魔術師という職業   作:雨本咲

5 / 10
第4話 帽子と寮生

 ハグリッドが叩くと、扉が開いた。

 扉の向こうからスタスタと歩いてきたのは、背の高い厳格そうな魔女だった。黒髪をきっちり後ろでまとめていて、エメラルド色のローブを着ている。常に気を張っていそうな女性で、逆らうべきではないな、とオリヴィエは思った。

 

「マクゴナガル教授、イッチ年生の皆さんです」

 

 ハグリッドが言うと、

 

「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」

 

 マクゴナガル教授は扉を大きく開けてオリヴィエ達一年生を迎え入れた。

 その先にあったのは広い玄関ホールだった。一軒家がまるまる一個入りそうな広々とした空間で、面積も高さも尋常ではない。松明の灯りはゆらゆらと揺れていて、松明の柔らかい光が石壁を照らしていた。

 オリヴィエ達は玄関ホールを横切ると、奥の小部屋に通された。

 マクゴナガル教授はそこで一年生達に挨拶し、ホグワーツについて軽く説明をした。そして、これから組分けの儀式がある、といって去っていった。教授の話はオリヴィエがもう知っている内容だったので、オリヴィエはあまり真面目に聞いていなかった。覚えるべきことは、良いことをすれば加点、悪いことをすれば減点ということくらいだろうか。流石世界最高の魔法学校。きちんと生徒に秩序を守る事を強制するシステムがきちんとできているらしい。

 周囲を見回せば、他の一年生は顔を見合わせて不安を共有していた。組分けの時に何か試験があるのかも、とか、そんな感じの話だった。

 試験、という線は悪くないだろうが、無いだろうな、とオリヴィエは思った。オリヴィエは予習をしていたし、ハーマイオニー・グレンジャーなんかは教科書を丸暗記していたらしいから、試験が出来る新入生は居るだろう。だが、入学前から魔法が使えない新入生はそれより遥かに多い。そもそもこれから魔法について知っていく訳なのだから、入学前から魔法について知っている必要はないだろう。寮ごとに生徒に特色があるというので、組み分けの基準があるとしたら内面の話だろうな、とオリヴィエは考えていた。

 だが不安が広がるのは速く、気付けば多くの生徒が組分けを怖がっているようだった。みんなあまり口を開かなかったが、雰囲気だけで丸わかりだ。唯一落ち着いているハーマイオニー・グレンジャーは、試験にどんな呪文は出るか確かめるように小声で呪文を呟いている。近所の生徒はハーマイオニーの呟く呪文を聞かないように必死そうだった。

 空間中に緊張の糸が張り巡らされているようだった。どこを見ても怯えたような表情の生徒がいる。恐怖とは理性を奪うものだ。オリヴィエは周囲の様子を見て、それを痛感した。誰か緊張を破る者が現れてもいいんじゃないか、とオリヴィエが思った途端、後ろから悲鳴が聞こえた。

 なんと、後ろの壁をすり抜けて20人程のゴースト達が現れたのだ。今まで色々なものを見てきたオリヴィエだったが、ゴーストは初めて見た。そもそも幽霊狩り───十字教の教義では、死人は勝手に現世をふらふらしてはいけないのだ───は、『オカルトの検閲と削除』を旨とするロシア成教の殲滅白書(アナイアレイタス)とかの仕事で、魔女狩りに特化したイギリス清教は管轄外なのだ。

 胴体は濁った真珠のような白で、若干透けている。ゴースト達は下で目を白黒させる新入生を無視して、頭上を悠々と横切っていった。

 

「もう許して忘れなされ。彼にもう一度だけチャンスを与えましょうぞ」

 

「修道士さん。ピーブズには、あいつにとって十分過ぎるくらいのチャンスをやったじゃないか。我々の面汚しですよ。しかも、ご存知のように、奴は本当のゴーストじゃない───おや、君たち、ここで何してるんだい」

 

