魔境狩人物語 作:クーシャ騎士爵
魔境アルペリオン最初の洗礼は、街に辿り着く前に訪れた。
兵竜。
毒ブレスと肉弾攻撃を得意とし、複数頭で群を作って行動する、飛竜種の小型モンスター。
どうやら、この辺りの地域では頻繁に出没し、竜車や飛行船を度々襲撃する厄介者であるらしい。
そんなモンスターの相手を、ユウは一端の狩人として飛行船の乗組員から任されたが、さりとて相手は翼を持つ者。
この船に乗り込んでこない限りは手出しができず、ひたすらに暇を持て余すことになるので、戦闘エリアの把握と並行して、飛行船の乗組員達の対処を見物させてもらうことにした。
この危険な空域を数日間かけて渡るため、ユウが乗っているこの飛行船は、かなり大型かつ屈強だ。
甲板だけでも10門の小型バリスタと6門の対飛竜大型弩砲、4門の大砲に2門の竜炎砲台が設置され、さらに前方にはあの撃竜槍すらも存在する。
船室は2階建てになっており、各階層にも小型のバリスタが複数ずつ設置されているため、斉射すれば弾幕を張ることも可能だろう。
現在、飛行船の乗組員は発射役と装填役の二人一組で小型バリスタと竜炎砲台に付いており、兵竜達が射程圏内に入るのを今か今かと待ち構えている。
翻って、大型弩砲と大砲には人がいない。小さくすばしっこい目標相手に、威力は高いが扱いが難しく小回りがきかないこれらの兵器は不向きだとの判断だろう。
総評して、並の大型モンスターに襲撃されても普通に退けられるほどの戦力があると言えるし、襲撃者の特徴をよく理解した上での布陣も整っている。
いくら群とはいえ、あのような小型モンスターに押し負ける未来は見えなかった。
そう考えると、自分が甲板に乗り込んできた時の対処を任されたのは、あくまで保険という意味合いが強いのであろう。
……と、そこまで考えて、ユウは違和感を感じ始めた。
小型バリスタによる斉射が、一向に始まらないのだ。
「射程を見切られてるな……チッ、コイツぁ2ヶ月前に新調したばっかりだぞ。学習速度が徐々に上がってきてやがる」
いつでも発射できるよう小型バリスタの引き金に手を掛ける飛行船の乗組員は、飛行船から50メートルほどの位置を並走するように飛ぶ兵竜達を睨みつけ、なんとも憎々しげにそう言った。
その言葉を聞いて、ユウが改めて兵竜の姿をよく観察すると、なるほど確かに、兵竜達は飛行船への接近をやめ、こちらの様子を伺いつつ付かず離れずの距離を保って飛んでいる。
話から察するに、兵竜達が飛んでいる50メートルよりも少し手前くらいが、この船に搭載されている小型バリスタの有効射程の限界なのだろう。
あの竜達がそれを理解した上で間合いを保っているのだとしたら、かなり厄介な相手だと言わざるを得ない。ユウは内心、兵竜達への警戒心を一段階引き上げた。
と、その直後、ユウの背後から若い乗組員の声が響く。
「右舷、来ました!7頭!」
「やはり来たか!合わせて15頭。まあこの
どうやら、ユウが飛行船の左舷側に最初に姿を表した8頭の兵竜に気を取られているうちに、右舷側からも新たに7頭の兵竜達が襲撃を仕掛けてきたらしい。
どうして敵のいない右舷側にも人員を設置したのかと疑問に思っていたのだが、どうやら今のように挟み撃ちにされる状況を想定してのことだったようだ。
右舷側から新たに現れた7頭の兵竜達は、左舷側の一団と同様に飛行船から50メートルの位置まで近づくと、お互いに一定の間隔になるように前後一列に展開する。
──飛行船の左右に、綺麗な包囲陣形が出来上がった。
「……来るぞ!」
乗組員のリーダー格の男がそう叫んだ直後、その声を合図とするように、左右の兵竜達が一斉に動き始める。
綺麗に一列の隊列を組んでいた翼影は、一頭ずつ交互に急上昇と急降下を行い、バリスタの死角に入り込むように上下にバラけながら急速に飛行船に接近してきた。
