妖精國。イギリス──ブリテン島に生じた異聞帯にて、特別な妖精がこの島に住むたった一翅の妖精の為に全てを差し出す覚悟で生み出した理想郷。そこに住む妖精達は、人の文化を模倣し妖精眼を失い、その身に赦されぬ令呪を宿し人族を管理していた。
時には、玩具として。時には、労働力として。時には兵力として。その扱い方は妖精の数だけあり、残酷なまでに両者には埋められない溝が存在していた。
だが、人は届かぬ星を目指すもの。
ブリテンの現状を憂い、本心はただ姉を救いたいと願った男が星見の者達が来る時、活躍する反乱軍を組織した。此処ではない世界から意図せずに来てしまった男が一つの氏族の長になるまで至った様に。
「はぁぁぁぁ!!」
なんの加護もない鉄の剣を振るう男が一人。対面するは、大変恵まれた身体を持つ妖精騎士。妖精國において、その名を畏怖と共に轟かせる妖精騎士ガウェインである。鍛え抜かれた男の身体から放たれる膂力を真っ向から受け止め切るガウェイン。だが、その顔に余裕はない。ただの鉄の剣だ。炎を扱う彼女であれば溶かしてしまえば良い。しかし、騎士としての矜持がそれを行わない。そんなことで勝利しては自分は剣術で負けたと認めるのと同義。そして、そう考えると知っている男はより苛烈に精密に攻めたてる。
「妖精騎士ガウェイン!!何するものぞ!」
鍔迫り合いの形から一転、男が攻め立てる。妖精騎士ガウェインの防御を上回る様に一撃の重さでは無く、手数にものを言わせた攻撃。悉くをその力で、魔力食いで滅ぼしてきたガウェインとは真逆の連撃。まるで、虫の如く放たれる剣戟は見事なものだ。しかし、相手は牙の士族でも有数の騎士。その程度で超えられる壁ではない。
「舐めるな!」
「ぐっ!」
たった一撃。彼女は剣を大きく振るっただけで、男は弾き飛ばされる。魔力食いによって、男の数少ない魔力は奪われており、その差が生まれ始めた。男の勝ち筋は魔力食いによって体内の魔力が尽きる前に決着をつける短期決戦しかない。
だが、すでに試合を始めて30分は経過している。男との戦いで滾った妖精騎士ガウェインはより苛烈により貪欲に男の魔力を喰らっていく。
「そこまで。良い戦いでした。双方、戦いをやめなさい」
それらを見抜いた女王、モルガンによって静止の合図が入る。同時に、妖精騎士ガウェインと男は膝をつき女王への忠誠を示す。今まで行われていたのは親善試合だった。妖精國の妖精達を大きく分けると6の氏族に分けられる。その中の一つ、スプリガンの長が進言し女王が気紛れに許可したのがこの人対妖精騎士の親善試合。
人は騎士になれるかもと夢を見ることができ、妖精は足掻く人を見るという娯楽が提供される。と表向きの理由があり裏にはスプリガンが、人の兵士を使う場合有能な駒を見繕うという思惑があったりする。そして、それらを見抜いた上で女王は許可した。この程度で自分の統治が失われる事が無いからだ。
「妖精騎士ガウェイン、見事な武でした。より腕を磨く様期待します」
「はっ」
考えの読めない目を妖精騎士ガウェインへと向け、腕前を褒める女王モルガン。そのまま、男へと視線を向ける。男は今年で、18となる。余分なく鍛え抜かれたその身体は隣で傅くガウェインと見比べても遜色ない。惜しむは、たかが30分程度魔力食いをされただけで限界を迎える魔力の乏しさ。だが、逆に言えば魔力で劣る身でありながら、筋力と剣術の腕で妖精騎士に迫ったという事。
「人間。お前の名はなんという?」
「はっ。妖精騎士ガウェイン様より、マシューの名を貰っております」
「……なるほど、そういう事か」
納得がいったという風に頷くモルガン。彼女の目には両者に対する信頼がしっかりと見えていた。それは何故か、マシューと名乗った男をここまで育て上げたのはガウェインだから。恋多き騎士だが、遂に自ら育て始めたかと内心で考えるモルガン。
