魔術師という職業   作:雨本咲

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第5話 教授と授業

 ふくろうの羽搏き。

 

 皿を弄る甲高い音が嫌でも耳に届いてくる。人は多く、駄弁りと囁きが部屋に充満している。角度のついた日差しが大きな窓から差し込み、半分寝ぼけたままの重い瞼を刺激する。

 非の打ち所がない、完璧な朝。

 ホグワーツ魔法魔術学校は、新学期が始まってから幾度目かの朝を迎えていた。

 

「はぁ…ふぁ」

 

 昨日は2日の報告の為に夜更かしした分、普段よりも寝るのが早かったのにまだ眠い。オリヴィエは、全生徒が朝食をとる食堂で大欠伸をした。

 ―――ちなみに欠伸をしたときに涙が出てくるのは、欠伸の時の表情が無意識に涙腺を刺激するからだそうだ。前に聞いた事をふと思い出したオリヴィエは瞼に涙を溜めながら、テーブルに並ぶ朝食に手を伸ばした。

 

「あら、素敵な欠伸。何時まで起きてたのよ」

 

 隣に座っていた少女がオリヴィエに言う。金髪に青い瞳の少女だ。やや皮肉るような感じの言い方だったが、これはイギリス人としては普通と言えるものである。それどころかこれは大分優しい言い方だとさえ思えた。スリザリンは他の三寮から孤立しているから集団意識が強いと聞いていたが、よもやこれだけ早く実感するとは思うまい。まだ出会って1週間と経たないと言うのに、とオリヴィエは思った。

 

「昨日はすぐ寝たよ。でも眠りが浅かったのか普段の寝不足が祟ったか……まあでも、いつもの事だよ。―――ダフネ」

 

 オリヴィエはトーストにバターとマーマイトをたっぷり塗りながら、少女―――ダフネ・グリーングラスに返した。ダフネは短く息を吐いてスクランブルエッグを皿に取る。ダフネはオリヴィエと同じスリザリン生で、オリヴィエのベッドの隣だった。どうやらスリザリンの伝統にもれず名家の出身らしく、『グリーングラス』という家は魔法界では有名らしい。

 

聖28一族(Sacred Twenty-Eight)を知らないなんて、貴方どこ出身? イギリス、どころかヨーロッパの魔法使いなら大体知ってるわよ」

 

「イギリス出身だけど育ての親が魔法界から離れて生きてたの。魔法界に来たのはほんの1ヶ月くらい前」

 

「へえ。変わってるのね」

 

 ダフネと話し始め、グリーングラス家を知らないと言った直後のやりとりだ。オリヴィエは咄嗟に、極自然な理由をでっち上げた。『捨て子で身寄りがなく、魔法界から離れて生きていた育ての親の魔女に拾われて魔法を習いながら育った』という筋書きだ。多分、これなら疑われる事も邪険に扱われる事もないだろう、とオリヴィエは我ながら感心する。少しでも違和感を感じさせれば疑われ、最悪寮内で孤立する事もあろう。今後の学園生活において、寮内で孤立するのはなるべく避けたい事だった。

 魔法界に名家が存在するというのは知っていたが、聖何々族という風なランクがあるのは初耳だ。ダフネ曰くスリザリンにも多く居るそうで、同級生だけでダフネ以外にもパンジー・パーキンソンやミリセント・ブルストロード、セオドール・ノット、それとドラコ・マルフォイなんかも聖28一族の出身らしい。特にマルフォイ家は聖28一族の中でも富豪で、だから嫌に金をかけられるんだそうだ。

 ダフネとは初日の授業で隣の席だった辺りからたびたび話をする仲で、ダフネを経由してパンジー・パーキンソンやミリセント・ブルストロードとも話をする。そこまで親しい訳ではないが、話し相手が居るというのは精神的にはプラスだ。パンジーはどことなく―――失礼な気がするが―――パグ犬っぽい顔立ちで、キーキー声でグリフィンドール生を貶しているのをよく見かける。ミリセントは体が大きい所謂武闘派で、グリフィンドールに敵対心があるのは間違いないがパンジーのように口で貶すことは少ない。二人とも意地悪い感じだが、スリザリンの風潮にもれずスリザリン生には親切だ。

 スリザリンは悪評をよく聞くが、6年連続で寮対抗杯を取っているように優秀である事は間違いなかった。グリフィンドールのポッター―――初日からひそひそ話の肴にされていて哀れに思った―――と因縁がある(らしい)ドラコも、自慢が多いのとマグルを差別する事以外には難が見当たらなかったようにオリヴィエは思った。

