何時でも、一人で居た。

 

 周囲からのあらゆる圧力を正面から受け止め、それでもなお唯一人で彼は歩み続けた。

 空や白のように、互いと同等の、頼れる相手が居なかったから。

 

 あらゆる人々の負の感情を受け止めても尚、全てを飲み込みありのままで有り続ける“黒”の如く、彼は己を失わなかった。

 

 全てを跳ね返す鋼鉄の感情はやがて時を経るにつれ風化していくが――

 全てを飲み込む黒の感情は、何時までも変わることはなかった。

 

 それが積み重なって十六年。

 今更、何があろうと決して彼は変わらないだろう。

 

 

 

 

 再度図書館に戻ってきた黒が扉の前に立つと同時に、音を立てて自動的に扉が開いていく。

 その中で黒を出迎えたのは、先ほど見た少女、ジブリールの姿。

 美しい翼を大きく広げ、宙に浮かんだ彼女の目は既に戦に望む者に特有の意志を宿している。

 

「――お待ちしておりました、黒様」

 

 自らの心の底を撫でるような、純粋な闘志を乗せた彼女の声が凜と響いて黒の脳を刺激する。

 黒の強靱な心臓が大きく鼓動を打ち始め、脳がゲーマーとしての(クロ)の意識を引き出していく。

 

 

 ――転生して数年、つまらない動かない死体(周囲の人間)にまみれた社会を生き抜いて、俺は「  (空白)」に出会った。

 

 彼らとの一戦一戦は常に俺の心を、魂を刺激した。

 

 そして恐らく、このゲームも、俺の記憶に深く刻まれる戦いとなるだろう。

 

 自然と浮かんだ彼の笑みは、(クロ)としてたった一人で生き抜いてきた強者のオーラを備えている。

 その身から放たれる戦闘の意志は、天翼種(フリューゲル)であるジブリールと同等(・・)

 

 

 ――さあ、ゲームを始めよう。

 

 

 

 


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