有線式ウィッチーズ ヘラります!   作:impossible

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エーリカ・ハルトマン1941を見る限り
40年夏にカールスラント陥落→40年秋にホークエッジ基地に撤退らしいので。
この辺の詳しいものがあれば欲しいんだけど。










(メンヘラと)いっしょだよ 後

 

 

 

――――ウゥゥゥーーーーーーー。

 

 「ッ、ネウロイ!」

 

 聞きなれた、いや、聞きなれてしまった甲高いサイレン音。

 小人はベッドから飛び起きた。

 

 しかし、どこからも慌ただしい怒号は聞こえない。

 

「…………」

 

 偽りの叫び、幻聴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1944年8月18日。

 雲も僅かで、透き通るように晴れ渡った、気持ちのよい朝。

 

 ニーソックスと手袋、仮面を身に着けて準備を整えたル=クルーゼは、バルクホルンの部屋前にていわゆる出待ちをしていた。

 

「おはよう、バルクホルン大尉」

 

「おはよう、ルー大尉。今日も速いな」

 

「それはお互い様だよ」

 

 時間は5時過ぎ。

 起床が6時であることを思えばやや速い。

 5時前に名誉起床ラッパ(坂本少佐)が鍛錬を始めるため、一部のウィッチは自然と早く起きてしまう。

 

 この2人が起きる理由はストーカーと規律ウーマンということで、関係ないのだが。

 

 

「起きろハルトマン! まったく貴様という奴は……!」

 

 カールスラントの名誉起床軍曹が寝坊助を叩き起こした後、一向は食堂へ向かった。

 

 

 

 

 

 特に事件もなく朝食を食べ終えて。

 

(ほほ~、あたしにはわかる。ペリーヌはうまく行ったらしいな)

 

 元気になった――少しツヤツヤしたペリーヌを見て思うメンヘラ。ぜんぜんわかってない。

 

 一方、朝食後のウィッチたちはそれぞれのローテーションに就くのだが、前日にリネットの実家からブルーベリー――しかも美味しかった――が送られて来ていたため、ルッキーニを主とする食いしん坊一味は期待の眼差しでリネットを見つめていた。

 

「さすがに、2日連続はないですよ~」と、申し訳なさそうにするリネット。

 

「ちぇぇ~」

 

「なんだよー」

 

「なんだ、お前たち。食後のデザートが欲しいのか?」

 

 坂本は肩を落とした食いしん坊の2人に声をかけた。

 

「欲しい!」と食い気味のルッキーニ。

 

「おお、そうだろうと思ってな。扶桑からイイ物を送って貰ったのだ」

 

「えっ、ほんと!?」

 

「さっすが少佐! わかってる~!」

 

 一時は気落ちしたのに食べ物があると知れば、ぱっと笑顔になる現金な魔女である。

 

 その陰で顔を青くしたのは宮藤。

 宮藤は何が来るか予想できるが、かといって坂本を止められるわけもなく。

 

 坂本はキッチンから、一斗缶と小さな皿を人数分持って来た。

 

「なにこれなにこれ!」

 

「扶桑の羊羹という奴か?」

 

 目の前に装られた、長方形の黒い物体を見てバルクホルンが呟く。

 

「いや、肝油をゼラチンで固めたものだよ」と、答える少佐。

 

「ただ飲むだけじゃ味気ないと思ってな」

 

「肝油……って何の? 生臭いんだけど……」

 

 匂いを嗅いだハルトマンが疑念の表情を浮かべる。

 

「ナツメウナギです。ビタミンが豊富で、目にいいんですよ」

 

 現実逃避気味に宮藤は言った。

 

「あ、あの。固める時、チリソースとかは……」

 

「いや、使ってないが?」

 

「あっ……」

 

 リネットは逃げ出した。

 

「まぁまて軍曹。ブリタニアにも似たような料理があるそうじゃないか。ぜひ感想が聞きたいんだ」

 

 しかし回り込まれてしまった。

 

「リーネちゃん……覚悟を決めよう?」

 

「芳佳ちゃん!?」

 

「どうすんだよ、これ」

 

「食べなきゃだめ~?」

 

 どう見ても美味しくなさそうなデザートを前に不平を漏らす親子組。

 

「だが栄養はあるなら……」

 

 実利に注目するバルクホルンも手のスプーンが震えている。

 

「…………」

 

(えっ、ナニコレ……)

 

 メンヘラに至っては言葉を失っていた。

 

 

 

「ふんっ、せっかく少佐がお作りくださったものを頂かないなんて、不届き者ですわ!」

 

 誰もが様子見に徹していた時、勇者ペリーヌが現れた。

 

「ペリーヌ、まて早まるな!」

 

「待てませんわ! いざ!」

 

 イェーガーの静止を振り切って、ペリーヌは一番槍を飾る。

 

 そして。

 

「ウっ」

 

「ペリーヌーーーーー!」

 

 名誉の負傷を負った。

 

「まぁ私も若いころは往生したし、ペリーヌには刺激が強かったか」

 

(そんなものを出すなよ!)

 

 坂本の言葉に、全員の心が一致した。

 

「始めるか……あたしの自爆ショー」

 

「大尉?」

 

 次に動いたのは、意外にもメンヘラ。

 

「アフリカの砂漠ではサソリやトカゲの血だって飲むんだ。この程度問題じゃないのさ」

 

 そう言って、ナツメウナギの肝油ゼリーを口に運んだ。

 

 直後、ぴくんと震えて動かなくなる。

 

「おい、大尉は大丈夫なのかよ?」

 

「ヤな予感しかしないんだけど~……」

 

 イェーガーとハルトマンの心配を受けて、バルクホルンがメンヘラの顔を覗き込んだところ。

 

「き、気絶してる」

 

 奴は、ハジけていた。

 

「ど、どうする?」

 

「どうするったってなぁ……」

 

「少佐のあの顔を見ろ、私たちが食べなきゃ落ち込むに決まってる」

 

「そうだよなぁ……」

 