 授業自体は、予習をしていれば難なく乗り越えられるものだった。強いて言えば魔法史の授業がいやに眠くなるくらいだ。魔法史の教鞭をとるビンズ教授はホグワーツ唯一のゴーストの先生で、昔暖炉でうとうとしていたらうっかり体を置いてきてしまったらしい。ビンズ教授の物憂げで一本調子な話は何故か眠気を誘い―――催眠術でも使っているんじゃないかと本気で思う―――寝ないように必死に羽根ペンを握っていると、気付けば授業が終わっている。予習で本を読み込んでいなければ絶対に詰んでいた、とオリヴィエは思う。

 変身術は意外に難儀だった。変身術は入学式の案内をしたマクゴナガル教授の担当だったが、マクゴナガル教授は授業が始まるが否や変身術の危険性や心構えを説き、ふざけるのは授業を受ける資格がないと説教を始めた。オリヴィエの予想の通りかなり厳格だったようだ。それに、『物を変化させる』という学問は、ノートに取った複雑な理論が理解できてもいざやるとなれば話は別だ。最初の授業で出された課題はマッチ棒を針に変えるというものだったが、杖による魔法の処理にまだ不慣れなオリヴィエは勿論、クラスの全員が苦戦した。オリヴィエは反則的に魔術の力で理論を補強しなんとかコツを掴んだものの、オリヴィエ以外に変えられた者は少なかった。

 『闇の魔術の防衛術』のクィレル教授は、青白くて、どもりで、体調が悪そうで、そしてにんにく臭かった。頭に巻いているターバンはゾンビを退治した時にアフリカの王子に貰ったらしいがどうにも秘密が隠されていそうで、上級生の先輩はターバンの中に道具を隠していると推測していた。授業は実に退屈で期待外れ感が否めないものであり、肩すかしを食らった気分だった。

 その代わり、オリヴィエの心を躍らせたのは天文学だった。夜空を眺めて星をじっくりと観察するのは、さらなる魔術の研鑽にも―――星空を魔法陣として組み込む魔術の使い手として―――繋がる。オリヴィエにとって魔術師としても一人の少女としても楽しさを感じるものだった。どのくらいかといえば、授業ということを忘れるくらいには。

 逆に授業に行くまでが難関だった。階段は動くし、扉はトラップ付きだし、道はいやに入り組んでいた。ゴーストが壁をすり抜けるときはドッキリするし、ポルターガイストのピープズは時と場所を問わず邪魔をしてくるし、管理人のフィルチは生徒達を下らない理由で処罰しようとする。道を聞こうとしても教えてくれるのは同寮の先輩くらいのものだ。先輩がいなくて他寮生にうっかり話しかけようものなら、胸元の蛇の刺繍を見られた瞬間音の速さで遠ざかられる。廊下に居ても何処と無く遠巻きに見られている気がするし、こういう時にはスリザリンの嫌われぶりを実感するというものだ。寮差別を気にしないオリヴィエとて、流石に精神に来る。

 難儀な1週間を回想し、オリヴィエは息を吐きながら苦く笑った。側に座るダフネはオートミールに砂糖をかけながら、

 

「そうそう、今日は魔法薬の授業よ。グリフィンドールと共同でね。ほら、魔法薬の先生のスネイプ教授ってスリザリンの寮監でしょう? だからスリザリンを贔屓してくれるんですって」

 

 やや上ずった声で、かつ「グリフィンドールと共同で」という所だけ憂鬱そうに言う。

 ―――魔法薬学。オリヴィエが興味津々だった教科のひとつだ。オリヴィエの仮説によれば特異な材料に無意識下で魔力を込める事によってあらゆる効果を顕現させるという訳なんだが、実際にやってみない事にはわからない。カラクリを知りたいのもオリヴィエが楽しみだった一因だが、それ以上に単純な向上心だ。オリヴィエは魔術師として薬を作ったりした事がなかったので、更なるスキルアップを目指したかった。

 スネイプ教授は、土気色の顔に大きな鉤鼻が目に付く人で、肩までのねっとりとした長い黒髪の前髪を左右に分けている。目は黒で、ローブの色も真っ黒。遠目から見るとまるで育ちすぎた蝙蝠のようであった。

