有線式ウィッチーズ ヘラります!   作:impossible

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知ってるか?
メンヘラは3つに分けられる。

自虐的な奴(どうせ俺なんか……)

愛に飢(俺のことを好きに)えてる奴(ならない人間は邪魔なんだよ)

自分の世界に生きてる奴(大事な人は犠牲になってもらわないと)

この3つだ。

あいつは――――






(メンヘラと)いっしょだよ 前

 

 

 

「星の逆位置……あと一歩が足りない? 嫌な結果ナンダナ……」

 

 

 

 


 

 

 

 

 8月16日の朝。

 食堂に続々とウィッチたちが入ってくる。

 501では食事が当番制ではあるのだが、宮藤が来て以来、彼女が率先的に作るようになっていた。

 主にミーナが当番の日は。

 作るレパートリーは主に扶桑料理。納豆など反応が微妙なものはあるが、おおむね部隊の皆には好評。宮藤の料理を楽しみにして起きてくるウィッチがいるくらいだ。

 

 本日はライス、みそ汁、ポテトサラダ、ほうれん草のおひたしである。納豆は自由。

 

 そんな朝食時の食堂に、声を張り上げる娘がいた。

 

「さっ、坂本少佐が宮藤さんと!?」

 

 金髪お嬢様メガネっ子、ペリーヌ・クロスマン。ガリア空軍のトップエースだ。

 

「ああ。ついでだし、ロンドンを案内してやろうと思ってな」

 

「そ、そんな……」

 

 この世の終わりだという顔をするペリーヌ。

 

 ああ、距離が近いとは思っていましたが付きっ切りで案内だなんて! 田舎者が少佐のお手を煩わすなど10年早いというのにむぎぎぎぎ! まだわたくしですらロンドンを一緒に歩いたことがございませんのよ!? 先を越されるなんて屈辱ですわ……!

 

 と、内心で荒ぶるお嬢様。

 

 一方のお出かけに誘われた宮藤はペリーヌの様子には気づかず、未知なる都市に思いを馳せている。

 

「ロンドンかぁ~、どんなところなんだろう」

 

「ロンドンは1日で天気がいろいろ変わっちゃうけど、たくさん見るところがあるんだよ。セントポール大聖堂や自然博物館、音楽隊の人の路上演奏、テムズ川、時計塔……ぱっと上げるだけでもこんなにあるの」

 

「そんなに!? 1日で回り切れるかなぁ……」

 

「ほんとは私が案内してあげたいんだけどね……」

 

「ううん、世界が平和になったら一緒に行こうね!」

 

「芳佳ちゃん……」

 

「はっはっはっは! 会議もあるから回れて2,3か所だろうな。しかし宮藤、今やロンドンは欧州最後の大都市と言っても過言じゃない。世界からいろんな文化が集まっているんだ。一生に一度は見ておいて損はないぞ」

 

「ほえぇ……楽しみです!」

 

 

 

「うぐぐぐぅぅ……」

 

 どこから取り出したか、ハンカチを噛みしめて仲良さげに話す宮藤たちに恨みがましい視線をペリーヌは送っていた。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 そしてそこに目を付けたメンヘラがひとり。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

「行ってしまいましたわ……」

 

 弱弱しい風切り音を受けながら、わたくしは空を見つめていました。

 

 どんどん飛行機は小さくなっていきます。

 

 ああ、ペリーヌは離れていても坂本少佐と一緒ですわ……。

 

 どうかご無事でお帰りなさってください。

 

「ふぅ……」

 

 とうとう、飛行機の姿は見えなくなってしまいました。

 

 さて、思うのですが。

 

 最近、わたくしは運命に踊らされている気がしますわ。

 

 あの豆狸が来るまで少佐とは訓練を口実にお互いの仲を深め合うことができましたのに、訓練と言ったらあの豆狸とリネットさんまでついてきて。

 どうしてわたくしたちの仲を引き裂こうとするのです……!

 

 おかしいですわ、おかしいですわ……何か間違っていましてよ!

 

「うぐぐ」

 

 いえ、落ち着くのです。こういうときは少佐の声を思い浮かべて……。

 

――――はっはっはっは!

 

――――はっはっはっは!

 

――――はっはっはっは!

 

「優し気な声も好きですけれど、笑う少佐のお顔が1番ですわ……」

 

 

 その様な具合で坂本少佐への思いを綴っていたら、クルーゼ大尉に声をかけられました。

 

「マロニーちゃんと豆狸ちゃんズ~。やぁ、クロステルマン中尉だよね?」

 

「えっ、なんですの? その歌」

 

 はい、ペリーヌ・クロステルマン中尉ですわ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 あっ!?

 な、なんてこと! ついぼやっとしていたから思考と本音が逆に!

 上官にこんな口利きをしてしまっては……!

