TS美少女魔王さま、オタクが再発する   作:波土よるり

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第24話 アニメショップ

「あ」

 

 今日発売の魔ナニカの小説版第7巻を手に取ろうと、棚に右手を伸ばしたとき、隣りにいた人も手を伸ばしていて、お互いの手が触れ合った。

 

「失礼しました。おや?」

 

「え? あ…… えっと確か、えっとー…… 警察の……五条、いや九条さん?」

 

「マスター、全然違います。勝手に数字を増やさないでください。お久しぶりですMs.一条」

 

「お久しぶりです、ナヴィさん、そしてレインさん。

 といっても、事情聴取からまだ5日しか経っていませんが」

 

 そうだそうだ。

 一条さんだ。

 警察での事情聴取のときに特殊機動隊の隊長の神宮寺さんの隣にいた人だ。たしかこの人は副隊長だったと思う。

 

 180センチ弱くらいはありそうな高身長に、美人系のきれいな顔立ち。肩ほどまである柔らかく大人な女性を演出するウルフカットの髪。事情聴取のときに感じた『できる女』という印象そのままに、落ち着いた服装が見事に合っている。

 事情聴取のときにも思ったが、一条さんはかなりの美人さんだ。

 

「今日はメガネしてるんだね。

 メガネしてない顔しか知らないから一瞬誰か分からなかった」

 

「ええ。仕事中はコンタクトレンズを使っていますが、非番の日は基本的にメガネですね。手入れが楽ですし」

 

 今日の一条さんはいわゆるボストン型のクラシックなおしゃれメガネをしている。事情聴取のときはコンタクトをしていたのか。

 とても似合っている。

 というか、美人は何付けても似合う気がするわ。

 

「そういえば今日はどうしてここにいるの? 何か事件?」

 

「いえ、今日は完全に非番です。つまり趣味です」

 

「へー、一条さんもこういうところ来るんだ。なんか意外」

 

「よく言われます」

 

 一条さんみたいな正統派の美人ビジネスウーマンがこんなオタクショップに居るのにすごい違和感を覚える。別に糾弾をしているわけではもちろんないけれど、なんていうか『陽』の人が『陰』のところにいるのがびっくりする。

 ……いや、そういう意味ではみーちゃんも『陽』っぽいな。コミュ力やばいし。

 ……うん、陰とか陽とか関係ないや。オタク万歳。

 

「ん……? というか、さっき一条さんも魔ナニカの小説手に取ろうとしてたけど、もしかして魔ナニカ分かる人だったり……?」

 

「もちろんです」

 

 ――!

 

 その言葉を聞いて、ワタシは思わず一条さんの両手を胸の前へ抱き寄せた。

 

「ほんと!? いやぁ! 周りに意外と知ってる人がいなくてさ! みーちゃんくらいしかいなくて! あとはネット上で語り合うくらいしかできなくてさぁ! え、マジ!?

 え、え、どこまで理解(わか)る? 一応ワタシはアニメのリメイク前リメイク後、小説版、漫画版は一通り履修してるんだけど、あ、あと最近はハーメロンっていう二次小説がよく投稿されてるサイトで魔ナニカの二次小説(あさ)ったり――」

 

「マスター、マスター。落ち着いてください。いきなりその距離の詰め方は怖いと思います。一条さんもびっくりしてしまわれますよ」

 

「え? あー、ごめん一条さん。嬉しくってつい」

 

 ナヴィの忠告で我に返り、(なか)ば強引に引き寄せてしまった一条さんの手を離して『あはは』と頭の後ろに手をやってごまかす。

 いかんいかん。

 つい嬉しくて……

 

 魔ナニカってオタクの間では割と有名な方なんだけど、意外と周りに話せる人がいないんだよね……

 まあ、そもそも周りにオタクがいないってのもある。

 冒険者ギルドで時々一緒に御飯を食べる連中は戦うことしか頭にない戦闘狂とか、酒とつまみの話にしか興味ない奴らとか、休日はごろ寝しながらテレビで野球観戦してるやつとか、そんなのしかいない。

 

 ネットのコミュニティでアニメの最新話が放映された後は語り合うくらいのことはするが、こうして直に話すことができる人間は貴重だ。

 

「……? 別に私は気にしませんよ?」

 

 一条さんはこてりんと少し首を(かし)げる。

 顔は変わらず無表情だが、顔立ちが良いせいで、そんな些細な動作がすごく可愛い。

 

「それに、私もレインさんとはお話したいと思っていたので。魔ナニカはレインさんと同じく、リメイク前から小説版、漫画版まですべて網羅しています。

 あと私も買いましたよ、アレ。1/8プレミアムフィギュア」

 

「ほんと!? アレいいよね、造形がきれいでまさにプレミアムフィギュアに相応しい出来だよね。うんうん。」

 

「そうですね。一日中舐め回し(・・・・)ても飽きませんよね。ほんのり甘い気がします」

 

「うん?」

 

「冗談です」

 

 一条さんは相変わらず無表情のまま、口に手を当てて上品におほほと笑う。

 

 ……???

 ま、まあ良いや。

 

 

「レインちゃん、おっまたせしましたー! いやぁー、家を出る前に飲んだコーヒーが猛威をふるいダムが決壊しそうでしたが、無事、三成(みなり)美卯、今ここに帰還しました!」

 

 そんなこんな話をしていると、お手洗いに行っていたみーちゃんが戻ってきた。

 

「おやおや! そちらのお姉さんはこの前の副隊長さんではござりませんか!」

 

「こんにちは、三成さん」

 

「こんにちはです! ……やややっ! その買い物かごに入っているのは魔ナニカのクリアファイルに、今日発売の小説版7巻ではありませんか!」

 

「そうなんだよ、みーちゃん! 一条さん、どうやらワタシ達と同じくらい魔ナニカのこと話せそうだよ!」

 

「なんと! 思いがけぬところに同志がいたとは!