 もはや危険物と変わりないこのゼリーを前に、隊員たちは究極の選択を迫られた。

 

「どうした、食べないのか?」

 

「…………」

 

 結局、坂本の(期待)に押されて全員ゼリーを食すことになる。

 

 ある者は灰になり、ある者はエンジンオイルの方がマシだと思い、ある者はまずいと嘆き、ある者はトイレに駆け込み、ある者は……。

 

 そんな死屍累々の食堂だったが。

 

「ねえ美緒、もう1つあったりしない?」

 

「お? ああ、あるぞ」

 

 上機嫌でお代わりを要求するミーナ中佐。

 

 伊達に隊長をしていないと、坂本以外の隊員たちは尊敬の念を新たにした。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「んぅぅ……」

 

「起きたか、ルー大尉」

 

「……あたしは」

 

 ゆさゆさと揺られる振動で目を覚ましたメンヘラ。

 視点がいつもより高いことから、誰かにおぶられているようだ。

 

「ゼリーを食べた後、起きなかったんですよ……大丈夫ですか?」

 

「ん……ちょっと妙な後味はあるけど」

 

「なら、よかったです」

 

 横を歩くのはリネット。

 そうなればバルクホルンか背負っていることになる。

 

(計画通り)

 

 そう、メンヘラがあのゼリーを口にしたのは、気絶してバルクホルンに背負ってもらうためだったのだ。

 

 密着状態を作るために気絶の1つや2つ、なんてことない。

 

(でも、あれはもう食べたくない……)

 

 あのキテレツなデザートは御免こうむりたいが。

 

 しかしどうしてバルクホルンに運ばれると思っていたのか。

 

 夜間哨戒を強化する関係で今週は小隊単位の行動になっており、バルクホルンとリネットは第2小隊。そこにメンヘラも加わっていたからだ。

 

「大尉、歩けるか?」

 

「……ちょっと頭がふらふらするかな」

 

 息をするように嘘を吐く。

 馬鹿正直にこのすばらしいポジションを捨てる必要があるのだろうか? いや、ない。

 

「そうか。ならこのまま移動するとしよう」

 

「ありがとう」

 

 特に追及もされなかったメンヘラはほくそ笑み、バルクホルンのうなじに顔をうずめた。

 

 そのまま小さく息を吸う。

 

「んひっ!?」

 

「あ……ごめん」

 

「いや……」

 

 びっくりしたバルクホルンが肩を震わせ、2人の間に気まずい雰囲気が流れる。

 

(爽やかだけど後に残る匂い……)

 

 それでもメンヘラは息を……匂いを嗅ぎ続けた。

 

 ウィッチは使い魔の特性を備える事が多い。

 犬を使い魔にした魔女が、嗅覚を使って人探しをしたなんて話も残っているくらいだ。

 もっとも、このメンヘラの場合はただの執念で匂いを覚えていた。

 

 彼女が最初にその匂いを覚えたのは、軍に入るよりも前。

 眠れずに窓から空を見上げていたある夜のこと。

 

 

――眠れないのか?

 

――そんなんじゃ、ない。

 

――そうか……空を見ているようだが、好きなのか?

 

――好きとは、ちがう……。

 

――なら、どうしてだ?

 

――わから、ない。でも……空は、自由だから。いつかあたしも飛べたらって、思う。

 

――自由、ね。ここの生活は嫌か?

 

――そんなこと、ない。感謝も、してる。でも……あたしは。

 

――それ以上は言わなくていい。

 

――どうして?

 

――決まってるさ。私たちはもう、家族だろう? 

 

――家族……?

 

――そう、家族だ。お前はもうどこにも行かなくていいんだ。ここが、お前の家だからな。

 

――ほん……とに? ずっと、いっしょ?

 

――ああ、ずっと一緒だ。

 

――なら……おねがい、してもいい?

 

――構わんが……どうして欲しいんだ?

 

――ぎゅってして、あたしを離さないで。あたしも……離さないから。

 

――お安い御用だ……これでいいか?

 

――もっと、つよく。

 

――ええ? ……これでどうだ?

 

――もっと。

 

――これくらいか?

 

――うぐ……もっ、と。

 

――なぁ、これ以上はさすがに……。

 

――壊れるくらいが、ちょうどいいの……。

 

――そうか……。

 

 摩耗した記憶の中でも少しは思い出せる、幸せな記憶(痛み)

 

(……早く、一緒に寝たいな)

 

 邪魔者のせいで少しは変わってしまった。けど、愛おしい匂いに違いはない。

 

 ようやく手が届いたと思うと、涙腺が緩んだ。

 

 少し、捕まっていた腕に力が入る。

 

「大尉?」

 

「……なんでもない。けど、少しこのままで」

 

「……そうか」

 

 それっきり動かなくなるメンヘラ。

 

 

 

 一方のバルクホルンも妙な感覚を抱いていた。

 

 デジャヴとも言える既視感だ。

 

 脳裏を過るのは、夕焼けの空を2人の妹と帰る記憶。

 

(あの時は確か、公園に行ったときだったか)

 

 

――ねぇね、何持って来てるの……?

 

――何って、カブトムシだよ~?

 

――お花集めのはずじゃ……。

 

――うーん、そのつもりだったんだけど……フラムちゃんに見せたら面白いかなって。

 

――ちょっと、やだ、こっち来ないで……。

 

――そんな……うう、嫌われちゃったんだ。ねぇねは悲しい……。

 

――あっ、え、えと……。

 

――あっ、手がスベッチャッタ!

 

――えっ? あっ……きゃぁぁぁぁ! 姉さん、姉さん助けて!

 

――あははっ、ほんとフラムちゃんおもしろーい!

