数メートル先に見える人影は、いったい誰のものなのだろうか。
薄暗い地獄の環境ではどうにも詳細が分からず、その女性的なシルエットにはどこか見覚えがあるのだが、肝心の正体を掴むことができなかった。
しかし1つだけ、断言できることがあった。…そこにいる彼女は、間違いなく怒っている。それも尋常ではないほどに。
まだ対面さえしていないのに肝が冷えるような怖気を感じたのは、流石のヘルテイカーであっても…いや、ヘルテイカーだからこそなのかもしれないが、ともかく初めてのことであった。
そのあまりの殺意にブルリと一瞬、身体を震わせる。…しかし彼の思考は一切揺らぐことはなかった。
彼は“地獄でハーレムを作ろう”などと妄想して、それを実際に行動に移してしまうような男なのだ。一度ターゲットを定めてしまったならば、もう止まらない。
たとえフラれても殺されるまでは、絶対にアプローチを続ける覚悟が決まっているのである。
……とはいえ、ヘルテイカーはどれほど強い決意を固めていたとしても、それを表に出すなんてことはしない。
余裕を持ってハーレムに勧誘するのだ。
目や言動からガチで取りに行ってる様子を見せてしまっては、口説けるものも口説けなくなってしまうだろうから…
……だから彼はあくまで少し硬派だが、フランクさも兼ね備えたナイスな話術…つまりほとんどいつも通りの調子で、そこにいる知り合いと思わしき悪魔に声をかけた。
「…ん?おっ、久しぶりじゃないか。相棒!」
そんな言葉に反応して、どこか懐かしい雰囲気と共に軽快な挨拶を放った女性は、全く予想もしていなかった悪魔であった。
……彼女の名前はジャスティス。しかし奇妙なことに彼女は、ヘルテイカーが知る限りではもっとも「憤怒」や「殺意」から遠い性格の持ち主であった覚えがある。
「…あんた随分と長い間留守にしていたじゃないか、今までどこに行ってたんだ?」
ヘルテイカーは今まで自分が置かれていた複雑な話を一言にまとめるべく、頭を巡らせる。そして十数秒後、ちょうどいい言葉をいくつか見繕って口を開こうとした瞬間…ジャスティスは彼の言い初めに被せるようにして、再び話を始めたのであった。
「ちょっ「いや、言わなくてもいい。あんたが不義理を働くとも思えないからな!なんか事情があるんだろ?」
それから「それに今言わなくても、後でルシファーには話すことになるだろうしな!」といって続け、彼女は自然な振る舞いでこちらに近寄ってくる。
沈黙。
彼女の足音だけがコツコツと、地獄の辺境で響く。
……そんな中、ヘルテイカーは何か非常に嫌な予感を覚えていた。
これがただの再会にはならないと、特に根拠はないが察してしまったのだ。
「なぁ、相棒。すまないが少し、死んでくれないか?」
風を切る音さえ聞こえない静かな拳が迫る。
———「え?今なんて言った……
ヘルテイカーはその恐るべき一撃を受け、そして驚く間も無く死んだ。
そのもっとも大きな原因は、ひとえに“緊張感を欠いていた”ということなのだが…既にヘルテイカーの思考は存在していない。
彼はもう自身の間違いについて気が付くこともなければ、反省する機会も失ったのだ。
一方でジャスティスは、生暖かく粘ついた不快な感触から手を引き抜いていた。
肉片やら血液やらを振り払った彼女は、表面上はなんでもなさそうにさっきまで生きていた。ある時は身体さえ重ねた。懐かしく、大切な存在であった。…大柄の男を眺めていた。
頭骨を貫かれたヘルテイカーの身体は、ジャスティスの拳という支えを失って…ゆっくりと崩れ落ちる。
———「断る」
その恐るべき一撃を回避できたのは、ほとんどまぐれと言っても過言ではなかった。
驚愕したのは生命の危機に反応した体が、意図せずその拳を回避した後である。
