そうして、『彼女』は星見台に招かれました。
楽園の妖精がとあるブリテン島で刻んだ記録を核とした、聖剣の概念が少女の姿を纏った誰かさん。有り得ざる妖精の王、玉座なき無銘の王として。
これは、ブリテンを救った予言の子の後日譚。或いは彼女がいつか見たかもしれない白昼夢。
綺羅星のひとつとなった『彼女』の、春の記憶のおはなしです。
*
召喚された日。マスターとマシュさんに挨拶を終えた私は、無機質な廊下を歩いていました。カルデアを案内してもらう為です。
訊けば総勢三百名近い人間とサーヴァントが数年に渡り共同生活を送ってきたのですから、そこには当然ルールがあります。事前に知っておかなければならないことは山のようにあるでしょうし、ここ結構広そうな上に似たような景色ばっかりですから、一人では迷子になる事必至です。なんかそこかしこから大型モースに匹敵するヤバい魔力が漂ってきますし、間違ったドアを開けたら食べられてしまいそう。
「……日常的に使う施設はこんなところでしょうか」
「ふむふむ。ちょっと待ってくださいメモしてますから」
「後で地図を差し上げますよ。何でしたら各魔術様式に応じたスクロールもございます」
「うーわ現代の魔術凄いんだなー……」
私の隣でにこやかな笑みを浮かべるこの人はベディヴィエール卿。親切にも案内役を買って出てくれた方で、なんとあの円卓の騎士の一人だそうです。
「ここまで歩き詰めでしたし、少し休憩しましょうか。あちらに談話室がありますから、そこでお茶のご用意をさせていただきます」
「い、いえいえ! わざわざそんな……」
「お気になさらず。これも仕事の内ですから」
穏やかながらどこか有無を言わせない迫力のある笑顔に押し切られ、私と彼は談話室に入りました。
誰もいない部屋にはいくつかの椅子とテーブルが置かれています。ベディヴィエール卿は椅子を引いて私を座らせると、部屋の片隅に置かれたで何やら手を動かし始めます。数分後、私の目の前には綺麗な琥珀色をした紅茶が差し出されました。
……至れり尽くせりのお姫様扱いで、なんだかとてもむず痒いです。ノクナレアもこんな居心地の悪い思いをしていたのかな──いや、彼女は最初から女王でしたからこれも当たり前だったんでしょう。気に食わないけど。
なんだか申し訳なくて、縮こまってティーカップに口をつけました。良い香りが温かさと共に口内へ広がり、緊張がほろほろと崩れていきます。
「わ、美味しい」
「それは良かった。こちらにお茶菓子もございますので」
「おお―!」
いただいたクッキーも大変美味でした。食堂を見た時にも思いましたが、どうやら汎人類史の食事情はとても発展しているようです。
「この後は如何しましょう。キャスタークラスの方々が工房を構えている区画もご紹介しましょうか?」
ベディヴィエール卿は立ったままそんな提案をしてきました。結構な時間一緒に歩き回っている筈なのに、表情に浮かぶのは幸福そうな笑み。私の『眼』で見ても一切の裏がない、言葉通りの好意と敬意がありました。
……だからこそ、ちょっとだけ苦しい。
「ベディヴィエール卿も座ってくださいよ。一緒に休憩しましょう」
「私は平気です。それよりもアルトリア様、お茶のお代わりはいかがですか」
「──止めてくださいよ、そういうの。私は貴方達の知る
思わず出た低い声。口にした瞬間、後悔しました。
「それは……」
言葉を詰まらせたベディヴィエール卿を見て、自己嫌悪に胸が締め付けられました。
この方は本当に良い人なのでしょう。誰にも理解されず、最後まで報われることの無かったあの王の幸福を願っていたのだと思います。彼女と私を重ねていた部分もゼロではないのでしょうけど、それは同じ顔なのだから無理もないし、不安になっていた私を気遣ってくれていたのは本当です。
……でも、そういったものを与えられることの無かった
「わ、私部屋に戻りますね! 今日はありがとうございました!」
気まずい空気に耐えかねて談話室を出て行こうとしたところで、タイミング悪く新たな人影が入ってきました。ベディヴィエール卿が声を掛けます。
「パーシヴァル卿……ガレス殿と鍛錬ですか?」
「うむ。丁度一息いれようと思って立ち寄らせてもらったところだ。……おや、そちらの方は」
「わ、また新しい陛下ですか!?」
驚いて私を見る、懐かしい/初対面の顔。守りたい者の為に戦い抜いた戦友の姿がありました。
「いえ……この方は我々の知る王とは──」
「初めまして、お二人とも」
ベディヴィエール卿の言葉を遮って、私は二人に近づきました。
分かっています。この二人は汎人類史の円卓の騎士で、妖精國で共に戦った彼らではないのです。少しだけ胸が痛みますが、召喚された時から理解していたことです。
「アルトリア・キャスターと申します。貴方達の仕えた主君とは関係のないただの村娘ですが、どうか仲良くしてください」
「え、ですけど……」
ガレスちゃんの表情は明らかに戸惑っていましたが、まあ無理もありません。主君と同じ顔の人がいきなりこんなフレンドリーに話しかけてきたら普通引いちゃうし。
騎士王と同じ顔というのは面倒事が起きそうですが、それは後々どうにかするとして。
この二人に畏まられるのは、流石に悲しいですから。
という訳で何か言われる前に押し切ります。ガレスちゃんの手を取って、半ば自棄になって言いました。
「よろしくね。ガレスちゃん! パーシヴァル!」
「────ガ、ガレスちゃん……!!??」
よっぽど予想外だったのか、雷に打たれたみたいに固まりました。綺麗な緑の瞳がぐるんぐるんと回ります。