 

 冷や汗が背に流れ始めたわたくしとは対照的に、大尉は表情を破顔させました。

 

 いえ、仮面をつけておられるので表情は分かり辛いのですが……。

 

「ふゥははは! まさかいきなりツッコミをされるなんて」

 

「えっと、その、これは……」

 

「ああいや、構わないよ。むしろいい意味で裏切られたね」

 

「と……おっしゃいますと?」

 

「あたしはお貴族様があんまり好きじゃなくてさ。ペリーヌって貴族の出だろう?」

 

「ええ、いかにもクロステルマン家はガリアの由緒正しき貴族ですわ」

 

 表情には出しませんが、大尉は何か嫌な思い出でもあるのでしょうか。

 

 わたくしは大尉のことをよく存じ上げません。激戦区で戦っていたということですから、いろいろな戦いを見てきたのでしょうけれど。

 

「やっぱり。あたしが関わってきた貴族ってのは、綺麗事をいえば自分も輝いてると錯覚するような人たちだったからね。それより今みたいな軽口たたいて、前線で戦うペリーヌのようなタイプは好ましいと思えたのさ。それともまさか……ペリーヌはお(・)貴(・)族(・)様(・)なのかい?」

 

 むっ。

 

「軽口などと……言葉の綾ですわ! それに、大尉の仰られる貴族は貴族と言いません。ガリア貴族は常に国民のためを思い、国民の尊敬に報いるべく先陣を切って万事に立ち向かう誇りを持っております! 綺麗事など……そんなものは必要ありませんわ!」

 

 つい、我慢ならず力を込めてしまいました。

 

 確かにこの大戦が始まってより、貴族の……わたくしは貴族と思いたくはないのですが、そのような責任ある立場の人間が己の責任を全うしないせいで、正しく貴族たる者ほどそれらの悪評を被(こうむ)ることが多くなって参りました。

 

 ああいえ、綺麗事、つまり士気高揚や国民の不安を和らげるための誇(・)張(・)は必要だとわかってはおります。

 

 しかし。

 

 わたくしはガリアの存在を世界に示すだけでなく、貴族とはこうあれかしを願ってここに来たのですから、そういった方々は貴族の風上にも置けませんわ!

 

「…………」

 

そんな生意気と取られかねないわたくしの言葉でしたが、大尉が咎めることはありませんでした。

 

むしろ笑みを深めて。

 

「そっかそっか、それなら尚の事仲良くできそうだよ。少しばかり話をしよう」

 

「……お話、ですか」

 

「嫌かな?」

 

「そういうわけではございませんわ。しかし何を……?」

 

 正直なところ、少佐がお戻りになられるまで自主訓練をしておきたいのです。そうすれば少佐も褒めてくださりますし、技量の上昇にも繋がって……ふふっ。

 

 ああ、いけませんわ。平静を保たなくては。

 

「安心して欲しいね、何も取って食おうという話じゃないさ。お互いに益があることだよ」

 

 大尉はそう仰りますが、益とは? まさか少佐に掛け合ってくださるとか。

 

 い、いえ。

 誰かの手を借りるのではなく自分の実力でお気持ちをいただくのですわ……!

 

「中尉、顔がすごいことになってるぞ」

 

「はえ!?」

 

「そんなに少佐が好きか? なら尚の事いい話さ」

 

「…………」

 

 振り返って歩き出した大尉にわたくしは付いていきました。

 

 べつに、いい話だなんて言葉に釣られたわけじゃありませんことよ。

 

 

 

 

 

 向かった先は中庭でしたわ。

 四人掛けのテーブルに向かい合って座ります。

 ……大尉、微妙に足が届いておりませんわね。

 

「まぁ、飲んでみてよ」

 

 それから間もなく、差し出されたのは紅茶の注がれたカップ。

 

 え、どこから取り出しましたの!?

 

 何かティーポットやソーサーまで置いてありますし……。

 

「ありがとうございます……?」

 

 ま、まぁ。渡されたものを飲まないのも失礼でしょうし、口につけます。

 

 味は……。

 わたくしが感想を抱くよりも前に、大尉は釘を指すようにいいました。

 

「ああ、悪いけど味はあまり期待しないで欲しいかな。得意ってわけじゃないのさ」

 

 確かに、可もなく不可もなくですわね……。

 上官の淹れた紅茶に文句を言うのは失礼でしょうけれど、アメリ―さんのカモミールティーが恋しく思えますわ。

 でもまさか直球で言うわけにもいきませんし。

 

「……結構なお点前ですわ」

 

「はは、そっかそっか。噴出さなかっただけ嬉しいよ」

 

「そんな下品な真似は致しませんわ!」

 

 わたくしを何だと思っていまして!?

 

 ああ。そういえば、大尉もわたくしのことをよく知らないのでしたわね。

 

 ……いえ、だからって初対面の人にそんな印象を抱くのはやっぱりおかしいですわよ!?

 

「すまんすまん」

 

 この人、本当に大丈夫なのかしら……。

 

「……それでお話とはなんですの?」

 

「まあまて、中尉。Eile mit Weile(ゆっくり急げ)というだろう」

 

「ii faut batter le fer pendant qu’il est chaud.(鉄は熱いうちに打て)ともいいましてよ」

 

「……ともかく。お互いを何も知らないのに、信じられることなんて多くはないだろ?」

 

「確かに、そうですけれど」

 

「だから本題の前にお互いを知ろうじゃないか」

 

 なんて、大尉は仰いますけれど。何を話せばよいのでしょう。

 

 ……思えば、ペリーヌ・クロステルマンという名前以外で他人に教えられることがありまして?

 

 橋……は大っぴらに語ることではありませんし、おばあ様のハーブくらいかしら。けれどそれだって……生まれてより訓練の毎日でしたから。そうなるとあとは花壇かしら? でも花を育てるのは趣味だと言えまして? ど、どう言うべきなのでしょう?

 

 お、おかしいですわね……わたくしはガリア貴族の歴史あるウィッチなのに。

 

 わたくしの困惑を感じ取ったのか、大尉が先に口を開きました。

 

「安心しなよ。何も『趣味を共有しようね』なんて言うつもりはないさ。あたしたちは軍人だ、そうだろう?」

 

「……ええ」

 

「軍人に必要なのは目的と作戦だ。だから同じ方向を目指す仲間だってわかればいいのさ」

 

 ……そうですわね。わたくしたちは軍人。趣味だとか、そんな些事にかまけている余裕はなくってよ。

 

 だから自己紹介で困る程度、なんてことないのですわ。

 

 なんてことないのですわ!

