魔術師という職業   作:雨本咲

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第2話 邂逅と魔法

 7月30日。

 オリヴィエは、漏れ鍋で朝食をとっていた。昨日は細かいところまであまり目が行かなかったが、街にはオリヴィエと同級生くらいの子供達が居る事に気付いた。漏れ鍋にはスミレ色やエメラルド色のローブを着込んだ珍奇な格好の大人や明らかに人外の風貌をした老婆なども居て、オリヴィエは一層胡散臭そうな目を向ける。

 子供達が居ることについてはまだ納得できる。だが、大人達のトンチキな格好には納得できない。どいつもこいつも派手な色のローブととんがり帽子を着込んでいるのだ。まだ色がマシなら大丈夫だっただろう。実際、オリヴィエは今回のためにしつらえられた服装は黒いローブと三角帽子だった。だが、スミレ色やエメラルド色は流石に目立つ。この魔術結社(マジックキャバル)の魔術師は、世間に合わせる、という事を知らないのだろうか。

 オリヴィエはふと自分の杖を眺めた。スーツの男に薦められた杖の専門店『オリバンダーの店』で買ったその杖は、店主の弁では「(ニレ)の木と不死鳥の尾羽根、二〇センチ、しなやかで振りやすい」との事である。だがオリヴィエとしてはどうにも胡散臭いというのが本音だった。

 今回オリヴィエが潜入する魔術結社(マジックキャバル)では独自の文化が発展している、とオリヴィエは一応理解した。だが、それにしたって胡散臭さは拭えない。近頃の魔術結社(マジックキャバル)は年々狂信集団(マッドカルト)化が進んできている、という噂話を以前オリヴィエは耳にしたのだが、今回は既存の常識から外れすぎていないだろうか。

 この魔術結社(マジックキャバル)では独自の魔術を『魔法』と呼称しているあたり、文化そのもの、引いては魔術的な地盤や基本的な思想が十字教系統のオリヴィエ達とは違うのだろう。だが、杖を振って呪文を唱えるという単一の固定された記号で、多彩な魔術───魔法だったか───が使い分けられると言うのは、俄には信じ難い。

 杖を振って呪文を唱え、MP消費で魔法をポンと出せればどれほど楽だろう。だがそれができないから魔術師が存在し、魔導書が存在し、霊装が存在するのだ。

 本当にそんな魔術があれば魔術師はこんな苦労していないだろうな、と思いながら、オリヴィエは変身術の本を開いた。適当に開いたページには、『マッチ棒を針に変える魔法』について記述されている。挿絵に解説付きの親切設計だ。だが解説は小難しそうな───普通の十一歳から見れば、という客観的な評価でだが───文章がズラズラと並んだ嫌がらせのような一品であった。ただ、説明としては一応筋が通っているという事もオリヴィエは認める。一見出鱈目に見えるこの魔術結社(マジックキャバル)の魔術にも、それなりの理論は存在するのだろう。オリヴィエが触れて来た今までの魔術体系とは壊滅的に系統が正反対なだけであって。

 だが、魔導書図書館と渾名されるオリヴィエに言わせればそもそもここにおける魔術の定義から滅茶苦茶だ。一応複雑な工程を踏む物もあるようだが、基本的には魔法の媒体は杖であり、魔術における術式の構築や象徴武器(シンボリックウェポン)が云々などの過程を飛ばしてポンと出せてしまう(ことになっている)。そんな百均の便利グッズみたいなものが存在したら、文明はこれほどまで発達していなかったに違いない。

 しかしながら、オリヴィエの常識で滅茶苦茶であっても侮る事はできない。なにせ魔術の形態とは、掲げられるその名の通り『なんでもあり』だからだ。魔力と魔力操作の技能、術式があれば魔術は形式を問わない。『停滞する者魔術師に非ず』というのはオリヴィエの持論で、新しく生み出すのが魔術師の本分なのである。

 まあ、オリヴィエが『魔法』を納得するにはまだ時間がかかりそうだが。

 やれやれ、とオリヴィエは溜息を吐く。先の展開を案じながら、朝食ワンセットを食べ終わったオリヴィエは席を立った。英国式朝食(イングリッシュブレックファースト)は味という観点において、イギリス料理の中では一線を画す。何処かの学者はこの事を一言でよく示した。「イギリスでまともな食事を食べたければ三食すべて朝食にしろ」と。

