推敲はしていないので、読みづらい部分等あるやも知れぬ。お許しを。
山の麓から少年の後ろ姿を見送りながら、なんとなく山に戻る気になれなかった私は、光学迷彩スーツのスイッチを入れて周辺を彷徨くこととした。
夕暮れの畦道を影も無く歩きながら、先ほどの邂逅を想う。ぶよぶよてらてらとした白い肉塊は、私がこの山に来るよりも前から存在していたはずだ。菜江――あの婆さんの言う『山の神様』がアレだと言うなら、の話だが。
そして、そうなるとまあ……元日本人としてはちょっと居心地の悪さを感じるものだ。正直なところ、あの山において人外は私だけだと思っていたし、私が最も常識の埒外に位置しているだろうな、という仄かな驕りもあったのは否めない。そこに少しだけ水を差されたような、複雑な気分である。
「しかし……向こうが引いてくれたから良いものの。もし戦う羽目になった場合、私はアイツに勝てるのか?」
目下の論点はそこである。つまり、あの白い肉塊とどうやって接して行くかだった。
言葉こそ幼なげな印象を受けたものの、仮にも神と呼ばれるならば弱いことはないだろう。そもそも神というのは妖怪と同じで精神の生き物だから、こだわりや我が強くなりがちだ。その中でも『山の神』というのは縄張りを意識する傾向にあると聞く。
ここからは私の勝手な想像だが、おそらく神社に祀られるような神とは違い、山の神は人との付き合い方に疎いんじゃあないだろうか。あるいは下手だと言ってもいい。
無理やり例えるなら、牛を食料とした時に牛乳を絞るか屠殺して肉を食うか、の違いのようなものだ。人間を湧き出る泉ではなく感情の
「しかし、今はまだ幼いだけだとしても――」
この山にはこれからホテルが建設され、多少なりとも集客を達成するだろう。山の神が自分の縄張りにわらわらと集まった人間どもを見てどう思うだろうか。悪い想像ばかり浮かぶのはおかしなことではないはずだ。
「まったく……無知で無垢。最もタチが悪いモノの一つだ」
とりあえずどんぶり呼ばわりを止めさせるところからかな。降って湧いた同居人との付き合い方を考えながら、7月の熱が立ち込める畦道を歩いた。
▽
時刻は真夜中に移る。村でもとびきり古い日本家屋の縁側に腰掛けて、畳の奥の暗がりに声をかけた。
「悪いね、婆さん。あんまり夜更かしさせるつもりはないから安心してくれ」
「良いのよぅ、どうせお昼に寝てるんだし。それに、こんなおいぼれに新しくできた話友達を、大切にしない道理なんかないんだから」
「光栄なことで」
婆さんはああ言っているが、前回と違って、今回は私の都合で取り付けた約束だ。老体にあまり無理をさせるものでもないだろう。およそ人々が学校で身につけるように、年長者への敬いとは、人付き合いの基本の一つである。
手短に済ませようと、私はさっさと本題を切り出した。
「以前、山の神について話してくれたことがあったね」
「ええ、覚えてるよ」
「あの時はてっきり人型だと思いこんで深く聞かなかったが――話が変わったんだ。山の神はどういう見た目をしていたか、詳細を聞きたい」
人間だった頃、おおよその作品で『神様』は人に似通った姿形をとっていた。古事記においても、東方においてもだ。少なくとも手足があって、顔があって、目がある。その個数はさておき、少なくとも生物じみた部分を備えていた。
しかし、私が出会った山の神はその限りではない。白くてブヨブヨした肉塊のようで、僅かに空いた亀裂からぶくぶくと得体の知れない声をだすナマモノである。となれば、婆さんから聞いた思い出話にもいくつか疑問点が見つかるのだった。
私の問いに、一つ息を挟んでから婆さんは応えた。
「よーく覚えてるよ。私が道に迷った時、帰り道を示してくれたのはね、ふわふわ浮かぶ白い毛玉だった」
「白い毛玉……ケサランパサランのような?」
「あれよりもうちょっと小さかったわね」
「ふぅむ……」
神が別の姿をとるのはそう珍しい話ではない。化身とか権化というやつだ。現世に顕現する際に、仮の姿を用いるのだ。けれど、山の神がそんな大層なことをしているとはあまり思えなかった。だってありゃ土着神のようなものだろう。それも末端寄りの。
