奈落呪窟探記アビス ~奈落の至宝~   作:見舞金

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その大穴の底を見た者は、まだ誰もいない

その大穴には、人々の夢と希望が詰まっている。

そして同時に、人々を迎える祝福も詰まっている。

祝福は呪い。

呪いは祝福。

その二つの反応が、人々をその大穴を繋げ、決して離さない。





その繋がりにつられていくかのように――。

人々はその大穴へと、今日も潜っていく。

そう、憧れは止まらないように。


プロローグ 前編

「司令官、定期診察の時間です」

「……あぁ、婦長。毎回毎回ありがとう。頻度がここ最近多くなったような気がするけど」

「普段の様子を鑑みれば、この頻度は打倒です」

「1日に3回来られても……」

 

 何を言っても無駄だろうと観念し、大人しく婦長――フローレンス・ナイチンゲールの定期診察とやらを受ける。

 私の名前は藤丸立香。ここノウム・カルデアに所属する人類最後のマスターとして、これまで数多くの世界に立ち向かってきた。

 先日も3つ目の異聞帯を攻略し、今は次なる地を観測する間の休息時間となっていた。だというのに、この度重なる定期診察とやらで私の休息はほとんどないものといって差し支えなかった。大切なことなのには間違いないのだが、如何せん悲しいものがある。

 それにしても次なる地、か。一体どんな場所になるんだろうか。

 

「……それはそうと、司令官」

「ん、どうかした? ……はっ、もしかしてスイーツ食べ過ぎによる体重増加……ッ!?」

「それも問題ですが――先ほど、何を読まれていたのです?」

 

 そう言って移動した彼女の視線の先には、私が先ほどまで読んでいた本が無造作に置かれていた。

 『冒険記』という安直な表紙の古びた一冊だ。

 

「ああ、これ? 次の場所に行くまで暇だったから読んでいた本だよ。主人公の青年が、お宝を求めて危険な場所を探索していく冒険記。適当に漁ってたら発見したの」

「危険な場所、ですか」

「うん、毒だったり疫病だったり魔物だったり、様々な怖いものが蔓延る場所を冒険しているんだよ、すごくない?」

「確かにそうですが、普段司令官が向かってる場所も相当では」

「……唐突な正論やめてよ」

 

 今の一言で一気に興ざめてしまった。そうか、婦長はバーサーカーだから空気が読めないんだった。時々かすり傷でも切断切断してこようとするし、今更か。

 仕方なくそれをスルーすることで長ったらしい定期診察終了まで耐え忍ぶ。頻繁に行うのはまあ目をつむってあげるとしても、せめて時間ぐらいは短くしてほしいものだ。

 

「ふーっ、やっと終わった。続きでも読も」

 

 ベッドへと横になり、挟んでいた栞のあるページへとパラパラ移動する。えーと、確か続きは主人公が洞窟の呪いの蝕む所だったかな。いやぁ、ハラハラするね。決してこの本の主人公にはなりたくない。

 登場するモブもそうだが、そのキャラの死に方がどれも残酷すぎる。モンスターに臓器を食い漁られたり、呪いによって全身がはじけ飛んだり、血が吹き荒れたり、人間じゃ亡くなったり。どれも良い死に方ではない。

 これを婦長に話してみたら、真顔でドン引かれた。そりゃそうだ。

 

「是非とも、そのような状況にはなってほしくないものですが」

「ないない。あったら死んでやるレベルね」

 

 と軽く冗談を飛ばす。婦長もそのまま一礼して部屋から立ち去っていく。

 しかし、表面上ああはいったものの、こういう冒険譚にどこか憧れを抱いてしまうのも確かである。こういった苦行を乗り越えた先には一体どんなお宝を手にするのだろうか? 宝箱はふたを開けてみないとわからないとはよく言ったものだ。

 そういう想いに馳せながら次のページを開こうとしたその刹那。

 

『あーあー、藤丸ちゃん、藤丸ちゃん? 至急管制室まで来てくれたまえ』

 

 管制室から、ダ・ヴィンチちゃんの館内放送が響き渡る。あぁ、まだ続きだったのに。ロクに休む時間がなかった気がする。というか速いな、発見が。

 仕方なくベッドから飛び起き、礼装にそそくさと着替える。疲れてはいるが、世界がこういう状況に陥っている以上、私が頑張らなければならない。

 

 

 ●

 

 

「お待たせしました!」

「お、来たね~? その寝ぐせ、さてはさっきまで寝てたね?」

「そりゃそうに決まってるでしょ。マシュも体調の方はどう?」

「はい、問題ありません。先輩」

 