「な、なんだろこの感じ……私も名前呼びして良いのかな……いや流石にそれは……でもでもぉ!!」
うーうー唸りながらガレスちゃんが悶絶しています。可愛いです。
「よく分かりませんが、
「はい。あ、貴方も配下みたいに振舞うのは止めてくださいね。私のことは仲間……同僚……後輩? まあそんな感じでお願いします。私、ここでは若輩者ですので!」
「……承知しました。私も先日召喚されたばかりの身。このパーシヴァル、この槍を以て戦友の助けとなりましょう」
「だからそういうのが……まあいっか。貴方はそうだもんね」
握手をすれば、がっしりとした手の感触に懐かしさを覚えます。
──あの世界は滅んで、彼らはどこにも行けずに消えてしまったけれど。
世界が違っても変わらないものがあるというのは、少しだけ救われた気分になりました。
*
四人でのささやかなお茶会が終わり、二人は再びシミュレータールームに戻っていきました。
「先の非礼をお詫びします。頭では分かっているのですが、どうにも重ねてしまって。王ではないあの方がいるというのは喜ぶべきことのはずなのですが」
「いえいえいえ私の方こそごめんなさい!! 何にも知らないで偉そうなこと言っちゃって、ホント何様なんだろって!」
ティーセットを片付け終えて謝罪してくるベディヴィエール卿に、私は平謝りします。よくよく考えなくてもとんでもなく失礼なこと言ったのは私の方だ。
「お顔を上げてください」
掛けられた声は穏やかで、静かな決意を秘めていました。
「実を言うと、私も似たようなものなのですよ。この身は後世に語られる円卓の騎士とは異なります」
苦笑した彼は、古傷に触れるように自分の右腕をさすりました。銀色で覆われた右腕。その正体を、私は一目見たときから気づいていました。
「……それは、エクスカリバーですね」
「はい。尤も、最期には手放したのでこれは紛い物になりますが」
聖剣とは宙の外敵を排除する星の武器ですが、同時に今を生きる生命の願いの結晶です。故に聖剣はその時代に応じた持ち主を選びます。それを只人であったこの人が、それも霊基の一部となるまで抱え続けたのかは分かりません。ですが本来人の身に余る輝きを抱え続けた彼の苦悩は、かの王とは別の意味で想像を絶するものだった筈です。
「この右腕は私の罪の証なのです」
自身の右腕に落とす視線には、深い悔恨が宿っていました。
「私の浅慮は、王から安寧を奪いました。カルデアには本来必要の無い試練を課すことになりました。同朋は、友は、罪を犯しました。……今も、ここにいる彼らはそれを悔いています。私が間違えてさえいなければ、背負うことの無かった罪です」
「…………」
「最後の最後でどうにか贖う機会を得られましたが、私は本来ここにいることを許されるような人間ではないのです」
魂から絞り出すような懺悔を聞きながら、私は聖剣の持つ業のようなものを考えます。
星は闇の中にあってこそ輝くもの。その輝きを手にした者、手に入れようする者は、人の身に余る地獄を進まねばならないのかもしれません。
「……失礼。自分の失態をさも悲劇のように語られてもご迷惑ですね」
「言わないでよ、そんなこと」
ついムカッときて、やや乱暴に銀の腕を掴みました。驚いたベディヴィエール卿に、私は続けます。
「止めちゃったって誰も責めないのに、投げ出さなかったじゃない。貴方はずっとあの人の幸せを願っただけで、悪いことなんて1つもやってないでしょ」
それは本当に凄いことだ。彼の言う罪も、味わった痛みと孤独も察することが出来たからこそ、自分の意志だけでゴールまで辿り着いた彼に敬意を抱かずにはいられない。
その覚悟と忠誠に、惜しみなき称賛を。聖剣の重みを知る同輩として、本人であろうとその生涯を貶めさせたくはありません。
「他ならぬ
役目を果たせなかったかもしれないが、聖剣は確かに善き人の手で振るわれたのだから。
「……やはり、貴方は貴方ですね」
私の言葉が彼に何をもたらしたのか。騎士は眩しいものを見るように、目を細めていました。
「実のところ、ここに召喚されて幸福だったと思えることもたくさんあるのですよ」
案内が全部終わって分かれる直前、彼は笑顔でそんなことを言ってました。
「かつての同朋と再び轡を並べられ、異国のサーヴァントとの交流で学べることもあります。何より、多くの騎士王にお仕え出来るというのは得難い経験ではありますので」
「そう言えばガレスちゃんも新しい陛下とか言ってたっけ。あれどういうことなの?」
「……その、改めて説明するというのも難しいと言いますか」
「?」
ごほんと咳払いしたベディヴィエール卿は私に向き直りました。
「パーシヴァル卿に倣う形にはなりますが、私もこの場で誓います。かの王とは違う形になりますが……それでも、貴方の征く道の力になりましょう」
「はい。私も」
差し出された
その後、さっきの言葉気になってライブラリで確認してみました。してしまいました。
……多く、広がりがあるのが汎人類史というけれど。
あの王様の可能性、ちょっと多すぎじゃありません?
○アルトリア•キャスター(アルトリア•アヴァロン)
今作の主人公。聖剣の擬人化。妖精國を共に旅した彼女に限りなく近い別人で、記憶を保持しつつも自意識は別のものとなっている。6章クリア後に召喚されて現在育成途中であり、待ち受ける周回地獄を知ることなくカルデア生活を楽しんでいる。
騎士王ズを見てドン引きしたり(体型的な意味で)羨ましがったりする。
○ベディヴィエール
1部6章の主人公。聖剣のフレンズ。王ではないアルトリアに喜んだり心痛めたり。