 

 

 

「さて。お互い名前はもう知っての通りだけど、あたしとペリーヌには縁があると思ってるんだよね」

 

「縁……ですの?」

 

 紅茶をひと口。

 仕切り直したところで、不思議なことをおっしゃる大尉。

 

「うん。あたしの姓はなんだっけ?」

 

「? マルセイユでは……」

 

「そう。マルセイユだよ」

 

 少し食い気味でしたわね。

 

 ……ああ。

 人の記憶力を試しているのかと思いましたが、なるほど。そういうわけではありませんのね。

 

「ひょっとして、ガリアからの流れですの?」

 

「そう、祖先をたどればガリア(マルセイユ)からの難民なんだよ。そしてペリーヌのクロステルマン家は」

 

 なんとなく、大尉の言わんとしていることがわかりましたわ。

 

「カールスラントの流れ(血)を受けている、と」

 

 わたくしが答えると大尉は嬉しそうに口元を緩めましたわ。

 

「その通り。ガリア流れのカールスラント人とカールスラント流れのガリア人。あたしたち、似た者同士だと思わない?」

 

「そう仰られると、そんな気もしてきますわね……」

 

「いや、似てるさ。同類とも呼べる」

 

 なんだか、押しが強いですわね大尉は。

 

「どうしてそう断言できますの?」

 

「簡単さ」

 

 わたくしが尋ねると、少し溜めを作ってから。

 

「ネウロイを憎んでいるからだ」

 

 大尉は、そうおっしゃいました。

 

「……」

 

「わかるよ、クロステルマン中尉。君とあたしは仲間だ」

 

「知った風に、仰るのね」

 

 つい、言葉を強くしてしまう。

 

 嫌な記憶が蘇ったのですわ。

 

 ネウロイに蹂躙された、我が故郷を、家族を、民を。

 

 わたくしの暮らしていたパ・ド・カレーはカールスラントに近く、ベルリンを落としたネウロイから真っ先に侵攻を受けましたの。ガリアの空軍はストライカーの配備がうまく進まず、逃げるしかなかったと聞きます。

 

 わたくしはその時のために訓練を積んでいたのに、南(・)部(・)でのうのうと……!

 

 自分が許せませんわ。

 

 でもそれ以上に……ネウロイが憎い!

 

 すべてを失ったガリア国民にとって、ネウロイが憎くないはずがありませんわ。

 しかし彼らにネウロイは倒せない……魔法力を扱えるウィッチでなければ。

 だから、貴族たるわたくしは、そんな彼らの総意を代行する義務があるのです。

 

 それが貴族たる勤め(ノブリス・オブリージュ)ですわ。

 

 

――そんなわたくしの後から思い出してもはしたない、煮えたぎる怒りを正面からクルーゼ大尉は受け止めて。

 

「いや、知らんさ。あたしはあたしの知ることしか知らん」

 

 あっけらかんと、そうおっしゃいました。

 

「大尉、あなたは……!」

 

――あの時立ち上がらなかったのは、自分でもよく堪えたと思いますわ。

 

「いや、勘違いはして欲しくないな。あたしと君は似ていて、同類で、仲間だ。それはあたしも断言できる」

 

 大尉は、けれど、と前置きをして。

 

「同(・)じ(・)で(・)は(・)な(・)い(・)。一家のもとに生まれた兄弟が違った性格を持つように、記憶は、体験は、感情は君だけのものだ。誰にも奪えない。それを軽々しく分かるだなんて言ったら……現に君が憤りを覚えた通りだ。そんなものは仮初に過ぎない」

 

 力強い、自信にあふれた口調でした。

 

「……クルーゼ大尉」

 

「だからこそ、あたしは断言するんだよ。故郷を、家族*1を、友をネウロイに奪われ、憎しみの炎で身を焦がすあたしたちは、仲間だとな」

 

「……大尉も、ネウロイは」

 

「憎いさ。憎いに決まってる。あいつらの存在自体が許せない」

 

 即答する大尉の声音は、揺ぎ無いモノに思えましたわ。

 

「だからペリーヌ、あたしと君は仲間だ。501風に言えば……家族なんだよ」

 

「家族……」

 

 ミーナ中佐が昔に仰られた時は響かなかったその言葉が、すっと胸に入ってきて。

 

 その時の大尉は、小さなお体のはずなのに、大きく見えましたの。

 

 もしかしたら、大尉はわたくしのお姉さまに……。

 

「いいね? ペリーヌ。あたしたちは家族(仲間)だ」

 

「……はい」

 

 

 そうですわ。ブリタニアの方々もわたくしの気持ちをわかるなどと言っておりましたが……未だ本国を失っておらず、出征した軍人以外も失っていない内地の人間が、わたくしの気持ちをどうわかると思って?