 ついでに言うが、魔法薬学はスリザリン生が得意とする事が多い教科らしい。実際、スリザリンの寮監であるスネイプ教授は魔法薬学の先生だ。スネイプ教授がスリザリンを贔屓してくれるというのも、少しばかりは耳にした事がある。スネイプ教授のスリザリン贔屓が、スリザリンが毎年寮対抗杯を獲得できるカラクリの一つなんだそうだ。

 だが、オリヴィエの仕事は魔術と魔法の融合を進めることであって、寮対抗杯を獲得することは二の次。そんなことはオリヴィエには関係のないことなのだ。オリヴィエは牛乳を入れたティーカップにポット入りの紅茶を注ぎながら、内心で呟いた。

 

 

 

 さて、時間は進んで件の魔法薬の授業。

 最近どうも心地よく感じるようになってきた地下室特有の冷気を浴びつつ、オリヴィエは魔法薬学の教室になる地下室の一角に座っていた。

 オリヴィエから3つほど離れた席に、ダフネやパンジー、ミリセントに加えてドラコとその腰巾着が座っている。パンジーはいつもドラコのそばにいるので、パンジーに誘われてダフネやミリセントはあっちに行ったのだろう。―――そんな訳で、オリヴィエは離れた場所でぽつんと座っていた。

 グリフィンドール生に対して、スリザリンでよく悪口を聞くからか若干悪意よりに捉えてしまう傾向にオリヴィエは気付いた。無論優秀な生徒は居るだろう。ハーマイオニーなんかは典型的だし、マクゴナガル教授もダンブルドア校長もグリフィンドール出身らしい。だが、どうにも元気が有り余っている感がある―――活きがいい、とも言えるかもしれない―――。ここ1週間グリフィンドール生を観察していたが、どうにも落ち着かない。まあ、年齢的に考えれば当然かもしれないのだが。

 冷え冷えとした雰囲気の、大理石でできた壁の模様を眺めていると、視界を誰かが横切った。多分同級生だ。ローブに入った刺繡には獅子があしらわれていたので、グリフィンドール生だとわかる。影の姿だけがオリヴィエの視界に入り込んだ。影はオリヴィエの眼前で立ち止まり、言った。

 

「―――ええと、隣に座ってもいいかな?」

 

 同級生にしては大人しい声色だが、決して低い声ではない。年相応のやや高い声で、なんというかお人好しそうな感じがした。グリフィンドール生にしては物腰が柔らかい。声からして男子だろう、とオリヴィエは予想し、影の顔を見た。

 そこにいたのは、オリヴィエが予想した通り少年だった。普通とも平凡とも表現できる大人しそうな顔立ちの、知らない少年だ。髪は焦茶で短く、これまた平凡な髪形だった。表情作りは柔らかく、声と同期してお人好しそうな雰囲気だ。唯一緑の瞳が特徴的で、瞳だけが鮮やかな印象を残していた。

 少年はオリヴィエを見た。オリヴィエが顔を上げると、少年の視界に蛇の刺繍が入る。瞬間、少年がげっという表情を浮かべ、目を忙しなく泳がし始めた。

 全くもって心外なオリヴィエは端に寄り、「どうぞ」と手で指した。少年は若干引き攣った笑みを浮かべ、オリヴィエに感謝を述べる。

 

「えっ、と。アー、ありがとう。ここ以外空いてなくて。―――はじめまして。僕はアルバート・ラーゼス。アルって呼んで。君はなんて言うの?」

 

「オリヴィエ・コニアテス。よろしくね、アル」

 

 少年改めアルバートは、オリヴィエの隣にそっと腰を下ろした。アルバートは椅子に座ってから、オリヴィエと若干距離を取った。

 ほどなくして担当教授のスネイプ教授がやって来て、授業が始まる。

 スネイプ教授はまず、柔らかい猫撫で声で出席を―――妖精の魔法の担当教授であるフリットウィック教授と同じく―――取った。そして、ハリー・ポッターに来た辺りで少し停止し、

 

「ああ、さよう。ハリー・ポッター。われらが新しい―――スターだね」

 

 ドラコとその取り巻きがクスクス笑いをした。スリザリン生はおおよそ冷やかし、グリフィンドール生はおおよそ不快感をあらわにした。

 教授は虚ろな黒の目で生徒全体を見渡した。温かみなどは微塵も無く、虚無の擬人化のような佇まいだった。

 スネイプ教授はイメージそのままの静かな雰囲気で、呟くように話し始めた。

 

「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ。―――このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る、人の血管をはい巡る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえふたをする方法である―――ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが」

 

