「やっと地上に出たな」
「ああ」
赤坂さんと出会い、ダンジョンを歩くこと約1時間。
ようやくワタシたちは地上に出た。
「やはり地下の陰湿な空気はいかんな。暗いところは嫌いではないが、ああもジメジメしていると気が滅入る。地上は良い」
「久々のシャバの空気は美味い、というやつですね」
「……ナヴィ、どこでそんな言葉覚えたんだ」
「……? 適切な表現かと思ったのですが、間違っていたでしょうか?」
それは“ヤ”のつく職業の人が使う言葉だナヴィ。淡々とした口調で変なことを言うんじゃない。
本当にどこでそんな言葉を覚えたんだ。
まあいい。
ワタシたちはダンジョンの入り口から入ったわけではないので、自分がいたダンジョンの入り口は初めて見るが、随分と重厚な扉で固められている。万が一にもダンジョンからモンスターが這い出てこないように、人間たちがあとから扉を設置したのだろう。
鎧をつけた警備員みたいな人も立っている。
「ダンジョン自体はワタシたちが居た世界とあまり変わらないが、ダンジョンが建物の中にすっぽり収められているのは驚いたな」
「あー、そうなのか? こっちではダンジョンが出現すると、まず入り口をガッチリ扉で固めて、その後こういうふうに建物を建設するんだ。
ここにはダンジョンを管理するための事務所もあるし、簡易的なシャワー室なんかもあるぞ。ほらあそこだ」
「ほぉー…」
赤坂さんに言われた方を見ると“シャワー室はこちら! E~Dランク冒険者は利用料30%OFF!”とポップな案内看板が立っていた。
案内看板によると、シャワーだけでなく、ダンジョンで汚れた防具や服、モンスターの血がついた武器などを洗ったりするための簡易的な洗い場も併設されているらしい。
現代チックな建物の中にダンジョンの入口があるという感じなので、異世界経験者からすると少し違和感があるが、異世界に比べ随分と充実した施設だ。
異世界に居た頃は魔王の公務が嫌で、お忍びで人間の街に何回か遊びに行ったことがあったが、異世界の冒険者は獣臭しかしなかったな。まあ、それが向こうでの“普通”だったわけだが。
それに比べさすが日本。ワタシがまだ男でサラリーマンやっていた頃から何十年も経っているが、変わらず清潔で素晴らしい。
「どうする? 俺も嬢ちゃんもあんまり汚れていないし、このままギルドに向かおうかと思ってたんだが、軽くシャワーくらい浴びてきてもいいぞ?
利用料くらいは俺が払ってやる」
「いいや、別に大丈夫だ。返り血なんて浴びてないし、汗もかいていないからな。
それに、多少の汚れぐらい、水魔法でちゃちゃっと洗える」
「水魔法で洗えるのか? 器用だな…… じゃあこのまま行こう。
ここにある転送装置は今メンテナンス中でな。歩き疲れてるかもしれないが、一番近い冒険者ギルドまでもうちょっとあるから我慢してくれ」
「問題ない」
赤坂さんと一緒に建物から出る。
自動ドアを出て眼前に広がるのは、懐かしのコンクリートジャングル。
背の高いビルに、巨大なモニターに流れるCM。あれはコンビニだろうか。数十年経過しても日本の町並みはあまり変わらないな。
いやむしろ、ダンジョンが出現するなんてイレギュラーが起こったせいであまり大きな技術革新や変化が起こらなかったのかもしれない。
――なんにしても懐かしいな。
「どうしたんだ?」
スタスタと前を歩いていた赤坂さんがこちらに気が付き、戻ってきた。
いけないいけない。
懐かしすぎて、立ち止まってこの風景を噛みしめてしまっていた。
「いやなに、日本に戻ってきたんだと実感が湧いてきてな」
「そうか、嬢ちゃんは異世界に行ってたんだもんな。嬢ちゃんが行ってた異世界はやっぱり全然街の雰囲気とか日本と違うのか?」
「全く違うな。よくあるファンタジー小説みたいに石造りやレンガ造りの建物ばかりだし、巨大なモニターなんてのもない。
あちらはあちらで美しい建物だったが、良くも悪くも魔法のみを前提にした文化だからな。その点、ここはもともとは魔法なんて存在しなかったから……」
「ふんふん。やっぱ異世界ファンタジーの定番は中世ヨーロッパ風だよな。俺も災厄の日以前はただの高校生だったから、その手のラノベは読みまくってたぜ」
「お、なんだ赤坂さん、意外とそういうの知ってるのか!」
ワタシは思わず同志を見つけて目をキラキラさせながらずいっと顔を近づけて聞くが、赤坂さんに「近い近い」と引き離された。
いかん。
つい少年のような心が働いてしまった。
「まあ災厄の日以降は生きるのに必死だったから、それ以来あまりサブカル系のものは読んだりしてないな。
今の娯楽はスポーツ観戦とか… あとビールだな!」
「……そうなのか。
赤坂さん、ところで一つ、非常に大事な質問をしたい……! そういうラノベとかアニメとか、災厄の日で変わってしまったこの世界でも、今も変わらずあるか?」
鼻息を荒げ、赤坂さんの回答を待つ。
この答えによって、ワタシの今後の日本での生活が左右されると言っても過言ではない。
なにせワタシはもともとオタク的な生き物だったのだ。
異世界転生とかいう摩訶不思議なことが起こったせいで――まあ、それはそれでオタク冥利に尽きる体験だが――アニメやラノベなんてまったくない生活をもう何十年もしているのだ。
アニメやラノベに限らず、異世界はテレビとかゲームもない。ワタシは常にそういうものに飢えていた。
そのせいで戦いくらいしか楽しみがなくて周りからは戦闘狂みたいな扱いを受けていた。自分では平穏が好きなパンピーのつもりだったんだけどな。
赤坂さんはワタシの鬼気迫るオーラに少し気圧されながらも口を開いた。
「ある……と思うぞ。
災厄の日のせいでいろいろな産業が破壊されたし、経済も停滞もしたが、今じゃあもうすっかり災厄の日前と遜色ないレベルまで持ち直してるぜ。
アニメとかも普通にテレビで放送してたと思うし、なんならこの前、駅前にオタク向けのショップみたいなのが出来たって受付嬢のみーちゃんが言ってたような気がする」
赤坂さんのその言葉を聞いてワタシは、フッと静かに笑みをこぼす。
どうやら日本での生活は楽しくなりそうだ。
「マスター、そんなにラノベなるものが読みたいんですか?
ファンタジーな体験なら向こうの世界でたくさんしたでしょうに」
「それはそうだが、何も異世界はワタシたちが居た世界が全てというわけでもあるまい。人の想いの数だけ、異世界がある。
いろんな作者が考える世界を読むのはなかなか楽しいぞ」
「なるほど……? そのようなものなのですね」
異世界転生、憧れるけどインターネットないと1週間で発狂しそう…(ネット中毒者並感)