現代河童の休暇んばー   作:鼠日十二

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本当は少年のパートは幼なげな文体にするつもりだったのですが、小説の色を優先して詩的表現マシマシ性癖カラメでお送りします


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 水の匂いがする。

 

 濡れた手が頬を撫でて、首筋を伝う。ひやりとした感覚、全身に冷水が巡るような寒気。拒絶しなければならないはずなのに、どこか心地の良さを覚えるのは夏のせいだろうか。

 

 水面が、木々が、ざわざわと揺れる。

 

「あんたはここで終わり」

 

 終われ、終われ、餌になれ、と。まな板の上の鯉に最後にかける情けのような、そんな言葉だった。それがもし見るに堪えないほど悍ましい怪物から放たれた言葉なら、まだ逃げることも出来ただろうか。

 

 けれど、彼女は特別の美しさで、指先から鼻筋から口の中に生えそろう歯の一本に至るまで、あまりにも完璧な捕食者だった。小さく開かれた口、端に覗く犬歯、妖しげにぬらりと光る舌が――。

 

 

 

「う、あ……?」

 

 隣で聞こえたうめき声に、私は水レンズの新形態開発を行っていた手を止めた。望遠鏡しかり顕微鏡しかり、見ると言う行為にレンズほど役に立つものはないから――って。話が逸れた、介抱が先だ。

 

 マットレス代わりに成形した水の上で、少年が身体を起こした。どこかぼんやりと、視線が定まっていない。目の前で手を振ってみると、釣られて目がきょろきょろ動く。

 

「おはよう人間。随分うなされていたようだけど、悪い夢でも見た?」

「夢……夢?」

 

 少年は私の目を見て、それから自分の頸を手で触り、安心したようにため息を吐いた。よく見れば、夏だってのに腕には僅かに鳥肌が立っていて。

 

「ああ。思い出させちまったかな」

 

 少年は首を横にふった。

 

「……大丈夫。気にしてない」

「はっは、そうかい。強いもんだ」

 

 とはいえ、やはり軽々しく触れるべきでは無いか。ビビってくれるのは嬉しいが、恐怖は新鮮さを残している必要がある。慣れたら、それはもう恐怖とは呼べない。

 

 よっこらせ、と立ち上がって少年を見る。

 

「なら、遊ぼうぜ。そのために来たんだろ」

 

 少年の目が輝いた。

 

「何する――何ができる?」

「何でもさ、少年。あんたの想像力の限界が、私が叶えてやれる限界なんだよ」

 

 要は自分で考えろってことだ。少年は俯いて考え込み、それからふと視線を上げた。

 

「じゃあ、おれ、水の上を歩いてみたい」

「良いよ。ついておいで」

 

 水マットを湖に返し、水面に足を乗せる。やっていることは至って単純だ、足元の水をその場に固定しているだけ。船が作れてこれができない道理はない。

 

「ほら。こっちに」

 

 数歩歩いて振り返る。少年は呆気に取られ、少し躊躇しているようだったが、やがて思い切ったように一歩踏み出し――

 

「うわ、なんか……柔らかいのに踏めっ!?」

 

 ――バランスを崩して、顔面から思い切りコケた。びたん、と激しい音がして、私は思わず吹き出した。

 

「ん、ふふっ……」

「す、すげえ! 濡れてない! 痛くない!」

 

 少年は興奮した面持ちで起き上がり、歩いたり跳ねたりしている。夏の日差しを受けてなお、湖の水面は冷ややかで心地よい。流れの弱い、揺蕩うような、のどかな涼しさだ。

 

「それ」

 

 気分がいいので、ちょっと奮発して滑り台を作ってみる。その辺の公園にあるちゃちな奴じゃなくて、木よりも高くて、実家の階段より急なやつだ。角度にして45°はありそう。

 

 水面が盛り上がり、階段となり、続けて斜面が形成されていく様に少年は興奮したようで、しきりに「どうやったのアレ!」と騒いでいる。

 

「自分で滑って確かめてきな。しばらくあのままにしといてやるから」

「わかった!」

 

 はしゃぐ少年を見ながら、私は座椅子を作って一息ついた。少年の恐怖を喰らって腹が満たされてからというもの、能力が体になじんだような感覚がある。より扱いやすく、より力強く、より精密に。

 

 指先に形成した水鏡には、実に美しい――気のせいでなければ、より一層神秘的になった少女の姿が映し出されている。

 

「とりあえず、上手くいってる。食事のアテは見つかったし、川底は慣れれば住み心地が良い。服は光学迷彩スーツ以外ありえないし」

 

 衣食住は気にしなくて良くなったわけだ。兄弟や婆さんとの交流はこの先も続けていくとして……そろそろ次の目標を設定してもいい頃だろう。

 

「うわこれ速ッ!?」

 

 あっ、やべ。滑り台の最後のほうの水平部分作り忘れた。

 

「おおおおおお!?」

 

 少年はウォータースライダーも真っ青の速度で水面に入射し――跳ね飛んだ。固めた水面の反発によって、それはもう盛大に。私の能力の行き届いていないところまで飛んだ少年は、派手な水飛沫を上げて湖に落ちる。

 

 それで数秒後には顔を出し、けらけら笑っていた。タフというか何というか。

 

「乾かしてやるから、上がってきな」

 

 固まった水と固まっていない水の間は粘液のようで、きっと戻ってくるのは難しい。だから私が近づく必要があった。

 

 

 

 

「ほら」

 

 僅かに緩んだ笑顔と共に、手を差し出される。心臓が急に鳴り始めた。本能が「危険だ」と訴えているのだろうか、それとも――。

 

「……ん? なんか変な味」

 

 彼女――にとりは整った眉を僅かに顰め、べえ、と舌を出した。何故か()()()()()()()()()()ような、奇妙なイメージが頭をよぎる。

 

「乳酸菌飲料……? うーん」

 

 舌がするりと唇の隙間に戻っていくのを、よくわからない気分で眺めている。どこか残念に思う自分がいることに気づく。ずっとこのままでもいい、なんて、数日前には決して思わなかった。

 

 

 わからない。

 わからない。

 

 わからないことだらけだった。全部にとりのせいにして、白魚のようなその手を掴んだ。ぱち、ぱちとおれの身体から水滴が飛び跳ねて、にとりの頬を濡らした。

 

 それをじっと眺めている。

 

 

 

 







次からストーリー進めていきたいと思います。具体的には山の神についてもう少しつんつんします。少年のことは……壊れたものは治らないしもう良いかなって……


乳酸菌飲料は初恋のメタファーです。
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