サブタイに意味をつけようとするとご覧の有り様だよ!
結果、当初の予定より夕弦がややアグレッシブかつ露骨です。
夕弦のお世話をすること、となって美九の家に通い始めて数日。
怪我人の看病、というのは士道には経験がなかった。
とはいえ熱を出して薬が必要だとかも無く、傷口自体七罪の能力で塞がっているから包帯の出番があったりもしない。
朝家族と朝食をとってから美九の家に赴くのだが、やることといったら、夕弦の話相手やトランプなど身体に差し障りのないゲームの遊び相手になること、出歩く際に付き添うこと、そして。
「強請。あーん」
「あ、あーん…………」
食事を、食べさせてあげること?
「満悦。おいしいです。おさんどん名人の称号を与えます」
「…………そいつはどうも」
別にそれくらい一人で食べられるだろう、とは思うのだが。
士道が最初に手探りで美九の家のキッチンを借りて軽い料理を作った時にしてあげたのが気に入ったらしく、食事の度に頼まれては、ひな鳥みたいに目を閉じて口を開ける夕弦にスプーンで餌付けする運びとなっていた。
常に眠そうな目つきで表情に乏しいものの、感情はむしろ豊かなようで反応がいい夕弦。
ベッドに腰掛けているのを、世話しようとすると色々と構う必要が出てくる。
次食べさせろの要求の度にちょこちょこと服の裾だの襟だの袖だの手首だのほっぺだの引っ張ってきて――――、
「――――っへ、おひ」
「美肌。もちもちですね」
「そうか?こんなもん……………いやそうじゃない人の顔で遊ぶな」
雰囲気だけだがどうも楽しそうで何より、というか妙に気に入られたらしく変なノリと距離感で夕弦の療養生活を見守っていた。
とりあえず士道はそのまま、手元の器から今日の夕弦の昼食であったトマトリゾットの最後の一口を夕弦の口に突っ込んだ。
「完食。ごちそうさまでした」
「おそまつさま。食後の散歩行くか?」
咀嚼し呑みこみ終えた夕弦は、前に両手を突き出すようなポーズをすることで返答の代わりとする。
士道は苦笑しつつ、同じく両手を重ねて彼女の華奢な身体を引っ張り上げた。
雲が多く、日差しの穏やかな日だった。
美九のお下がりの白いワンピースを着て、屋敷の庭園を花を眺めながら散歩する夕弦はなんか深窓の令嬢っぽい。
“なんか”“ぽい”などとふわっとした表現をしなければならないあたり流石は夕弦の謎のオーラなのだが、褒めるのにやぶさかでない程度には可憐で絵になる姿だった。
「歩くのはもう支障ないか?痛みは?」
「好調。支障ありません。気遣い感謝します」
病弱という要素もいい加減取れかかっているようで、元気に士道を先導するような速さで夕弦は歩いている。
「疑問。この花はなんという名前ですか?」
「えっと…………悪い。わかんねーや」
しゃがみ込んだ夕弦が薄紅に開いた花を軽く撫でて訊いてくる、が。
見事に整えられた庭園なのだが、士道は園芸には詳しくないどころか家の持ち主の美九でさえ業者に整備を丸投げしている有り様なので夕弦の疑問には答えられない。
そうすると夕弦は何故か首を傾げると、背後の茂みを指さした。
木の陰でがさりと動く音がする。
「疑問。では、あれは?」
「………っ」
「ん、どの花………え、七罪?花かと思ったら、なん―――――」
「~~~~~っ!!?」
「赤面。よくもそんな気障なセリフが言えますね。感心します」
「ハッ!?ち、違う、騙したな夕弦!?」
「否定。正直そこまで愉快にコメントしてくれるとは思いませんでした」
「く……っ!?」
墓穴を掘って愕然とする士道をよそに、後を追けていたことに気付かれたことに気付いた七罪が顔を真っ赤にしつつぱたぱたと走って逃げていく。
「違和。それで、七罪は何故こそこそこちらを監視していたのですか?」
「……………あー」
静かな湖畔のように凪いだ瞳で問われ、士道は言い淀んだ。
出会ってから二年と少し。
