初めての深夜の当直任務に気負うパースだが、当直員たちの個性にやや面食らい……。
部隊本部指揮班事務室の時計は午前3時を指している。
私が挙手注目の敬礼をして「不寝番第3直、整列よろしい」と申告すると、午前零時から3時まで第2直の不寝番勤務についていた艦娘たちが向かい合って整列した。
私の正面に立った夕張が引き受ける。
「不寝番第2直。軽巡夕張、由良以下6名は不寝番第3直に交代し、下番します」
「不寝番第3直。軽巡パース、鬼怒、阿武隈以下7名は異常無く申し受け、上番します」
ふっと緊張を解いて解散していく第2直の艦娘たちの中から、由良が足を止めて話しかけてきた。
「パースさんは今日が初めての不寝番勤務で、いきなり風紀衛兵司令ですよね。何か確認しておきたいことはありますか?」
「大丈夫、心配ないわ」
「そうですね、パースさんはしっかりしているし、きっと心配無いですね。それに何かあっても鬼怒ちゃんも阿武隈ちゃんもいるし…二人ともしっかりパースさんを助けてあげてね。ね?」
「はーい!」
「はい」
『助ける』という言葉遣いがわずかに引っかかった。まだ着任間もない海外軽巡の勤務がそんなに心配なのだろうか。それに「助けてあげて」と言われた由良の妹二人もそれほど頼りになるようには見えない気もするけど…?
袖ヶ浜鎮守府は東京湾内の房総半島側に位置する鎮守府だ。戦線のはるか後方の長閑な鎮守府で、ここでの勤務は遠征と演習が主であり、本格的な戦闘には縁がない。海外艦の多くは着任後まずここに配属され、基礎訓練と装備の慣熟訓練を経た上で実戦部隊に異動していく。すでに同期の海外艦たちは「巣立ち」を終えた。私の巣立ちもそう遠くはないはずだ。
「不寝番服務心得
不寝番は部隊等の長又は基地司令等が必要あると認める場合に、舎内を警戒し、火災、盗難の予防、及び就寝者の衛生に注意すべし。」
大丈夫、何も難しいことはない。ただ午前6時までの3時間を何事もなく済ませればいいだけ。
「じゃあまずは巡回だね、行きますか!」
「ちょっと待って!その前に申し送りの確認があるわ」
「あーそうか…でもみんな目は通してるんじゃないかな」
「駄目よ、こういうのはちゃんとしなきゃ。では週番司令から達せられた今週の重点事項を確認します。その1は?択捉さん答えてください」
「はい!敬礼の厳正です」
「第2は?平戸さん」
「室内の温度管理の徹底です」
「第3は?佐渡さん」
「えっと…安全?交通安全のルール?あれ?…えーと…?」
「では対馬さん」
「安全注意動作の徹底…です」
「よろしい。佐渡さんはちゃんと覚えておかなきゃいけな「あ!もう3時10分だ!」
鬼怒が突然声を上げた。
「だいたいいつも3時半頃には週番士官の巡察が来るからそれまでに巡回に出ていないとあとでめんどくさいことになるなあ」
「…そうですね、ではそろそろ巡回に出ましょうか。皆もいいですか?」
佐渡は何やらほっとした顔をしている。なんだろう?私が気を張り過ぎているのだろうか?