 ふわふわと浮きながら、2人のゴーストが議論をしている。ひだがある襟付きの服とタイツを纏ったゴーストが、発言の途中でオリヴィエ達一年生に話しかけた。だが、吃驚しているのか緊張しているのか、はたまた警戒しているのか、誰も答えない。状況を見兼ねたオリヴィエが、なるべく丁寧な言葉遣いを心がけて答えた。

 

「新入生なんです。これから組分けの儀式があります」

 

 何人かがオリヴィエの方を見た。若干目立ってしまったのか、同級生達の視線が痛い。

 

「そうかそうか。ハッフルパフで会えるとよいな。わしはそこの卒業生じゃからの」

 

 隣の太った修道士がオリヴィエ達に微笑みかけた。そして、そこに被せるように「さあ行きますよ」という厳しい声が聞こえた。準備を終えたのであろうマクゴナガル教授である。

 

「組分け儀式がまもなく始まります」

 

 マクゴナガル教授がキビキビと言うと、ゴースト達は1人ずつ壁を抜けて部屋を出ていった。

 教授はオリヴィエ達に、一列に並ぶように指示を出した。オリヴィエはスタスタと歩いて先頭に立つ。若干手間取っているな、と思って後ろを見ると、みな足運びがのろのろしている。その動きは、どうにも場に漂う緊張感を体現しているようだった。

 一年生達はマクゴナガル教授を先頭に部屋を出て、再び玄関ホールに戻る。そして、さっきは見向きもしなかった右側の大広間に入った。扉の手前でも、小さなざわめきが聞こえてくる。何人居るのだろうか、と考えていると、マクゴナガル教授は早足で扉を開けて進んで行ってしまった。オリヴィエは急いで、教授の後ろに続いた。

 玄関ホールと大広間を隔てる二重扉のその先には、夢の中でも見ないような幻想的な空間が広がっていた。大広間に足を踏み入れた瞬間、オリヴィエは息を飲んだ。

 外と比べては勿論のこと、玄関ホールよりも断然明るい。天井の高さも面積の広さも規格外だ。空中には何百、いや何千という数の蝋燭がふわふわと浮いていて、これが照明の全てだと思うとオリヴィエは目が眩みそうだった。蝋燭の並ぶ上方よりも更に上、大広間の天井には、深みのある黒の中に点々と瞬く小さな光があった。オリヴィエは前に本で読んだ事を思い出す。大広間の天井はあたかも空に開いているように見えるが、そういう風に見える魔法がかけてあるらしい。オリヴィエは星が好きなので、室内で星空を眺められるのは非常に嬉しかった。

 大広間には大きな長テーブルが平行に4つ、それと上座にもう一つ長テーブルがある。4つのテーブルには上級生達が既に着席していて、金色のゴブレットと金色の大きな皿が乗っている。4つ、ということは、各寮ごとにテーブルが分かれているんだろうな、とオリヴィエは推測した。上座のテーブルの方にはホグワーツの教授方が座っていて、真ん中の一際豪華な椅子には校長のアルバス・ダンブルドアが居た。

 マクゴナガル教授は教授方の座る上座の長テーブルまで歩いて行き、オリヴィエ達一年生を、教授方に背を向けるように並ばせた。

 四つのテーブルから、見定めるような視線が何百という数で飛んでくる。オリヴィエは今まで学校には行っていなかった───ずっとイギリス清教での仕事にに従事していたのだ───し、ダイアゴン横丁や漏れ鍋でもこんな大勢と目を合わせていなかったので、視線を何百人から向けられるのは慣れていない。オリヴィエが必死に目を合わせまいと目を泳がせていると、マクゴナガル教授が4本足のスツールを持ってきたので、オリヴィエはこれ幸いとばかりにスツールを凝視した。

 マクゴナガル教授は、4本足のスツールの上に古ぼけた三角帽子を乗せた。その帽子はいくつかの破れ目があって、ところどころ継ぎ接いで直してある。それに、とても汚かった。オリヴィエは帽子をじっと見つめた。この帽子はただの汚らしい三角帽子では無いと、オリヴィエは直感で理解していた。オリヴィエは魔法界に来て久々に、何も知らないわくわく感を味わっていた。なにせ、様々な情報を与えてくれた漏れ鍋の面々だが、組分け儀式については全員口を揃えて「その日のお楽しみ」とはぐらかしたのだ。

