TS美少女魔王さま、オタクが再発する   作:波土よるり

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第37話 喉から手が30本くらい出る状況

「すまないけど猫屋敷さん、このクエストは――」

 

「あっと、そうじゃった!」

 

 ワタシがクエストを断ろうとしたのに被せるように、猫屋敷さんがパンッと手を大げさに叩いた。

 

「知人からとてもめずらしい茶菓子(・・・)偶然(・・)偶々(・・)譲ってもらったのじゃった。答えを聞くのはそれを楽しんだ後にしよう。

 たしか後ろの棚にしまったはずじゃ」

 

 猫屋敷さんはトンッとソファから降りると、後ろの棚に向かう。

 

 なるほど、お菓子でワタシを釣ろうという考えなのだろう。

 確かにお菓子はとても魅力的だ。美味しい食べ物というのはどうしても人の心を動かす。いちご大福なんて出された日には鋼のごとき決意すら揺るぎかねない。

 もちろんいちご大福だけに限らない。最近はみかん大福なんてものもあるそうじゃないか。

 柑橘類特有の心地よい酸味、そしてなめらかな白(あん)(もち)生地の生み出す食のハーモニー。実に美味そうだ。

 

 しかし残念だったね猫屋敷さん。

 

 オタ活のためにこのクエストを断るというワタシの決意は鋼の意志を超えた意志。言うなればオリハルコンの意志とでも言うべき強固なものだ。

 オリハルコンとは超高硬度の一級金属。

 その名を冠する意志を砕こうなど、ひのきの棒で魔王に挑むがごとき蛮行なのだ。

 

 ワタシに事件解決の協力をしてほしいという熱意は認めるが、お菓子などという文字通り甘美な響きだけで惑わそうとするのは無意味としか言いようがない。

 

 まあ、今から猫屋敷さんが出してくれるお菓子がワタシ好みのお菓子であれば、街中でキメラを見かけたら討伐するくらいなら積極的にやってやろう。

 

 

 さてさて、どんなお菓子を猫屋敷さんは用意しているかな?

 

 ちらりと猫屋敷さんを見る。

 

 猫屋敷さんは折りたたみの踏み台を持ってきて棚の戸を開けていた。

 よくよく部屋を見てみると折りたたみの踏み台がいくつもある。まあ、あの低い背丈なら生活に必須なのだろう。かくいうワタシも割と背の低いほうだから人のこと言えないしね。

 

「あったあった。これじゃ」

 

 猫屋敷さんが棚から茶菓子を取り出す様子を眺めていると、ワタシに電撃が走った――!

 お菓子を見て、ではない。そこにある別の物が目に飛び込んできたのだ。

 

 これみよがしに表紙がこちらを向いている、一冊のB5サイズの本。

 

 とても簡素な表紙だ。

 しかし、そこに書かれている文字列を見逃すことができなかった。

 

 

“魔法少女ナナニカ・ニカナ Re:make!

 第1話 夢の中で出遭った、ような……”

 

 

 それは紛れもない、魔法少女ナナニカ・ニカナのリメイク第1期の第1話のタイトルだ。

 つまりこの本は、その台本なのだ。

 

 ワタシも存在は知っていた。

 ワタシが勇者に殺されてこちらの世界に来るよりも半年ほど前。アニメの公式トゥウィッターで台本のプレゼント企画をやっていたようなのだ。

 もちろんワタシはそのときこちらの世界にいないので応募できていない。

 

 手に入れたくても手にすることができない、魔ナニカグッズの一つだ――。

 

「……ッ! ッ、そ、れは……!」

 

 反射的に声が出る。

 しかし、自分のその声は酷く(かす)れていた。まるで砂漠をさまよい何日も飲み水にありつけていない人のように。

 

「おや、どうしたのじゃ? そんなにも物欲しそうな顔をしおって」

 

 猫屋敷さんがたいそう楽しそうにこちらを見てニヤリと笑う。

 

「ああ、これが気になるのか!

 これはのぅ、偶々良い(えにし)があって手に入れたものでのぅ。じゃが、頂いたは良いものの(わらわ)はこのアニメをよく知らん。かと言って、せっかくの貰い物を捨てるわけにもいかん。誰かにやってもよいのじゃが、貴重なものらしいし、タダで譲るわけにはいかんしのう」

 

 わざと大げさに言って、こちらをちらりと見てくる。

 

「これにはこのアニメの主人公の声優さんのサインも入っておるでな、すごーく貴重なようじゃな。

 無下に扱うわけにもいかんし、まったくもって取り扱いに困ったのぅ。

 具体的に言えばキメラ事件解決のクエストを受けてくれる者で、このアニメが好きなやつがおれば譲ってもよいのじゃがのぅ? 誰か現れぬかのぅ? 誰も欲しい者がおらぬなら姪っ子にでも聞いてみようかのぅ?」

 

 猫屋敷さんは台本を手にとって、挑発的にこちらにひらひらと見せびらかす。

 

 ふふふと妖艶に微笑むと猫屋敷さんは台本と茶菓子を手にとって、こちらにゆっくりと戻ってくる。

 ワタシの正面に座り直すと茶菓子の一つを懐紙(かいし)に乗せてワタシの前に置いてくれた。

 

 その挑戦的とも言える態度ですべて分かった。

 ああ、猫屋敷さんはワタシをこれで完全に釣れると確信している、と。

 

 つまりワタシは――、レイン=フレイムは物で釣れる安い女だと、彼女はそう思っているのだ。

 

 ここでワタシが取るべき選択肢は一つしかない。

 簡単だ。

 

 つまり――、

 

 

「ワタシ、正義のためにキメラ事件を解決したい。

 ついてはワタシはそのアニメが大好きなのでその台本も報酬に加えてほしいです」

 

 

「マスター……」

 

 これは一見すると猫屋敷さんの誘惑に屈したように見えるだろう。

 もしこの場に他の者が居てワタシの姿を見たのなら、鋼の意志・オリハルコンの意志とは何だったのかと疑問を呈するかもしれない。

 

 しかし、それは大きな間違いだ。

 

 ワタシほどの熟練者になれば、オリハルコンを粘土のごとく柔軟に扱うこともできる。

 

 つまりそう――、強い方針をもって事に臨むことも重要だが、それだけでは二流というわけだ。一流は高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するものなのだ――!

 

 

「交渉成立、じゃな」

 

 猫屋敷さんはとても満足げに笑った。

 

 

 ついでに言うとナヴィは凄いジト目だった――。




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