「ほらほら! 鬼さんこちら!」
スマホのカメラアプリを起動し動画撮影を始め、レインは未確認モンスターに手招きをする。
未確認モンスターはレインの挑発に乗ったのか、一度大きな雄叫びを上げると、赤いマントに興奮する闘牛のように四足歩行で突進してきた。
レインはその様子をカメラアプリで
「どうやらこのモンスターは通常二足歩行で行動するようですが、今走ってるみたいに、走るときは手を前足のように使い四足歩行になるみたいですね! 両腕が少し長いのも四足歩行時に素早く行動できるように、ということなのでしょう!」
この動画の売却先が警察になるのかギルドになるのか、あるいは週刊誌とかメディア系になるのか分からないが、丁寧な口調で音声を載せる。
全然
表情のわかりにくいモンスターだが、ひしひしとその苛立ちが伝わってくる。
未確認モンスターは速度を落とさぬままレインの元まで来ると、その大きな右手に怒りを乗せ力強く振った。
どんなものでも引き裂きそうな大きな爪による攻撃。
常人なら当たればひとたまりもないだろう。
――まあ、ワタシが当たるはずもないけどね。
「よっ」
レインは右手でスマホを構えたまま、寸前のところで
まさか避けられると思わなかったのだろう。
未確認モンスターは目を大きく見開いた。
しかし、その動揺は一瞬。
未確認モンスターはすぐさま次の攻撃へ移った。
しゃがんで攻撃を避けたレインを、今度は踏み潰そうと鳥類のような足を上げ、レインを無慈悲に踏み抜く。
ニヤリとした表情で、モンスターは勝利を確信したようだ。
今度は避けられなかったぞ、と。
しかし未確認モンスターはすぐに怪訝な表情を浮かべた。
踏み潰したのなら辺りに踏み潰した人間の血が散乱していないとおかしいし、断末魔の一つも聞こえないのもどうなっているのか。
次に目に飛び込んできた光景を見て、モンスターは動揺した。
「なるほどなるほど。
近くで見れば見るほど、こいつの足は鶏みたいにウロコだってますね~。踏みつけてきたときの威力もなかなかのものでした。耐久力に自信のある方以外は攻撃はあまり受けないほうが良いかもしれませんね~」
レインは何でもないようにモンスターの足を左手で受け止めながら、右手に構えているスマホを近づけて解説する。
――うーん、それにしても……
スマホ越しに見る未確認モンスターの足の表面を見て、改めてこの未確認モンスターはチグハグだとレインは感じた。
このモンスターの上半身は一言で言えば完全に狼男だ。
もふもふな毛で覆われているし、顔は完全に狼のそれ。しかし蛇の尻尾があり、今スマホで撮っているように足は鳥類のようだ。
この奇妙な感覚を言語化すれば、別種のモンスターを切って縫い付けたようなチグハグさとでも言えばいいだろうか。
モンスターの足を左手で掴みながら撮っていると、今度は尻尾の蛇が大きく口を開けてレインに攻撃してきた。
「おっと」
掴んでいたモンスターの足を手放し、ひとまずモンスターから距離を置く。
「尻尾の蛇はもしかしたらそれ単体で意思を持っているのかもしれません。狼男の方の攻撃とは別の意思による攻撃に感じました!
尻尾の蛇についている目も眼球が動いてこちらを視認しているようでしたし、狼男の方とはそれぞれ独立しているようです!」
未確認モンスターはレインが離れたのを確認すると、その胸部が膨らむくらい、息を大きく吸い込みはじめた。
魔力の流れが変わったのも感じる。
何か特殊な技を撃ってくるようだ。
「おやおや、何か大技を撃ってくるようです!
……ナヴィ! スマホ壊れるといけないから障壁張って!」
「承知しましたマスター」
おそらくブレス攻撃的なものだろう。
そのまま攻撃を受けてもレインは大丈夫だが、スマホの耐久性で耐えられるかが不安だったので少し離れて控えているナヴィに障壁を張ってもらう。
向こうが透けて見えるくらい薄い青色をした障壁。
この障壁があれば大抵の攻撃は通らないから安心だ。
障壁ギリギリにスマホを構えて、モンスターの攻撃を待つ。
そして、モンスターは息を吸い終わり、一瞬の溜めの後、大きく口を開いて炎を吐き出してきた。
「どうやら炎属性のブレス攻撃だったようです!