 何か仕掛けがあるだろうと思って見つめていると、広間中が水を打ったようにしんと静まり返っている事にオリヴィエは気がついた。広間に居る生徒全員が帽子に注目している。そして、とうとう帽子に変化が起こった。

 帽子の破れ目がもぞもぞと動き出して、人の口のように開いたのだ。オリヴィエは思わず息を飲んだ。全員の視線が帽子という一点に集まる中、帽子は開いた口を器用に動かし、歌い始めた。

 

「私は綺麗じゃないけれど

 人は見かけによらぬもの

 私をしのぐ賢い帽子

 あるなら私は身を引こう

 山高帽子は真っ黒だ

 シルクハットはすらりと高い

 私はホグワーツ組分け帽子

 私は彼らの上をいく

 君の頭に隠れたものを

 組分け帽子はお見通し

 かぶれば君に教えよう

 君が行くべき寮の名を」

 

 組分け帽子はそれからも歌い続けた。内容は至ってシンプルで、各寮の性質の紹介だった。グリフィンドールは勇敢、ハッフルパフは勤勉、レイブンクローは聡明、そしてスリザリンは狡猾。帽子はそう歌った後、「かぶってごらん!」と新入生に語りかけた。

 帽子が歌い終わると、4つのテーブルにお辞儀をする帽子に広間中の人間が拍手喝采した。オリヴィエも勿論、組分け帽子に惜しみない拍手を送った。明かされなかった組分け方法は実に単純、あの帽子をかぶるだけだったのだ。だが、今なら漏れ鍋の魔法使い達が組分け儀式の内容についてはぐらかしたのか、その意味が理解できる。というのも、オリヴィエは帽子が運ばれてから、ずっとわくわくしていたのだ。帽子の意味や動き、歌の内容について、オリヴィエは未知を楽しんで聞き入っていた。元々聞いていたら、その楽しみはなかっただろう。休暇に入ったら感謝を伝えに行かなければならないな、とオリヴィエは再三漏れ鍋の人々への恩義を実感した。

 マクゴナガル教授が前に進み出る。片手には羊皮紙の巻き紙を持っていて、何かのリストが書いてあるようだった。

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組分けを受けてください───アボット・ハンナ!」

 

 マクゴナガル教授が名を呼ぶと、金髪で三つ編みお下げの少女が前に出てきた。ハンナはスツールに座り、帽子をかぶる。帽子が大きいのか、帽子をかぶると目が隠れて見えなくなっていた。ABC順ということは、オリヴィエは『コニアテス』なのでC、結構早い方だ。

 大広間にひとときの沈黙が訪れる。そして組分け帽子は、沈黙を破って叫んだ。

 

ハッフルパフ!

 

 瞬間、右のテーブルから大歓声が上がった。ピンク色の頬を更に赤くして、ハンナはハッフルパフのテーブルに向かう。さっき会った、太った修道士のゴーストがハンナに向かって手を振った。

 その後も何人かが組分けを受けたが、どうにも組分けの所要時間は不定期だった。かぶった瞬間に寮を叫ばれる者もいれば、しばらく悩まれる者もいる。帽子をかぶると寮がわかるというが、帽子は一体何を見ていて、どんな魔法がかかっているのだろうか。帽子の歌に遵守すれば読心のようだが、それだけを信じるわけにはいくまい。ただ、仮に帽子に読心の魔法がかけられていたとしたら、それは大きな発明だ。頭の帽子をかぶせるだけで胸の内は全部お見通し。相手の魂胆を見破ることが勝負の趨勢を大きく左右する魔術戦には重宝するだろう。是非、必要悪の教会(ネセサリウス)にも一つ頂きたいものだ。

 

「コニアテス・オリヴィエ!」

 