七罪の考え方もなんとなく分かるようになってきた士道は、それを夕弦にどう伝えたものかと悩む。
といっても、要するに前のやりとりが尾を引いて気まずいだけなのだが。
ただ喧嘩するだけだったならともかく、根っこのところでお互い引く気がない訳だから難しい。
七罪も美九も明らかに厄介事を抱えているのに“士道の為に言う訳にはいかない”というスタンスで、士道は士道で、その隠し事で二人が夕弦のように怪我する可能性を考えれば心配で仕方ない。
お互いがお互いを心配して、そのせいで妙な溝を作ってしまっている。
その辺りを相談するのもいいかも知れない。
そう思ってある程度ぼかして士道は事情を語った。
「理解。士道と七罪と美九は本当はとても仲良しなのですね」
「………ん」
「羨望。互いに相手を自分より大事にしています」
語る夕弦の目は存外生暖かい。
ストレートな言葉に照れくさかったが、続きを促す。
「助言。自分のことを相手が大事にしてくれて、自分は相手を大事にしているのなら、それぞれが悪い事になるわけがない。単純な理屈ではないでしょうか」
「…………そういうものか?」
「真理。大事にしてくれる人がいるなら、きっと幸せになれる。……………そう、そうですね」
「ゆ、夕弦?」
ふわりと。
士道の胸に飛び込んできたのが夕弦だと、一瞬分からなかった。
汗ばむ暑さの中涼しいと感じるくらいに体温を感じなかったし、体重も軽くて――――――まるで、風が吹き抜けたよう。
「約束。士道にお願いしたいことがあります」
「え?」
「未来。…………“今”、“今”でなくて構いません。“いつか”、“私”を大事にしてくれないでしょうか。できれば七罪や美九と同じか、それ以上に」
士道ならば――――。
そう呟いた夕弦の気配が、ふと初めて会った時と同じくらい薄いものに感じてしまった。
強く抱きしめると、そのまま大気にふわりと溶けて逃げてしまいそうな。
「代償。色仕掛けサービスです」
そんな士道の抱いた不安と裏腹に、夕弦は膨らんだ胸を士道に擦り付けるように身体を動かして誘惑してくる。
「投資。士道は夕弦の色仕掛けにめろめろです。好感度爆上がりの陥落で、いずれ“私”をたくさん大事にしてくれるのです」
「夕弦…………」
美少女の誘惑に、緊張や悦楽を覚える状態に、しかし士道はなれなかった。
一つ………たった一つ。
夕弦に言わなければならないことがあると、強く思ったから。
「そんなことしなくたって、夕弦のこと、“今”、“大事にする”。もう俺は、お前のこと見捨てないって、決めてるんだから」
「…………、………士道」
何故こんな言葉が浮かんできたのかは分からない。
夕弦の態度、特に“いつか”を強調する不自然さはそうだが、夕弦が記憶喪失を不安に思ってこうなっているのかも定かではないのだ。
だが、こう言われて安堵した様子の夕弦に余計に士道の不安は膨らんだ。
士道の言ったことは本心だ、嘘な訳が無い。
真夏の猛暑の中で、腹から血を流している精霊少女などという厄介事を警察の手に任せずに奔走した時から、たとえ夕弦の記憶や事情がどうであれ彼女を見捨てる選択肢は存在しない。
だが、それを言ったことで、何か取り返しのつかない―――――例えばブレーキの壊れたトロッコを押してしまったような、そんな危惧感が士道の胸の内を支配していくのを感じた。
「僥倖。存外夕弦の運は良かったようです。士道、あの時あなたに会えて――――――」
初めて微笑んだ夕弦の顔も、どこか散る前の花弁の儚さを思わせる。
そう、それは、夏の強い風に煽られて舞い上がるような、そんな一瞬の美しさ…………。
「それじゃ、夕弦のことお願いな、美九」
「あ………はい、だーりんっ!!」
夜の間の夕弦の世話を美九に任せ、士道は家路につく。
夕弦の様子に不安はあったが、体調自体はもう快方に向かっているのであまり構い続けても仕方ない。
それに、夕弦の助言から、美九たちへの蟠りも無くすように接した。