 

――何をやっとるんだお前らは……。

 

 

 バルクホルンの地元、カイザーベルクは夏だと白夜になる。だから夜遅くまで遊びまわるのもしょっちゅうだった。

 

 疲れ果てた2人を連れて帰るのはバルクホルンの仕事だ。

 幸い、怪力の魔法は小さいころから発現していたため難しくもなかった。

 

(そうだ……あの子が背中に乗って来て、クリスは対抗するように前から抱き着いて来たんだった)

 

 なぜ急にそんなことを思い出したのか。

 

 心当たりはある。

 

(今日はフラムの……)

 

 

 

――――バルクホルン大尉(姉さん)

 

 

 

 かぶりを振って記憶に蓋をする。

 

(だめだ、大尉はあの子じゃない。そんな()で見ては失礼だ……。それにクリスだっている。今の私は、クリスのために……)

 

 背中の小人を背負い直した。

 

 その時、バルクホルンの手が足に触れる。

 

(やはり硬い。筋肉の付き方ではこうはならないし、義肢なのは確定か……)

 

 人工と天然。人一倍鍛錬を積むバルクホルンはそれがわかってしまった。

 

(しかし、どうしてこの子は手足を失ってまで戦うんだ? マルセイユも、なぜそれを許すのか理解に苦しむ……本部(ブリタニア)も、何を考えている)

 

 腹の奥に薄昏い気持ちが沸き上がる。

 確かにウィッチ不足はどこでも深刻だ。戦力として他所から補充するのはわかる。だが、戦傷兵を使うなど正気の沙汰とは思えない。アフリカから呼び出すというのもだ。これを政治というなら、いっそのこと……。

 

(だめだ……そんなことしても変わらない。ブリタニアは欧州反撃の重要拠点だ。余計なことをすれば奪還が遠のく……)

 

 だからと言って上層部にこのまま踊らされる未来を許容できもしない。

 

 しかし、それでも命令に従うのが軍人だ。踊れと言われたら踊らなければならない。

 

 結局、堂々巡り。結論など出せるはずもなし。

 

 それに、彼女は一体いつ手足を失ったのか?

 

 その問いを投げる勇気を、今のバルクホルンは持ち合わせていなかった。

 

(教えてくれ、クリス。私はどうしたらいいんだ……)

 

 

 

「なんだか、親子みたいです」

 

 2人の様子を見守っていたリネットが呟いた。

 確かに内心を考えなければ、頼りになる母親と遊び疲れて眠りこける子供のようだ。

 

「そう見える?」

 

「はい。わたしも昔はお姉ちゃんによく背負って貰ってましたから」

 

「へぇ、そうなんだ。あたしは姉様に背負って貰ったりとかはなかったからなぁ」

 

(ふふん、やっぱりわかる人にはわかっちゃうよな~。姉さんに相応しい家族はあたしなんだよ。宮藤じゃなくてさ。いや~、本物の家族は辛いわ~。ふふっ)

 

 表情は抑えつつも、メンヘラの内心は小躍りしそうな勢い。

 

「……マルセイユの妹が私と家族になるとしたら、ろくな家族関係じゃないだろう」

 

 しかし、続くバルクホルンの苦渋に満ちた言葉にメンヘラは落ち込んだ。

 

「あはは……」

 

 

 

 

 

 

 さて、今回のネウロイは夜にやって来た。しかし、だからと言って次も夜に来るとは限らない。昼の偵察が必要なのは今まで通りだ。

 すでに第1小隊が偵察に出発しており、第2小隊は昼からが担当。それまでは訓練時間となっていた。

 

 そういう訳で一向がやって来たのはストライカーのあるハンガー。

 新人のリネットも坂本に扱かれて体力は付いてきたから、空戦機動の訓練をやってしまおうというわけだ。

 

 ただ、ハンガーには先客がいた。

 

「げっ、お前らも来ちまったのかよ」

 

「すぴぃー……」

 

「なっ……!」

 

 ストライカーを弄るイェーガーと布が敷かれた鉄骨で休むルッキーニの2人だ。

 

 バルクホルンのスイッチが入るまで、約1秒……。

 

貴様ら(第3小隊)も今は訓練時間だろう! なぜ油を売っているのだ!」

 

「い、いやぁ。今更訓練と言われてもさぁ。2時間もやらなくたって出来るし……」

 

「うゆぅ……できるぅ……」

 

「出来る出来ないという問題ではないのだ! いつネウロイが出るかわからないのだぞ!」

 

 うわー、始まったよー。と明後日の方を見るイェーガー。

 ルッキーニも大声に叩き起こされて瞼をこすっている。

 

 これでも前日は真面目にやっていたのだ。ちょっと飽きが来てしまっただけで。

 

「だけどさぁ、一週間ずっとキビキビやってちゃ身が持たないぞ?」

 

「もたないもたない~!」

 

「うぐっ……しかし、それでもやるのが軍人というものだ!」

 

「相変わらずお堅い奴だな~」

 

「こっちはぁ、やわらかいのにねぇ~ぇ」

 

「あっこら、触るんじゃない、ルッキーニ少尉!」

 

「きゃははは! 怖いよシャーリー」

 

「お~、よしよし。鬼軍曹から守ってやるからな~」

 

「こ、このぉ……!」

 

 バルクホルンのこめかみに青筋が浮かび始めたころ。

 ルーとリネットはユニットケージに向かっていた。

 

「あれ、止めなくていいんでしょうか……」

 

「そういう割には逃げ足が速いよね、リネットちゃん」

 

「そ、そんなことありませんよ?」

 

「……まぁいっか。それで、リネットちゃん。昨日見た感じ、動体対象への射撃訓練はやってるのかな?」

 

「はい、板を投げて貰って」

 

 リネットの射撃成績は元から新人ということを考えれば上位に入る。最近は実践を経験して実力を十全に発揮できるようになってきた。

 基礎が出来ているなら10の訓練より1の実践である。

 

「なるほど、それじゃあ今日は少しレベルを上げようか」

 

 ケージに腰を掛けながらメンヘラは告げた。

 

「レベルを上げる、ですか?」

 

「そう。乱戦状態への援護を練習して貰おうと思う」

 

「乱戦への援護……って、必要なんでしょうか? わたしはいつも皆さんと離れたところから撃ってますし、ネウロイもほとんど1機ですよね?」

 