 思案していると、とうとうオリヴィエの名が呼ばれた。オリヴィエは早歩きで列を抜け、スツールに向かう。さっきと違って、全員の視線が間違いなくオリヴィエに注がれていた。それを自覚した途端、平静を保っていた心臓が大きく跳ねた。オリヴィエが一人前の魔術師として活動していて落ち着きがあるとはいえ、緊張くらいはする。一見すれば感情的にならなさそうなオリヴィエだが、普通より沸点が高いだけであって年相応に緊張も恐怖もするのだ。

 オリヴィエが帽子を頭に乗せると、帽子の裏地という黒が視界の約半分を覆い隠した。オリヴィエは唇を固く噛みながら、組分け帽子の言葉を待った。

 

「ほう」

 

 頭の中で低い声がした。さっき歌を歌った、組分け帽子の声だった。帽子の独り言が全て聞こえるシステムなのだろうか。

 

「なるほど、なるほどのう、すばらしい才能じゃ。未知への探究心……それと好奇心や向上心に溢れている。頭も良い。騎士道精神も持ち併せている。なんと、更に高みの存在を目指したいという大きな野望も持っている。機知と熟慮、そしてここ一番の豪胆さ。フーム、いやはや難儀な者が来たのう。どこへ入れたものか……?」

 

 組分け帽子の呟きが全部聞こえた。どうやらオリヴィエをどの寮に入れるかで迷っているらしい。なるほど、やっとわかった。組分けの所要時間が人によってまばらなのは、こういう風に帽子が迷うからなんだろう。複数の寮の特徴を併せ持っているとこういうことがあるのか、とオリヴィエは納得した。組分け帽子が言っていた内容は、オリヴィエの性格の分析の様なものだろう。探究心や向上心は魔術師としては一般的だし、機転や熟慮は強いて言えばこれも魔術戦の賜物だと思われる。騎士道精神もまた然りだ。オリヴィエの大きな野望、というのは魔神───魔界の神、ではなく魔術を極めすぎて神の領域に片足を突っ込んでしまった人間、という意味───の事だろう。オリヴィエは将来的に魔神を目指しているのだ。

 真剣に迷ってもらっているところ悪いのだが、オリヴィエ的には、魔法について深く学んでいるならば寮は関係ないと思っている。つまり、どこでもいい。

 

「どこでもいい、とはまた珍しい。特定の寮を求める者は多いが、寮に何も求めない者は滅多に見ないのう。選択はしない。ならばやはり、才覚のみで考えねばならんのう。はて、どうしたものか……」

 

 組分け帽子は長く唸っていた。こうだと言えばああだと言い、じゃあこうだと言ってまた戻ってくるという事を繰り返して、オリヴィエを何分か拘束した。いつまでたっても寮の名を呼ばれないオリヴィエに懐疑的な目を向ける生徒もぽつぽつ居て、オリヴィエは視界の下半分をなるべく見ないようにした。

 

「あの、私本当にどこでも構わないので、ランダムでいいので決めちゃって下さいよ」

 

「それはいかんな。君には大きな才能が秘められている。凡人とは言えないほどのな。君は偉大になれる素質、そして大きな野望を持っている。それこそ、世界に影響を及ぼす程のね。その才能を決して無駄にしてはならない。それを開花させるには寮という環境が非常に重要なのだよ。例えば、君が抱く更なる高みへの野望、狡猾さ、魔法の才能。これはスリザリン生の特徴なのだが、君の中に存在する知的好奇心や独創性、探究心はレイブンクロー的な要素なのだ。それに、騎士道精神やここ一番の大胆さはグリフィンドール的でもある。フーム、面白いが非常に迷う……」

 

 知りませんけど、そんなこと。それと『狡猾』は褒められている気がしない。こっそりそう思いつつ───帽子には筒抜けだが───静かに組分け帽子の独り言を聞き流す。そこまで迷われるくらいなら、オリヴィエが行きたい寮を行った方が早いかもしれないと思い、オリヴィエは考えてみた。

 

