大学の授業も、ようやく折り返し地点だ。空きコマだった陽務楽郎は、食堂のいすに腰掛けて、待ち人に居場所を伝えようとしていた。だが、それを実行するよりも前に彼女の声がした。
「楽郎君、お待たせしました」
「いや、全然待ってないよ」
そうですか、なんて言って微笑みながら高校からの付き合いになる斎賀玲は、楽郎の向かいに座った。
お昼時の大学の食堂は、今日も大盛況で混雑している。誰か知人に席を確保してもらうのが賢いということに気づいたのは、入学して半年たってからだった。そこで、お互いに授業のない日は、食堂の席を確保しようという契約を結んで、今日は楽郎が席を確保する日だったのだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、いつもごめんね」
すっと、彼女のカバンから取り出したのは、お弁当箱だ。以前、食堂のメニューもおいしいけど毎日だと飽きるな、とこぼしたら彼女がお弁当を作るということを提案してくれたのだ。いくら何でも悪いと断ったのだが、なんやかんやあってお互いにお弁当を作りあうということで決着がついてしまったのだった。
あの時の彼女から発されていた圧力は、今思い出してもすさまじいものがあった。
「……さすが、斎賀一族だよなぁ」
「ど、どうしましたか?」
「ごめん、何でもないよ。今日も玲さんのお弁当はおいしいなあって」
「あ、ありがとうございます」
取り繕うようになってしまったが、間違いなくこれも楽郎の本心だ。少し薄味で、けれどその分出汁がしっかりと効いたおかずは、確実に楽郎の好みの味覚を変えてしまった。
「玲さんは、絶対いい奥さんになるよ」
「おおおおおキュシャアン!」
あ、またバグった。彼女は、ひとしきりガタガタ揺れて(それでも食べ物はこぼさないし、美しい所作は保たれている)、それから少し頬を染めて楽郎をちらりと上目遣いで見る。
「そ、それは、らりゃくりょくんにょのおおおお?」
「ごめん、なんて?」
流石に、わからない。
そんなこんなで、昼休みはあっという間に過ぎていく。
「じゃあ、玲さんまた放課後」
「は、はい。また」
お互いに別々の講義棟で次の授業があるので、別々の出口から食堂を出ていく。名残を惜しむ暇もなく同じように昼食をとっていた学生たちの波に流された。
「やっぱ、ここの食堂人気すぎんだろ……」
愚痴を一人こぼしつつ、楽郎の脳裏にひとつの疑問がふっとわいてきた。
いつも玲さんは、どうしてあんなにすぐに俺を見つけられるのだろうか。
◇
今日も今日とて、大学の食堂は大盛況だ。
「なんで、あの教授授業を毎回延長するかなぁ」
初回から一度たりとも90分以内に講義時間を終えたためしのない年配の名物教授の愚痴がこぼれてしまう。
やはり意図が多い食堂の入り口から、中を見渡してすぐに彼女を見つける。
「玲さん」
「楽郎君、お疲れ様です」
「席取りありがとう」
「いえいえ、お互い様です」
はじける笑顔を見せる彼女の向かいに座るべく椅子を引いた。すぐに腰掛けるのではなく、リュックサックを椅子に置いて今日のお弁当を取り出した。
「はい、どうぞ」
「ああああ、ありがとうございます。早速家宝に……!」
「いや、食べてほしいかなあ」
彼女が作ってくれるものに比べたら、間違いなく大したものではない。最も、この楽郎の言葉は、携帯のカメラ機能を使って連射しまくっている彼女には聞こえなさそうだが。
「「いただきます」」
声をそろえて、食事に対する感謝の言葉を言う。なんとなくお互いに習慣づいたことだ。
失敗して少し形が悪くなってしまった卵焼きを口に運び十分に咀嚼して飲み込んでから、楽郎は昨日抱いた疑問を彼女に問いかけた。
「そういえばさ」
「はい?」
「玲さんって、いつも何で俺のことすぐに見つけられるの?」
突然の問いだったからか、彼女は少し考えこむそぶりを見せる。ひょっとしたら、口の中の物を飲み込むための時間だったかもしれないが。
「何でって、その、楽郎君はポラリスみたいに……何でもありません忘れてください早急に!」
「は、はい」
どういうことだ。
結局、そのあとは彼女が明らかに別の話題に誘導しようとしたので、楽郎も追及はやめておいた。
◇
(追及はしないけど、調べるのは別にいいよな)
講義に使用する情報端末で、楽郎は授業中にこっそりと検索することにした。
(ポラリスって、北極星のことだよな)
いくつかのゲームで、天体を題材にしたものがあったので、それなりの知識は楽郎にも備わっている。
例えば、位置の変わらない星で、かつての船乗りたちが目印にしていたとか。こぐま座であるとか。
(別に真新しいところはないな)
当てが外れたかなと思いつつ、次のサイトを開く。
(へー、恒星なんだ)
自分から、輝く星。光を放ってひときわ明るく人の目を引く星。
そんなことを考えていると、ちらりと彼女の姿が浮かんだ。
(ん?なんで)
彼女は関係ない、いやある意味で中心人物だけど。
楽郎は、頭を振って別のところにいこうとしてしまう思考を断ち切ろうとする。だけど、余計に彼女の姿がちらつく。
例えば、どんなに人が多くてもすぐに自分の目を惹きつける所とか。楽郎のお弁当に、輝くような笑顔を見せてくれるところとか。
(え?)
その時、バラバラだったパズルのピースが嵌っていく。もし、彼女がそういう意味で、ポラリスと言っていたら。何故、楽郎に彼女がそう見えたのか。
(いやいや、そんなばかな)
まさか、相手のことが輝いて見えるからなんてそんなこと。
だけど、彼女自身が楽郎のことを、ポラリスと言っていた事実は、消えてくれない。ぐるぐると、思考は巡る。
(あー、どうしようか)
こんな時、高校生の自分だったらゲームに逃げ込んでいたのだけれど、少しオトナに近づいてしまった自分ならどうするのが正解なのかを知ってしまっている。
楽郎は、彼女自身から真意を問うべく、放課後の約束を取り付けるメッセージを送る。いろいろと気づいてしまった自分の気持ちに関する覚悟を決めつつ。
楽郎が彼女と放課後に本気の追いかけっこをするまであと―
そして、カレとカノジョの関係性が変わるまであと―