 これはイギリス人もネタにする程の有名な冗談だが、イギリスの料理は基本的にマズい。イギリス人は料理をする時、とにかく茹で過ぎ・焼き過ぎ・煮過ぎに定評がある。食べ物を親の仇のように煮込みに煮込んだ後、旨味がたっぷり出た煮汁を全て捨て、クッタクタになった野菜や魚に調味料をドバドバかけたものを食べる。これの何が美味いのかオリヴィエには理解が出来ない。何の因果かイタリア料理を口にした時、あまりの美味さに涙が出そうだった。

 漏れ鍋で時間問わず朝食用のメニューが頼めたのは、オリヴィエにとっては救いだったと言えるだろう。オリヴィエは意外と食事にこだわるのだ。ちなみに、オリヴィエはトーストにマーマイトを大量に塗る。

 閑話休題(そんなことはおいといて)

 そんな漏れ鍋の中は、任務への不安を抱えるオリヴィエの心中とは裏腹に昨日と変わらず繁盛している。この店はロンドンの街と魔術結社(マジックキャバル)を繋ぐ窓口のような場であるようだ。老人からオリヴィエと同年代くらいの子供といった、老若男女問わず多くの魔術師がここを訪れている。

 オリヴィエはカウンターに向かって財布を取り出す。食事を調達する為に昨日の内に銀行に寄って、貯金をおろして来たのだ。魔術結社(マジックキャバル)独自の機関とは、また珍しい。そういう点も含めて、今回の任務は特別なものがあるのかもしれない、とオリヴィエは思った。

 オリヴィエが向かったその銀行───グリンゴッツとかいう名前だった───というのもまた出鱈目で、働いているのは小鬼だと言うのだ。だがこの世には吸血鬼(カインの末裔)のような人外の種族も存在する訳だし、オリヴィエが知らないだけで小鬼という種族もあるのかもしれない。どれだけ信じ難くても信じなくてはいけない時もある。まあ小鬼がどうたらとかは置いておき、防御力は御墨付きだろう。『宝の他に潜むものあり』なんて意味深な事が書いてあるくらいだ。余程自信がなければ書けない台詞である。

 オリヴィエが財布の中から銅貨を数枚出すと、カウンターに立っている胡桃顔のバーテンが急に黙った。呆然としたように、小声で、喜びの台詞を呟いている。ついさっきまで常連客らしき人物と親しげに喋っていたというのに、何があったのだろう。

 バーテン以外の周囲の客達も同じ反応だ。時間が止まったような静寂が空間を支配している。客は全員同じところを見ていて、ぽかんとした顔でじっと見つめていた。

 やがて店のあちこちで椅子を動かす音がいくつも重なった。奥に居た客や退屈そうにパイプをふかしていた老婆も立ち上がり、やれ「嬉しや」だのやれ「光栄だ」だのとのたまった。何事かと思ってオリヴィエが周囲を見回すと、後ろで大勢の大人に握手を求められていた一人の少年と目があった。

 少年は、オリヴィエと体つきが大差無いほど華奢な体だった。背が低く、そして猫背気味だ。隣には身長と横幅が普通の2、3倍程もある大男が立っているから、身長差で更に小さく見える。オリヴィエとばっちり合った目は明るい緑色をしていて、アーモンドのように大きい。髪はくしゃくしゃの黒髪で、特に後頭部の髪がピンピンはねている。前髪の向こうにうっすらと稲妻型の傷っぽいものが見えるが、あれはなんだろうか。

 周囲の大人達が大喜びで少年に近付いていく。中には芸能人に会った瞬間のように鼻息を荒げている者もいた。周りの反応とは対照的に少年がただ一人困り顔をしていて、反応の差が大分大きいように見える。

 少年を見た大人達がしきりに「ハリー・ポッター」と叫んでいるので、それが少年の名前なんだろう、とオリヴィエは推測した。

 オリヴィエは何故だか、彼がやんごとなき出身のような気がした。女の勘、という奴か。

 至って平静を保っていたオリヴィエの精神とは対比して、店の中は歓声と歓喜の渦だった。全員見た所は大の大人の筈なのだが、子供のようにはしゃぎ、騒いでいる。そこまでに大人達を熱狂させるハリー・ポッターという少年に興味が湧いたオリヴィエは、

 