 リネットの疑問は当然で、ブリタニアにやって来るネウロイは基本1機だ。囮を使うパターンも確認されたが、乱戦になるほど大勢では来ない。

 

「こっちの方だとそうらしいね。でもアフリカじゃ基本は群衆でやってくるんだ*1。こっちもそうならないと考えるのは、ちょっと早計すぎるよ」

 

「ブリタニアに、群衆が……」

 

 ネウロイにロンドンが覆いつくされる光景を想像して、リネットは身を震わせた。

 

「バルクホルン大尉じゃないけど、備えよ常に、さ。やっておいて損はない」

 

「は、はい」

 

「そんな緊張しないでよ。大丈夫、リネットちゃんならすぐ身に着けるさ」

 

「そう、でしょうか」

 

「あたしが保証する。それに、ミヤフジは前に出たがりっぽいからね。いざって時にガールフレンドを助けられなかったら後悔するでしょ」

 

「ガっ!? よ、芳佳ちゃんとはそんなんじゃありませんよぉ!」

 

 ぽっ、と顔を赤くしたリネットは予想以上に大声を出した。

 説教中のバルクホルンたちが振り向いたくらいだ。

 一気に4対8個の目に見られて、顔を逸らすリネット。

 

「あれぇ? まだ違ったかな……まあいいや。あたしはそういうの、寛容だからね」

 

 リネットの肩を叩いて、メンヘラはストライカーに足を滑らせた。

 

「ご、誤解ですってばぁ!」

 

(わ、わたしと芳佳ちゃんはただの親友……親友です!)

 

 顔が朱に染まったまま、リネットもストライカーを装着する。

 と、そこで。

 

「なんだなんだ、リネットが大声なんて珍しいな」

 

 説教に飽きた狩人が2人の下にやって来た。

 

 実は、とルーが訓練内容の話をすれば、面白そうだな、とイェーガーは乗り気になる。

 

「あたしもやる~!」ルッキーニもついてきた。

 

「確かに、最近のネウロイは何か妙だからな。そも501はガリア奪還が目的だ。そのためには巣を叩かなければならんし、ネウロイも複数機出るだろう」

 

 結局、合同訓練になった。

 

 

 

「と、いうことで。リネットちゃん以外はウィッチ側とネウロイ側に分かれてやろうと思う」

 

 各自ペイント弾を持って空に上がったところで口を開くメンヘラ。

 

「内訳はどうするつもりだ?」

 

「小隊で分けて、どっちをやるかは交互に変えようかなって」

 

「まー、変に分けるよりはそうなるよな。ふふ、日ごろのお礼を返す機会だ」

 

「お礼参り!」

 

 不敵な笑みを浮かべる親子組に、バルクホルンは胡乱気な表情を向けた。

 

「リネットの射撃訓練だということを忘れるなよ?」

 

「わかってるって」

 

 ほんとかよ、というバルクホルンの視線をイェーガーは見ないことにした。

 

「というか、ほんとに大尉は腕が飛ぶんだな」

 

 代わりに目を向けたのは宙に浮かぶとんがりコーン。

 

「腕じゃなくてストライカーなんだけどさ。的はあるだけいいからね」

 

「へぇー。そーなるとあたしより速いってのもほんとか~?」目を細めるイェーガー。

 

「さてねぇ……その話はまた今度にしよう。今はリネットちゃんが優先」

 

「あーあ。お預けくらっちゃったや」

 

「いっちばん速いのはシャーリー!」

 

「おお、ありがとうなルッキーニ」

 

「その、すみません……わたしのために」

 

「リネットが気にすることじゃない。このリベリアンがスピード狂なだけだ」

 

 気落ちしたリネットを擁護するバルクホルンに、イェーガーが鋭い視線を向ける。

 

「む、言ったなバルクホルン。大尉、さっさと始めよう」

 

「そうしようか。狙撃手との距離は200m、ネウロイとウィッチの距離は50m。最初はネウロイ側だけ動いて、慣れて来たらウィッチ側も動く。これでいい?」

 

 各々が頷いたのを見て、状況は始まった。

 

 

 

 

 

 

 訓練終了後、データを纏めていたメンヘラは目を見開いた。

 

「命中率68%……初めてとは思えない数字だ。リネットちゃんはすごいよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「これでミヤフジのナイトになれるね」

 

「そ、それは違うって言ったじゃないですか!」

 

(わたしが芳佳ちゃんを助けるなんて。ちょ、ちょっと憧れるけど……でもわたしはお姫様のほうが! って、何考えてるんだろう……!?)

 

 アワアワし始めたリネットを眺めながら、メンヘラは思った。

 

 はようくっついてくれればいいのにな、と。

 

「でも、人間を撃つのに躊躇がなかったのは驚いたな……そのためのガンバレルだったんだけど」

 

「あ、あはは……」

 

「ああ、意外とリネットって容赦ないんだな……」

 

「お、おそろしぃ……」

 

「そ、そんな! ルッキーニちゃん、わたし、怖くないですよ?」

 

「ぴぃ!」

 

 リネットが弁明しようと近づくも、子猫は怯えて親猫に抱き着いた。

 

「あっ……」

 

「ま、まぁ。大丈夫だリネット。みんな、お前のことは信じているからな」

 

「だ、だったらこっちを見て言ってくださぁい!」

 

 擁護したはずのバルクホルンがトドメを刺し、リネットは涙をのんだ。

 

 

 

 

「しっかし、ペイント弾でぐっちょりだぁ」

 

 オレンジだらけになった服を脱ぐイェーガー。

 渾名のとおり、グラマラスな肢体が露になる。

 

「ぴゃぁー! シャーリー、早く早く!」

 

 興奮しながら待ちきれないとルッキーニが騒ぐ場所は脱衣所。

 一行は訓練の疲れを癒そうと大浴場に来ていた。

 

「おうおう、今行くぞ~」

 

「ふぅ……気持ちいいですぅ……」

 