「……そうだなぁ。うーん、グリフィンドールはゴリ押しされたけど、グリフィンドールもグリフィンドールで問題アリだし、レイブンクローは悪くないけどそれでもグリフィンドールみたいに裏面もあるし。ああでも、悪い裏面があるからって何が変わるかって感じかぁ。でもなぁ……スリザリンが悪い寮とは聞くけどどこも変わらない様な気がするんだよなぁ……」

 

「そうとも限らん。スリザリンが闇の魔法使いを多く輩出したという事実もまた存在するのだよ。まあ、他の三寮からも輩出されてはいるんだが、そこは数の勝利という事だ。私はスリザリンが良いと思うのだが、君ならまっすぐレイブンクローを選ぶと思ったよ」

 

「あ、やっぱり聞こえるんだ。私はどこでもいいんですけど、レイブンクローは一筋縄で行かない人が多いようで。あなたには見えるでしょうが、諸事情でこちらに来てまして、厄介な人がいるのは好ましくないんです───素性が割れたら面倒だし───。そこは多分スリザリンもなんだろうから、消去法でグリフィンドールかな、とは今思いましたね」

 

「グリフィンドールか。悪くはあるまい。グリフィンドールは君を勇敢な英雄に育てる事だろう。私はスリザリンを押そうと思っていたが、スリザリンとグリフィンドールはコインの両面とよく呼ばれるのだ。つまり、良くも悪くも紙一重ということなのだよ。寮生同士の仲は悪いみたいだがね」

 

「いや、でもなぁ……グリフィンドールはなんか相容れない感じはあるんですよ。ハッフルパフじゃだめですか?」

 

「ハッフルパフかね?フーム……慈愛の心と献身性が欠けておるな」

 

「あーはいはいそうですか……。うん、言われてみればそうです。だめです。えーじゃあどうしましょう。スリザリンかレイブンクローだとスリザリンですかね」

 

「フム、なぜかね?」

 

「スリザリンって寮対抗杯を6年連続取ってるじゃないですか。それにクィディッチの成績も優秀だし。私は自分の学びに従事したいんです。寮対抗杯とかクィディッチとか、そういう事の切磋琢磨は他に任せておきたいんですよ。あと魔法薬学に興味があるので教授に気軽に質問がしたいです」

 

「ホー、なるほどな。前者は置いておくが、後者は確かに合理的だ。フム、よろしい。君の選択を尊重して……スリザリン!

 

 帽子が叫んだ。すると右から2番目のテーブルからはじけるような盛大な拍手と歓声があがった。あそこがスリザリンのテーブルのようだ。ふとスリザリンのテーブルを見ると、他に比べて人が少ないように思えた。スリザリンは悪評をよく聞くし、不人気なのかもしれない。組分け帽子の発言を見ると本人の意思も考慮されるらしいので、適性があっても本人の同意がなければ別の寮になるのだろうか。

 オリヴィエがテーブルに歩いて行くと、色々な人に話しかけられた。若干ぐったりとしたオリヴィエは、ゴーストの向かいの席に着いた。向かいのゴーストの服は血でべっとりと汚れていて、顔はげっそりと痩せこけていた。目は虚ろである。オリヴィエは、あんまり関わりたくないな、と思った。

 

 組分けはその後、つつがなく終了した。

 オリヴィエの近所にも人が座っている。しかも同級生だ。青白く、顎の尖った少年───ドラコ・マルフォイという名だった───とか、ドラコの腰巾着らしき2人のごつめの少年達、クラッブとゴイルとか、他にも同級生がいっぱい座っている。全員が全員若干性格の悪そうな顔立ち───オリヴィエの気の所為だと信じたい───で、オリヴィエ的にはどうにも居心地が悪い空間だった。

 全員が刮目したであろうハリー・ポッターは、グリフィンドールに組分けられた。ポッターは帽子をかぶってもオリヴィエと同じくしばらく迷われ、グリフィンドールの分けられるや否や大々的な歓声に迎えられながら───ポッターを取った! という快哉の叫びとかだ───歓迎されていた。グリフィンドールのテーブルが歓喜に沸き立つ中、ドラコはスリザリンのテーブルから濃密な怨嗟の視線を飛ばしていた。一体ポッターと何があったと言うのだ。

