通常のウマ娘の3倍のスピードのウマ娘   作:ケルヌンティウス

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続きました


第2話

 

 

 赤い彗星のシャア。

 この名は彼女がまだジュニア級であり、ホープフルステークスに出走した時に彼女の走りを見た実況か、あるいは観客、レースに出場したウマ娘が口にしたものが渾名へと昇華されたものであった。デビューレースをダートの場で飾ったシャアは、オープンレースで着実に実力をつけるとその年の締めくくりとして、それまで出走していなかった芝のフィールドへと乗り込み、見事に勝利を勝ち取った。

 同じくホープフルステークスでの勝利を飾って1年を締めくくろうとしていたウマ娘たちは苦汁を飲まされた。だが、大差をつけられ完敗した事実は翻ることなく、彼女たちの心に大きく刻まれることになった。自分たちと同世代に化物がいると。

 しかし、赤い彗星は多くのGIレースへの出走が解禁されるクラシック級に姿を見せなくなる。理由はトレーナーの不在による出場資格の停止。URAの定めた規定では、トレーナーのついていないウマ娘には重賞レースはもちろんオープンレースへの出走も許されない。これに対してシャアの走りに魅せられたファンたちはURAへと抗議を申し入れたが、聞き入れられることはなかった。

 落胆したのはシャアのファンだけではなく、彼女をライバル視するウマ娘達も同様であった。彼女に勝つために己の走りを磨き上げてきたにも関わらず、倒すべき目標はレースから忽然と姿を消してしまったのだ。だが、彼女は併走や模擬レースであれば走ることを公言しているため、多くのウマ娘が彼女に挑むもその結果は変わらない。赤い彗星は健在であり、紅の勝負服を脱いでもなおシャアは凄まじく速かった。

 

 

「質問ッ! 新しいトレーナーとまた走る気はないのかッ!?」

 

 

 そんな優秀なウマ娘の才能や実力を腐らせるのは勿体ないと、トレセン学園の理事長・秋川やよいは理事長室にシャアを呼び出した。重賞レースへの出場権を取り戻すため、ウマ娘を愛するファンたちのためにもう一度走ってくれないかと提案するやよいにシャアは首を振った。

 

 

「何故だッ! 何故そこまで彼女にこだわる!」

 

 

 以前と変わらず拒否の姿勢を見せるシャアにやよいは思わず声を荒らげた。しかし、シャアは日々繰り返し問われてきた質問に神経が苛立った様子もなく、淡々と理由を口にした。

 

 

「前にも言った通り、私のトレーナーは彼女以外に考えられないのです。彼女にしか私を導けない」

 

 

「確かにッ! ウマ娘とトレーナーの相性は重要だッ! しかしッ! 彼女以外にも優秀なトレーナーは他にもいるッ! それは君のエゴだろう!」

 

 

「ならば、今すぐ他のウマ娘が私に勝てるよう優秀なトレーナーとやらの叡智を授けて欲しい」

 

 

「……ッ!」

 

 

 やよいはシャアの返答に押し黙った。シャアの言う通り、真に優秀なトレーナーが存在するならば、シャアを走り負かせるウマ娘の育成もできるだろう。しかし、現時点でシャアを倒せるウマ娘は存在しない。シャアの上の世代となれば、可能かもしれない。それは経験と修練の差を持ってすれば当然の結果で、本当の意味でシャアを負かしたことにはならない。しかも、シャアよりも歳上のウマ娘、今シニア級を駆け抜けているウマ娘でも彼女に勝てるかどうか微妙なのだ。

 

 

「話は終わりでしょうか。ならば、私は失礼する」

 

 

 これ以上放つ言葉の見つからないやよいを見兼ねてシャアは部屋から出ていく。

 

 

「ううっ!」

 

 

 もうすぐで東京優駿、日本ダービーが始まる。それに出走することが世間から望まれているシャアは、参加資格を全て満たしているのにも関わらず、トレーナーの不在という一点が重くのしかかっていた。急ピッチでトレーナーを宛てがうことは可能でも、彼女がそれを良しとしない。

 シャアの意向を変える機会はこれが最後かもしれないという時に何も出来ないとはとやよいは自身の不甲斐なさから、机に拳を打ち付けた。

 

 

「理事長……」

 

 

「すまない、取り乱してしまった」

 

 

「いえ」

 

 