「ああ」

 

 一足先に浴槽へ入っていたリネットとバルクホルンが恍惚の声を上げる。

 軽く体を流して、イェーガーたちも後に続いた。

 

「しっかし、大尉は風呂に入らないなんてもったいないよなぁ」

 

「もったいないお化けでるぅ!」

 

 イェーガーの語る通り、この場にメンヘラの姿はない。

 

「ストライカーの整備をするって、言ってましたよね」

 

「そうそう。あのストライカー、気になるんだけどさ。分解したら怒るかな?」

 

「怒……らないとは思いますけど、やめておいた方が……」

 

「そりゃそうか。あたしもマーリンをバラされたら嫌だし。でも、腕が飛ぶってどんなマジックを使ってるんだろうなぁ。あれこそほんとの魔法だと思うよ」

 

「ですねぇ……」

 

「ぶくぶくぶく……」潜水遊びを始めたルッキーニ。

 

「なぁー、バルクホルン。何か聞いてないのかー?」「あぁ……」

 

「バルクホルンさん?」「ああ……」

 

「えーい! もふもふ~」「ああ……」

 

「なんだこれは……」

 

 質問されようがおっぱいを揉まれようが生返事を返すバルクホルンに、イェーガーが奇異の目を向ける。

 

「逆上せた……訳じゃなさそうですね……」額に手を当ててリネットが言った。

 

「バルクホルン、お前最近なんか変だぞ? 特に今日は」

 

「あ……あァ?」ギョロ、とバルクホルンの首がイェーガーを捉える。

 

「そこは反応するのか……。お前、さっきだって動きにキレがなかったじゃんか」

 

「もしかして、わたしがバルクホルンさんに当てられた理由って……」

 

「たぶん違うと思うぞ」リネットの心配を切り捨てた。

 

「……だからなんだというんだ」やや棘のある口調で再起動するバルクホルン。

 

「だからなんだってお前……」

 

 気まずそうに視線を行ったり来たりした後、イェーガーは横目で相手を見た。

 

「あたしたち、これでも仲間だろ? その、だから、何か悩みがあるなら言えよ……」

 

「…………」

 

「お、おい。なんか言えって……」

 

 数秒沈黙していたバルクホルンだったが、ふっ、と表情に笑みを浮かべた。

 

「ははっ、リベリアンに心配されるなんて世も末だな」

 

「なっ! お、お前! 人がせっかく心配してやってるのに!」

 

 イェーガーの顔が真っ赤なのは熱だけが原因ではないだろう。

 

「誰も心配してくれなどと言ってないだろう。私は先に上がらせて貰うぞ」

 

「うぎゅっ」

 

 張り付いたままのルッキーニを引きはがし、バルクホルンは浴場を去った。

 

「あいつ、いつも以上にカリカリしてたな……」

 

「この手の感触は忘れないよぉ~……」

 

「どうしたんでしょう……」

 

 三者、原因に心当たりはあらず。

 そこでイェーガーは一計を案じることにした。

 

「なぁリネット。悪いんだけど、今日はあいつを気にかけてやってくれないかな」

 

「わたしが、ですか?」

 

「ああ。本当はミーナ中佐に頼んだ方がいいんだろうけど、何やら忙しそうだからな……頼めるか?」

 

「わかりました。精一杯、頑張ります!」

 

「まぁ、ほどほどにな……」

 

 意気揚々と返事をするリネットにどこか心配になった。

 

 

 

 

 

 その後、小休憩を挟んで早めの昼食を食べ、第2小隊は偵察任務に向かった。

 

 空の上。

 3本の軌跡が白い線を描いている。

 

「リネット軍曹、ちらちらこっちを見て……どうしたんだ?」

 

 後ろから向けられる気配がいい加減気になったバルクホルンは声をかけた。

 

「えっ!? あ、その。きょ、今日……」

 

「今日?」

 

「天気がいいですね!」3人の頭上をさんさんと太陽が照らしている。

 

「そうだな……?」

 

「どうしたリネットちゃん。すごい挙動不審だぞ?」

 

「ふえぇ……」

 

 両大尉から生暖かい視線をもらい、リネットは肩を落とす。

 天気デッキは会話の切り出しとして最弱だった。

 

 いたたまれなくなったバルクホルンは助け船を出す。

 

「何か用があるなら言っていいんだぞ。大方、あのリベリアンに言われたんだろう」

 

「うっ……」

 

 素直な反応が答えだ。

 

「まったく、あいつは……」嬉しさと苛立ちの混ざった表情。

 

「何かあったのか?」

 

 そんな表情の変化を目ざとく見つけたメンヘラ。

 鬼の居ぬ間になんとやらが気になる。

 この時、脳内ではシャーゲルの確率を計算していた。

 馬鹿な、早すぎる。まさか3倍の速度で関係が改善しているのか、と。

 思考力の無駄遣いだ。

 

「なに、大尉が気にするほどじゃないさ。それで、リネット。何が聞きたいんだ?」

 

「…………」

 

 メンヘラの顔が仮面の下ですごいことになっているが、そんなことわかりはしない。

 リネットは逡巡した後、遠慮がちに問いかけた。

 

「バルクホルン大尉、今日はちょっと元気ないですよね」

 

「…………ほう?」試すような視線。

 

「髪がちょっとハネてますし、目元も少し荒れてます。それに、お昼の時はジャガイモじゃなくて野菜から食べてました」

 

 すらすらとリネットの口から出てきた言葉にバルクホルンは深呼吸する。

 そして考えた。今、話していいものかと。

 

 生まれる数秒の沈黙。

 その間、メンヘラの方は焦っていた。

 

(ちょ、ちょっと待って。こと姉さんの観察であたしが……負ける……?)

 

 見ているようで見ていない。いつだってメンヘラは自分本位なのだ。

 

「リネットなら別にいいか……」

 

 結局、バルクホルンは話すことにした。

 

「今日は、妹の命日なんだ」

 

(あれ、そうだっけ?)