 

 わたくしをわかってくださるのは、同じ境遇に身を置いた人間だけ……。

 

 でも、それでしたら坂本少佐は? 扶桑は確かに侵攻を受けましたが、土地を失ってはおりません。

 

 あ、あら? 坂本少佐はわたくしのことを……いえ、でも、しかし。

 

 ……いけませんわ。この考えはわたくしらしくもない。

 

 一体、今日のわたくしはどうしてしまったの……。

 

 

「それにな、ペリーヌ。あたしが君を家族(仲間)だという理由はもう1つある」

 

「もう1つ、ですの?」

 

 そしてクルーゼさんは、またとんでもないことを仰いましたわ。

 

 

「1人のウィッチを愛しているということだ」

 

 

 …………。

 

 一瞬、仰られた言葉が理解できませんでしたわ。

 

 でも理解した後には、わたくしの心を家(・)族(・)に向けるべきでないものが支配し始めましたの。

 

「大尉は、少佐が?」

 

 自分でも驚くほど、冷たい声が出ましたわ。

 

 つい魔法(トネール)を撃ってしまいかねないほど。

 

 それでも続きの言葉は飲み込んで……これ以上は、自分を抑えられなくなりそうでしたから。

 

 でも大尉は、わたくしの言葉を笑い飛ばしてしまったのです。

 

「ふゥははは! まさか、そんなことないさ。ペリーヌの思い人を取るわけないだろう」

 

「そ、そうでしたの……嫌ですわ、わたくしったら……」

 

 ハネてしまった髪を直します。早とちりなど、恥ずかしいことですわ……。

 

「いや、いいさ。今ので君が少佐を愛しているとわかったからね」

 

「愛……? なぜそこで愛ですの?」

 

「それじゃあ、少佐殿が君に微笑みながら優しく抱き寄せてくれるシーンを想像してみなよ」

 

「むぅ……?」

 

 確かにわたくしは少佐をお慕いしておりますが、それは尊敬といった気持ちが強いのであって……。

 

 ……でも、想像するだけ。想像するだけなら、いいですわよね?

 

 

――――ペリーヌ、いい子にしていたようだな。ご褒美をやらねば……そら、こっちに来ると良い。一緒に寝ようじゃないか――――

 

 少佐がわたくしを抱き寄せて、ベッドの中に。

 

 すべすべで、柔らかいあのお体に包まれたらなんと……。

 

 

「はぅわっ!?」

 

 胸が、あつい。いつもより心臓の鼓動が速くて、お風呂に入って逆上せたような気分ですわ!

 

 少佐の、少佐のご尊顔が広がって……ああ!

 

 

「ふふ。心臓がバクバクして、相手のことを想わずに居られないだろう。幸せな気分だろうね。じゃあ、次は君のいた場所にミヤフジが取って変わっていたらどうだい? ペリーヌは窓の向こう側でただ眺めるだけ……負け犬ムードだよ」

 

 

 わたくしの手がもう少しで少佐と結ばれると思った瞬間――。

 

 

「坂本さんの、すごく柔らかいです! いつまでも触っていられますよ」

 

「ははは、本当に胸が好きだなぁ宮藤は。こんな脂肪のどこがいいんだ?」

 

「すべてです! おっぱいは人類の宝なんですよ、坂本さん」

 

「ふぅん? そういうものか。ならもっと触るといい。はっはっはっは!」

 

 豆狸と少佐がベッドの上でくんずほぐれつ抱きしめあう光景に変わりましたの。

 

 わたくしはそれを窓の外から見るしかなくて……。

 しょ、少佐!? 何をしておられますの!?

 

 声をかけようとも聞こえていないようすでしたわ……。

 

 そのまま2人、影が重なって――。

 

 

「あ……あ……」

 

「青ざめたね? それはあり得るひとつの可能性だよ」

 

「こんなの、こんなの……」

 

 先ほどまで、幸せな気持ちでいられましたのに……地獄の底に突き落とされた気分ですわ……。

 

「そんな光景、許せるかい?」

 

「……許せませんわ」

 

「ふふ、そうだろうとも。けれど安心していいんだ。あたしと一緒なら、少佐はペリーヌの所へ帰って来てくれるよ」

 

「ほんとうですの?」

 

「ああ、本当さ。君にも見えるはずだ、少佐が君を抱きかかえて空を飛んでいる景色が」

 

 

――――やったなぁペリーヌ! これで500機……お前もすっかりウルトラエース。教官として誇らしいぞ! しかもガリアまで解放してしまうとは、お前以上の英雄や貴族などいないに違いない!

 

 い、いやですわ少佐……そんなに褒められると火照ってしまいます。

 

――――いいや、これくらいじゃ足りはしないさ。なんたって英雄……それに、私の妻なんだからな! ガリア解放の暁にはお前の生家で式を挙げる約束だったろう? さぁ、早く行こうじゃないか。私はもう待ちきれないぞ!

 

 そ、そうですわね。少佐と……夫婦に……。

 

 

「どうだい、幸せだろう?」

 

「ええ……」

 

「そしてその感情は仲(・)間(・)ではありえないものだ」

 

「では、これは……?」

 

 わたくしが尋ねると、優雅に紅茶を飲みながら、クルーゼさんは確信をもって言ったのです。

 

 

 

「それこそ愛だよ、ペリーヌ」

 

 

 

「これが、愛……」

 

 愛。

 

 なんと甘美で素敵な言葉なのかしら……絵本や昔話で聞いたことがありましたが、これが……これが愛。

 

 言葉にすれば溢れてくる、この大きな心臓のうねり。

 

 ああ、幸せですわ。

 

 わたくしは少佐に愛情を抱いていましたのね……。

 

 でも、そういえば。

 

「大尉は、少佐でないならどなたを?」

 

「ああ、それか。バルクホルン大尉だよ」

 

「バルクホルン大尉を?」

 

 確かに悪い方ではございませんが、こう……規律に身を捧げたような方ですわよね。失礼ですがどんなところを好きになったのでしょう……。

 