 全員の組分けが終わると、校長であるアルバス・ダンブルドアが立ち上がった。この校長のダンブルドアという魔法使い、どこで話を聞くにも「偉大な魔法使い」と言われるのだが、意外にも想像を絶する変人かもしれない。というのも、ダンブルドアは立ち上がると、二言、三言言わせてくれと言った後「わっしょい」「こらしょい」「どっこらしょい」「以上」とだけ言って座ったのだ。生徒全員が拍手したからつられてオリヴィエも拍手したが、一体何に拍手しているのかわからなかった。ダンブルドアは話を終え、座ると同時に手を叩いた。するとあら不思議、全員の前に置いてあった金の大皿の上にご馳走の数々が現れるではないか。

 ローストビーフなどの肉料理やじゃがいものボイル、グリル、フライ、ヨークシャープディング(ローストビーフの付け合わせによくあるシュークリームの外側みたいなやつだ)、豆と人参、ドバドバかけられるようにたっぷり用意されたソース類、それと、場にそぐわないハッカ入りキャンディ。広い世界の中で比較するとイギリス料理はまずいと言うが、そんなイギリス料理の中では珍しく美味しい部類の料理が山程並んでいた。

 歯磨きの時以外は口に入れたくないと心底嫌っているハッカが入ったキャンディを除いて、オリヴィエ的に大満足のラインナップである。オリヴィエは自制心という箍を外し、思うがままに食べたいものを食べた。このご馳走ときたらどれもこれも美味しくて、これから毎日この出来の料理を食べられる事に対して一周回って恐怖した。

 だがオリヴィエは些末ごとを気にしない。それらは一旦保留の箱に入れておいて、まずは目の前の豪勢な料理をいただこう、とナイフを取った。

 

 皆が腹を満たすと、そのタイミングを見計らった様に豪勢なディナーに取って代わって皿の上に現れたのはこれまた豪勢なデザートだった。

 世界中の味を集めた様なアイスクリーム、糖蜜パイ、エクレアやドーナツ、トライフル(カスタードやスポンジケーキ、フルーツなどを器のなかで層状に重ねたスイーツ)、フルーツ、そしてオリヴィエの大好物のアップルパイが金の皿の上で煌びやかに光っていた。

 オリヴィエは他の魅力的なスイーツ達には目もくれず、ひたすらアップルパイを食べた。オリヴィエは偏食な訳ではないし、甘いものに関してアップルパイ以外嫌いな訳ではない(オリヴィエが嫌いなのはセロリとハッカとゲテモノくらいだ)。ただ、甘いものの中でアップルパイがそれはもう本当に好きなだけなのだ。なにより紅茶に合う───オリヴィエの主観で、だが───。

 オリヴィエはアップルパイを頬張りながら周りを見渡した。グリフィンドールのテーブルでは、希望通りグリフィンドールに分けられたハーマイオニーが銀のバッヂをつけた上級生と授業について話していた。饒舌に話しているハーマイオニーと、スリザリンのテーブルで自慢話とマグル差別話を長々と語るドラコの姿が重なった。あの2人、マグル出身とマグル差別主義者という正反対の立場ながら気が合いそうだった。しかし、オリヴィエのような口下手ならまだしも、普通の人があれだけの長話をされたらうんざりするに違いない。だがハーマイオニーやドラコはまだ中身のある事を言ってくれるからまだ良い方だ。一番嫌がられるのは喋りが下手なくせに中身のない話を長々と話すことである。だからオリヴィエは長々と話せないのだが。

 

「ああ、君の生まれはどうなんだい? そういえば聞いていなかったけど。ええと、オリヴィエだっけ?」

 

 噂をすれば、というやつだった。ドラコがオリヴィエに話を振ってきた。オリヴィエの意識は完全に思考の海の中にどっぷり浸かっていたのだが、名前を呼ばれていきなり現実に引き戻された。急に振られて面食らったオリヴィエは、反射で「えっ」と言ってしまった。これ以上変な目で見られたくはないオリヴィエは周りに気付かれないように息を吸って、