 

 本人が忘れていたと知れば、バルクホルンはどうなってしまうのだろう。

 

(でもそっかぁ。へぇ~、ふーん……ま、まぁ? そういう記念日とか覚えていてくれるのはポイント高いよね)

 

 当人が必死に笑みを押し殺している間、リネットとバルクホルンの話は続く。

 

「妹さんって……あれ? でも、クリスちゃんは……」

 

「下の妹が居たんだ」

 

「おふたり居たんですね……ウィッチだったんですか?」

 

「ああ、お前と同じ対装甲ライフルを使う奴だったよ。前大戦の旧式を引っ張り出した時は驚いたものだ」

 

「たしか、対装甲ライフルはカールスラント発祥でしたよね。でもなんで旧式を?」

 

「ああ。弾丸が大きいと魔法力も多く込められるから……とかなんとか*2。」

 

「え、そうなんですか?」

 

「私にもわからん。たぶん固有魔法に関係していたんだろうな」

 

「固有魔法、ですか」

 

「そうだ。思えば、固有魔法も戦法もお前に似ていた……いい友人になれたろうな」

 

「バルクホルン大尉がそこまで言うなら、わたしも友達になりたかったです」

 

(そうだね、仲良くなろうね)

 

 メンヘラのひとりごとは兎も角、バルクホルンもぶつぶつと口が先走っていた。

 似ている、同じ、似ている、同じ、似ている、同じ……。

 

「…………」

 

 無言でリネットを見つめるバルクホルン。

 

「バルクホルン大尉?」

 

 僅かな沈黙を経て、バルクホルンの口が動いた。

 

「どうだ、リネット。私の妹にならないか?」その瞳は正気の色を映していない。

 

「えぅ!?」

 

「えっ!?」思わずメンヘラも声が出た。

 

「何を驚く必要がある? リネットは妹だ。そして、あの子と共通点が多い。つまりこれはもう私の妹と言っても過言ではないだろう?」

 

「過言ですよ!?」

 

 訳が分からない論法。

 リネットはバルクホルンが少し錯乱しているのだと察した。

 辛い記憶を思い出してしまったのだろう、それなら仕方ない……と。

 

「その……わたしのお姉ちゃんはもう居ますから……」何かがズレている返答。

 

(え、そこ!?)

 

 勝手に姉を増やした奴もびっくりだ。

 

「そうか……残念だ。なら、せめてリーネと呼んでもいいだろうか」

 

「えっ。どうしてですか?」

 

「宮藤がリネットのことをそう呼んでいるじゃないか。ああ、嫌ならいいんだ。勝手な話だからな……」

 

 肩を落とすバルクホルン。リネットはなんだか申し訳ない気分になった。

 

「い、いえ! 全然! その、恐れ多いですけど……わかりました」

 

 許可が下りてバルクホルンもにっこり。

 

「ありがとう、リーネ。その代わりと言ってはなんだが……私のこともトゥルーデと呼んでくれて構わないぞ」

 

「あっ、それはちょっと……」

 

――芳佳ちゃんに誤解されちゃいそうだし。

 

 リネットは危険を回避した。

 

「仕方ないな……その代わり大尉はやめてくれ。バルクホルンで十分だ」

 

「わかりました、バルクホルンさん」

 

(え、なんでそんな軽く呼べるの!? あたしだってまだなんだぞ!)

 

 他方、気が気じゃないのはメンヘラだ。

 自分をダシに他人が仲良くなっているなんて、気に食わない。

 

「ね、ねぇ。バルクホルン大尉のさ、その妹ってどんな奴だったんだ?」

 

「そういえば。具体的にどんな方だったんですか?」

 

 軌道修正を試みればリネットも乗って来て、バルクホルンはぽつぽつと語りだした。

 

「そうだな……優しい子だった。あまり口数は多くないんだが、その分表情に出たものだ」

 

(えっ、そうだったっけ? クール系目指してたんだけど……)

 

「あと怖がりだった。暗いところに1人でいけなくてな、いつも隊の誰かが同行してたよ」

 

(違うが? 別に怖くないが? 伯爵が変な話をしたせいだが???)

 

「それと食い意地も張ってたか。小さい体でよく上司と芋を取り合ってたぞ」

 

(ジャガイモを食べないなんてカールスラント軍人じゃないからな)

 

 話を聞いてリネットは実家での暮らしを思い出した。

 姉弟が8人も居たせいか、話題に事欠かない生活。

 

「なんだか、可愛らしい話ですね」

 

「そうだ、自慢の妹だった。戦場にさえ来なければきっと……」

 

 そこまで言って、バルクホルンはリネットがここに来た理由を思い出した。

 ブリタニアが戦力を出し渋り、自国の影響力を残したいがために送り込んだこと。

 新米を後方演習もさせずに最前線に放り投げられた経緯が、どこか重なる。

 

「すまないリーネ、お前は……」

 

「いえ、わたしは望んで軍に入りましたから」

 

 その気遣いをリネットは不要だという。

 

「それにたぶん、妹さんも同じだったと思います」珍しく自信を持った様子で。

 

「そう……だろうか」

 

「はい。バルクホルンさんを守りたかったんじゃないでしょうか」

 

「私を?」

 

「バルクホルンさんって、すっごい頼りになりますけど、誰かを頼るのは苦手ですよね」

 

「うぐっ」

 

「だから代わりに守ってあげなきゃって、そう思ったんじゃないでしょうか」

 

「……確かに、そう言っていた。でも、どうしてそう思ったんだ?」

 

「わたしも、お姉ちゃんの隣で戦いたかったんです。わたしと違って器用だったから、いらないのかなって思ったこともあったんですけど……。でも、やっぱり家族ですから」

 

「家族、か」

 

「はい。妹さんは、バルクホルンさんが好きだったんですよ」

 

「……そう、なのか」

 

(なぜだ……なぜ勝てない。リネットちゃん、あたしを裏切るのか……?)