隠し事はやはり心配ではあるけれど、そういう士道であることも折り込み済みで大事にしてくれているというなら、二人は士道の心配しているようなことにならないと信じるべきだと。
いつかは事情を聞かせてもらいたいけれど、とりあえずはそういうことにしておこうと決めた。
改まって話すようなことではないけれども、そんな心構えで二人に対応すれば、すぐに向こうも察してくれて、今まで通りの三人―――――否、夕弦を入れて四人に戻った。
「……………でも、やっぱ不安は不安だよな」
この解決にしたって悪く言ってしまえば議論に蓋をしてしまっただけだし、夕弦の様子がおかしいのも頭から離れない。
そんな不安を映すような、妖しい茜色が照らす夕暮れの街を士道は歩き。
いつかの対比か類似か、彼女は士道を待ち構えていた。
シルエットは妹と言われると頷けるほどに類似のもので、髪型も別だが緩くカールした癖質は同じ。
革と鎖と錠で構成された過激な“霊装”は、細部を除いて同じで違う。
誰そ彼(たそがれ)時に暗い面(おもて)のみを妖しげな角度で開いた指の隙間で半端に隠し、彼女は言う。
「ククク……逢魔が時に些か不用心だぞ、人間。だが今の我は気分がいい。颶風の御子たるこの八舞耶倶矢(やまい・かぐや)に名乗りの栄誉を赦す。伏して列せよ!」
(…………ああ、夕弦の妹さんか)
いきなりのことに驚きはしたが、自己紹介も不要な程に夕弦よりスタイルがやや華奢な程度であとはそっくりな外見や服装、なにより夕弦とベクトルが同じなのやら違うのやら微妙な吾道を行く言動で認識は一発だった。
独特の言葉遣いも士道にとっては解読は容易い。
なので。
「慈愛傷みいる…………と言いたいがね。残念だが貴女の言う通り、私は悲しい程に人間だ。颶風の前には吹けば飛ぶ程度の存在ゆえ、伏せて垂れる程度の重さをこの頭(こうべ)に持ち合わせてはいない。名もまた同様、貴女の真名と釣り合うだけの重みが、五河士道という私を指す“名前【記号】”に存在するかは分からない。それでもよければ、その認識のみを貴女に差し出そう、八舞耶倶矢」
とりあえず乗っかってみた。
「………………ふっ。吹けば飛ぶ、まさに真理。だが士道、貴様―――“揺らいでいないな”?大した道化よ。我の内に渦巻く魔力を前にその道化ぶり、その矮小なる存在に眠る輝く刃を、我は知っているぞ」
「ほう。ヒトは言語を解するだけのサルであり人間は群体。数を頼みにし愚劣と映ろう私達に、貴女のような超越種が見るものがあると?」
「惚ける必要などない。何故ならそれは我らとて―――――否、全ての生命がその尊厳として失ってはならない最後の一線に抱えていなければならぬもの故に。
…………それを、誇りと呼ぶのだろう、士道よ?私は貴様を気に入った、五河士道。特別に耶倶矢と呼ぶことを赦してやろうぞ」
「………く、くく、くは、はははははっっ!!私の負けだ耶倶矢。些か以上に面映ゆいが、“誇り(それ)”を否定すれば私は真に卑しいヒトへと堕ちてしまう。実に天晴、耶倶矢、貴女の精神の格というものに一つ賛美を赦してくれたまえよ」
「ふん。自画自賛の真似ごとなら好きにするといい」
実は別に大して意味のあることを語っていない、言葉面だけ格好のいいやりとりを展開する。
(やべえ超楽しいっ!!!)
なにか色々なものを置き去りにして、内心士道のテンションはMAXとなっていた。
そしてそれは相手も同様であると、かつてない程に他人と同調した波長が教えてくれる。
飽きずに小難しいやりとりを続けながらも自然と二人距離を詰めて熱く見つめ合う。
そして。
がしっ
それはもう力強い握手が交わされ、士道と耶倶矢の初対面と相成るのであった。
で、数年後に内心悶絶しながらも相変わらず耶倶矢の厨二ごっこに付き合う士道くんの姿が。
ていうかむしろ作者にダメージきついわこれ……………。
で、さあ?
