マニュアルを取りに行った美卯さんがなかなか帰ってこない。
受付の奥にいる上司や同僚も一緒に探しているようだが、ちょっと時間がかかりそうだ。
頭の風通しが他人より少し良さそうな男性も「おっかしいな~、ここに置いといたはずなんだが……」とか言いながら探している。
さっき美卯さんに課長と呼ばれていたからこの男性はたぶん偉い人だろう。
ちなみにこの男性も別にスーツに身を包んでいるわけではなく、ファンタジーな服装だ。
……それにしても美卯さんたちの様子を見るに、ロストというのは赤坂さんも言っていたとおり珍しい存在なのだろう。
もしかしたらこの支部で受付をするのはワタシが初めてだったりするのかもしれない。
しばらく待っていると、ファイルに閉じられたマニュアルを抱えてドタバタと美卯さんが戻ってきた。
「おっまたせしました~!
いやはや、結構手間取っちゃいました! すみません! それじゃあ、軽くロスト保護プログラムの説明をしますね」
美卯さんは人差し指を立てると、得意げに説明を始めた。
ロスト保護プログラムは国が設けている救済制度で、その名の通り、ロスト――災厄の日に行方不明になったがその後ダンジョン内で保護された人――を保護する制度だ。
ロストと
他にも様々な状態のロストが確認されていて、災厄の日の時点で20歳の人が、30年後、20歳のまま発見されたり、あるいは普通に発見までの時間分歳をとっていたりと色々ある。
このロスト保護プログラムは、そんなふうに色々な事情のロストを保護するために、新たな住民登録や身分登録もしてくれるし、三ヶ月間の生活費の支給や住居の無償貸与、仕事の斡旋などを始め、いろいろな側面からサポートしてくれる、とのこと。
――ふむふむ。
仕事は冒険者をすればいいから大した問題ではないが、住居を無料で借りられるのはありがたいな。ちょうど今日の寝床はどうしようか悩んでいたから。
「……っと、まあ大体こんな感じです。ここまで大丈夫ですか?」
「ああ」
「では、保護プログラム適用のために、まずはレインさんの情報が行政やギルドが管理するデータベースにないことを照会します。
色々と生体情報を取得いたしますのでちょっとお時間かかります」
そのまま美卯さんの指示に従い、いろいろな機械でワタシを測定してもらった。
何を測定しているのかわからない機械もあったが、指紋とか顔写真とか、わかりやすい情報も取られた。照会自体はそう時間もかからず、全体で20分程度で終わった。
「……はい。
では、レインさんの場合は新規で住民登録と身分登録なので、早速取り掛かりましょう!
あ、その前に、これは任意なんですけれども、ロストの研究のために可能な限り詳しい経緯を聞き取ることになっているんですけれど、お聞きしても大丈夫ですか?」
経緯、か……
別に減るものでもないし言うことは全然構わないのだが、前々世が日本でサラリーマン、前世が女の子になってついでに魔王をやっていた、なんて馬鹿正直に言っていいものだろうか……?
『マスター、少しよろしいでしょうか?』
うーん……と悩んでいると、ナヴィが異世界の言語で話しかけてきた。
この場で日本語を使わないということは何か美卯さんや赤坂さんには内密に話をしたいということだろう。
ワタシもナヴィに異世界の言語で応えた。
『どうした?』
『経緯についてですが、マスターが魔王をやっていたことは伏せたほうが良いのではないでしょうか?』
『お前もそう思うか?』
『はい。魔王とは人間にとって畏怖・恐怖の対象です。
この世界に魔王が居るか現時点では分かりませんが、モンスターが居るのであれば、この認識はある程度同じでしょう。魔王とはその名の通り、魔の者の王なのですから。
この世界の人間をすべて処分するのであれば魔王であったことを明かしても良いでしょうが、マスターは共存を望んでいます。であれば少なくとも現時点では伏せるべきです』
『そうだな。
いっそのこと異世界で勇者でもやっていたことにするか? あるいは…… そもそも何も話さないでおくか?』
『いえ、ウソを付くのであれば9割の真実に1割の虚構を混ぜるべきです。それに、何も話さないのも不信感を抱かせる原因になる恐れがあります。
魔王であったこと、人間と敵対していたこと、これらに付随することを伏せてあとはある程度喋ってもよいかと』
うん、そうだな。
ここはナヴィの言う通りその2点を伏せて語るとしようか。別に魔王であったことを隠さなくても良さそうなら折を見て話せばいいし、急く必要はないな。
「相談は終わったか?」
「ああすまない。待たせてしまったな」
「いんや、気にする必要はないぜ。こいつは少しデリケートな問題だろうからな。ぶっちゃけ何も言わなくても良いんだろ、みーちゃん?」
「あー、はい。えーっと、待ってくださいね……
……そうですね。マニュアルにも言う言わないで保護プログラムの承認の可否には影響しないとあります。
まあただ、ギルドの人間として言うのであれば、ある程度はお教えいただきたいなーっと」
美卯さんは手元に用意しているマニュアルをパラパラめくりながら、少し申し訳無さそうに答えた。
「いや、答えよう。どこから言えばいいか――」
***
「ふむふむ。つまりレインさんは元男で、異世界に行ったらTS美少女になって、高名な魔法使いになって、とある激闘の末、こちらに美少女のまま転移していたと?!」
「あ、ああ。女として過ごしている時間のほうが長いが、日本で女として過ごしたことはないから何かあったら助力願いたい」
「それくらいお安いご用です!
ったはー! それにしても、銀髪ロリ顔紅眼TS美少女魔法使いとか属性盛りがすごすぎますね―!」
「みーちゃん、テンションがおかしいことになってるぜ。
嬢ちゃんはまだしも、ナヴィちゃんがすごいジト目になってドン引きしてるぞ」
「おっと、これは失礼つかまつりました。ではでは、身分登録等しますので、この用紙に記入してくださいね。
……あ、代筆とか必要ですか?」
「いや、久しぶりに日本語を使うが、存外しっかり覚えているから大丈夫だ」
名前、年齢、性別……
名前、名前か。
ワタシの前世での名前をそのまま書けばいいのか?
「美卯さん、名前は日本に居た頃の名で書けばいいか? それとも異世界での名で書くべきか?
あと年齢を正確に覚えていないのだが…… だいたい100歳かな」
「そうですね~……」
美卯さんはマニュアルをもう一度パラパラめくって確かめる。
「この身分登録で登録した名前で今後生活することになりますので、自分の好きなようにして大丈夫です。レインさんでもいいですし、全く新しく名前をつけてもダイジョブです。
って、流石に100歳は見た目と違いすぎて審査機関にも冗談だとバレちゃいますって。
分からないのであればだいたいで良いです。レインさんなら私よりは絶対下だし…… 15~16歳くらいじゃないです?」
「ふむ、それじゃあ…… うん、そうしよう。
待て。今の日本でお酒は何歳からだ?」
「昔から変わらず20歳ですね」
「じゃあ20歳にしないと飲めないじゃないか」
危ない危ない。
名前はそのままレイン=フレイムで、年齢は20にしておこう。
前々世と前世を合わせたら100歳近くなりそうだが、まあ魔族的に言えば100歳なんて人間で言うところの20歳みたいなものだし良いだろう。
やっと次話でプロローグ終わる。
NKT(長く苦しい戦いだった……)
あっ、そうだ(唐突)
この小説や前作が性癖に刺さる人は、今期のアニメのジャヒー様も刺さると思うので、ほら、見ろよ見ろよ(おすすめ)
俺も見てるんだからさ(同調圧力)