 

 メンヘラが恐れを抱くほど、リネットの推測は的を射ていた。

 

(このままでは姉さんが取られる……? でもリネットはミヤフジと違う。どうしよう)

 

 しかし、メンヘラとしても美味しいオヤツをくれるリネットは嫌いになれない。

 もっとも、そんな気はリネットにないのだが。

 

 

「その、妹さんのことは残念でしたけど。きっと妹さんも、バルクホルンさんが元気で居るのを望んでいると思います」

 

「元気で、か」

 

 バルクホルンが()()を思い出すと、表情に影が落ちた。

 

「はい。すみません、部外者なのに……」

 

「いや、いいんだ。ありがとう、リーネ。おかげで少し、楽になったよ」

 

「それならよかったです。わたしでよければお話、付き合いますから」

 

(なっ、付き合うって言ったのか!? この子! なんて破廉恥な……)

 

 言葉狩りも見苦しい。

 

「はは、ほんとにあの子は可愛かったんだ。昔話はたくさんあるから、楽しみにな」

 

「ふふ、スコーンと紅茶を用意しなくちゃですね」

 

 

(あれ?)

 

 メンヘラはそこまでの会話で少し違和感を覚えた。

 バルクホルンは過去形で話していたのだ。

 

 

「そうだ、クルーゼさんも一緒にどうですか? 人数も多い方が楽しいですし」

 

「そうだな……大尉にもぜひ聞いて貰いたい。自慢の妹なんだ」

 

 

(あっ)

 

 バルクホルンの声が耳に入ってこない。

 メンヘラは天啓を得た。

 

 

「あれ? クルーゼさん、少し顔が青いですけど……体調が悪いんですか?」

 

「なに? 大丈夫か、大尉。酷いなら引き返すがどうする?」

 

 

(あたし、死人だったんだ……)

 

 それは、意外とすんなり腑に落ちた。

 いくら本人の自意識が続いていようが、名前も違い、髪も違い、顔を隠している奴をどうして同一人物だと思うのだろうか。

 わかるわけがない。突然タネが割れたり脳に電流が走って超速理解などありえないのだから。

 

 途端、底なし沼へ落ちた気分になった。

 

(ち、違う。あたしはあたしだ。姉様はあたしを……姉さんだって……)

 

――違わないさ。ダメじゃないか……死んだ奴が出てきちゃぁ。

 

 泥沼の淵から手を伸ばして来たのは、かつて見捨てた兵士たち。

 あのアフリカで手を、足を、胴を、首を、目を吹き飛ばされて無残に死んでいった奴ら。

 

(違う……あたしはお前らとは違う! あたしは生きてる! あたしは魔女だ!)

 

――いいや、お前は私だ。いずれこうなる。英雄と煽てられ、担がれて。カトンボのように飛び回り、見知らぬ土地で死ぬ。それが魔女の定めだよ。

 

(うるさい、黙れ……! 誰がお前らなんか知るか。勝手に沈んでろ!)

 

 足蹴にして沈めても沈めても、亡者は沼から湧いて出た。

 そして嘲笑うのだ。

 この愚かな現実と折り合いがつけられていない精神異常者を。

 

『そりゃないっスよ、隊長。アタシの初戦果、一緒に見てくれたじゃないっスか』

 

 ふいに、愚か者は足を止めた。

 視線の先。

 沼から這い出てくる女は、腹部が丸ごと消滅していた。

 

(プレア……どうして……)

 

『どうしたもこうしたも。アタシたちを殺した癖に、自分だけ幸せになろうなんて――――虫が良すぎるでしょ』

 

 女は愚者の脚をグイっと沼に引きずり込んだ。

 当然這い上がろうと藻掻く。しかし沼というのは動けば沈むもの。

 全身が沈み込むまで、時間はかからない。

 

(あたしが、みんなを……殺した?)

 

『そうっスよ。みんなコッチに来るのを待ってるんスから……早く、来てくださいねッ!』

 

 最後に残った頭を、女は上から沼に叩き込んだ。

 

(お……ぶっ、がっ……ぁ……)

 

 息などできず。

 窒息の苦しみを味わいながら、意識は飛んで行った。

 

――今にわかるさ。そら、来たぞ。

 

 

 

「ぁ……ぃ……大尉!

 

「あっ……?」

 

 頬を叩く衝撃でメンヘラは現実に帰ってきた。

 

「大丈夫ですか? 呼んでも返事がなかったので……」

 

 見れば、リネットに肩を支えらえている。

 

「すまん、叩いたのは謝る。平気なのか?」

 

「いや……大丈夫。今朝の肝油ゼリーを思い出しただけだからさ」

 

「まぁ、気絶するほどだったからな……」

 

「いやな、事件でしたね……」

 

 下手な言い訳を並べたが、彼女自身、なぜ記憶が飛んでいるのか曖昧だった。

 バルクホルンを取られるのではないかという、焦燥感だけが記憶にある。

 そう、バルクホルンの視線を釘付けにしなければ。

 

「バルクホルン」

 

「ん。どうした?」

 

 急に立ち止まったノアにバルクホルンが声をかけた。

 

「ガリア方面から接近する機影あり。方位040、高度3200、距離3000」

 

 抑揚のない声で彼女は告げる。

 

「ネウロイか?」

 

 途端、バルクホルンの雰囲気が戦時に切り替わった。

 

「間違いない。目標視認、中型の空戦タイプ(ファイター)と断定」ガンバレル越しに得た情報。

 

「サーニャの言ってた奴か。ここで落とせれば……」

 

「不明。ただ、接近速度が異なる。別個体と推定」

 

「何、見てみればわかることだ」

 

「ど、どうしましょう?」喉を震わせるリネット。

 

「無論、撃破。バルクホルンとリネットちゃんはロッテを。あたしは先行して撹乱する」

 

「あ、おい! ひとりでどうする気だ!」

 

 バルクホルン(長機)の静止を振り切って、ノアは飛び出した。

 

「あたしは中隊よ」

 

 

 

 

 