「なに、一目ぼれさ。広報の写真を見た時ビビッと来てしまってね。ついスクラップブックを作ってしまったのが始まりだよ」

 

 なんともないように仰いますがそれは……どうなんですの?*2

 

 でもそれだけの理由で501にまで来るなら……なるほど、愛のなせる技ということですのね。

 

「そう、愛だよ」

 

「愛ですわね」

 

「愛だとも!」

 

「愛ですわね!」

 

 わたくしたちは顔を見合わせて。

 

 次の瞬間には、こらえ切れなくてはしたなく笑ってしまいましたの。

 

 貴族らしくもない……でも、この時間は確かに楽しいと思えたのです。

 

 ふふ。いいモノですわね、愛というのは。

 

 なんだか、頭がぽわぽわして参りましたわ。

 

 この愛を、ぜひ坂本少佐にも味わっていただきたく思いましてよ。

 

 

「さて、これで分かってくれたろう? あたしたちは同じ方向を目指しているんだ」

 

 ああ、そうでした。そういえばそういう話でしたわね。

 少佐への愛が走り過ぎておりましたわ……。

 

「ええ、わかりましたわ」

 

 わたくしたちは仲間、家族なのですわ。

 血は繋がっておりませんが、この地獄のような世界で頼れる相手……同じ向きをしている、すばらしいではありませんの!

 

 しかし、クルーゼさんのお顔は優れませんわ。

 

「何か、心配事が?」

 

「ああ。あたしたちの幸せを奪おうとする泥棒猫がいるんだ」

 

「泥棒……猫?」

 

「ああ。ペリーヌの坂本少佐を、あたしのバルクホルンを奪おうとする泥棒猫(ストレイキャット)だ。いや犬かな?」

 

 クルーゼさんは暗い声音で言いました。

 

 わたくしから少佐を奪おうとする……ひとりだけ、心当たりがありますわ。

 

「豆狸……」

 

「そうだ、ミヤフジだ。あいつはあたしたちの愛を奪おうとしているんだ」

 

「愛を、奪う?」

 

 この、暖かい気持ちを……?

 

「どうしてですの?」

 

「さて、奴の考えることはわからん。大方、おっぱいを揉める時でも狙っているんだろう」

 

「お、おっぱいを? なんて破廉恥な……」

 

 そういえば、豆狸はお風呂に入っている時も毎度少佐のお胸を凝視しておりましたわ。

 

 訓練をしている時も、ストライカーで空を飛んでいる時も……少佐に色目を使っておりましたのね!? 許せませんわ……。

 

 あの想(・)像(・)が現実になってしまうなど、考えただけで虫唾が走りますの。

 

「ああ、破廉恥だ。そんな破廉恥な奴のせいであたしたちがワリを食う……あんまりじゃないか」

 

「あんまりですわ……でも、一体どうするというのです?」

 

「どうする、か……簡単なことだよ」

 

 そういって、クルーゼさんは椅子から降りましたの。

 

 そのまま、コツコツと軍靴の音を鳴らしながらわたくしの後ろへ回り込んできます。

 

 表情は見えないはずなのに、恐ろしいお顔をしているような予感が。

 

 蛇のような鋭い視線でわたくしを狙っている……そう思えてなりませんでしたの。

 

――そしてとうとう、わたくしの肩を彼女が掴んで、耳元で悪魔のように囁いたのです。

 

 

「消せばいいのさ。501からミヤフジを」

 

 

「ひっ」

 

 感情が籠っているはずなのに、ひどく空虚な声。

 

 わたくしは肩を跳ねさせるのが精いっぱいで、その場に凍り付いてしまったのです。

 

 わたくしは、彼女が戦地を渡り歩いた歴戦の魔女だということを忘れていました。彼女に比べればわたくしなど雛鳥も同然……。

 

 そしてそのまま、クルーゼさんはわたくしにしな垂れかかって来ましたわ。

 

「と言っても、ミーナ中佐がいるからそんなことは出来ない。残念ながらね」

 

 居なかったらしたんですの? と聞ける雰囲気ではありませんでした。

 

「でしたら……」

 

 唾液が減り、口の中が乾いたせいでうまく舌が回りませんわ。

 

 でも、わたくしが言いたいことなどお見通しのようでした。

 

「どうするだって? ふふ、可愛いことを聞くね。愛した女が他人に盗られようとしているのに、指を咥えて見ているだけ……ほんとにペリーヌ、君は面白い」

 

 けらけらと笑い声をクルーゼさんは漏らしました。

 

 ま、まさか本当に消すというんですの?

 

「ああ、安心してよ。あたしはペリーヌが困るようなことはしないさ……なんたって家族だからね」

 

「か、ぞく」

 

――あの時は何か、わたくしとクルーゼさんとで家族の定義が違うような気がしましたわ……。

 

「だから君も本気になれるように、いい知らせを持ってきたのさ」

 

――まぁ、次の言葉でそれも吹き飛んでしまうのですけれど。

 

 

 

「先日、ミヤフジと少佐は一緒に寝たそうだよ?」

 

 

 

「ね、寝ッ!?」

 

 その言葉を、わたくしは信じられませんでした。

 

 信じたくなかったとも言えますわね。

 

「ああ、そうさ。君が手をこまねいているうちにどんどん、少佐はあの新人に入れ込んでいるんだ」

 

 けれどクルーゼさんは、そんな気持ちも見透かしたように外堀を埋めていくのですわ。

 

「ちが、いますわ。少佐はあの豆狸の指導教官でいらっしゃるから……」

 

 寝ると言っても添い寝のほうでしょう。

 

 そ、それでも同衾ということですが、そんなはずはありませんわ!

