現代河童の休暇んばー   作:鼠日十二

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『起きて』

 

 

 

 

 微睡み、ゆらりゆらりと揺れ、瞼の上を光が嘗めていく。幸せな朝の、もうすぐでアラームが鳴ってしまうその寸前の眠り。嵐の前の静けさ。私はうつろな意識のまま体を丸めて、布団をかけなおそうと辺りを(まさぐ)って、一向に見つからないそれに仕方なく薄目を開けた。

 

「……?」

 

 細まった視界に映るのは部屋の片隅ではなく、眩しい朝の天井でもなく、一面の小石と揺れる草だった。見たことがある。小学校のころ、理科室の水槽に植わっていた、半透明で背の高い水草──

 

「んぁ?」

 

 声、私の耳に届く声は水中のようにぼやけ、やけに高く聞こえた。積み重なる違和感に体を起こそうとして、体重をかけた手は空を、いや、水を切った。私は何故か、水の中で浮いていた。

 

(……なんだこれ。夢でもみているのか?)

 

 そうでなければ、呼吸しないまま水の中で寝ることなど不可能だった。自分の体を見下ろすと、鮮やかな水色の上着とポケットがぐるりと縫い付けられたスカート、そして胸元には持ち手の輪っかに紐の結びつけられた鍵が鎮座している。

 

 見覚えのある風貌だった。とある弾幕ゲームに出てくる河童のエンジニア、彼女の衣装とよく似ている。そう思うと、視界の端っこに揺らめくこれまた鮮やかな水色の髪や、水草揺らめく川のはずなのに水流を感じない理由が飲み込めてきた。彼女は「水を操る程度の能力」を持っていたはずだ。自分の周りの水流を止めて流されないようにするくらい造作もないだろう。

 

「つまり、私はいま河城にとりに限りなく近い存在であるわけだ。はは……やっぱり夢かもしれないな」

 

 でも。どうせ夢なら、夢だと信じるなら、このほんの僅かの休暇が覚める前に楽しんでおくべきだ。そもそもあり得ない話じゃないのだ、原作中でも確か夢の中で幻想郷へ行くことのできる人物がいたはずだから。

 

 そう納得して、私は地上に上がることにした。試しに自分の周りの水を、自分を包む球体をイメージしながら動くように力を込めてみる。すると下から押されるように私の体が上昇し始めた。

 

「成功だ。すごい」

 

 水球の勢いのまま河岸をびしょびしょに濡らしながら、しかし肌や服には一切の余分な水分を残すことなく地上に上がった私は、木々を見渡して自分がどこか深い山奥の川にいるんだろうと見当を付けた。

 

 もしここが幻想郷であるならば、私が今いる山は「妖怪の山」だ。幻想郷の中でも多種多様な妖怪が生息し、天狗によって管理されている地域。確かトップは大天狗と呼ばれる存在だったか。とにもかくにも情報が足りないと、一歩踏み出した私はやけに背中のリュックサックの感触が軽いことに気付く。

 

「……まさか、何も入ってないのか?」

 

 ゲーム内では彼女は背中のリュックサックからマジックアームやらプロペラなどを出して操っていた。てっきりそれらの発明品がデフォルトで収納されていると思っていたが、見るとやはり中には何も入っていない。空だ。私は思わず天を仰いだ。

 

「困ったな。発明品なしで自由に動き回れるほど治安のいい場所じゃなかったはずだ……しかも私に工学系の知識なんかない」

 

 

 そこまで考えて、ふと彼女の代表的発明品である光学迷彩スーツのことに思い当たった。そうだ、これは今着てる服にそのまま組み込まれている機能なんじゃないか? ポケットを裏返したり、リュックサックを逆さに振ってみたり、或いはと帽子を脱いでみると、つばの部分にスライド式のスイッチがあった。

 

 これか。

 

 被りなおしてスイッチを付けると、静かな駆動音と共に自分の体が見えなくなった。同時に自分の体から何か、ほんの僅かに熱が抜けていくような感覚を覚える。

 

「これは妖力的なものかな? 電気製品は水中で使えないから、別のエネルギーを使っているとは予測していたけど、こういう仕組みだったんだ。とすると時間制限は本人次第……妖力が時間経過で回復するかも調べなくちゃいけないか?」

 

 そこまで考えて、そういえばこれは夢だったと思い直す。考えすぎるのは良くない癖だ、夢の中でもそれで疲れてちゃあ世話無いよ。もう少し気を抜いて、自然を楽しんでもいい筈だ。

 

 私は大きく息を吸いこんで伸びをした。光学迷彩スーツのスイッチを切りつつ傍に生えていたエノコログサをぷちっと引き抜いて、片手に振りながら川を下る。

 

 水面には魚の影がいくつか踊っていて、経験のない私でも釣りができるんじゃないかなどと思った。釣り。趣味の代表格。これと言って趣味らしい趣味の無い私は、なんとなくそういった打ち込めるものを探していたけど、結局飽きが来たり装備を整えるのに金額が必要だったりで長続きしない。

 

 きっと良さげな趣味を見つけても、第一目的が現実逃避だから心に余裕が無くて楽しめなかったのだろう。なら、釣りを楽しそうだと思えるってことは、精神的に良い状態なのかも。すこしテンションが上がる。

 

 見上げれば太陽の光を透かした葉っぱの緑が綺麗だ。都会じゃあまず見ることの無い高さの木々が、川を挟んでカーテンのように枝葉を茂らせている。

 

 どこかに妖精でもいるかもしれないな、彼らは自然そのものだから。気温はまさに初夏といったところだ、氷精であるチルノは暑いのが苦手なはずだから水辺にいたりはしないだろうか。すこし誰かに会うことを期待しつつ、私はずんずんと川を進む。

 

 鼻歌交じりにさらに下流へと進んでいくと、やがて木々がまばらになり視界が開けてきた。傾斜も徐々に緩くなってきて、徐々に麓が近くなっているのだろう。急に人里に出るのはまずいかな、そろそろ光学迷彩スーツのスイッチを付けなおすべきかと思案する私の眼に、一枚の看板が飛び込んできた。

 

 

『ホテル建設予定地』

 

 一瞬思考が止まった。ホテル? 幻想郷に? まさか、有り得ない。幻想郷はヒトのためにある世界なんかじゃない。ということは。なにか、なにか自分は間違った考えをしている──そんな脅迫観念に駆られ、行きとは真逆に能力をフル活用して私は川を遡り始めた。脳裏には一度捨て去ったはずの、『これはすべて現実世界の話である』という可能性が再び鎌首を擡げていた。

 

 やがて山頂付近の小さな湖にたどり着き、能力で足場を作りながら高さのある木へと登った私は、ようやくそこで自分の現状を理解した。

 

 

 幻想郷などではない。遠目には車が走っているのが見え、麓の近くには小さいながらも集落があり、そしてその側の斜面は一部が伐採され禿げていた。紛れもなく人の営みだった。

 

「夢じゃ、ないのか……?」

 

 

 まだ聞きなれない高い声が風に攫われていった。

 

 

 

 




書いてるうちに癒されたいはずの自分が疲れてきたので推敲はしてないです アクセス数を眺めて癒しにします ではまたいずれ
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