 一条さん、ぜひお友達になりましょう!」

 

「いいですよ。じゃあちょっと待ってくださいね……

 はい。LIMEのQRコード。……あ、LIMEやってます?」

 

 みーちゃんは『やってます!』と元気よく自分のスマホを取り出して一条さんのQRコードをスキャンして友達登録をした。

 もちろんワタシも一条さんと友達登録させてもらった。

 

 むふふ、美人で話のわかる人と友達登録できるなんて、なんだか一粒で二度美味しい気がする。

 

 

「一条さん結構いっぱい買い物かごに入ってますねー。魔ナニカ以外も結構買ってるんですか?」

 

「ええ。今期やってる『刀剣士クロニクル』の原作1~5巻と、あとは『ヴィランの美学』が好きなので、それのBL同人誌とかですね」

 

「剣クロ面白いですよね! ――っと、ラン学は知っていますが、BL同人誌ですか…?

 BLってなんでしたっけ?」

 

「みーちゃん、みーちゃん……

 1個質問なんだけど、『攻め』の反対の言葉は何か分かる?」

 

 

 みーちゃんの純粋無垢な質問に思わず質問する。

 

 TSして女になった今でもBLの良さはよく分からないが、トゥウィッターでタイムラインに流れてくる腐女子達の会話を理解するくらいはできる。ワタシの好きな有名な女性声優が腐女子だから、それでなんとなく用語も覚えてしまったのだ。

 オタク歴が長い人ほどワタシみたいに興味はないけど用語とかミームとかは知ってるとか割とあると思う。

 

 つまり、オタク界隈にいればある程度染まっていくというか汚れていくわけだけど……

 

「もちろんです! 攻撃の反対は防御ですよ! 私だってギルド職員の端くれ! 攻撃と防御を知らないほど世間知らずではありません!」

 

 みーちゃんは自信を持って答えた。

 

 Oh... みーちゃん……

 そなたはなんて清らかなんだ。

 

「あらあら? ……これは引きずり込みがいがありそうですね」

 

「ちょちょちょ。ちょっとまって、一条さん」

 

 沼に引きずり込む『何か』の光が一条さんの瞳に宿ったのを見て、ワタシは思わず手を引っ張ってみーちゃんから少し遠ざけ小声で話す。

 

「どうかしましたか、レインさん?」

 

「いや、なんていうか…… みーちゃんはまだオタクになって日が浅いんだ。腐らせてしまうのはなんていうか…… 納豆は大豆には戻らないし…… みーちゃんにとって赤ちゃんはコウノトリが運んでくるっていうか……」

 

「でも遅かれ早かれ、インターネットに触れていたら知ることになるのでは? 別に私も無理強いはしません。ただ視野を広げてあげるだけです」

 

「それはそうかもしれないけど……」

 

「それにアレです。ふとしたきっかけで過激なものを見てしまうより、先達である私が優しくBLについてお教えするほうが結果的に三成さんにとっても良いと思います」

 

「そう、なのか……?」

 

「そうですそうです。そうに決まっています。

 BLとは何たるかを知って、その先の選択は三成さんに委ねるだけです」

 

 うーん… うーん…

 

「二人とも、何をコソコソと話をしているのですかー?」

 

「いえいえ、なんでもありません。

 それで三成さん、BLというのはですね、男と男の織りなす一種の芸術作品と呼べるものなんですが――」

 

 

*****

 

「――と、こんな感じです。ちなみに私のおすすめはこれです。『ヴィランの美学』のBL同人。野獣のやおい先生が描かれている初心者にも優しい作品です。

 どうします? ご興味あるみたいですし、買っていかれますか?」

 

「い、頂いていきます……」

 

 顔を真赤にして一条さんからおすすめされた作品を手にとってレジに向かっていくみーちゃん。頭からは完全に湯気が立ち上っている。

 

「レインさんにもいくつかオススメのBL作品ご紹介しましょうか? ショタ同士とかどうです?」

 

「いや、ワタシはそういったのは大丈夫だ」

 

「そうですか…… 残念です」

 

 ああ――、こうして人は腐っていくのだと。

 ワタシにはどうすることもできないこともあるのだと、みーちゃんの後ろ姿を見ながらしみじみと実感した。

 

 

「あ、そうでした。

 レインさん、唐突ですけど特殊機動隊で働きませんか?」

 

「えすっごい唐突。何? スカウト?」

 

「そうですね。まだ正式ではありませんが、うちの隊長がレインさんをぜひスカウトしたいと言っていましたので。完全に忘れていましたが、今唐突にその話を思い出したので聞いてみました」

 

「うーん、拘束時間多そうだし遠慮しとくかな。オタ活に割く時間が減るのは困るし、ワタシには冒険者がなにかと合ってるんだよ。平日にお昼まで寝てても怒られないの最高」

 

「……そうですか。残念ですが仕方ないですね」

 

「意外とあっさり引いたね」

 

「心変わりしたらいつでも特機隊に来てほしいですが、人にはそれぞれその人に合った働き方があります。無理強いは良くないです。

 あ、でも隊長からたぶんスカウトの話はいくと思うので、断る前に話だけは聞いてあげてくださいね。隊長が泣いちゃうといけないので」

 

「なにそれ草生える。神宮寺さんの強面(こわもて)で泣くの想像すると草」

 

「ふふっ。怖そうに見えて意外と繊細ですからね、隊長」

 

 






私はBL読んだこと一回もないですが、某Y.AOIネキや、Vの詩子さんとか、そういう人たちから知識吸収をしています(汚染)

***

一条さんはきっと刺激の少ないものから与えてじっくり育てたいタイプのオタク。
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