 静まり返っていた教室は、より一層シンとした。スネイプ教授は呟くように静かに話しながら、教室にいた全員を静まり返らせる力があった。

 大演説を聞いた生徒の中には、自分がウスノロではないと一刻も早く証明したがっている生徒だっていた。そんな生徒―――主にハーマイオニー・グレンジャーだが―――は椅子に浅く腰掛けて前のめりになり、発言したそうにうずうずしていた。

 演説後の静けさを真っ先に破ったのは、他ならぬスネイプ教授だった。教授は途端に「ポッター!」と叫んだのだ。

 

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

 

 授業記録として残しておこうと羊皮紙と羽根ペンを取り出すオリヴィエの横で、アルバートが「うげ」と小さく呻いた。そりゃそうだろう。授業をする前から授業で習う事を聞くなんて意地悪もいいところだ。―――ちなみにアスフォデルとニガヨモギは植物の一種で、教授の言った工程を踏むと非常に強い眠り薬になる―――『魔法の薬草ときのこ1000種』に書いてあった―――実際、ポッターはどうにもできずに隣の少年と顔を見合わせたり目を泳がせたりしていた。スネイプ教授は真面目腐った顔を保っていたが、口元だけは正直に笑っている。そして苦戦するポッターを後目にハーマイオニーが右手をぴんと伸ばして答えたがっていた。こっちはこっちででしゃばりたがりではないだろうか、とオリヴィエは溜息を吐いた。意地悪な問題を出す教授も教授だが、ここででしゃばるハーマイオニーもハーマイオニーだ。一種の授業妨害である。ポッターは逡巡ののち、観念して素直に「わかりません」と答えた。

 

「チッ、チッ、チ―――有名なだけではどうにもならんらしい。ならばポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」

 

 ペン先を紙の上でさらさらと踊らせつつ、これまた難解な問題だ、とオリヴィエは嘆息する。ベゾアール石は大抵の毒に対する解毒剤になるため魔法薬ではよく使われ、石というものの鉱物の類ではない。山羊の毛や食物繊維で構成されているもので、探すべきは山羊の胃の中だ。だが「石」という先入観のせいで鉱山などを答えかねない。というか、そもそも聞かれた当人のポッターは何が何やらといった面持ちで視線をおうむ返ししている。失礼に当たるのは重々承知だが、どうにも笑える光景だ。オリヴィエの三つ先の席で、ドラコ達が我慢しきれずに腹を抱えて笑っている。流石に我慢するべきだろうに。ポッターはなるべくドラコを見ないようにしながら、またも「わかりません」と答えた。その近くで、ハーマイオニーが座ったまま更に手を伸ばしていた。

 

「クラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかったわけだな、ポッター。え?」

 

 そりゃあ誰だって目を通しはするだろう。ポッターも「そりゃ目は一応通して来たけどさ……」という面持ちをしている。だが即答出来るほどまでに隅々まで記憶するのなんてハーマイオニーかオリヴィエくらいのものだ。つまり、変人なのだが。

 ハーマイオニーの指先がまだプルプルしている。そろそろ下ろしていいんじゃないか。流石に疲れてきただろうに、とオリヴィエは苦笑した。

 教授はくつくつと笑いながらポッターを見ていた。単純に生徒をいびりたいのかポッターが嫌いなのかは判別がつかないが、後者だったとしたら教授はポッターに何をされたというのだ。曲がりなりにもポッターは生徒だというのに。

 

「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンの違いはなんだね?」

 

 オリヴィエがペンを持ってモンクスフードの「m」を書こうとした瞬間、ガタン! と音がした。見てみれば、ハーマイオニーが椅子から立って手を伸ばしている。ハーマイオニーが伸ばした手は、地下室の低い天井に届かんばかりに垂直にそびえていた。

 

「わかりません。―――ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう」

 

 ポッターは半ば諦め気味に、至って落ち着いた口調で言った。なるほど、ポッターの中で教授は低評価大量生産ラインを構築したらしい。

 ポッターの冗談に、数人が笑い声を上げた。そこで笑ったのはもっぱらグリフィンドール生―――隣に居たアルバートも小さく吹き出していた―――オリヴィエがさっと目をやると、真面目腐った顔を急いで繕っていた―――で、スネイプ教授を筆頭としたスリザリン陣営は苦い顔をしていた。スネイプ教授は不快そうに、「座りなさい」とハーマイオニーに言った。そして教授は、ポッターが無礼な態度を取ったとしてグリフィンドールから一点を引いた。

 

