現代河童の休暇んばー   作:鼠日十二

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本日2話目です

前話が作者の中でかなり不完全燃焼なので、この話を投稿してまたしばらく寝ます


15

 

 

 妖怪って食い溜めできるのかしら。

 

「にとり、腹減ったの?」

「いや満腹だけど。でもそろそろ良い時間かなあ」

 

 遊び倒して遊び尽くして、気づけば雁が群れる時間である。斜めに差し込んだ夕陽が木々のフィルターを通して、湖に赤い影を投げかけていた。

 

「そろそろお開きにしようか。あんたは腹減るでしょ」

「ええー」

「さあ帰った帰った。心配しなくとも私はいなくなったりしないさ」

 

 少年はしばらく膨れていたが、やがてそれもしぼんで、最後に神社へ双眼鏡を取りに行った。水遊びするなら双眼鏡は退けとかないといけなかったから。

 

 ともかく、駄々を捏ねるほど幼くなくて何よりだ。2人並んで湖の縁を歩く。

 

 神社へと進む小径は、背の高い草や木で挟まれて薄暗い。奥の方で何かざわめいている気さえする。その入り口で少年は立ち止まった。

 

 合わせて私も止まると、少年はこちらを見上げる。

 

「来ないの?」

「面倒だからね」

「……実は怖いんじゃない」

「そりゃこっちの台詞。1人で行きなよ、怖くないんだろ」

 

 言うと少年は明らかに狼狽した。食事どうこうを抜きにしても、可愛らしいヤツだと思う。

 

「でもまあ」

「!」

「あんたの恐怖が自然現象に独り占めされるのも気に入らないな。私の腹が膨れない」

 

 貴重な湧き水が動物に飲まれているのを見た時のような――しょうもなくて、それでいて大事な独占欲。助け舟を出してやると、少年の顔がみるみるうちに晴れた。

 

「ほらほら、置いてくぞ」

「っ……!」

 

 少し先を行くと、少年が慌ててついてくる。歩幅を緩める。

 

 そんなに大きな山でもないから、その社にはすぐ行き当たった。木製でやや色が剥げているが、屋根としてギリギリ機能する。もし雨が降っても双眼鏡が守れるくらいには。

 

 そう。だからそこに置いておいた、はずだった。

 

「え」

 

 双眼鏡を取りに駆け出した少年は道半ばでびくりと身体を震わせ、その場に立ち竦む。

 

 明らかに様子が変だ。視線が社の方向に固定されたまま、少しも動かない。

 

 ごぽっきた

 

 何か泡のような音が、小さく、しかし確かに広場に響く。やな予感が、未知が近くに忍び寄る気配がした。

 

「少年――」

 

 その小さな背に追いつき、そして社を見た。

 

 

 

 ごぽっきた

 

 

 

 そのままを形容して良いのなら。

 それは50cmほどの、てらてらとした()()()()のようだった。それが社に、供えられるように鎮座している。

 

 表面は滑らかで、僅かに襞のような凹凸があって。

 スライムのようにも、歪な茹で卵のようにも見える。

 

「あれ、は」

「――見るなよ、少年。あれは私に近い」

 

 咄嗟に少年の目元を手で隠したのは、おそらく正解だった。肉塊がわずかに裂け、そこからぷくぷくと気泡が浮かんでは嫌な音を立てて割れる。

 

 それは――その泡は、認めたくはないが――声だった。電気信号を脳に直接送り込むような、奇妙奇天烈な声だった。

 

『やっと、きた』

「あんたは……何だ?」

『わたしを指す言葉、けっこうある。『雨が降ると』『糸』『ぬめり』『おいしい』。でも最近は、『やまのかみさま』って言われてる』

 

 嫌な感覚が背筋を伝う。河童が少女の姿をとるならば、神もまた人間に親しみやすい姿をとるのだろうと――てっきりそうなのだとばかり思い込んだ。

 

 アレが。

 白く濁った肉塊の、アレが神だって言うのか。

 

「……認識が甘かったか」

『そうなの? じゃあ、にんしき、大好き。どういうかんじ?』

「あー……随分と生き物じみた神様だな、と」

 

 最大限ぼかして言うと、白い肉塊はぷるぷる震えながら気泡を吐いた。

 

『あんまりあまくない』

「いや、その甘いじゃなくてな……」

 

 いやいや。

 違うなこれ。あの白い肉塊は本気で認識()甘いと思ってたんだ。そんなやつは狂人か幼子か――あるいは、神か妖怪しかいない。

 

「兎に角」

 

 少年を胸の方に抱き寄せながら、私は問うた。少年が僅かに震える。ああ、耳も塞いでおかなくては。

 