鬼怒は袖ヶ浜鎮守府の古株の一人で、一定の表情でいるということがなく、そしていつもからからと笑っている。黙っているときも、何かとんでもなく面白いものを見つけてそれを誰かに話したくてたまらないといった感じでうずうずしているのが分かる。そして彼女が持ってくる話題は何かピント外れで毎回絶妙に面白くないのだが、そのつまらなさすら面白いのかやはり笑っている。心の底から悪気が無いのだ。
その妹の阿武隈もちょっと変わっていて、受け答えは普通だが人の顔をじっと見る癖がある。特に警戒するとか顔色を窺うというのでもなく、単にじっと顔を見つめてくる。今も私と由良や鬼怒とのやり取りに口を出すことも無く私の顔を見つめていた。
この二人が、私の初の風紀衛兵司令の「お目付け役の先輩」というわけだ。
不寝番の巡回は艦娘寮内を中心に行う。施錠や火の元、電気、寮の集中管理の空調の設定の確認などをしながら点検簿に記入し、異常があれば週番士官に速やかに報告するのだが、艦娘寮のA棟とB棟の間は三百メートルほど離れており、この移動の間だけは外に出る。寮内では就寝者の安眠を妨害しないために小声で話すのだが、木立に囲まれた小径をB棟に向かう間はそれほど気を使う必要は無いから、鬼怒と阿武隈も、そして海防艦たちもそれぞれに軽口をたたきながら、懐中電灯を頼りに進んでいく。半ばまで来たところで右手に池が見えてくる。テニスコート5~6面分の割と大きな池で、特に手入れされたり何かに使われているわけでもない。なんと言ってみようもない、単なる池だ。そこまで来たところで鬼怒と阿武隈は急に顔を伏せて視線を足元に落とし、黙り込んでしまった。
「どうしたの?」
懐中電灯で自分の顔を下から照らした鬼怒が口元に人差し指を当て、首を横に振る。
「阿武隈さん、どうかしましたか?」
ちょっと不安そうな択捉の声にも、阿武隈は口にチャックをする動作で応えた。
何か妙な空気になる中、私たちは黙々と歩き続けた。折しも生暖かい風が吹き渡って木立を揺らし、葉と枝がこすれ合って不安を掻き立てるような不吉なざわめきを響かせた。
「さっきのあれは何?」
「いやあ、ごめんごめん。最初に言っておけばよかったんだけど忘れてて…」
「夜にあの池の前を通るときには、声を出しちゃいけないし、誰かに話しかけられても返事をしてはダメなんです」、と阿武隈。
「その話、私も知りません」
「平戸もです」
「なんだいなんだい、気になるなあ」
「うふふふ…」
鬼怒と阿武隈のまとまらない話をまとめるとこうだ。
この袖ヶ浜鎮守府に鬼怒が着任するよりもっと前のこと。この池は艦娘の水上機動の初歩訓練に使われていた。夏のある日、1隻の海防艦がここで訓練に励んでいたところ、手を滑らせて12センチ単装砲の砲口栓を池に落として紛失してしまった。
お互いの耳元に口を寄せて海防艦たちがささやき声で言い交す。「ホーコーセンってなんだっけ?」「砲の先につける…カバーの…こ・と」「ああ、ホーコーガイのことか」「平戸たちは砲口蓋って教わりましたよね」「昔はワインのコルク栓みたいな形だったから砲口栓、今は鉛筆キャップみたいな形に変わったから砲口蓋っていうんだよ」「えとは物知りだな」「座学ちゃんと聞きなよ」「ひひっ言われちゃったな」
親指の先ほどの大きさだが、何せ兵器の部品の紛失だ。この海防艦は上官や教官たちに数日にわたってさんざん責め立てられ、延々と池での捜索を命じられ、挙句次の出撃の時についに未帰還となってしまったという。戦闘といっても海上護衛作戦中のちょっとした小競り合い程度のもので、激戦だったわけでもなかったのだが、撤収命令に従わず無理な前進をしてついにそのまま行方不明になってしまったのだという。本人の心情は知りようもないが、厳しい叱責に耐えかねて思い詰めての行動だったのだと、鎮守府の艦娘たちは噂し合ったという。
「それ以来、夏の深夜にこの池の前を通ると、池の方から「砲口栓を探して…いっしょに探して…」っていう悲しそうな声が聞こえてくるんだって。ね?アブ」
「そう…だから「呼ばれない」ようにするために静かにしてなきゃいけないの。そしてもしその声に返事をしてしまうと…!」
「ど、どうなるんですか?」
「こうだあああああ!!!!!」鬼怒が後ろから両手で択捉の頭をつかみ、髪の毛を下から上にかき上げた。