 やよいの心中を察してか、彼女の傍に立つ秘書のたづなは気にしないでくださいとやよいを宥める。

 

 

「しかし、どうしてシャアさんはあの人にあそこまでの執着を……?」

 

 

「不明、だ。だが、彼女にしか分からない良さがあったのは間違いない」

 

 

 通常、ウマ娘がトレーナーに求めるものはマネジメント能力は寄り添ってくれるパートナーシップだ。しかし、シャアにはそれが必要なさそうに見えた。彼女がトレーナーから指示を受けて練習している場面はなく、レース運びも自ら立案していたという。

 ならば、彼女が必要としていたのはパートナーシップ。心の拠り所や共に喜びを分かち合える対等な存在だったのかもしれないとたづなは分析した。

 

 

「加えて、ライバルの不在だろうな」

 

 

 たづなの分析に付け加えるようにしてやよいはそう口にする。どのウマ娘にもドラマがある。世間に出ることもあれば、関係者や当人にしか知り得ない物語がある。その中には必ずライバルがいる。だが、シャアにはそれがいないのだ。

 前トレーナーが事故を機に引退したことと、彼女と鎬を削るライバルの不在。走る理由がないと言われれば仕方がない。クラシック級への登録は前トレーナーが去る前に申請し、難なく認可されたため問題なく、ファン数も2年目のウマ娘にしてはやや多すぎるくらいだ。だがしかし、トレーナーがいないという事実のみは覆らず、やよいとたづなは事務室に連日鳴り響く彼女のファンからの抗議にどう対応したものかと再び頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────ならば、今すぐ愚民どもにその叡智を授けてみせろ。

 "劇場版 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア"の冒頭でシャアが、多くの人類が宇宙で住んでいる中で、地球にいる人間たちは地球を汚染している重力に魂を縛られている人々と断じて、そんな彼らを粛清しようと言い放った後に先程の理事長ように「エゴだよそれは」とアムロ・レイに返された時にシャアが続けて言った言葉だ。

 本当は違うことを言いたかったのに、あらゆる言語がシャア風に変換されてしまう今の俺では、まともに気持ちを伝えることもままならない。グラハム・エーカーよりはマシかとも思ったが、オマージュ元なので結局変わらなかった。

 

 

「私がトレーナーに求めるものか」

 

 

 これくらいのセリフなら主語が"私"になるくらいで済む。昔はキャスバルやエドワウに引っ張られてか"僕"だった。

 これは俺が1人でいる時に限るようで、周囲の目や耳がある場合はシャアやクワトロ、ある時は声繋がりで議長や全裸のセリフが持ってこられることもある。俺が安心して会話できるのは1人で電柱に語りかける時のみだ。

 さて、俺がトレーナーに求めるもの。それはズバリ───────バブみである。

 "バブみ"とは年下の女性に対して男が「赤ちゃんのように甘えたい」という感情を表現した言葉で、他にも女性の母性本能や包み込むような優しさを男が感じた時に使う言葉だ。

 こんなことは口が滑っても言う訳にはいかず、言ってしまえば最後「情けないやつ」とナックルボンバーが飛んできてしまう。

 前のトレーナーは歳上だったが、女性としての魅力に加えて、包容力や愛に溢れていた。トレーナー1年目であったが故に知識や経験に乏しくても、俺が欲しい言葉を言ってくれたり、褒めてくれたり優しく抱き締めてくれたりとシャアじゃなければ幼児退行しているくらいには良かった。

 けれども、建前は事故だが、家庭の事情というやつで故郷に帰ることになり、彼女は俺の元から離れていった。これがララァを失った時のシャアの悲しみかとも思ったが、死んでないし会うのは難しくても、電話で声を聞くことは出来る。が、それもまだ少し難しいのか、故郷に着いたという連絡以外はない状況であり、バブみ欠乏症手前まで来ていた。

 理事長かたづなさんがトレーナー資格を持っていれば、こんなことにもなっていなかったというのに。バブみに飢えるのはシャアの気質なのかはわからないが、半分くらいは2次元や夜の街でバブみを求めていた俺のせいなのかもしれない。もしかして俺がシャアというウマ娘に選ばれた理由はシャアを知っていて、バブみを求めているから……なんてことはないと願いたい。

 

 

「認めたくないものだな……ッ!」

 

 

 若さは関係ないので続く言葉は出てこなかった。あぁ、早く大人になりたい……。

 

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