「じょ、女王陛下?彼は私の領地で何度も私に突っかかるだけの人間でして……その、最近は強くなったのは認めますが……」
語るに落ちてるぞバーゲスト。と、危ない危ない。こんな妖精達の目があるところで真名を呼ぶわけにはいきません。軽く咳払いをし、整える女王モルガン。マシューを見ながら口を開く。
「褒美だ。マシューを騎士として取り立て、妖精騎士ガウェインの側付きとする。良いな?」
「女王陛下!?」
「はい!このマシュー、その身尽きるまで妖精騎士ガウェイン様を支える事を此処に誓います」
「マシュー!?!?」
マシューの宣言に妖精騎士ガウェインは顔を真っ赤にする。普段、清廉潔白な騎士として振る舞う彼女だが、その奥底にはかなり乙女チックな思考回路が存在しており、どうやらマシューの宣言はその回路にぶっ刺さった様だ。なんとも微笑ましい騎士を見ながらモルガンは締めの言葉を紡ぐ。
「これにて、親善試合を終わりとする。妖精騎士ガウェイン、マシュー。身を休めるように」
「はっ!」
「は、はっ!」
はっきりと返事をしたのがマシューで、つっかえたのがガウェインなのは言うまでもないだろう。モルガンへ礼をしながら、二人は下がっていく。試合を見にきていたスプリガンの一翅が悔しそうに顔を歪めてるのを見ながら、モルガンは内心で勝ち誇りながら玉座に背中を預ける。
「(今度は、長く続くと良いですねバーゲスト)」
「全く、恥ずかしい思いをしましたわ!」
「まぁまぁ、落ち着けってな?」
「貴方も原因の一つですわ!あんなに、嬉しそうに返事をしなくても良かったでしょうに……」
領地マンチェスターに戻ったバーゲストとマシュー。親善試合後のやり取りにどうやら不満があったらしく、バーゲストが顔を赤くしながらマシューに詰め寄っている。かなりの圧力だが、鎧ではなく彼が贈ったドレスを着ているため恐怖はない。寧ろ、マシューの脳内ではよく似合っているとお花畑状態だ。
「そりゃ、無理だ。ただの気紛れで拾われた男ってだけじゃなく、騎士として貴女の隣に立つ事を女王から認められたんだから」
その為に努力してきた。その為に己を磨いた。全てはそう。
「愛しい妖精の隣に漸く立てるんだから。喜ばない訳がないだろう?」
「ッッ〜〜!!貴方って人はもうっ!」
バーゲストがこれでもかと顔を赤く染め上げながら、マシューを抱きしめる。バーゲストの豊満な身体に抱きしめられ、気恥ずかしさを覚えるがゆっくりと手を伸ばし抱きしめ返す。純粋なバーゲストはそれだけでいっぱいいっぱいになり、より強くより優しく愛しい彼を抱きしめる。
■■してしまいたい。
「ッッ!?」
ガバッとマシューを離すバーゲスト。不思議そうな顔をしながら彼女を見るマシュー。そして、彼は気が付き、バーゲストの頭を優しく撫でる。
「……ほんと、強いのに泣き虫だなバーゲスト」
恋多き騎士ガウェイン。その名は噂は彼も知っている。それでも、一翅で泣いてる女の子を放って置けなかったから、彼は強くなったのだ。恋人が何処に行ったのかは聞かない。どんな事があっても、彼女と共にある。そう決めて今日まで生きてきたのだ。
「寝付けるまで側にいる。太陽の騎士の物語を一緒に読もう?」
何かに耐える様にコクコクと頷くバーゲストの手をゆっくりと弾きながら彼は寝室へと案内する。大きな大きな彼女を抱き抱え、ベットに横にさせる。ドレスを着たままなのはご愛嬌だ。脱がして着替えさせる訳にもいかない。
流れ着いた太陽の騎士の物語をバーゲストと共に読む。時には、彼が真似をしながら。時にはゆっくりと優しく。泣き虫な彼女が泣き止む様に。
「……」
捕■してしまいたい。
違う!私はそんな獣ではない!!漸く彼が、騎士になったんだ。私を愛おしいと言ってくれた人間が、圧倒的不利を背負いながら妖精騎士である私に迫るほどの騎士になってくれたんだ。
無邪気に私の隣に立てる。そんな事の為に頑張ってきた彼を……私は……私は……
捕食してしまいたい。
違う!!!!!私は…!!