 

 少佐は厳格なお方。必要以上の接触など……。

 

 わたくしは気丈にそう振る舞いますが、クルーゼさんの口角は上がるばかりで。

 

「ふふ、指導教官ねぇ。本当にそれだけだと思ってるのかい? 思い出してご覧よ、君よりミヤフジを優先したことが何度ある? 1回や2回なら気のせいだろうね……でも、どうだい?」

 

「そ、んなこと」

 

 想起されるのはここ最近の、あの豆狸が来てからの記憶。

 

――――おお、ペリーヌ。自主訓練とは感心だなぁ! 宮藤たちと一緒にどうだ?

 

「少佐とわたくしは1年近い仲なのですわ……」

 

――――ああ、すまんなペリーヌ。宮藤の訓練が終わってからでもいいか? 

 

「わたくしを……」

 

――――宮藤をロンドンに連れて行ってやろうと思ってな。

 

「信頼……なさってるから……」

 

 

 わたくしより、豆狸を優先しているなど……。

 

 頭ではそう思っていても、体は急激に冷えていくような錯覚がわたくしを襲ってきましたわ。

 

 愛が……わたくしの愛が、拾っても拾っても零れ落ちていくようで。

 

 そんなわたくしの顔に手を添えて、横を向かせたクルーゼさん。

 

 当然、クルーゼさんと仮面越しに目を合わることになりますの。

 

「可愛いなぁ、ペリーヌ。まだ君は信じているんだな……」

 

「少佐は悪くないさ。でも、あのミヤフジは異常だ、何かがおかしい」

 

「関わるだけで人間関係が改善する(主人公補正)なんてありえない……そんな万能な人間がいるはずない。そんな異常な人間と関わっていると少佐までおかしくなってしまう。バルクホルンだってそうだ……」

 

 そういってわたくしを胸に抱く、クルーゼさんの腕は震えています。

 

 確かに、宮藤さんが来てよりバルクホルン大尉は少し丸くなりましたが。

 

 …………ああ、なるほど、わかったような気がしますわ。

 

 まだ規律とうるさい彼女ですが、以前のような……それこそラウラさんや、同期の子たちを追い出した時のような苛烈さは感じられませんの。

 

 クルーゼさんも今、わたくしと同じものを感じているのですわ。

 

 愛する人が自分の記憶と違う……これは、恐ろしい恐怖ですわ。

 

 しかも、変わっていく様を見せられるなんて……わたくしでも平静でいられませんもの。

 

 手をクルーゼさんのそれに重ねれば、一瞬だけびくっと震えますが、抵抗もありません。

 

 ……あら? でも、バルクホルン大尉はクルーゼさんと初対面だったような?

 

 この違和感、何かとても重要なもののように思えますが……。

 

――思考がぼんやりして、それ以上考えることはできませんでしたの。

 

 

 

 

「もし、君と少佐の信頼が一方通行じゃないと思うなら」

 

 少しして、クルーゼさんは諭すように口を開きましたわ。

 

「少佐をミヤフジに取られてしまう前に、行動を起こさなきゃならないよ」

 

「行動、ですの?」

 

「そう。好きなものは、大切なものは手元に置かなきゃ…………奪われる前に」

 

「それは……」

 

 少佐を、わたくしの手元に。

 

 とてもいけないことのはずが、ひどく妙案のように思えますわ。

 

「でも、どうしてそんなことを」

 

「少佐の年齢、わかってるかい?」

 

「少佐の? 忘れるはずありませんわ。現在が19歳で誕生日は8月26日……」

 

 ま、まさか。今日は8月16日……。

 

「そうだ。少佐は、もうすぐ『あがり』だ」

 

「そ、そんな。でも、少佐は魔法力の衰えなど仰っておりませんでしたわ……」

 

「少佐が自分の弱みを言うわけないだろう?」

 

「確かに、そうでしょうけれど……」

 

「迷っているんだね。じゃあ、教えてあげる」

 

――わたくしが倫理と欲望の間で悩んでいると、彼女は決定的な言葉を使いましたの。

 

 

 

「このままミヤフジに任せていたら……死ぬよ、少佐は」

 

 

 

「え?」

 

 また、言葉の意味がわかりませんでしたわ。

 

 しぬ? しぬってなんですの? 

 

 まさか――『死ぬ』ですの?

 

 あ、ありえませんわ。あの少佐が、そんな!

 

「宮藤をネウロイの攻撃から庇って重傷を負うんだ。そしてそのまま……」

 

 ありえない、ありえないと思いたいのに。

 

 なぜだか、その景色は容易に想像ができてしまうものでした。

 

「いや、いやぁぁぁ! 少佐、少佐が! ま、まっかで……あぁぁぁ!」

 

「落ち着きなよ、ペリーヌ」

 

 錯乱したわたくしの手をクルーゼさんが包み込みます。

 

 そのまま手を彼女の胸に誘導されて。

 

 やわらかく、穏やかな鼓動を打つ心臓……そのリズムに、わたくしの気も落ち着いていきましたわ。

 

「あくまでこのままなら、さ。だから君がやるんだ。君がやらなきゃいけない」

 

「で、でも。わたくしより、ミーナ中佐でしたら」

 

「わかってるだろうね。けど、ミーナは押しに弱いから……少佐を止められない。惚れた弱みだね」

 

「そ、そんな……」

 

「それもこれもミヤフジが少佐を惑わすからなんだ……」

 

「少佐を、豆狸が……」

 

 わたくしから、また奪おうというのですの……?

