引退してお先真っ暗のライスシャワーを買った。 作:エタノールの神様
産婦人科から退院した妻は我が子を母に預けるとすぐに私の頬をひっぱたいた。何がなんだか解らずにオロオロしているとアッパーが飛んできた。
「馬にキャベツ食べさせちゃダメ!」
私はその日、一日中妻の前で正座をさせられて馬に食べさせていいものいけないものについて授業を受ける事となった。一秒たりとも正座を崩すことを許されなかった。我が子への授乳のために授業が中断することもあったが、それでもホワイトボードから目を離すことは許されなかった。
当然である。ライスシャワーは新年早々下痢に悩まされることになったのだから。だって一玉食べたのだ。少しならいいといわれたが一玉はさすがに許容できないようだ。
ライスシャワー用におせち料理(馬が食べられないものは食べれるもので形を作った)を用意していたのだが、食べ過ぎてはいけないもの、たくさんは食べられないものが入っていたようで妻の検閲を越えたらほぼ何も残らなかった。
今のライスシャワーの食事はギャンブラー牧場の「下痢絶対治す飼料セット」である。繊維をたくさん含む、でなおかつ食べやすい(味の)飼料である。ギャンブラー牧場は馬の健康にはとても気を遣う牧場で、そのせいで破産しかけたこともある。今零細牧場である理由がそれである。経済動物ってなんだっけ…
また、ライスシャワーが除雪する様子は地域住民にもよく見られており、「お馬さんはどうしたの?」と心配してくれた。またライスシャワーが働けずブルドーザーも無い今は皆が除雪に協力してくれる。なんとありがたいことか。
誕生した第一子の名前は貫之である。由来は土佐日記の作者や古今和歌集の編者として知られる紀貫之のように発想豊かでそれを実行に移す能力のある人物に育ってほしいという願いから、である。
一度ライスシャワーから何かヒントを得ようか、と思ったが、高校の先輩が「ミホノブルボンから二文字もらって美穂と名付けたら妻が冷たくなった」と話していたのでこんなことはするまいと心に決めた。
お祝いに宮大工がゆりかごを作ってくれた。大きい台座の安全設計である。ついでにロッキングチェアも作ってくれた。これらはいたって普通の装飾である。なぜライスシャワー関連だけ異常に雅なのか。
さらにライスシャワーの縁で飯塚厩舎とユートピア牧場から祝電を頂いた。我々夫婦はとんだ幸せ者である。
しかし、お祝いムードとは長く続かないもので、新年の休暇が終わると早速地獄の仕事が始まった。休暇中に本社の社長が思いつきで企画した商品を重役がいじくり倒して売ってみたら結構な数の注文がとれたようで、私は支社の平社員ながらその方面に精通しているということでそのサポートとして本社再転勤になった。ライスシャワーを連れて東京に行くわけにも行かないので単身赴任である。
さようならライスシャワー、また会う日まで。ライスのお仕事の時期までにはなんとか後進を育成して帰ってくるよ。
さて、東京の本社についてからであるが、なんと社長が「ネット業界に参入する」なんて言い出したからビックリである。時は1997年。2月には楽天ができることをまだ我々は知らない。つまりはライスシャワーのお仕事シーズンになっても支社帰りできないことを私はまだ知らない。
さて、勘のいい方なら社長が作って重役がいじくり倒して出来上がった商品はもうお分かりであろう。エ○サイトと掲示板の二つである。(つまり注文とは利用者であったのだ…)
「2ちゃんねる」はおろか「あめぞう」さえ誕生していないこの時期に掲示板とエ○サイトを作るという本社社長の判断は賢明であった。だってこの年の8月には「あめぞう」が誕生し、企業での電子メール普及率が50%を越えるのだから。つまりは忙しくなるのだ…
また、商品名未定のまま営業を続けるわけには行かないということで、会議で商品名を決めることになった。エ○サイトの方は私が提案した「電子花街」になった。
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