「ひゃああああああ!!!!!」
択捉が文字通り飛び上がって悲鳴をあげた。
「あなたたちいいかげんにしなさい!」
自分で出した声に自分でびっくりした。
「今は不寝番勤務中で、他の艦娘たちも寝ている時間でしょう!いくら外とはいえ大騒ぎをして!何を考えているの!」
「あ…ごめん…ちょっとやりすぎたかな…」
「ゴメンナサイ…」
「すみません…」
巻き込まれただけの択捉までがしゅんとしてしまったのを見て、少し声を荒げすぎたと思ったが、今更態度を崩すのも私には難しい。ああ、何でこうなってしまうのか…。
その数日後の朝のこと、事務室前の廊下で由良に呼び止められた。
「パースさんちょっとよろしいですか」
「なにかしら?」
「ちょっと見ていただきたいものが…」
見せられたのは前夜、というか今朝の不寝番の報告書だ。
「『8月13日第3直、能代・矢矧以下4名、午前4時頃艦娘寮A棟東側の窓の下に何かを呟く人影、「〇〇センを○○して」(内容不明)の声を聞く。付近を捜索するも詳細判然とせず』…これは…?しかもA棟東側といったら…」
「そうです、パースさんの部屋の傍です。これが部外者の侵入なら一大事ですし、艦娘が深夜に出歩いているのならそれはそれで問題です。不寝番のメンバーもいいかげんなことをいう人たちではないですし…なにか気が付いたことでもあればと思ったんですが…」
とたんに不寝番の時の出来事が頭の中を渦巻いて、返答に詰まった。
「ちょっと分からないわね。でも、気が付いたことがあればすぐに知らせるわ」
さて、鬼怒と阿武隈をようやく捕まえたのは昼時の食堂でだ。今日は金曜日でカレーの日であるせいか、特に小さな艦娘たちの姿で混雑する席の中に、食べ終わって満足そうな二人を見つけた。由良から聞いた話をかいつまんで聞かせると、鬼怒と阿武隈は大きく頷いてみせた。
「いやー、何せ艦娘が大勢いる鎮守府だからね、そういうこともあるよ、きっと」
「そういうことってなにかしら」
「こういうことですよ、こういうこと。パースさんは厳しいけど親切なところもあるから…」
「そう、例の海防艦の子も『この人なら頼れるかも…一緒に砲口栓を探してくれるかも…』って呼びに来た、わざわざ会いに来たってことなんじゃないかなあ」
「つまりゴーストだって言いたいの?」
「お盆だからそういう話も不思議じゃないと思うなあ。アブもそう思うよね」
「あたし的には珍しく鬼怒姉と考えが同じかな」
「ちなみにあの怪談。呼び声に返事をするとどうなるの?きっと続きがあるんでしょう?」
「ああ…あれは…あの時はチビたちがいたから怖がらせすぎてもいけないって思って言わなかったんだけど、返事をしてしまうと次に海に出た時にまた同じ声に『呼ばれる』んだって」
「それで、『呼ばれた』艦娘はふらふらと艦隊を離れて進み出して、あの子と同じように行方不明になってしまうらしいんです」
「ただ、パースも気をつけなきゃだよぉ?その子、窓の下まで呼びに来たっていうんなら、また来るかもしれないよ。いやあ、きっと来るね、むしろ必ず来る。くわばらくわばら」
「なるほど…じゃあ気をつけなきゃいけないのは、あの時言葉を発した私と…択捉もそうなるわね」
「え?あ?うん、そうか、そうだね、うん、そうだ」
「そ、そうだね、そう!」
その夜、私はある予感があって、パジャマに着替えずに窓際に潜んだ。もうこの騒動の「犯人」の目星はついている。私の読みに間違いが無ければ、「例の海防艦」は今夜もまた私の部屋の窓際に来るはずだ。しかしなんでまたこんなに手の込んだ、しかもつまらないいたずらを…かと言って意地悪というわけでもなさそうだし、本当に何なんだろう、あのふた……
「サガ…シテ…」。来た来た、午前3時半、いい頃合いだ。「イッショニ…サガシテ…ホウコウガイヲ…サガシテルノ…」。窓の外、カーテン越しに海防艦くらいの背丈の人影がゆらめく。…海防艦?深夜に小さな子までこんなことに巻き込んで…と思ったら沸々と怒りが沸き上がってきた。
「そこまでよ!」
勢いよくカーテンを開け放ったが人影はない。だが、視界の隅に動く影を感じ、窓枠を飛び越えてそれを追って駆け出した。「演出効果」を考えるなら行先はあの池しかない。この行き過ぎたいたずらをとっちめるためにも、まずは池を目指さなくては…!