「さて、さて、さて―――無知なる我らが英雄に代わって我輩の問いに答えられる生徒は居ないものかね。ふむ、ではそこの―――コニアテス。今の三つの問いに答えてみたまえ」

 

 ―――なぜ私をチョイスするのだ。

 オリヴィエは急に呼ばれて、一瞬身を固くした。見渡せば、クラスにいる生徒達がオリヴィエを見ていた。見られている。ここで間違えればスリザリンから点を引かれるだろうか。スリザリン贔屓といっても建前上で減点くらいはするだろうし、同級生からはぶかれたりはしないだろうか。寮内での孤立は望ましくない。ここは落ち着いて、一つ一つ丁寧に答えていこうと思い、オリヴィエはゆっくりと立ち上がった。

 

「まず、アスフォデルとニガヨモギは、教授の仰った工程を踏むと強力な眠り薬になります。強力すぎる故に死ぬまで起きないとも言われ、通称『生ける屍の水薬』と呼ばれます。次に、ベゾアール石は大抵の毒に対する解毒剤になります。山羊の毛や食物繊維などで構成されていて、山羊の胃の中を探すと見つかります。そして、モンクスフードとウルフスベーンは両方ともトリカブトを指す言葉で、別名『アコナイト』とも呼ばれます。故に違いはありません。トリカブトは強い毒性を持ちますが、脱狼薬に使われるなど魔法薬ではよく用いられます。―――いかがでしょうか」

 

 オリヴィエは普段よりもゆっくりと話し、一言一言を噛みしめるように言った。

 教室はしんと静まり返っていた。他の生徒達がオリヴィエを見ている。オリヴィエは視線から逃げるように、自分の机上に置いた教科書の文字を目で追っていた。

 教授が押し黙る。そして教授は、ゆっくりと口を開いた。

 

「よろしい。完璧な回答である。―――ところで諸君、なぜ今の回答を全部ノートに書きとらんのだ?」

 

 ばさばさ、と紙を取り出す音が一斉に鳴った。全員が紙の上で急ぎ足にペン先を踊らせる中、オリヴィエは教授の声をしかと聞いていた。

 

「ミス・コニアテスの完璧な回答で、スリザリンに五点加点」

 

 そりゃどうも。

 

 その後の授業も、ポッター延いてはグリフィンドールにとって状況は良くなっていかなかった。

 教授はこの授業で『おできを治す薬』を教えた。教授は、生徒達が干イラクサを計ったりヘビの牙を砕いたりしている脇をぬうように歩き、間違った事をしていると注意していった。スリザリン生の中でもお気に入りらしいドラコを除いて、全ての生徒が教授から注意を受けた。オリヴィエの脇でヘビの牙を砕いていたアルバートが、やや不機嫌そうに角ナメクジを鍋に入れた。

 

「けっ、スネイプのやつ。スリザリン贔屓はどうにかならないのかな」

 

「と、私の前でそれを言うの?」

 

 アルバートはぼそっと呟いただけだったが、オリヴィエは耳聡く見つけて冗談っぽく返してみる。アルバートはさっと顔色を変え、しどろもどろになりながら弁明した。

 

「あ、いやーその、君を悪く言った訳じゃないんだ。あくまでスネイプ―――『教授』の、スリザリン贔屓に言及しただけであって。アー、えっと、そうだ。君、さっきのすごかったね。僕は感心したよ。あんなスラスラ答えられるなんてすごいや。それに、君は凄く親切な人なんだね。なんというか、その、偏見みたいのがあったんだ。ごめん。えっと―――コニアテス、さん?」

 

「オリヴィエでいいよ。それに、寮ごとに確執があるのはわかってるから気にしてない。それより、ドラコが角ナメクジを完璧に茹でたみたいだからあっちを見てみ―――

 

 オリヴィエが言いかけた瞬間、強烈な緑が地下室に充満した。シューシューという音が響き渡る中、オリヴィエが主を探すと、ネビル・ロングボトムが半べそになりながらねじれた小さな鉄の塊をどうにかしようとしていた。あれは大鍋だろうか。どうもロングボトムが失敗して大鍋を溶かしてしまったらしいのだ。机からこぼれ落ちた薬が石の床を伝って部屋中に伝播しながら靴裏を溶かしていったので、オリヴィエは咄嗟に足を上げて椅子の上に避難した。ロングボトムは大量の薬が直接かかったらしく、全身に出来たおできの痛みに苦悶しつつ大声で呻いていた。

 

「バカ者!」

 

 スネイプ教授が怒鳴る。教授はマントの下から杖を取り出して一振りすると、部屋中に広がっていた失敗した薬がたちまち消え去った。

 ―――無言呪文!