 互いに挨拶を交わしたところで、ダ・ヴィンチちゃんは手を叩いて場を静寂へと鎮める。『今度の場所はどこですか?』と聞く私に『慌てない慌てない』と言って静止させながら、虚空に状況を映し出す。

 

「――先ほど、異聞帯とほぼ酷似した微小のズレを確認した」

「ほぼ、ですか?」

「その通りだ。原理的にはこれまでの異聞帯で間違いはないのだが、その在り方がこれまでの汎人類史のようなものとは異なるのだ」

 

 何を言っているのか、私には理解が出来なかった。ふっつーに頭の上で『?』マークを無数に浮かべていた。その様子を悟った背後のマシュが補足するように説明する。

 

「まるで"何か"に観測を妨害されているかのように、詳細が良くわからない状態の事。もしくは、現世に存在していない筈の歴史が現世に存在してしまっている状態の事。これらの状況のどちらかが考えられるということです」

「――妨害と、偽りの歴史?」

「もしくはその両方か、だね」

 

 その説明を聞いて、私は何となくだがアバウトに理解し、そして驚愕する。そんな状況はこれまでに一切例のない事象であり、脳内ではどうすればいいのか分からない状態だった。

 それでも、例えどんな状況においても、私が出すべき答えは一つしかないだろう。

 

「分からないなら、実際に現地へ向かって調査しましょう。勿論――その解決も」

「先輩……」

「ははは、君ならそういうと思ったさ」

 

 マシュに続き、その他の職員たちが次々に笑いながらその様子を見守る。疲れ切っている筈なのに、言う事はいつも同じで至極単純。

 その様子にきっと、他の職員たちは安心してしまっているのだろう。その光景を、嬉しく思いつつも、どこか照れ臭かった。

 

「まあ、そうするしかないんだろうけど――今回の場所はさっきも言ったように特異でね。現地から魔力とは似つかない何か……そうだな、これは呪いか? そういう類のものが感じられる」

「の、呪い?」

「ああ、それもすごく協力な、ね。嫌な予感がする、向かう際は連れて行くサーヴァントも厳重に選んでくれたまえよ?」

「う、うん。わかった」

 

 私はそう合図を送って、管制室を後にする。

 呪い、か。その言葉を聞いて、咄嗟に脳裏をよぎったのは、先ほど読んでいた本だった。

 ――まさか、本に書かれていたようなことが実際に目の当たりに……というか、もしかしたら、私の身に降り注いでくるのだろうか?

 これまで多くの特異点や異聞帯を探索してきたが、何時も以上に足の震えが加速する。今すぐにでもどうにかなってしまいそうだった。といっても、今更どうする事なんて出来ないのだが。

 

 連れて行くサーヴァントは厳重に、か。――といっても、連れて行くサーヴァントはもうすでに一人決めている。あのような会話をしたんだ、一緒に行かない手はないだろう。

 そう意を決したかのように、私は真っ先に治療室へと向かった。

 

 

 ●

 

 

「――Aチームの反応、ですか!?」

「うん、僅かながらね。このカルデアに記録されている魔力反応をその場所から感じるんだ」

 

 クリプターとは、カルデアと魔術協会が英霊召喚の行使を認めていた唯一の特選チーム。カルデアに集められたマスターのうち成績上位者9名の俗称だった。異聞帯探索が始まる少し前、彼/彼女らが凍結されていたコフィンを開けたところ、そこはもぬけの殻と化してしまっていた。

 その後に起きた襲撃事件を経て、そのチームのリーダーを務めていたキリシュタリアからの唐突ともいえる宣戦布告。そこから、この異聞帯探索は始まったのだ。

 

「……その人物の名前は、分かっているんですか?」

「例の妨害の件でサッパリだ、分かるわけがない」

 

 不穏な雰囲気が流れる、だがそこで次なる出会いが待っているというのなら――。

 どれ程、いい結果に繋がればいいか。そういう願いが、いっそう強まってしまうのだ。




 深界2層『誘いの森』だったかな。

 この世界に来て、長い年月が経ったような気がする。このアビスとやらに降り立って、幾多の困難を経て、或る程度の事は理解できた筈だ。
 死んだ私が蘇る時に与えられた『空想樹を育てきる』という使命。故にこの世界にも、それに該当するものがある筈なのだが。

 ――ない。どこにもない。

「はあ、昔から運はない方なんだよなぁ~」

 パタンと地に座り込む。一先ずの休憩だ。
 目指すは奈落の底。この世界の誰もが未だ辿りつけていない、見てすらもいない、未知の場所。
 もしかしたらそこに、目的の物があるのかもしれない。

「ずっと待ったんだ、この好機を逃さない訳には、行かないよねぇ~」

 そう舌をペロッと出す私の首には、一つの白く輝く笛が、ぶら下がっていた。
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