息を切らせて池の畔にたどり着くと、予想通りだ、択捉、佐渡、平戸、対馬が池の畔に集まっていた。懐中電灯で顔を照らすと引きつった顔が並んでいる。
「ちょっとあなたたち…こんな時間に…まったく!あの二人はどこに「パースさあああああんん!!!」
長女の威厳も何もない、択捉が涙で顔をくしゃくしゃにして私の胸(腹?)に飛び込んできた。残る三人も力の限りにしがみついてきてたまらずにひっくりかえった。
「なに?なんなの!ちょっと落ち着いて!」
「出たんです!」
「なにが?」
「出たんだよ!」
「だからなにが?落ち着いて話してちょうだい」
「池の中から出てきたんです!音がして、ボコって音がして、丸い頭が池の中から…」
「丸い頭?」
「声も聞こえたの…さ・が・し・て…って…うふふふふふふふふふふふふふ」
「この子大丈夫なの?」
ともあれ懐中電灯で池の中央を照らしてみたが、何か変わったものが見えるでもない。
「何も見えないわ」
「ぼんどうでずが?」
択捉が私の顔を見上げた瞬間池の魚が跳ねる水音が闇に響き渡り、彼らは改めて遠慮なく夜空に向かって叫んだ。
騒ぎに気付いた不寝番の由良たちが駆け付けたのは、ちょうどそのタイミングだった。
由良、陽炎、不知火、黒潮と……鬼怒と阿武隈…!どういうこと?
次の日、択捉たちは朝から次々と原因不明の高熱を発し、医務室で休養することとなった。
解熱剤もなかなか効かなかったが、夕方になってやっと落ち着いた。
【パースと由良/本部棟談話室】
―明石から連絡があったわ、熱は少し下がったみたい。
「よかったです。でもほんとうにすみません、うちの妹たちが…、後できつく言っておきますから…」
―いいわ。二人とも平謝りだったし、今も医務室で付きっ切りで看病しているもの。海防艦たちを怪談でおびえさせたのはさすがに反省してるみたいね。でも、鬼怒と阿武隈と、あと海防艦たちは、池で見たものも発熱も本当にゴーストの仕業だと思っているみたいね。
「そこなんです。由良も不寝番の最中にいきなり巻き込まれたから、実際のところ何が起こったのかよく分かっていなくて…あの報告書の件と何か関係があるんですか」
―私もいろいろ調べてみたの。で、実際のところはたぶんこんなところね。まず、私の不寝番の時に鬼怒と阿武隈は私をからかおうとして、袖ヶ浜鎮守府に古くから伝わる怪談を持ち出した。
「からかおうっていうか…たぶんあの子たち真剣に面白いと思ってやったんだと思います…。でもあの怪談の出所になるような事件は実際にあったんでしょうか」
―たぶんないわ。他の古参の艦娘にも聞いてみたけどそういう事件に心当たりは無いと言うし、デ・ロイテルやゴトランドに聞いてみたら、他の鎮守府にも似たような話があるみたい。つまりどこにでもよくある典型的な噂話ってところね」
「『学校の怪談』みたいなものなんですね」
「日本ではそう言うのね、たぶんそういうものよ。それで、私の怪談への反応がいまいちだったから、鬼怒と阿武隈は深夜に私の部屋の窓際で「幽霊」を演出しようと思い立った。しかし、不寝番の能代たちに姿を見られてこの仕掛けは中途半端になってしまった。鬼怒と阿武隈もこの件は自分たちがやったと認めたわ」