 

「はい、そうです。あ、敬語は要らないか。私はオリヴィエ・コニアテス。よろしく。それで、生まれの話? 実は私、捨て子だから両親について知らないの。だけど、私を拾って育ててくれたのは

 

 魔術師、と言おうとして、飲み込んだ。捨て子というのは本当で、拾ってくれたのは最大主教(アークビショップ)ローラ=スチュアートだった。ローラは実は魔術師だから何ら嘘は言っていないのだが、魔術師であるオリヴィエが魔法について知らなかったのと同じで、魔法界には魔術は浸透していない。ここでオリヴィエが魔術師と口走ると、変な目を向けられるかもわからない。建前以上とはいえ潜入するのだから、寮内で変に孤立するのは避けたかった。

 

「───魔女、だよ」

 

 一瞬の空白を誤魔化すように、オリヴィエはからからと笑ってみせた。だがしかし、オリヴィエ自身が笑うのに慣れてない上に笑い方が変だった所為で、空気が若干変になる。話を振ってきたドラコはと言えば、なんだか気まずげな顔をしている。捨て子、という単語の所為だろうか。それとも、少々溜めたのが意味深に聞こえてしまったのかもしれない、とオリヴィエは思った。だが、オリヴィエは別に親が居ない事を気にしていないし、ローラが実の親の様なものだから実の親には興味がないので、特にコンプレックスは無い。そうやって本人よりショックを受けるのは11歳という幼さ故の感受性の高さの所為だろうか。流石に一端の責任を感じたオリヴィエが「ドラコの方はどう?」と話題を投げると、ドラコはこれ幸いとばかりに自分の家柄を自慢しだした。

 この一連の流れの中、オリヴィエの真正面に座っているゴースト、血みどろ男爵(ブラッド・バロン)は、虚ろな顔で虚空を眺めながら何も食べずに座っていた。オリヴィエがさっきローストビーフを頬張りながら聞いたら、ゴーストに食事は必要ない(当然だ)と言われた。血みどろ男爵は話しかければ答えてくれたが会話に積極的ではなかったと思う。それと、やたら尊大な口調で寮対抗杯の獲得を寮生に呼びかけた。今年も取れば7年連続。全学年で寮対抗杯を獲得する生徒が現れるだろう。なるほど、素敵な箔になることだろうとオリヴィエは思った。だが、オリヴィエの仕事はそこではない。オリヴィエは1人意識を他に飛ばしながらアップルパイを頬張っていた。

 最後の一つと決めたアップルパイをもそもそと飲み込んだタイミングで、丁度よくデザートが消えた。残念だが、楽しい夕食時は終わってしまったようだった。しかし不満は上がるまい。全員が全員、好きなだけ食べて好きなだけ飲んだ事だろう。全員満腹でこれ以上食べようがない程───勿論オリヴィエも例に漏れず好きなだけ───食べたはずだ。

 デザートが消えると、上座のテーブルに座っていたダンブルドア校長が立ち上がった。ダンブルドアは全体を見回し、咳払いをした。

 

「エヘン、皆、よく食べ、よく飲んだ事じゃろう」

 

 ダンブルドアはそう言い、生徒への注意喚起を行った。端的にまとめれば、

 ・敷地内の森に入ってはならない。

 ・廊下での魔法の使用の禁止。

 ・クィディッチの参加希望者はマダム・フーチ───白髪金眼の鷹のような容姿の女性───に申し出る事。ただし1年生は参加不可。

 ・痛い死に方をしたくない人は今年いっぱいは4階右側の廊下に入らない事。

 という事だった。最初の3つは一般的な学校でも有り得る物だったが、4つ目の注意は引っかかる。『今年いっぱい』と指定していることは、去年まではそういう事はなく、来年は解決されるという事だろうか。まあ、今年いっぱいということは1年間の猶予があるという事だ。今考えても仕方あるまい。ちなみに、ジョークだと捉えられたのか少数ながら笑っている生徒も居た。オリヴィエも無意識で聞いていれば笑っていた事だろう。痛い死に方をしたくない人は、なんて言い回しが面白くない訳がない。