「バーゲスト?」
彼/獲物が、優しく/無警戒に手を伸ばしてくる。私を気遣って、いつもの様に頭を撫でようとしてくる優しくも無骨な手/愚かな美味しそうな手を見る。そんな手を見ながら、ワタシは涎が滴る口を開き、喰らった。
「がぁぁ!?」
獲物が転げ回る。右手から先を失い、良い香りの血を滴らせながら。口の周りを舌で拭えば芳醇な香りと共に旨味が駆け抜ける。アァ……なんて美味しい。
「……ふぅ……ふぅ……なる、ほど。噂は真実だったって訳か…」
獲物が何か言っている。関係ない。喰らってしまえば同じだ。
「利き手が喰われちまったなぁ……なんだよ、これからって時にさ……」
鉄の棒切れを掴む獲物。そんなのでワタシは殺せない。
「……なぁ、バーゲスト。どうせ、俺を食うならさ。泣くなよ」
血が流れる。際限なく、魔力が喰われていく。俺は本能で死を悟る。あぁ……これは駄目だと。気を抜けば意識が途絶えてしまう。けど、それは出来ない。何故って?惚れた女が泣いてんだ。その涙を拭ってやらないで何が男か。何が騎士かってな。
「妖精騎士としての誇りはどうした?」
突撃してきた彼女を剣で受け流す。ただ、それだけで剣は使い物にならなくなった。そりゃそうだ、ただの鉄の剣だもの。
「この国を守るんじゃなかったのか?」
失った右手を食べさせてあげた。更に出血は酷くなるが、そんなのは誤差だ。誤差。
「汎人類史のガウェインの様になるんじゃなかったのか?」
今度は左手を食べさせてやる。泣き虫の頭をこれでもう撫でられないな。
「……愛してるぜ。バーゲスト」
両脚をもぎ取られる。あーあ、彼女と一緒に歩く事すら出来ないや。完全に倒れ伏せ、バーゲストを見上げる。大きいなぁ……そうなってもなお、まだ抗ってんだから凄いよ君は。
ぽたり、ぽたりと涙が頬を濡らす。俺ではない。もうそんな体力すら残っていない。それならだれか?バーゲストしかいない。
「マ……シュー……」
「なんだ?バーゲスト」
「だい……好き……あい……してます」
「なんだ──」
笑えるじゃないか。美人なんだから笑ってなきゃな。
「マシュ・キリエライト。君には大きな借りがある。このバーゲストの魔剣、必要な時があればいつでも言いなさい万難を排して駆けつけましょう。……いえ、少し思い出していただけです」
マシュー。妖精國は終わりを迎えてしまいましたが、私はまだこの角を振るうべき場所があるようです。貴方が教えてくれた剣技も此処で活きる事でしょう。だから、アドニスと共にどうか私を見守っててください。
タグの通りです。
こういうのも居たかなって感じのふわふわ作品なので、至らぬ点とかありましたらご容赦を。
主人公名はマシュから。そして、はべにゃんの負のお嫁力というワードから生まれた作品です。
バーゲスト……幸せになって欲しいな。