「『この件』ということは、今朝の件は」
―そう。今日の未明の件については知らぬ存ぜぬの一点張りね。不寝番に出ていたわけだし、何か関わっているとしたら択捉たちを巻き込んで私へのいたずらを唆したということだけど…。
「鬼怒ちゃんと阿武隈ちゃんはそういうことはしないと思います」
―そうね、正直最初は疑ったけど、今は私もそう思うわ。あんなに一生懸命看病してるのを見てしまうと、ね。
「択捉ちゃんたちは何て言ってるんです?」
―昨日の昼食時に食堂で私たちの話を偶然聞いて、択捉の身に何かが起きるのではないかと本気で心配になったんですって。それで、真相を探ろうと深夜の池に『探検』に向かったところ、偶然私に出会った、ということらしいわ。
「じゃあ、パースさんが窓際で見た人影は?」
―択捉たちの話通りなら、本物のゴーストということね。でも、あの『ゴースト』は『ホウコウガイ』を探して、と言っていたわ。本物のゴーストなら探している物は「ホウコウガイ」ではなく昔の呼び方「ホウコウセン」でなくてはならないわ。択捉たちにとって言いなれた「砲口蓋」読みがつい出てしまったということ。ちょっと詰めが甘かったわね。
「と言うことは2回目の「幽霊」はやっぱり…」
―択捉たちね。択捉は真面目だけど、いたずら好きの子も混じっているでしょう。ただ、もう怖い目にも遭っているし、無理に追及する気は無いわ。
由良がちょっと微笑んだが、すぐに真顔に戻って言った。
「ただそうすると、択捉ちゃんたちが池で見たものや高熱の原因の説明ができませんね」
―それも調べたわ。あの池は管理無しで放置されているせいで水中にかなりの密度で藻が繁茂していて、その藻が池の底に堆積しているの。そして夏の暑さで水温が上がり、堆積物からガスが発生し、溜まったガスが勢いよく水面に上がり…藻を持ち上げながら…。
「ドボン!」
―そういうことね。
「『探して』という声は?」
―池の位置は艦娘寮のA棟とB棟のほぼ中間地点。建物に反射した音や声は意外なくらい遠くに届くものよ。はっきりとは言えないけど、寮に反響した何かの音の聞き間違えといったところね。あとは高熱の原因だけど、明石からの連絡がそろそろ…もう来ていたみたいね、ほら。
情報端末を手に取って覗き込んだ由良が顔をしかめた。「ちょっと痛そう」
―草刈りもろくにしていない池の畔だもの、背の低い海防艦たちにとってあまり安全な場所ではないわ。ブヨにでも刺されたかツツガムシにでも噛まれたか、虫刺されで発熱するのは小さな子にはよくあることよ。だから提督が手配して、もう明日から池の水抜きと埋め立て工事を始めるらしいわ。
「ずいぶん急ですね?」
―危険な虫は出る、ガスは湧く、小さい子が歩き回って危ない、そして用途は特に無いというのなら確かに埋めた方がいいわ。とにもかくにもこれで一件落着というわけね。
「いや、まだありますよ。解決しなきゃいけないことが」
―え?
「みんなで盆踊りしましょう!ね!ね!」
いったい何を言い出すのか。しかし由良は満面の笑みだ。そうか、そうだった。忘れていた。由良はあの鬼怒と阿武隈の姉なのだ。訳の分からないことを言い出すなんて、不思議でもなんでもないじゃない!