「ハリー・ポッターって何者なんですか?」

 

 漏れ鍋に居た客の一人に聞いた。オリヴィエの単純な興味という事もあるのだが、これから潜入をしていく上ではこの世界の知識をなるべくつけておくべきだからだ。何度も言っているように、順応は術式の幅に繋がる。そしてオリヴィエは、その為の努力を惜しまない。オリヴィエは、側にいた青白い顔の神経質そうな若い男に話しかけた。若い男は今にも白目を剥きそうな顔で、

 

「ポ、ポ、ポッター君の事かね? か、彼は、な、『名前を言ってはい、いけないあの人』をう、打ち倒した、い、いわば英雄の、よ、ようなもの、だ。ま、魔法使いなら、ぜ、ぜ、全員、し、知っている、人間だよ」

 

 と、片目を痙攣させながら言う。なんだか申し訳ないような気分になって「ありがとうございます」とオリヴィエが頭を下げると、若い男は失神しそうになりながらポッターのところへ歩いて行った。病人のような顔色といい異常にどもる話し方といい、あの男、一度病院に行った方が良いのではないか? 少なくとも、ターバンから臭うにんにくの臭いは早急に解決すべきだ、とオリヴィエは内心で悪態をついた。実はオリヴィエ、毒舌なのである。

 若い男の話を反芻し、オリヴィエは目を伏せる。若い男がハリー・ポッターについて評価した、『英雄』という言い方が引っかかったからだ。

 如何なる魔術師も、正義のために力を振るっていない。それはオリヴィエも同様だ。

 魔術師は誰もが利己的で、誰もが自分の為に魔術を使う。本来歩むはずだった人の道を外れ、教えに背くような事をしてでも、叶えたい願いがあるからだ。その胸に魔法名として刻んだ願いを叶える為に、魔術師は魔術を使う。

 英雄、と。そう呼ばれる魔術師が居たとしたら、そいつは余程のはぐれ者か傾奇者かお人好しに違いない。

 そう思いながらさっさと会計を済ませた。

 さっきの若い男の話に出てきた『名前を言ってはいけないあの人』とは何者なのだろう。

 オリヴィエは一歩一歩を踏みしめるように歩き、部屋に戻る。木材を基調とした部屋を今一度ゆっくりと見回し───特に意味はなかった───オリヴィエは早速ベッドに倒れこんだ。

 真っ白な視界の中で、オリヴィエはポケットの中に入っていた杖を眺める。まず頭で考えてみるのがオリヴィエのやり方ではあるが、ものは試しとも言う。一度教科書を真似てやってみる、というのも一興ではないだろうか。オリヴィエはふとそんな思考に駆られた。

 オリヴィエはベッドの上に散乱している本の山の中から、適当に呪文学の本を開いた。パラパラとページを捲り、指差しで適当に呪文を選ぶ。

 オリヴィエは教科書に記述されている呪文を呟き、『手の動きを忠実になぞるべし。発音に注意せよ』という本の通りに杖を振った。ビューン、ヒョイがコツらしい。

 

「ヴィンガーディアム・レヴィオーサ」

 

 すると、オリヴィエの体内の魔力が杖に吸い取られていった。まさか、と思いながら待つと、呪文学の本が勢い良く浮いて天井にぶつかる。天井に穴を開けんばかりの勢いで激突した本は重力に引かれ、ぼすんという音を立ててベッドに落下した。オリヴィエが慌てて呪文学の本を見ると、物を浮かせる魔法らしい。オリヴィエは、浮かせているにしては元気が良すぎるだろう、と呆れるポーズをとっている。だが、内心では密かに溜息をついていた。

 オリヴィエは今まで、MP消費でポンと魔術を出せる筈がないと信じていた。そんなことが出来たら、自分の願いのために道を踏み外す魔術師は居ない。魔術師の為に人間をやめたオリヴィエは不要だ。そんな世界は、ありえない。だが内心、そんな魔術があったら良かったのかもしれない、とも思っていた。

 

 そして今この瞬間、証明されてしまったのだ。この世界に、『魔法』というものが存在し、杖を振っておまじないを言うだけで行使できるという事が。

 

 オリヴィエの思考に停滞と空白が訪れる。

 

「しかしながら……」

 

 呆けたように杖を構えたままのオリヴィエは、一人呟いた。

 

