現代河童の休暇んばー   作:鼠日十二

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「……だれ?」

 

 泣くのも忘れて少女はこちらを凝視した。まさしく不思議なものを見るような目だ。第一印象でほぼ目的を果たしてしまった私は考えていた慰めのセリフをどこかに放り投げ、言葉を選んで自己紹介した。

 

「そりゃ難しい質問だね……私は河城にとり。通称、谷カッパのにとり」

「かっぱ?」

「そう、河童。妖怪の河童。知ってる?」

 

 少女はやや視線をさまよわせて、「まんがで見たことある」と言った。妖怪が出てくる漫画と言えば腕時計のやつか、はたまたゲゲゲか。変わり種だと皿の代わりに頭に花を咲かせるのもあった気がする……いや、アレはアニメだったかな。

 

「でも、かっぱって緑色で頭にお皿があって背中に甲羅があるんだよ」

「ん? ああ、代わりに帽子とリュックがあるでしょ?」

「えー……?」

 

 証拠にと私を(にとり)たらしめる装いの数々を指さしたが、いまいち少女の脳内での河童像と私が結びつかないようだ。

 

 まあ仕方ない話である。本来河童というのは「嘴の付いた二足歩行で緑の肌の両生類」という描かれ方をしているし、芥川龍之介もそのような風貌の河童の墨絵を遺している。おそらくにとりに、ひいては芥川龍之介について一度調べたことがあれば見たことはあるんじゃないだろうか。

 

 つまり私が言いたいのは、河童像はかなり固定化された概念だということ。であれば、少女の次の言葉は必然と言えた。つまり、

 

「あ、そうだ。きゅうりは好き?」

 

 である。私個人の話をするなら、きゅうりは好きでも嫌いでもないし、特段旨いとも不味いとも思わない。しかし河童としてこれ以上少女の期待を裏切るのは気が引けたから、とりあえず誤魔化しておく。

 

「まあ、河童並みに好きだよ」

「やっぱり? あのね、おばちゃんちの畑にね、こーんなおっきいのが生えてるの」

 

 少女は腕を目一杯広げた。子供らしい大雑把で張り切ったスケール感だ。

 

「冷やしてお味噌付けてかじるとおいしいの」

「あ、それ絶対美味い。そういえば今日まだ何にも食べてないな」

 

 そもそも妖怪に食事って必要なのだろうか。覚えている限りの東方知識を掘り返すが、食事についての言及があったか思い出せない。ルーミアは人間を食べるけど、アレは食事っていうより自分の存在を確立させるためにやってるような節があるからなぁ。

 

 そんなことを考える私の姿が空腹に耐えているように映ったのか、少女は心配そうな顔で声をかけてきた。

 

「あのね。うちね、定食屋やってるんだけど……来る? ちょっとならお母さんもごはん分けてくれると思う」

「行かない。悪いね、あんまり人とかかわるつもりはないんだ。あんたは……まあ、気まぐれで声をかけただけだ。泣いてたし」

「……そうなの?」

 

 残念そうな顔にちょっとだけ罪悪感を覚えるが、それはそれ、これはこれ。そもそもこんな小さな背丈の少女が川に近づくのはいろいろと危ない。たとえ溺れたとして、私がその場にいて助けてあげられる確証はないのだ。関係もこれっきりにするべきだろう。

 

「そんな悲しい顔しなさんな。あんたがもっとでっかくなって、そうだな……川底に足がつくくらいになったら考えてやるからさ」

 

 ちなみに川底はかなり深く、2メートルをゆうに越すところもある。自分で言っててどんな巨人だよと思ったが、多少オーバーなくらいが伝わりやすいと思って言いなおすのは止めた。

 

 額面通りに受け取って、できればいずれ約束ごと忘れてほしい。しがらみが出来るのは面倒だ──私は少女が何か言う前に帽子のつばに手をかけた。

 

「じゃあねー人間。私はもう行くよ、あんたの友達だか兄だかがそろそろ戻ってきそうだから。そしたらさっさと帰りなよ」

 

 カチリ。目を丸くする少女を尻目に、スイッチを入れ姿を消した私は水底へと潜った。万が一を考えて暫くはここにとどまる予定だったが──杞憂、あるいは間一髪だった。私が去って僅か一分後くらいに少年の声が聞こえた。

 

 

 

 

 再び一人になった私は、川底に仰向けに寝転んでみた。私の体は水に浮きも沈みもしないので、こうやって寝転ぶことも出来る。

 

 水面に光が差し込み、緩んだ日差しが顔にかかる。外の暑さとは無縁の心地よさに目を細めながら、頭の中では水泡のように考えが浮かんでは消えるのを繰り返していた。やりたいこと、どっかに書いておきたいな。原作のようにエンジニアの真似事をしてみたりだとか、試したいことがいっぱいる。ぼんやりと頭の中でそれらを羅列して、ふと思った。

 

「……双眼鏡、かぁ」

 

 少年が首から提げていたアレだ。その作りは、確かレンズとプリズムを組み合わせたものだったと思う。その構造を思い出して、ふと水でレンズが作れるんじゃあないかと思い当たった。以前たまたま観た教育番組では氷で作った巨大レンズで太陽光を集めて火を着けることに成功していたし、素材的には可能性はあるはずだ。

 

 それに、仮に双眼鏡は難しくても、望遠鏡くらいならできるんじゃないか? 私は少女と分かれた地点からさらに上流へと遡って、人気のないところを選び川から体を引き上げた。その辺の滑らかな岩に腰かけて、どこぞの彫像みたく考える姿勢。高校の時の物理の記憶を掘り起こし、試しにと水をレンズ状に固めてみたのだが……

 

「ぜんぜん焦点が合わないな。レンズが歪んでいるんだろうけど、目算じゃわからないぞ」

 

 試作品一号は真円でもなければ曲面もままならない仕上がりとなり、私は道のりが長いことを知った。精度の高いレンズを作るのなんて、難しいに決まってるよね……。

 

 しかしそこにやりがいがあるのだと自らを奮い立たせ、私は只管に試行錯誤を繰り返す。途中集中力が切れて文字通り水泡に帰してしまったり、うっかり太陽に翳し見て目の縁を焼きかけたり──この時ほど不完全なレンズで良かったと思ったことはない──と、いろいろやっているうちに日が傾いてきて、辺りが急に暗くなった。

 

「完全に忘れてたけど、明かりが必要だ。夜のあいだ手持無沙汰になっちゃう」

 

 計画性が無さすぎだって? 多分妖怪なんてそんなもんさ、無計画でもどうにかなるもの。とりあえずレンズは練習しておこう、うまくいけば明かりになる火も起こせる。こちとら器用で通ってる河童なんだ、これくらい出来なきゃ名折れってもの。

 

 あとは……明かりが集落から見えないように遮蔽物になるものもあるといいな。しかし、自然蔓延る山の中に加工済みの板なんか落ちてないわけで。

 

 ……そうだ。深夜になったら集落行ってみるか!

 

 

 

 

 




推敲ってなんぞ?




東方準拠の妖怪像とは少しばかり違った解釈が混ざります。完全に原作の設定に添えないのはご理解ください。

あと氷でレンズ造るのはマジにあるやつ。N〇Kのちょっと有名な実験番組に出てた。
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