絶対連載無理って、俺言ったよね?
なんなの前回のあの病気後書き一発ネタに対して感想板の反響。
しゃーないからハイライトでほんのちょっと続けてみるけどさっ↓
AST・DEM出向社員崇宮真那(たかみやまな)。
任務は、災害として起こす空間震の他に、殺意を以て自らの手で人々を虐殺する最悪の精霊、〈ナイトメア〉の追跡・討伐。
だが、今は―――――。
「きひ、きひひひひ…………いつもより容赦がありませんのね真那さァん?いえ、余裕、と言い換えるべきでしょうか?」
「分かってるなら――――迅速に、死にやがりなさいませ」
光の剣が少女の姿をした精霊をばらばらに切り刻む。
下手人である真那はそれに眉一つ動かすことなく“処理”を続け………もとが何の形だったのかも分からない程度にその死体を寸刻みにすると、一瞬で興味を失いその場を立ち去るべく踵を返した。
どうせこの笑い方の気持ち悪い精霊はまたどこかで復活して出てくるのだ。
考えるだけ無駄、という諦念にも似た結論があるからでもあるが、それ以上に気がかりなことがあるからというのがその大きな理由だった。
真那は取り出した端末を操作して一つの画像を呼びだす。
映っているのは、長い黒髪と紫水晶の瞳が美しい鎧姿の少女精霊〈プリンセス〉―――――そして、彼女に背負われた少年。
その面影は、真那が毎朝鏡で見るものと寸分違わない。
「兄様、なのですか…………?」
疑念の呟きは、虚空へと溶けて消えるのみ…………。
―――――そして、兄妹は邂逅する。
「まな……?」
「やはり、兄様?成長してねーですか!?」
「…………む。シドー、知り合いなのか?」
当然の決裂。
「兄様を解放しやがれです、精霊〈プリンセス〉!!」
「貴様らはいつもそれだ!一言目には死ね、二言目にはシドーを手放せと!私はただシドーと安らかに時を過ごせればよいのだ、関わるなよ煩わしいッ!!」
「その独り善がりに兄様を巻き込むな!」
「私を拒絶するのと同じく、シドーを捨てたのは“世界(きさまら)”だろう!?私が拾って何が悪い!!」
「まな、だめ!ぼくがいないと、とうかおねえちゃん、ひとりになっちゃう!!」
「………優しいですね、兄様。でもそこに兄様の幸せは無い。だから――――――〈プリンセス〉、貴様を討滅しやがります」
鳶一折紙も、また………。
「もう一度、仰ってください、隊長」
「何度言っても変わらないわよ。シドウくん、だっけ?長く〈プリンセス〉と一緒にいたせいかは知らないけれど、あの子からも精霊反応が検出された。あの少年もまた討滅指定、人類の敵よ」
「そん、な………!」
性欲と復讐の合間で葛藤に揺れ動く。
そして――――――、
「あー、あー、マイクテスマイクテス。本当にこれでいいの琴里ちゃん?」
『ええ、私達が全力でバックアップするから心配しないで、“おねーちゃん”。さあ―――――、』
「私は五河士織!あなたたちを救いに来ました!!」
『私達のデートを、始めましょう』
―――――いる筈のない存在が、物語を動かし始める。
「ほえ?」
「え、なにこの子すっごく可愛い!ね、ね、しおりおねーちゃんって呼んでくれるかな?」
「き、貴様、私のシドーに触れるでない!!」
ただし、当然ショタコン。
以上。
まあ設定だけ語ればこの士織、隣界で眠っている間ショタ士道が見ている“夢”が十香の霊力を吸収して実体化し生まれた、士道とオリジナルを同じくするもの。
終盤ではそのことで―――――と思ったけどもう今度こそ続きなんか絶対に書かないから辞めた。
つーかプロットだけなら十分もあればこの程度いくらでも作れるんで使いたければお好きにどうぞ。