その一連の動きを見て、ユウは初めて、彼のモンスターが『兵竜』などという別名で呼ばれている、その理由を理解した。
まさしく、厳しい訓練を受けた軍隊のように統制された動き。
飛行船に搭載された小型バリスタの射程距離を見切り、俯角に限界があることを理解して上下から攻め立て、四方からの同時攻撃によって狙いを定めさせず、最低限の損害で飛行船に接近しようとしている。
まるで、人間の如く戦術を用いて戦うモンスター。それこそが兵竜の最大の特徴なのだ。
「惑わされるな!それぞれ担当箇所の兵竜だけを狙え!」
しかし、人間側とて負けてはいない。
これまでの襲撃の経験から、この程度の行動は既に想定済みなのだろう。兵竜達の四方からの同時攻撃に対し、惑わされることなく担当箇所を割り振ることで効率的に射撃を行っている。
ユウが思わず身を乗り出して兵竜達の様子を見ると、バリスタから発射される矢に翼を貫かれた兵竜の一頭が、バランスを崩して錐揉みしながら樹海の中に沈んでいった。
そして、そんな仲間の様子と絶え間ないバリスタによる斉射を見て、接近を躊躇ってしまった個体もいるようだ。間合いを取らず中途半端な位置で止まってしまったその個体も、まもなく胴体を射抜かれて撃墜された。
しかしその一方で、やはり片側10台程度の小型バリスタだけで上下に分かれた兵竜達を仕留め切るのは難しいらしく、多くの個体はあっという間に飛行船の直上直下に入り込み、バリスタでは手出しが出来ない位置に辿り着いてしまっている。
このままでは、10頭近くの兵竜が一斉に甲板に飛び込んでくることになるだろう。
流石のユウも、小型とはいえ初見のモンスター10頭を相手に安全に立ち回れる自信はなかった。
「チッ、やり手だな。もう少し数を減らすぞ!各自閃光弾を撃て!ハンターさん、そろそろ来ますぜ!」
だが、兵竜達が対人戦術を磨いてきたのと同じくらい、人間側もまた、兵竜への対抗策を数多く練ってきた。
乗組員のリーダー格の声が響いた直後、飛行船の周りに激しく閃光が瞬き、兵竜達の甲高い悲鳴が聞こえてくる。
閃光玉。
それは、光蟲が絶命時に発する強烈な閃光によって、モンスターの視覚を一時的に封じ、行動を大きく制限するというハンター御用達のアイテムだ。
とりわけ、飛行を得意とする飛竜種には有効で、飛行中に閃光を浴びた飛竜は、その殆どがバランス感覚を失って墜落するという性質を持っている。
もちろん、それは兵竜達とて例外ではなく、閃光を浴びてしまったであろう数頭の兵竜が、飛行船の強固な外殻に激突しつつ樹海へと真っ逆さまに落ちていった。
だが、なおも全ての兵竜を撃墜できたわけではない。
運良く閃光の影響を受けなかった兵竜達は、飛行船の甲板に乗り込むため、外殻スレスレを飛行しつつ上下から強襲を仕掛けてきた。
「来たぞ!竜炎砲台撃てぇ!」
その合図とほぼ同時、最後の砦と言わんばかりに竜炎砲台から紅蓮に燃え盛る炎が放たれる。
竜のブレスを参考に制作され、射程こそ短いが攻撃範囲と火力に優れる最新兵器は、飛行船に乗り込んで来ようとする兵竜達を焼き焦がしながら押し返した。
例え丸焼けからは逃れても、炎の壁に阻まれ動きが止まった兵竜達は、すぐさま小型バリスタによって仕留められ、着々とその数を減らしていく。
「うわぁ!?」
だが、たったの2門しかない竜炎砲台では、とても兵竜達の勢いを止め切ることはできない。
弾幕の中に生じる空撃を器用に掻い潜り、近場にあった小型バリスタを破壊しつつ、ついに3頭の兵竜が飛行船の甲板へと乗り込んできた。
「総員、バリスタから離れろ!自分の身は自分で守れ!ハンターさん、後は頼むぜ!」
リーダー格の男の合図によって、飛行船の乗組員達は一斉にそれぞれのバリスタを離れ、乗り込んできた兵竜から遠ざかるように素早く移動する。
乗組員達は、ここまで十分に頑張ってくれた。
ここからは、ハンターであるユウの仕事だ。
──ピィイイイイイィィィイイイイインっ!