「こんッな滅茶苦茶なやり方で魔術が使えるなんて悔しいんですけどーっ!」

 

 オリヴィエはベッドを転げ回りながら、悔しい悔しい悔しい、とじたばたする。一通りじたばたし終えるとふと正気に戻って、

 

(いや、落ち着きなさいオリヴィエ。

 これはあくまで魔法。魔術とはおそらく細部に差異がある。魔力を使用する、と言う部分は変わらなかった。ただ、魔力の提供と詠唱しか術者には負担がないという点で魔術との違いがある。

 魔術なら、もっと、こう……術者任せに傾く筈。そこで魔法と差異が生まれるのか。

 多分だけど、魔法を行使する過程は全部杖が行っているっていう解釈になる。

 詠唱を行うのは術者だけど、記号を示し、異法則を現世に持ってくる過程は杖が肩代わりしてる。杖万能かよ!

 元になってる神話や伝承がないのは……多分一から生み出すタイプなんだろうな。だから元々存在している呪文を学ぶだけで一人前になれる。魔術師じゃそうは行かないけど、元の神話・伝承がないってのは結構縛りになるからだ。神話や伝承を使わないのは、既に右手で綺麗に字を書ける環境が整っているのに左足で鉛筆を握る練習をするようなものなんだし。

 詠唱に使用される言語は……断定はできないけどヨーロッパの時代背景からしてラテン語辺りが怪しい。

 杖はどんな魔術も半自動でやってくれる万能の霊装といえるか)

 

 つまり、魔法使いとは劣化版魔術師みたいなものだ。元々ある魔法をなぞるだけで殆どは新しく生み出さず、発動は大体杖任せ。オリヴィエがさっき物を浮かせようとした時に勢い余って天井に衝突したのは、オリヴィエが魔術師としてより洗練された魔力精製を行っていたからだ。普通の魔法使いはおそらく、もっと精製効率が悪いという事なのだろう。故に、洗練された魔力が通された杖がオーバーフローを起こしたのだ。

 これは、魔法に必要な魔力が、少なく質が悪いものでもつつがなく発動できるという解釈もできる。それほど杖の性能が良いのだろう。ただ、その性能の高さが魔法使いの魔力の粗悪化を招いたと考えられるが。

 魔術と魔法、両者を比較してみると、魔術の方が圧倒的に威力は優れている。それに、既存の呪文をなぞることが多い魔法に比べて術式も多種多様で手数も多い。何より、発動過程を杖に任せている魔法使いに比べ、魔術師個人個人の処理能力は圧倒的に高い。

 しかし、魔法にも利点はある。それは、魔術よりも発動が圧倒的に早いことだ。魔術は霊装を作ったりなんだりで、発動に時間がかかる。それに、大規模な魔術の場合神殿をセッティングしたりで長い場合数十年、錬金術なんかは数百年かかるとされる。だからこそ魔術戦は先を読み合い魔術的な罠を見破る頭脳戦になるのだが、魔法はほぼノータイムで発動できる。これは魔術では再現できない利点であり、アドバンテージになる。

 恐らく、魔法と魔術は本来同じものだ。だが、魔法は「杖という万能機を用いていかに早く現象を起こすか」に進化したのに対して、魔術が「あらゆる道具を用いて、時間をかけてもいかに質の良い現象を起こすか」に進化したと考えられる。

 これは、RSA暗号を解くために魔術師は全部手計算で解いているのに対し、魔法使いはコンピューターに任せているようなものだ。魔術師の方が個人の処理能力が高いが、魔法使いの方が解き終わるのは圧倒的に早い。

 そこで、だ。

 

「魔術にも魔法にも、それぞれ利点がある。魔法のメカニズムについて完璧に調べ上げ、魔術に組み込むことが出来れば、更に洗練された魔術を生み出せる!」

 

 オリヴィエは、部屋の中で快哉を叫んだ。




 オリヴィエちゃんが魔法を習得しました! これでハーマイオニーデビューですね(?)
 ちなみにオリヴィエ、禁書目録本編では24歳になります。(禁書本編を1巻初版年の2004年だと仮定して)すげーお姉さんですね。
 今気づいたんですけど、あとがきって書く事がないですね。ということで、
 この辺りで目を離して頂いて、
 次話に進んで頂ける事を祈りつつ、
 今話はこの辺りで筆を置かせて頂きます。(鎌池和馬先生風)
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