「やっときた、ってのはどういう意味だ?」

『まってた。あなたを呼んだのはわたしだから』

「呼んだ? 何のために?」

 

 肉塊はしばらく固まって、ちょっとしわっとなって、それからぽこぽこ気泡を連発した。

 

『対応? やり返す? にもーさく? 正しい言い方、わからない』

「私にもわからんよ」

『でも、理由はかんたん。どんぶり減るのまもるため』

「どんぶり?」

『どんぶり、それ』

 

 それ、と指し示す指もなかったが、直感的に理解する。「それ」とは、私の腕の中の少年のことであると。

 

『うつわにおいしいものが入ってる。どんぶり。ちがう?』

 

 ぞっとした。

 

 ぞっとして、それから猛烈に腹が立った。

 

 要因のひとつは、妖怪が相手に恐怖してどうする、という防衛本能にも似た自分への苛立ち。恐怖は怒りによって塗りつぶすことができるから――精神に依存する生き物ほど、追い詰められた時に怒りを露わにする。

 

 そして、もう一つは。

 

「悪いが」

『?』

「これは私のモノだ」

 

 やはり――独占欲、だった。

 

「あんたの意図は知らないが、これは私が喰らうもの。これの妹もそうだ。あんたには視線の一欠片だって寄越すものか」

『……』

 

 それは宣戦布告に近い言葉だった。思考エネルギーの取り合い。獲物の奪い合い。どちらが先に目を付けたか――ではなく、どちらが上かで所有権が決まる。

 

 張り詰めた緊張が、肉塊と私の間に重くのしかかった。脳の片隅で、水分を奪えば殺せるか、などと考え、即座にその案を捨てる。

 

 埒外の相手。常識は捨てろ、法則を捨てろ。一分の隙もなく、己が全能だと思え。

 

 極限の集中のなかで、空気中と地中の水分を集めて作った1発の弾丸が、私の眼前に浮かぶ。しかして萃めたものは、決して水分だけではなく。

 

 特別の自信と怒りを込めた、一度きりの弾幕。絶死の理念。それをいつでも撃てるように、肉塊をじっと見る。

 

 対して白い肉塊はしばらく動かないままだったが、突然ひとつ気泡を吐いた。

 

『わかる』

「……うん?」

 

 果たして肉塊の放った言葉には、何故か共感が込められていて。

 

『たべるの邪魔されるの、いや。とってもいや。わたしわかる。ごめん。おじゃましました』

 

 おい。おい待て。そう言う前に、肉塊はしおしおと萎んで、やがてそこには何も無くなった。

 

「……はぁ……くそ、連想ゲームみたいな語彙力しやがって……」

 

 怒るべきはそこでは無いのだが。

 文句の一つでも言ってやらないと、入れた気合いのやり場がない。わざわざ作った弾丸を霧散させることの虚しさといったら、もう。ため息も漏れるというものだ。

 

「に、にとり」

「ん? ……ああ、ごめんごめん」

 

 腕に力が入ったままだった。謝りながら解放すると、なぜか少年もしおしおっとしている。

 

「どうしたのさ」

「……」

 

 少年は無言で私の手を引き、双眼鏡を回収して、俯きがちに言った。

 

「……その。山の下まで、ついてきてほしい」

「……ま、良いか」

 

 しかと握られた手を、ゆっくりと引いた。置いていかぬように、夜に呑まれる前に。置いていかれぬように、日が沈む前に。

 

「怖いか、少年。怖かっただろうな」

「……」

「少年、少年。怖い時は私を思い出せ」

 

「きっと、私で塗りつぶしてやるから」

 

 

 同じくらい強く握り返してやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうそう。伝言頼めるかい。村に目が悪い婆さんいるだろう、菜江ってやつが。

 

 私の名前は出すな、聞かれても何も言うな。そう言う約束だからな。

 

 ただ一言伝えといてくれ。『今日は起きとけ』って」

 






活動報告にもある通りしばらく更新危ないかもだから、書けるうちに書いとく作戦。あとは前書きの通り。

白い肉塊にはもちろん元ネタがあるんですが、クトゥルフ関連ではありません。ぽいっちゃぽいんだけどさ。ちょい種明かしすると、食べると不老不死になれるらしい。

あと、少年の名前が決まりそうです。今んとこ「璋」と書いて「あきら」で行こうかなと考えてます。漢字は「明」とかに変わるかも。「あきらかにする」の意を込めてます。でもこれワンチャン作中で出ないんだよな、少年呼びが気持ち良すぎて。

次は……うーん、2月以降かも。別作品にも手をつけなきゃだし。

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