頭に直接響いてくるような甲高い耳障りな笛の音が、晴れ渡った青空に響き渡る。
そのあまりにも不快な音色に、飛行船の乗組員はもちろん、3頭の兵竜も皆一様にその音の発信源──ユウの方を振り返った。
改良型角笛。
破損のリスクがほぼ無くなり、効果の即効性が劇的に向上したその最新アイテムによって兵竜達の注意を引きつけたユウは、すぐさま片手剣を構え直し、初めて間近で見るそのモンスター達と対峙する。
……大きい。
遠くを飛ぶ姿を見ている限りではよくわからなかったが、こうして同じ土俵の上に立ってみると、否応なしにその大きさが実感できる。
小型とはいえ、さすがは飛竜か。見たところガレオスよりは一回りほど小さいが、ゴツゴツとした甲殻と重厚感のある体格によって、ガレオスにも劣らない威圧感があった。
直立時や飛行時の姿勢はリオス種のような獣脚系飛竜のそれに近い印象を受けるが、よく見ると翼には3本の鉤爪が生えている。
グループとしてはレックス種のような四脚系飛竜、中でも飛行を得意とするセルレギオスなどに近いモンスターなのだろう。
後脚に備えられた爪はレギオスやレウスのそれと同様に捉えた獲物を逃さないために鋭利に発達しており、飛行を補助する細長い尻尾は側面と底面が鋭く尖って外敵を切り裂く刃のようになっている。
さらに特徴的なのは側頭部に生えた2本の角で、大きく前方に湾曲したそれらは、脆弱な人体など容易く貫くことができるだろうという威容をうかがわせていた。
さながら、全身凶器とでも言いたくなるような風貌。
さらに毒ブレスまで吐くとなれば、小型とは言えとても侮れる相手ではない。
お互いの隙を探り合うように、しばし睨み合う両者。
真っ先に沈黙を破ったのは、ユウの一番近くにいた兵竜だった。
湾曲した角の先端をユウに向け、飛行船の甲板を真っ直ぐに駆ける兵竜。
実に単純な突進だが、ガレオス並みの体格と鋭利な角の存在を考えれば、その威力は推して測るべし。そこまで防御力が高いわけでもないハンター装備では、マトモに受けたら無事では済まないだろう。
だが、その標的たるユウは、兵竜の突進にほとんど脅威を感じてはいなかった。
いくら優れた体格と武器を持とうとも、所詮は小型モンスター。大型モンスターの突進と比べれば、威力という面でも範囲という面でも、脅威度は遥かに下だ。
なにより、飛行と戦術を得意とする兵竜だが、単純な脚力という点においては、ケプトス種の小型鳥竜にも劣る程度のものでしかなかった。
その程度のモンスターの突進など、機動力に優れた片手剣にとっては恐るるに値しない。
──すれ違いざま、二閃。
兵竜の突進を最小限の動きで躱したユウは、片手に握りしめた小剣を器用に振るって兵竜の翼と尻尾を小さく切り裂いた。
突進の目標を見失い、さらに突然の激痛に襲われた兵竜は、堪らずバランスを崩して地面に倒れ込む。一見すると隙だらけにも見えるが、ユウは決して深追いはしない。
直後、大きく翼を広げ、ユウの真横から飛びかかってくる2頭目の兵竜。
1頭目の突進はあくまでも囮。突進に体勢を崩されたり回避に気を取られたり、あるいは反撃しても追撃に夢中になれば、すかさずその横合いから本命の攻撃が飛んでくるという算段だ。
