扉を開く鍵   作:真嶋永遠

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プロローグ

「セカイ、今日はこれを開けてくれる?」

「はいかあさま!」

 

セカイと呼ばれた少年は母親が目の前に置いた小さな箱を手に取った。すると、カチッという音とともに箱の蓋が開く。

蓋の隙間からはキラキラとした宝石が覗いていた。

 

「えらいわセカイ!晩ご飯は何がいい?好きな物なんでも作ってあげる」

「じゃあやきそばがいい!」

「セカイは焼きそばが好きねぇ。もちろんいいわよ」

「やった!かあさまのやきそばだいすき!」

 

母親は跳ねる少年の頭を軽く撫でると、宝石を箱から取り出し布に包んで別の箱に入れ替えカバンにしまった。

 

「じゃあお母様は材料買いに行って来るからまたお留守番よろしくね」

「わかった!」

「鍵開けたり外に出たりしちゃダメよ?良い子で待っててね」

「うん!」

 

母親は念を押すように少年に言ってから「行ってきます」と軽く手を振って、少年が「いってらっしゃい」と玄関まで見送ってくれるのを確認すると、少年に微笑んで出かけて行った。

 

窓は外からも内からも見えないように締め切られ、台所と冷蔵庫、ちゃぶ台、押し入れと小さなぬいぐるみしかない小暗い部屋で留守番を任せられた少年は、いつものようにしばらく玄関を眺めると、親友であるくまのぬいぐるみと一緒におしゃべりしながら母親を待つことにしたのだった。

 

 

* * *

 

 

久しぶりに夢を見た。まだ僕、千鍵原 施解(ちかぎはら せかい)が幼かった頃の母様との夢だ。

 

この超常溢れる個性社会の中で、母様は社会溶け込み隠れ生きるヴィランだった。

曰く、僕には個性発現前に虐待されていた痕跡があるらしいが、僕の個性が発現してからはずっと優しい母様だった。

母様が盗んで来たはいいものの強固な鍵が掛かっていて困っていた時にたまたま触れた僕が解錠して、それが僕の個性だと気づいたらしい。よく母様が僕に話していたから憶えている。

それが盗んだ物であることや母様がヴィランだという事は話さなかったから、幼い僕は何の疑問も持たずに、喜ぶ母様を見て幸せを感じていた。

住んでる家、部屋からは1歩も出たことはなかったし、外の景色も見た事もなかった。テレビや電話、ラジオと言った外と繋がるための道具が一切なかったのは、僕に外の情報を教えて変なことをしでかさないようにするためだったのかも知れない。

 

僕が10歳になった。

母様が出かけから帰ってこなくて、食べるものもなく段々憔悴していったある日、知らない人達が家に押し入って来た。

その時は怖かったが、ヒーローと名乗った彼らは留守番中だった俺を保護した。

母様と僕とぬいぐるみ、ひとつの部屋で完結した世界で生きていた僕は、当然陽の光など浴びたことも無く、不健康なほど白い肌と筋肉の少ない痩せた体では、太陽の元をまともに動くこともままならなかった。

身体に適切な筋肉をつけるためのリハビリと他人との関わりを知るために、病院に入れられた。

 

 

リハビリテーションのおかげである程度走り回れるようになっていた僕に、来客があった。

 

「施解くんついてきてくれる?」

「はい」

 

僕を担当してくれていた介助師の後ろをついて行くと、医院の来賓室に通された。

そこに居たのは、スーツを着た女性だった。

 

「こんにちは施解くん。突然来てすまないね。私のことは覚えているかな?」

「こんにちは。もちろん覚えてます。僕を保護してくれたヒーローの人ですよね」

「その通り。自己紹介すると私は型機 総司(かたはた そうし)、ヒーロー名『カスタム』として活動している。覚えていてくれて嬉しいよ」

「千鍵原 施解です」

 

僕は名前しか言っていないし既に知っているようだったが、一応自己紹介を終えるとソファに促される。

介助師の人はそのまま頭を下げて部屋を出ていった。

 

「...施解くんは元気だったかい?」

「はい。皆さんとても親切で良くしてもらっており、このとおり健康と呼べる状態です」

「それは良かった。友だちはできたかい?」

「ステファがいます」

くまのぬいぐるみ(ステファニー)か...話には聞いていたが...なんとも...」

 

それから型機さんは何か考え始めて黙り込んでしまった。

 

 

* * *

 

 

普段ヒーロー活動している私はヒーロー活動外というつもりで一般人に近い姿で、保護した彼のいる施設にやって来たが、なんとも表し難い緊張に包まれていた。

 

あの日、私が保護した彼は支えが無いと歩くことすら出来ないほどに衰弱していた。

元々やせ細っていたであろうその身体は、数日食べ物を与えられずにいた事で、生気が全くと言っていいほどに感じられなかった。

車で移動中弱々しく「約束破ってごめんなさい母様」とつぶやく彼の姿に、なんとしてでも救い出したいと思ったのだ。

 

受付で彼に会いに来たことを伝えると来賓室に案内された。

テーブルを挟んで向かい合わせに設置されているソファの片側に腰掛けると、出された茶をすすって気を落ち着かせた。

10分ほどすると、介助師に連れられて彼が来た。

軽く自己紹介を済ませ、ソファに促す。

経過報告を貰っているとは言え、他人ではなく本人から改めて近況を確認した。

彼は齢10歳とは思えないほどに聡明な受け答えをしてくれていた。私が10歳だった時など、まだ魔法少女に憧れていたような幼い頃だったのではなかろうか。

 

会話...というより彼からの自主的な発言が少なかったせいもあって、質問攻めのような形になってしまっていたが、彼に違和感を覚えざるを得なかった。

個人差があるが、彼のような子供には一定の重さが付きまとう。

それは親から捨てられた絶望だったり、いつか迎えに来るという希望だったり、社会への憎悪だったり、周囲への恐怖だったりとする。

癒すのに大変な時間と労力を要する心の傷を負っているのだ。

 

しかし彼の態度はとても堅く感じたが、周囲を拒絶すると言う訳でもなく、受け答えはちゃんとするし言うことも聞く。

年齢にさえ目をつぶれば、堅いだけでとてもまともなのだ。

それが逆に私を心配にさせた。

だから私は少ない可能性として考慮していただけのことをつい口に出してしまった。

 

「施解くん。良ければ私の子供にならないか」

 

ヒーローとしては、絶対に正しくない。保護した子供全てを引き取ることなんて出来ないし、誰かだけを特別に扱ってはいけない。

そんなことしては、どこかで絶対破綻してしまうのだ。

それでも1度口から出た言葉は飲み込めない。

それにこの子の気持ちも考えずに、こんなこと聞いてはいけなかった。

 

「はい。お願いします」

「もちろん君の意志を最優先...に...え、本当にいいのかい?」

「はい。こんな僕ですが、引き取ってくれるとありがたいです。よろしくお願いします」

「...」

 

夫にはそう言う可能性もあると伝え、それでも構わないと了承を取ってあるので構わないが、娘にはどう伝えるべきか...

内弟子という形で引き取るのが最も安全な気がしてきた。

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