 なぜネウロイが出てきたのか。まさか亡霊が噂をしたからではないだろう。

 

(あいつが呼んだな? 学習の速いことだ。これ、どうするのかね)

 

 加速してしまえばあっという間に敵機の姿を肉眼で捉えた。

 

交戦開始(エンゲージ)

 

 ご挨拶とばかりに放たれたビームを上下運動で回避し、ネウロイの観察を行う。

 

(集束ビームはなさそうだ。砲門は8……10秒あれば潰せるな)

 

 正直、ひとりでも倒せるレベルのネウロイだ。

 

(ん? そういえばこいつ…………なるほど)

 

 いくらか攻撃を加えた後、メンヘラはあることに気づいた。

 頭上の羽耳が揺れる。

 

「そうだな……姉さんのスコアになってもらおう」

 

 邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 バルクホルンたちが現場に到着した時、既に戦いは一方的だった。

 飛び回る子機が修復された傍から砲門を破壊し、反撃の余地を奪う。

 そこに居たのは哀れなニワトリに過ぎない。

 あっさりネウロイは撃破された。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 偵察から帰還後、バルクホルンは報告のために司令室を叩いた。

 

「聞いたわよ、ネウロイが出たって」机で書類を片付けていたミーナが出迎える。

 

「ああ……よりにもよって今日だ」

 

「そう、ね」

 

 お互い苦い記憶が蘇る。

 

「まだ墓も立ててやれてない私は……。もう、ここでいいからあの子を弔ってやった方がいいんじゃないだろうか。そう思ってしまうんだ……」

 

「あなたが諦めてどうするの。きっと大丈夫、うまく行くわ」

 

「そうだろうか……」

 

「そうよ。私たちは家族なんですもの」

 

「そう、だな……」

 

 ミーナに激励され、バルクホルンは弱弱しく笑った。

 

「どころでミーナ。私はあのネウロイがサーニャの言ってた奴だと思うが、どうする?」

 

「予定は変えないわ。どの道、宮藤さんは夜間任務を経験して欲しいもの」

 

「今後のためにか」

 

「ええ。あのシールドを夜間でも使えるなら……サーニャさんたちの負担を減らせるわ」

 

「確かに、そうだろうが」

 

「私だって宮藤さんを危険に晒すのは反対よ。でも、わかるでしょう?」

 

「……まあ、な」

 

 お互いナイトウィッチ不足で夜間戦闘に駆り出されて苦労した経験があるだけに、否定しきることもできなかった。

 

「でも、それだけじゃないのよ」

 

 ミーナは机に腕を組んで言った。

 

「嫌な予感がするのよ。本土で戦っていたころの、あの予感が……」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 夕方。メンヘラはサウナ帰りの夜間飛行組と遭遇した。

 宮藤、エイラ少尉、サーニャ中尉の3人だ。

 

「あ、こんにちは。クルーゼさん」

 

「やぁ。夜間哨戒、よろしくな」

 

「はい、任せてください」

 

 さすがにメンヘラと言えど、表立って暴れるわけでもない。

 宮藤と表向きの関係は普通だ。

 

「うげっ、嫌な奴に会ったんダナ……」

 

 代わりに、露骨に顔をしかめるのはエイラ。

 前日の食堂での邂逅時、初めて見たサーニャに少し視線を送ってしまったことからメンヘラは嫌われていた。

 

「嫌な奴って……心外だなぁ」

 

「嘘だ! サーニャを邪な目で見てるダロ!」

 

 当のサーニャはぽわぽわ、どこか浮世離れした雰囲気で立っている。世が世なら、あっさり誘拐されてしまいかねない。

 そんなサーニャを守ろうと、エイラは両者の間に割って入った。

 

「見てない、見てない」

 

 とはいえ、サウナ上がりのツヤツヤした首筋に思わず目が奪われる。

 その一瞬を見逃さないエイラ。

 

「あ、今見たゾ! 絶対見てたゾ! くっそー、宮藤だけでも面倒なのに……!」

 

「エイラ、上官に失礼よ」

 

 興奮し始めたエイラをサーニャは諫めるが。

 

「サーニャは優しすぎるんだ! 絶対上官権限とか言ってサーニャを好き勝手する気なんダロ! そーなんダロ!」

 

 余計に興奮気味になった。

 

「まぁまぁ、エイラさん。サーニャちゃんは可愛いから、つい見ちゃうんだよ」

 

「か、かわ……いい……」

 

 宮藤の誉め言葉に頬をピンクに染めるサーニャ。

 

「だぁぁぁぁぁ! お前はもっと信用できないんだよー!」

 

 余計荒ぶるエイラ。

 

「まぁ、ほどほどにね」

 

「というかお前はなんの用なんだだよー! 何もないならあっち行け、あっち!」

 

「おー、こわいこわい。邪魔者は去るとしますかね」

 

「うががー!」

 

 結局、エイラはメンヘラが見えなくなるまで威嚇を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 そして夜間訓練に出たサーニャたちは歌うネウロイと交戦し、無事勝利を納めた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「独りじゃない、か。妬ましいなぁ……本当に」

 

 無線通信用のインカムをしまい込む。

 夜空に両手を広げた。

 

 フーン、フーン、フフフフフーン。

 フーン、フーン、フフフフフーン。

 

 ハミングの奏でる孤独な音楽会は、人知れず基地の片隅で開かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 なお、急遽始まったサーニャと宮藤の誕生日会でバルクホルンが楽しそうだったから、拗ねて外に出てきただけだったりする。

 

 

 

 

 

*1
単機で来るネウロイは敵襲と考えていない

*2
主力だったPzB38/39の口径は7.92×94mmで旧式のマウザーM1918の口径は13×92mm。でもデカけりゃいいって話じゃない







速度についてはこんな感じ。加速力はシャーリーが上。
超加速を使ったシャーリー>4機全開のノア>通常のシャーリー>通常のノア


辞令が来てないだけでシャーリーはもう大尉なわけだけど、大尉が3人とかどうなんだろうね、ここ。

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