 その後の校歌斉唱は、悪い方向で想像以上だった。『校歌』という単語を聞いた瞬間教授方の表情が強張った時点で、まともではないだろうとは勘付いていた。4言だけ話すという奇行を成し遂げたダンブルドアなら何かあるはずだと思ったが、まさか校歌にメロディーがないとは思わなかろう。一瞬は面食らったが、その後はオリヴィエも乗ってきて、ふざけた歌詞をとびきりゆっくり歌ってやった。どうやら一番遅かったのはオリヴィエではなかったが、久々にはっちゃけられたとオリヴィエは思った。オリヴィエはそもそも、ふざけるのは嫌いではない。きちんとやることをやっていれば万人にふざける権利がある、とオリヴィエは思っている。無論、何もせずただふざけるのは言語道断だ。

 歌い終わると、何が琴線に触れたのかはわからないがダンブルドアが涙を流した。ダンブルドアは涙を拭いながら、寮に戻るように全員に呼びかけた。

 スリザリンの一年生は、監督生ジェマ・ファーレンの後ろについて歩いて行った。ジェマは一年生に対して至ってフレンドリーに接し、スリザリンの伝統や誤解、素晴らしさを演説した。ジェマは中々オリヴィエの中では───寮の優劣を語っていたという点を加味しても───好印象だ。もっとも、魔法界に来てからハーマイオニーやドラコといった人物とばかり会ってきた所為かもしれないが。

 スリザリン寮はホグワーツ城の地下室で、迷路のような廊下の先にある石の壁が入口だった。入口の前で合言葉───2週間ごとに変わるらしいから掲示板を注意するように、とジェマのアドバイスがあった───を言うと扉が開く。先の談話室は大理石に囲まれた荘厳な雰囲気で、天井が低かった。壮大な彫刻が施された暖炉ではパチパチと火花が弾け、天井からは緑色のランプが下がっている。そして窓の向こうには水が張ってあり───ジェマ曰く、ホグワーツ湖らしい───仄かに魚っぽいものは見えた。暖炉や緑の光の暖かみと、石造りの冷たさが共存している不思議な場所だった。

 女子寮には、緑のシルクの掛け布がついたアンティークの4本柱のベッドがいくつか置いてあって、ベッドカバーには銀の糸で模様が刺繍されていた。天井からは銀のランタンが下がっていて、丸い窓からも、星と月の頼りなくて青白い光が差し込んでいる。壁にはタペストリーが飾ってあって、ジェマ曰く有名なスリザリン生の冒険が描かれているらしい。

 オリヴィエは、明日は報告のために寝るのが遅くなるだろうから早く寝ようと、テキパキとパジャマに着替えた。ベッドに入ると、シルクでできた掛け布が思っていたより心地良い。それに、湖の水が窓に打ち寄せる穏やかな音は、何かの波動を伴っているのか疑うくらいに安心する音色だった。

 

 オリヴィエは満腹だったこともあり、あっという間に深い眠りに落ちた。




 はい。オリヴィエちゃんはスリザリン生になりました。
 ギリギリまでスリザリンかグリフィンドールか迷いましたが、私はスリザリンひいてはスニベルスをゴリ押ししております。私利私欲です。
 これからオリヴィエちゃんが絡むのはスリザリン生が多くなりますが、オリヴィエちゃんは寮別差別はしない子なので寮関係無く話してくれると信じております。口下手ですが、実は話したがりなのです。魔術オタクってやつです。
 あと、確証はありませんがオリジナルのグリフィンドール生を出すかもしれないです。ダメな人は読まない事を推奨します。
 では、この辺りで目を離して頂いて、
 次話に進んで頂ける事を祈りつつ、
 今話はこの辺りで筆を置かせて頂きます。(鎌池和馬先生風)
 ちなみに。原作ではスリザリン寮は「地下牢」と訳されていますが英語版「dungeon」はニュアンス的に「地下室」が近いらしいのでこの小説では「地下室」を採用しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。