しかし、兵竜のこれまでの動きを見れば、この程度の連携攻撃を仕掛けてくることぐらいは、ユウにも想定済みだった。
兵竜の飛びかかりを、体を横に向けたままバックステップすることによって華麗に回避したユウは、そのまま流れるように溜めに移行し、目の前で着地隙を晒す兵竜に渾身の溜め攻撃をお見舞いした。
頭部は、硬い角に阻まれるだろう。
尻尾も、さっき切った感触からするとそこまで刃の通りは良くない。
つまり、今狙うべきは翼だ。
単純、故に最も威力の出る、上段からの大振りな振り下ろし。
跳躍によってユウ自身の体重も乗せられたその斬撃は、兵竜の翼を大きく引き裂き、無骨な飛行船の甲板に鮮血の華を咲かせた。
直後、すかさずユウの頭を狙撃するかのように放たれた毒々しい紫色のブレスを、ユウは身を屈めて横に転がることによって溜め斬りの勢いを殺しつつ回避する。
体勢を立て直したユウが、すぐさま毒ブレスが飛んできた方向を振り返れば、唯一無傷な兵竜が憎々しげにこちらを睨みつけながら、口内に次なるブレスを溜めている最中であった。
今しがた翼を斬り裂いた個体は、既に戦闘は不可能だろう。大量に出血しているため、少し放置すれば自然と死ぬ筈だ。
しかし、最初に突進してきた個体に関してはすれ違い様に軽く斬り裂いただけなので、まだ致命傷には及んでいない。戦線に復帰する前にトドメを刺しにいく必要がある。
故に、あの無傷の個体は手早く処理する。
今にもブレスを吐き出さんとする兵竜に、ユウは小さな盾を前に構えながら、さながらランスのシールドチャージように突進する。
ブレスを吐き出した個体とは元々比較的距離が空いていたため、いかにハンターの脚力があろうとも距離を詰めるのには僅かに時間を要する。
そして、それだけの時間があれば、兵竜がブレスを吐き出すのには十分だった。
大きく溜めるように首を擡げた兵竜の口から、毒々しい紫色をした粘液状のブレスが吐き出される。
見た目も性質も、パッと見た限りではイーオスの吐き出すそれとの差異が見られないので、おそらくは毒の強さも同等と見ていいだろう。大型モンスターの扱う毒と比べれば症状は軽微だが、それでも容易く人を死に至らしめ得る猛毒だ。
その猛毒の液体に対し、しかしユウは臆することなく真正面から突っ込むと、右手に持った小さな盾で受け流すようにそれを弾き、なおも勢いを保ったまま兵竜に一直線に突っ込んだ。
ただでさえブレスの反動で隙を生じていた兵竜は、仕留め切れずとも牽制程度にはなるだろうと信じていた己のブレスが軽く振り払われた事実に驚愕し、今なお猛然と迫る狩人に対して致命的なまでの隙を晒す。
当然、その隙をユウが見逃す道理はない。
兵竜を片手剣の間合いの圏内に収めたユウは、その両角の隙間を縫うようにして兵竜の眉間に剣を差し入れると、力任せに強引に引き抜くことによってその顔面を見るも無惨に斬り裂いた。
再び、飛行船の甲板に鮮血の華が咲き乱れる。
まともに動ける相手がいなくなれば、ユウが兵竜達にトドメを刺すのに、さして時間は要さなかった。