「どうしてそんなことを聞くん?」
「ああ、それなんだよ。山頂の神社で山の神らしいものに出会ったんだが……そいつはね、白い肉塊のような見た目だったんだ」
「まぁ」
「そして、泡立つような声で『やまのかみさまとよばれている』と言っていた。私はアレが一体何者なのかを知りたいんだ」
今挙げた特徴に見覚えや聞き覚えはあるかい、と訊いてみると、婆さんはしばらく唸っていたが、やがて諦めたように息を吐き出した。
「ダメね。思い当たらないわ」
「そうか」
「ごめんなさいね、力になれなくて」
「いやいや。年の功でダメならどうにもならないよ」
私はリュックサックに背負っていた水を少し出して、2枚のレンズを形成し、遠くの山を覗き込んだ。黒々とした木々の間に、何か煌めいたものが見える。川面か、獣の目か。それとも……。
「切り口を変えよう。あの山は集落ではどういう存在なんだい」
「そうね……一言で言うのは難しいわ? あのお山はゆりかごでもあるし、学舎でもあるし、お墓でもあるの」
「……墓?」
「そうよ。私の先祖様も、私の大事な人も、みぃんな。山に還って、山を恵むの」
「墓なんか見たことなかったけど」
「山頂の神社のもっと奥の方にあるんよ。にとちゃんは河童だから、あんまり川から遠くには行かないんでしょう」
寺と違い、神社が管理する墓は境内にない。神域に入れるには些か穢れがすぎるからだ。そうやって神社の外に置かれた墓場のことを霊園という。確かに、集落と反対側にはあまり行ったことがなかった……後で確認しなければなるまい。
「成程だな。しかし随分独特な宗教観じゃないか」
「山あいの村だもの」
「……人との行き交いが少ない上、生活基盤が山に依存している。村の水路も川から引いてるし、そういう思想が根付くのも無理はないのかな」
「あらあら、こういう人間の営みは初めて?」
元人間に対してなんたる言い草か。私は憮然として答えた。
「都会派なんだ。こんな田舎に来るのは初めてだよ」
「そうなのね。そんな都会派の河童さんは、どうして田舎に来たの?」
「……そりゃあ、なんというか」
私は言葉に詰まった。どう説明したものか。正直に「朝起きたらここにいました」と述べても良いのだが、私が私を妖怪として認めた以上、神秘性が薄れるようなことをあまり口に出したくない。
しばらく悩んだ挙句、またしても私は適当なことを口走った。
「休暇みたいなものだよ」
「休暇? ということは、いつか帰ってしまうん?」
「まあ……そうかもな」
とはいえ、この集落がすっかり文明に染まりきって居場所がなくなるまでは居座るつもりである。そう言おうとしたのだが、それより先に「えっ」という微かな呟きが私の耳に届いた。
「……」
「……」
「……なあ、今」
「どうかしたの?」
「今、少年の声が」
「気のせいだと思うわ?」
「……」
このやろう。
「……はぁ。ま、聞かなかったことにしてやるよ」
「なんのことかわからないけれど、助かるよぉ」
話友達の顔を立ててやるくらいの良識はある。過ぎたことを水に流すのも河童の流儀であろう。しかし――
「人の口に戸は立てられぬというなら、私はお前を口無しにしてやるぞ」
「あらあら。じゃあ喋れなくなる前に、いっぱい話しておこうかねえ」
夜はまだ更けず。老婆は百物語の蝋燭を吹き消すように細く言葉を吐いた。
「……もう、死ぬのも怖くなくなってしまったわ。この世よりあの世の方が、知り合いが多いんだから。
マメ知識:どんぶりの消費期限は49日らしい。この時点で山の神の側面の一つが見破れたらアンタ変態的東方オタクだよ。
あとがき
書いてて新しく設定が生えてきて、それをどうにかプロットに組み込もうと四苦八苦した結果、もとから不安定だった土台がさらに不安定になりました。たのしーぃ! 楽しいわけないだろ(憤怒)
ここから先どうなっちゃうのか作者が1番分かってません!
でも今回は個人的エモポイントが少なかったので、また少年を犠牲にしようと思います。