……だがヘルテイカーは一瞬足りとも動揺を露わにせず、真面目な仏頂面のまま言葉を続けた。
「それよりも…またハーレムに入らないか?」
返事の代わりに来るのは、二回目の攻撃。
拳を突き出した勢いを利用したのか、それとも悪魔特有の力なのか…
一度も地に着くことなく前方に回転した彼女は、そのままの勢いで踵下ろしを繰り出した。
これは見た限りだと、先程の攻撃よりも威力が高そうだ。…しかし今度は回避できそうにない。
先程の回避が半ば無理矢理なものであったため、体勢が崩れているのだ。
咄嗟に交差させた腕を盾にして、迫り来る踵を受け止める。
凄まじい衝撃がヘルテイカーを押し潰さんと襲いかかった。
不安定な状態で受け止めたこともあって彼の体は地面に叩きつけられ、そればかりか岩盤を突き破って地の底たる地獄の、更に底へと落ちていく。
……地獄が重い地響きを立てて揺れていた。
見ればヘルテイカーの身体を中心に地盤が変形して、まるで隕石でも落ちたかのような巨大なクレーターが形成されている。
そして彼は腕に走る、鈍い痛みに気がつくだろう。
これは骨にヒビが入っているか、あるいは折れていることを示しているものだ。
また同時に感じているのは、内臓へのダメージを確信させる内側の痛みであった。……だがどちらも無視して起き上がる。
1度目の奇襲、2度目の追撃…ここまで来たならば間違いなく3度目の攻撃が来るだろう。
それを地獄をマットレスにして、呑気にめり込んだまま凌ぐなどできるはずがない。
身体に鞭を打って飛び上がったヘルテイカーは、次の攻撃に備えて周辺を確認した。
「あんたやっぱり流石だな!まるで人間じゃないみたいだ!」
……しかしそのような警戒は、遠くから聴こえたジャスティスの言葉によって裏切られることになる。
いつのまにか彼女は随分と距離を取っていて、具体的には200mほどだろうか。クレーターの淵に佇んで、片手を腰に当てているのだ。
それもまるでいつもと変わらない振る舞いであり…ジャスティスという悪魔を象徴しているような良い笑顔をしていて、そして非常に軽快な口調を操っていた。
「なぁ、オレも本当はあんたとは戦いたくないんだよ。なにせオレはあんたのこと、昔から気に入ってたからな!…でも今の地獄は…正直、かなり厄介な問題を抱えているんだ」
停戦の言葉ではない、だが何か事情があるのだと察せる言葉。
ヘルテイカーは訝しむが、彼女がチャーミングポイントでもあったサングラスを取り外したことで、思考を一旦中断した。
……雰囲気が変わったのだ。
あれほど板についていた笑顔も消え去っている。
「…そういえば、あんたのお誘いなんだが…返事をわすれていたな」
唐突に話を切り替えたジャスティスは、少しだけ考える素振りを見せてから…いつもよりもシリアスに、少しだけ口角を上げて「じゃあこうしよう」と切り出した。
「答えがYESでもNOでも、これが終わるまではお預けだ。」
ジャスティスはHPJと刻印された指抜きグローブをしっかりと付け直すと、光を映さない灰色の瞳で…確かにこちらを見つめた。
「だから死んでくれるなよ?…次は本気で行くからな」
彼女は残像すら目で追えないほどの異常な速さで飛び込んでくるが、それをしっかりと見据えるヘルテイカーに隙はない。
愛する女性の前で2度目の無様は晒すまいと決意を抱いているのだ。
……そして、それ以上に。
地獄で再びハーレムを作るのだと。
馬鹿馬鹿しく無謀な…しかし固い誓いを立てているのだ。
飽き性にワイには戦いのイントロ部分しか書けないんだぉ…
Helltakerの可愛い悪魔たちがカッコよく戦闘するシーンを書いてくれる作品がもっと沢山あったら嬉しいんだぁ… (˘ω˘)