1991年、7月29日。
その日は夏の割には涼しく、通勤時間帯のロンドンは晩冬を思わせる冷え込みに襲われていた。
七月も終わりに近づいているのに冬物のコートを引っ張り出してきた大人達が大通りを歩くロンドンの街並みの、その中のたった一つ。
紫紺の瞳と濡烏色の髪。服装は寝起きであろうと察せられる寝間着。小さな顔にやや不釣り合いな銀縁の眼鏡は若干歪んでいて、年季を感じさせる。
その少女の名は「オリヴィエ=コニアテス」といった。
オリヴィエはイギリス清教の
オリヴィエは齢11にして、一人前として認められた一人の魔術師としてイギリス清教に所属している。
完全実力主義の
後に14歳でルーン魔術を極める者なども所属する事になるのだが、実際の所、オリヴィエは天才と呼ぶに相応しい実力を持っていた。
だが、オリヴィエはそれだけの魔術師ではない。
この世の如何なる魔術師も持ち得ない特性を、オリヴィエは持っていた。
オリヴィエの特性。それは、使える魔術のレベルの高さにある。魔術を修める者ならば誰もが知っているであろう、
大英博物館、ルーブル美術館、バチカン図書館、モン=サン=ミッシェル修道院。
世界中に散らばって封印された魔導書の原典を読んで、記憶し、保存する。ただの人間には予想もつかないことだが、魔導書の原典を記憶するということは人間をやめるという事と同義だ。
純度の落ちた劣化版の写本ですら、目を縫い精神を守っても洗礼を受け続けなければならない程苛烈な猛毒だ。原典ともなれば、そこに秘められた脳を侵す毒の威力は計り知れない。その上、魔導書の原典は魔法陣効果によって永遠に生き続ける。写本と違って処分できない。
だから教会は、猛毒を殺す為に
猛毒すら殺す更なる猛毒。それこそが、オリヴィエ=コニアテスという少女に課せられた呪いだったのだ。
オリヴィエが記憶するのは、
それは、たった一冊でも目を通せば廃人コースは免れない禁忌の書だ。そこに記された魔術は、並大抵のものではない。
時間操作、治癒魔術、死者蘇生、錬金術、精神操作。
並の魔術師では手を伸ばしても届かないような、物理法則を軽く飛び越えてしまう魔術の数々。
オリヴィエの脳内に保管されている魔導書の冊数はほんの数十冊程に過ぎない。
だが、オリヴィエを決して見くびってはならない。オリヴィエという少女には『魔術師である』というアドバンテージが存在するのだ。魔術を使えないのならば脅威はなかった。だがオリヴィエは、魔導書の記憶者である以前に一人の魔術師であった。
オリヴィエは数十冊の魔道書で得た魔神級の魔術を、ありとあらゆる魔術と混ぜて更なる高みへと昇華した。
オリヴィエがその小さな両手いっぱいに抱えた、世界の法則を捻じ曲げるという強力な力。世界中から恐怖を集めずには居られないその強大すぎる力の代償に表通りを大手を振って歩けなくなったが、オリヴィエはそれでよかった。更なる高みの魔術を行使する力を手に入れたオリヴィエを、戒めるものは何もなかった。何故ならオリヴィエは、誰よりも探究心にあふれた魔術師だったからだ。
誰が呼んだか魔導書図書館。
オリヴィエが覚えた数十冊と、それらを組み合わせてオリヴィエが生み出した更なる高みの魔術。
それは凡庸な魔術師には評価すら出来ず、黙って見上げる他にできることがなかった。
オリヴィエの魔術は生死の理念を覆し、時空の制限を覆し、質量の保存を覆し、思念の概念を覆した。
まるで奇跡を見ているかの様だった。オリヴィエの魔術を目にした多くの魔術師は口を揃えて言った。「天才だ」と。
だがオリヴィエに言わせればそれは正しくない。
魔術師に天才などいない。魔術師という存在自体が、人種そのものが、才能というものを悉く持ち合わせなかった負け組の成れの果てだからだ。
才能を持たずに生まれた。何もないのに何かを得てしまった。それを失った。失うという事を防げなかった。防げなかった自分の無力を知った。力を求めた。
力を求めたその先で、才能を持たなかった人間は魔術師になる。
そしてオリヴィエもまた、負け組の一人だった。
オリヴィエは才能など持たずに生まれた。手は薄汚れていて、服は泥まみれだった。その薄汚れた手を取って導いてくれたのが聖人でも人間でもなく魔術師だった。ただそれだけのことだった。
才能を持たなかった少女は手を伸ばした先で、自由を代償に力を手に入れた。
力を求め続ける少女の物語は、たった一通の手紙で一変する。
いかがでしたでしょうか。
いやーしょっぱなから厨二感えぐいですね! これだから厨二病は!
インデックス並の魔術師を作りたいと思った結果、若干過剰にキャラ付けし過ぎたかもしれないです! 多分大丈夫だと思いたいですね!
では、序文はこの辺りで目を離して頂いて、
本編に進んで頂ける事を祈りつつ、
今話はこの辺りで筆を置かせて頂きます。(鎌池和馬先生風)