 

「だから行動しなきゃいけないのさ」

 

「…………」

 

「すぐ、ミヤフジを少佐から引き離せる時が来る。そこで少佐を誘ってみるといいよ」

 

「そんなこと、どうしてわかりますの?」

 

 半信半疑のわたくしに、大尉は笑って答えたのです。

 

 

 

 

「未来が見えるからさ」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 同日の夜。

 本部から帰還したミーナ中佐がネウロイと接触したため、緊急の対策会が開かれていた。

 もっとも、寝起きを叩き起こされた者もいるのでややだらしないものではある。

 

 なお、目撃者がサーニャしかいないとのことで半信半疑な501メンバーたち。

 しかしミーナの鶴の一声で夜間哨戒を強化することに決まった。

 

 メンバーはミーナがサーニャの護衛に宮藤を命じ、エイラが乗っかったため3人となる。

 

「わたくしは……」

 

 そんな会議の中もペリーヌは茶々を入れる元気などなく、解散が決まっても静かなままだった。

 それを不信に思った坂本が声をかける。

 

「ペリーヌ、元気がないな」

 

「い、いえ。少し疲れただけですわ」

 

「珍しいな。訓練でもし過ぎたか」

 

「ええ、はい……」

 

「そういうことならさっさと寝てまた明日訓練といこうじゃないか」

 

「ええ……」

 

 気のない返事を返すペリーヌ。

 

「もしかして紅茶の飲みすぎでハラが重いんじゃないのか~?」

 

「ええ……」

 

「ええっておい、そこは否定しろよな……」

 

 まだ残っていたイエーガーがルッキーニを抱きかかえつつ冗談を言うも、帰って来る言葉は変わらず。

 

 イェーガーと坂本は顔を見合わせた。

 

「何があったかは知らんが重症だなぁ……」

 

「本当に大丈夫か?」

 

「いえ、本当に疲れただけですから……ご心配には及びませんわ」

 

「そうか。ちゃんと寝るんだぞ?」

 

「はい、お休みなさいませ」

 

 立ち上がるペリーヌだったが、結局この日は寝付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 翌、17日の夜。

 

 ノアが言った通り、宮藤は夜間哨戒のため昼間は睡眠、現在は哨戒任務であるため、坂本少佐と関わる時間がほぼ皆無だった。

 

 本当にそうなるとは思っていなかったため、大分気を張っていたペリーヌはロッテを組んでいたハルトマンに体調を気遣われるくらいに消耗していた。

 

 しかし、この機を逃す手はない。

 

 一晩悩んだ末、ペリーヌは行動することにしたのだ。

 

 坂本の部屋の扉を叩く。

 

「少佐、まだ起きていらっしゃるでしょうか」

 

「んー……? ああ、ペリーヌか……どうした?」

 

 部屋の主は珍しく寝ぼけ眼(まなこ)で出てきた。

 

 崩れた服装に内心パニックになりつつも、ペリーヌは目的を果たそうとする。

 

「その、少佐。お願いがございますの」

 

 居住まいを正すペリーヌに、すわ何事かと坂本も姿勢を整えた。

 

「ペリーヌがお願いなんて珍しいな。私にできることなら何でもしようじゃないか」

 

「ほ、本当でして?」

 

「もちろんだ。扶桑軍人たるもの、二言はないからな」

 

 このメガネっ子が何か悩んでいたのは坂本も気付いていた。だからこそペリーヌが次に発する言葉に耳を澄ませる。

 

 はたして……。

 

「それでしたら……今、お部屋にお邪魔してもよろしいですか?」

 

「ん? なんだそんなことか。構わんぞ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 あっさり了承されたペリーヌの方が驚いていた。

 

「さては夜のネウロイだからって怖くなったか?」

 

「そっ……! い、いえ。そうですわ」

 

 つい、いつもの癖で反論しそうになったが、目的を思い出して堪える。

 

「ですから少佐のお隣でならきっと眠れるはずですの……」

 

「珍しいこともあるものだなぁ。しかし、私の胸ならいつでも貸そうじゃないか。ほら、どんとこい」

 

「どっ……!」

 

 両手を広げる坂本。

 

 びっくりするほど無防備だ。

 

 行っていいのかしら? いやさすがにダメなのでは? などとペリーヌの脳内で審議会が開かれた結果。

 

「お~、いきなり来るとびっくりするじゃないか」

 

「す、すみません……」

 

「問題ないとも。鍛えてるからな! はっはっはっは」

 

「はぅぅぅ……」

 

 欲望には逆らえなかった。

 

 柔らかい胸部と鍛え抜かれた腹筋を頬で味わいながら、ペリーヌは幸せな気持ちに支配されていく……。

 

 

 

 

 2人のウィッチが向かい合って横たわるベッドの中。

 ペリーヌは口を開いた。

 

「少佐は、どこにも行きませんわよね……?」不安を瞳に映して。

 

「もちろん、私の居場所は501だからな」

 

「本当ですのね? 信じていいよろしいのですわね?」

 

「……らしくもないな、ペリーヌ」

 

「どうなんですの!?」

 

 はぐらかすような言葉に食いつく。不安の瞳はなお揺れた。

 

「大丈夫だ、安心しろペリーヌ。私はどこにもいかない」

 

 だから坂本は偽らない気持ちを伝えたのだが……ペリーヌの疑心は止まらない。

 

「でも、宮藤さんがいますわ」

 

「宮藤だってすぐ1人前になるさ」

 