 オリヴィエは内心、感動に咽び泣いていた。入学式直前にハグリッドが見せた小舟を動かす無言呪文も然りだが、キチンと魔法を修めた大人はこんなことができるのか。単純な術式構築の練度か、魔力錬成の効率化か、はたまた別の要因か。ともかく、授業の疑問点を含めて授業後に教授に質問せねば。オリヴィエは考えながら、ロングボトムに同情混じりの視線を向けた。

 

「おおかた、大鍋を火から降ろさない内に山嵐の針を入れたんだな?」

 

 教授がつかつかと歩きながらロングボトムを責め立てたが、ロングボトムはおできが鼻にまで広がってきて、大泣きしていたので答えるどころではなかった。ロングボトムの隣の少年に対し、医務室へと連れて行くように、と教授は苦々しげに指示した。それから教授は隣で作業をしていたポッターと友人らしき少年へ向き直った。

 

「君、ポッター、針を入れてはいけないと何故言わなかった? 彼が間違えば、自分の方がよく見えると考えたな? グリフィンドールはもう一点減点」

 

 教授がまたも減点した。本当に話を拝聴願いたいのだが、ポッターとグリフィンドールに一体何をされたと言うのだ。

 三つ向こうの机で、ドラコが腹が捩じ切れそうなくらいに大笑いしている。ポッターを笑いたいなら談話室で物真似でもして笑いをとっていれば、少なくとも平和だというのに。気持ちは理解できない訳ではないが、もう少し場を弁えるべきだとオリヴィエは思った。別に、人間誰しも馬が合う人間と合わない人間が居るのだから、嫌いな人間がいたりそいつを嘲笑ったりするのは否定しないが、最低限の倫理観と社会性は人間としてあって然るべきである。オリヴィエは溜息を吐きながら、アルバートに山嵐の針を渡した。

 

 教授は結局、スリザリンへの加点はすれどそれ以上の減点は行わなかった。

 全員が薬を煎じ終わったのを見計らってからドラコが作った魔法薬を露骨に褒め、教授はスリザリンへ五点加点した。

 ロングボトムが事故を起こしてから一時間後、授業が終わって地下室から出て行くドラコは得意げだった。

 

「見たかい、あのロングボトムの間抜け顔。あいつが僕と同じ聖28一族の出だなんて、考えるとぞっとするよ。あいつなんて穢れた血や出来損ないの失敗作(スクイブ)と変わらないじゃないか」

 

 それからドラコは鼻高々に自分の作った魔法薬を自慢し、ポッターに家族が居ない事や先刻の減点の件で嘲った。

 アルバートは不快そうに顔を歪め、羊皮紙と教科書と筆記用具を乱雑に抱えてつかつかと歩いていった。アルバートが居なくなったのを見計らったようにダフネやパンジーがやってきて、「グリフィンドールなんかとつるまない方が良い」「アルバートはマグル生まれだ」とオリヴィエに忠告していった。

 

「私を心配してくれたのかな? ありがとう。でも、私はあんまり寮が違うとか生まれが違うからって区別するのはよくないと思う。あ、じゃあ私はスネイプ教授に質問したいことがあるから、先に戻ってて」

 

 オリヴィエが言うと、ダフネ達は顔をしかめて地下室を出ていった。ダフネ達が居なくなった軌跡を目で追いながら、オリヴィエは羊皮紙と羽根ペンを携え、授業の後片付けをしていたスネイプ教授のところへ小走りで近付いていった。

 

「教授、失礼します―――いくつかお聞きしたいことがあるのですが」

 

 教授が不機嫌そうな顔のままにオリヴィエの方へ向いた。

 オリヴィエが聞いたことはちょっと多過ぎたので、ここにはきっと書ききれないだろう。




 「でも先生! コニアテスが無知だったら恥ずかしいのは先生です!」
 「だまらっしゃい!」
 先生の事を教授と読んでいるのは、どうやら原作ではprofessor(=大学の『教授』)らしいからです。間違ってたら即座に直します!!!
 次回はネビル落下事件です。早い話が飛行訓練ですね。オリヴィエちゃんは動くのか! 動かないのか! ご自身の目で確かめて頂ければな、と思います。
 では、この辺りで目を離して頂いて、
 次話に進んで頂ける事を祈りつつ、
 今話はこの辺りで筆を置かせて頂きます。(鎌池和馬先生風)
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