かくして、提督の妙なフットワークの良さもあり、袖ヶ浜鎮守府の納涼盆踊りは盛大に挙行された。やぐらも急ごしらえながらまずまず立派なものができた。運動場を隅から隅まで使って出店が並び、突然降ってわいた賑やかな夏祭りに、楽しまぬ者は一人もいない。すでにとっぷりと日は暮れ、張り渡された提灯の淡い灯りが夜空を柔らかく彩った。
「大丈夫、おかしくない?似合ってるかしら」
「大丈夫ですよ、とっても素敵」
由良に着付けてもらった白地に朝顔をあしらった浴衣。初めて着たせいかどうにも歩きにくく落ち着かないが、会う艦娘ごとに褒められるので余計に居心地が悪い。
由良が耳元にそっと口を寄せてささやいた。
「鬼怒ちゃんと阿武隈ちゃんね、後でもう1回ちゃんと謝りたいって」
「もういいわ、気にしていないし」
「ふふ、あの二人、なんでパースさんにちょっかい出したか分かる?」
「分からないわ」
「『友達になりたかったから』なんだって」
思わず吹き出した、次いで笑いが止まらなくなった。
何なんだろう、あの子たちは、どこまでずれていて、それでいて憎めないのか。
「あ、パースさんが笑ってる」「ちょっと、めずらしい。うふふ」「浴衣きれいですね。すごく似合ってます。ね、平戸ちゃん」「ほんとよくお似合いです」択捉たちも寄ってきた。
競い合うように由良と私の手を取り、踊りの輪の方へ引っ張っていく。
太鼓が一段と高く鳴り響き、祭囃子がいっそう賑やかさを増した。踊る艦娘たちの輪の中に、私たちを呼んで手招きする鬼怒と阿武隈の姿が見えた。
「パースさん」
由良がささやく。
「盆踊りはね、亡くなった人を慰める、慰霊の意味もあるの。みんなで踊って、騒いで、ご馳走を食べて、そして、思いを寄せるの」
「だからお祭りを?」
「鬼怒ちゃんも阿武隈ちゃんも、択捉ちゃんたちも、その方が安心するでしょう。それに、なんでも楽しい方がいいじゃない。ね?」
確かにその通りだ。私は踊りの輪の中に自分でも驚くほど自然に足を踏み入れた。
「うーん…」
「明石、どうしたの?」
「いや、埋め立て前に池の底を浚った時、“これ”が出てきちゃって、いちおう兵器の部品だしどうしようかと思って」
「あら、砲口蓋。でもちょっと古すぎるような…」
「あ、大淀分かってないなあ、今はどの口径の砲でも砲口の保護には砲口蓋を使うけど、昔は14センチ砲以上は砲口栓を使って、14センチ砲未満はすでに砲口蓋を使ってたんだよね」
「そうだったんだ」
「そう、みんなけっこう『昔は全て砲口栓』『今は全て砲口蓋』って勘違いしてるんだけどね、特に軽巡以上の艦娘は間違って覚えてること多いんだよね」
「ということはそれは…」
「12センチ砲の砲口蓋。いつのなのかは分からないけどけっこう前のものね。駆逐艦か海防艦か誰かが池に落としたのか、それとも廃棄したのか…あるいはまた別に何かがあったのか…そこまではさすがに分からないけど」
「どうしますかそれ?」
「まあ部品は部品だし、番号付けて工廠でちゃんと保管しますか。部品や道具は大事にしないとね」
「そうしましょう」
そう言うと明石は部品のリストにこの古びた砲口蓋を書き加え、他の備品と同じように几帳面にしまい込んだ。
埋め立てられた池は芝が敷かれて広場となり、元気が有り余る海防艦娘や駆逐艦娘たちの格好の遊び場として長く使われたという。
今回は誰も死なない話を目指しました。
でも、よく考えると一人危なかった子が…?