「……嘘ですわ。それでも少佐は宮藤さんを守ろうとするのでしょう」

 

「それは当たり前だろう、仲間だぞ」

 

「そういうことじゃありませんの! 少佐は……少佐は、もうすぐ20歳になるではありませんか……」

 

 なるほど、それが本題か。

 坂本は理解した。

 

「……確かにそうだが、私は最後まで前で飛び続けるつもりだ。それに20歳を超えたってすぐ限界になるわけじゃないぞ? まだまだ現役さ」

 

「ありえませんわ! おばあ様だって、全盛期にほど遠い魔法力しか残らなかったと仰っていましたのよ!」

 

 懇願と怒りがないまぜになった表情を露にするペリーヌ。

 

 魔女の魔法力は20歳に近づくと減少していき、やがてなくなる。それはこの世界で不変の常識。ペリーヌが尊敬する叔母、ペネロープ・クロステルマンも同じだった。

 

「そんな残り僅かな魔法力でネウロイと戦ってお怪我でもなさったら、どうするおつもりなのですか!」

 

「ネウロイに遅れなど取らんさ。仮にそうだとしても、宮藤は治癒魔法が得意だからな」

 

 また、宮藤。宮藤。宮藤。

 豆狸ばかり信用されて!

 

 ペリーヌの憎しみに火が灯った。

 

「……それが失敗したらどうするのです。あの豆狸はまだ未熟ですわ。魔法力の制御もまだ粗削り……特に精密な制御が必要とされる治癒魔法でそんな有様では!」

 

「その時はそのときだ」

 

 言外に死ぬときは潔く死ぬと言い切った坂本に、ペリーヌの火山が噴火する。

 

「ふざけないでくださいまし! あんなヒヨッコに命を懸けるだなんて!」

 

――どうしてこう扶桑のウィッチは生に執着心がないのですの!?

 

 荒ぶるペリーヌ。

 

「だから、私が指導しているんだ。後進を育成することは、前任者の義務だからな」

 

 あくまで冷静、淡泊な坂本。そこで、ペリーヌはある考えが浮かんだ。

 

 悪魔的閃き。

 

「まさか、宮藤さんは少佐が戦うためのバックアップだと……?」

 

「……ない、とは言い切れないだろうな。最初、あいつの魔法を見たときにその考えが過ってしまったのは否定しない。だが、あいつの道はあいつが決めるんだ」

 

 それに、と坂本は付け加える。

 

「宮藤博士に、頼まれてしまったからな……」

 

「宮藤博士に?」

 

 その時に一瞬だけ見せた坂本の表情は、ペリーヌがいつも見る豪胆な戦士ではなく。

 

――――道に迷って泣きそうな、普通の女の子の姿だった。

 

 そんなものを見てしまっては、ペリーヌは怒れない。身を滅ぼしかねない憎しみも、亜空に飛び去ってしまう。

 

「……いや、今のは忘れてくれ。らしくないのは私かもな」

 

 坂本は自虐的に笑った。

 

「それでは……少佐に何かあったら、わたくしはどうしたらよいんですの……?」

 

 もしかしたら、迷子は2人ともなのかもしれない。

 

「わたくしを、ひとりにしないでくださいまし……」

 

「1人じゃないだろう、みんながいる」

 

「わたくしは! ……そのような言葉遊びをするつもりではありません!」

 

 潤んだ瞳で坂本を見上げるペリーヌ。

 

 坂本もその瞳の意味はわかっていた。

 

 わかっていたが、自分という柱は変えられない。

 

「私は戦いから逃げるつもりはない。戦いにしか生きられないんだ」

 

 坂本はペリーヌの頬に手を当てる。

 

「少佐……」

 

 ペリーヌもその手を自らを重ねた。

 

「だから、心配だというなら。ペリーヌ、私と戦ってくれ。私の隣で」

 

「えっ」

 

 実質プロポーズでは? ペリーヌはいぶかしんだ。

 

 しかしわかってる。坂本はそんなこと思っていったわけじゃないと……。

 

「私の翼となり、剣となり、私と道を切り拓いて欲しい。この閉塞した世界を壊すために」

 

 でも、今日はそれを聞けただけで満足できた。

 

「……はい」

 

 

 

 

 

「しかしまた、どうしてこんなことを言い出したんだ?」

 

「……そういえば、どうしてでしょう? 昼間、クルーゼさんとお話していたのは覚えているのですが」

 

 ペリーヌは頭をひねった。しかし、肝心の記憶がよく思い出せない。

 睡眠不足が原因かもしれないが、大切なことを忘れている気がした。

 

「ほう、ルー大尉がか……」

 

「少佐?」なぜ今他の女の名前を? そう言いたげな瞳が坂本を射抜く。

 

「いや、なんでもない。それより明日も早いからな。もっと近くに寄れ、ペリーヌ」

 

「ひゃいっ!? は、はい……」

 

「お休み、ペリーヌ」

 

「お、お休みなさいませ……」

 

 最初はおずおずと言った様子だったが、やがてはしっかりと抱きしめあって。

 

 ミロのビーナスがごとき坂本の肉体の中で、ペリーヌは不思議なほど自然な眠りに落ちた。

 

 

 

*1:
本作でバルクホルン家は姉妹を除き行方不明

*2:
ストーカーという呼び名は戦後広まった




途中分割(予定)


盛(サーッ!)ってまでペリーヌを煽る気だったオリ主、無事裏目に
これがアルティメットペリーヌ? 
答えてよアメリー!

盛らなかったら「同情なんていりませんわ!」と断られた模様

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