割と威力が強そうですが、予備動作が分かりやすく
自分の声を動画に載せつつある程度撮ったところで、レインは空いている左手を横に一振りして未確認モンスターが吐き出している炎を消し去る。
――これってどれくらい撮れば良いかなぁ?
元気に動き回る様子は遠くからも撮ったし、近くでも撮った。鳥類のような足のウロコが鮮明に映るくらいには接写もしたし、特殊攻撃っぽい炎のブレスの撮影も分かりやすく撮影した。
――うーん… 口の中とか撮ってみる…?
外側からはもう十分に撮った気がするので、あとは体内とかだろうか。
しかし流石に自分の大切なスマホを食べさせるわけにはいかないし、一寸法師よろしく小さくなって体内へ侵入するのもできない。
この未確認モンスターを解体する様を撮影してもいいが、解体の途中でモンスターのHPが0になって粒子になって消えそうだ。ここはモンスターの口を開けて歯並びを撮影するくらいにして終わろう。
「ナヴィ~! あいつの口の中撮影して終わるから、ちょっと拘束しといて~!」
「かしこまりました」
レインの呼びかけに応じてナヴィが術式を展開する。
ナヴィの周りの何もない空間から
手足を縛られたモンスターはなんとか
さらに追加の触手がまるで手のように動き、モンスターの上顎と下顎を掴み、強引に口を開けさせる。
「どうぞ、マスター」
「ん。ありがと」
レインは歩いてモンスターの元まで行くと、大きく口が開かれたモンスターの撮影を始める。
「おー、やっぱり狼っぽい顔をしているだけあって、噛み付いた獲物を離さない鋭い牙が多くありますね~。ただやはり動物の狼と違うのは、オークのように下顎から伸びている大きな牙でしょうか。
うーん…… さっきの炎はどうやってここから出していたんでしょうかね~? たぶん火炎袋的な器官があって、そこに魔力を通して生成してるんだと思うんですけど、ちょっと良くわかりませんね~。
……よし、これくらいでいいかな」
ちょうどレインが撮影を開始してから5分程度が経った。
これくらい撮れば十分だろうと思い、録画を止める。
しっかりとスマホのライブラリに今撮った動画があるのを確認し、一応念の為にクラウドストレージにもアップロードしておく。
――動画のバックアップもちゃんと取るとか、ワタシってばまじ魔王。
ふふんと得意げに笑い、スマホをロックしてポケットにしまう。
「じゃあお終いにしよっか」
レインはモンスターの方へ向き直ると、何もない空間にポータルを開き、そこらへんの武器屋で普通に売っている長剣を取り出す。
そしてそれを目にも留まらぬ速さで振るう。
ボトリ、と鈍い音とともにモンスターの首が地面に落ち、辺りに静けさが戻った。
しばらくするとモンスターだったものは光の粒子になって消え、それを確認したナヴィは術式を解き、拘束していた触手も消えた。
「おつかれナヴィ」
「お疲れさまです、マスター。
それで、動画は上手く撮れましたか?」
「うん。バッチグーだよ」
レインはナヴィに向かってサムズアップをする。
「それは良かったです」
「でさ、ドロップしたアイテムがこれなんだけど、ナヴィこれ何か分かる?」
レインはモンスターからドロップしたアイテムをナヴィに見せる。
「私の記憶領域にこのアイテムの情報はありません。……初めて見ました」
「ナヴィでも知らないってことは本当に珍しいものなんだろうな。うーん…… 珍しすぎてギルドで買い取ってもらえないと困るな~」
「きっと大丈夫です。珍しいものなら高く買い取ってもらえる可能性もありますよ。
さぁ、思いがけない寄り道もしてしまいましたし、そろそろ冒険者ギルドに行きましょう」
「働きたくないでござる~」
――というかワンチャン、高額買取で今日もう働かなくていいのでは?
脳裏にひらめいた綺羅びやかな希望に、レインは足取りを軽くしてギルドへの歩みを進めた。