さくしゃ は こんらんしている!
組んだ腕はしっかり握って離さない、でも精霊の握力で傷つけないように優しく、包み込むように。
繊細な力加減は、しかし七罪にとって慣れたもの。
その暖かさを感じる為に、彼女は生きているのだから。
足取りは軽く、すいすいと人の波を泳ぐように士道を誘導しながら縫っていく。
八舞姉妹が力尽くで掻き分けたそれらと対照的に、体力の消耗を避けて互いに集中しやすいような時間を演出する。
祭りの空気を楽しみつつも、七罪にとって大事なのは士道と楽しい時間を過ごしているという事実そのものだからだ。
耶倶矢や夕弦が、折角の祭りなんだから士道と色々なものを見ながらいっぱい楽しみたいという、動的外向的な情動から動いていたのと、そういう意味でも対照的である。
七罪の口数は少ない訳ではない。
それでも敢えていうなら、七罪の性質は“静”であると言える。
…………さすがに、七罪の上述の感情の流れ全てを読める士道ではなかったが、今一緒にデートをしている女の子の機嫌がいいならそれでいいだろう、と何となく伝わってくる雰囲気から察して安心材料としていた。
意地っ張りの強がりの寂しがり屋。
不安や蟠りは内に抱え込んで、そのくせ構って欲しいから分かり辛く拗ねてみせるからややこしくなることもよくあるのだが、その分の経験から士道も七罪の内心を見抜くのが得意と断言できるほどだ。
士道が見抜いたただ今の七罪の気持ち…………そう、超ご機嫌。
「ねえ士道、どこか行きたいところある?」
資材を動かすルートを考え、存在する出店などが途絶え人の流れの少ないスペース。
そこに入ってすぐの七罪のこの発言だった。
誘っておいて急に相手に目的の設定を振る。
悪戯げに微笑む七罪が軽くあてつけているものは当然すぐに分かる。
「……………、お化け屋敷でも覗くか?」
「くす。いいかも……でもこの辺にあったっけ?あの二人が何も言わなくても次々と引っ張り回してくれたから、私達案内パンフも持ってないし、どこにあるんだろ」
「冗談だよ、言ってみただけだ」
「うん、知ってる」
にこりといい笑顔。
楽しそうで何よりと、つられて士道も笑顔になった。
「で、そうなると…………そうだ。さっき通り過ぎたところにちょっと気になるところがあったんだけど、いいか?」
「へえ。どんなの?」
「看板見ただけだから詳細は分からないけど、多分―――――」
話しながらも、それを終える前に。
互いの合意が形成されるのが分かっていた二人は振り返って、来た道をまた人ごみの中進んで行く。
その手をしっかりと握って離さないまま。
士道が興味を引かれたのは、複数の学校の写真部・写真同好会が合同して開催したブース。
やっていることは簡単、その場で写真を撮ってその場で現像してくれる。タダで。
とはいえ、よくよく考えれば写真屋できちんと写真を撮ろうとすれば意外にいいお値段がかかるもの―――ちゃんとした設備とスタジオでプロが仕事するんだから当たり前だが。
それを無償で学生の有志が彼らなりの全力でやってくれるというなら、せっかくなので一枚くらい記念に取っておいてもいいかということで、その入り口のカーテンを潜った。
そんな祭りの参加者たる有志は――――――当然というかなんというか、ノリがよかった。
「ねえ士道、その、すっごく恥ずかしいんだけど……」
「大丈夫、気にするな。問題はこの姿が永遠に記録に残されるということだが、俺は既に開き直った」
「おーいカレシ、ちょっと顔が引きつってるぞー。彼女さんは真っ赤になって縮こまってても可愛いからいいけど、かいしょー見せろー」
「あ、あわわわ………」
椅子にちょこんと座っている七罪と、それを後ろから抱き締める士道。
自分の首の横を通って緩く回された腕をちらちら見ながら湯気が出そうなくらい肌を真っ赤にして震えている七罪と、言うほど開き直ってはいないらしい士道。
入ってきた士道と七罪の繋がれた手を見て、ポーズの指定させてもらっていいですかー、なんていうカメラマンの意味の分からない注文に安請け合いした結果がこれだった。
七罪の髪の感触や匂いが心地よくて、いけない気分になりそうだが、人前である。
というより、この格好自体人前で、しかも撮影されるなど狂気の沙汰ではなかろうか。
士道にはカメラマンの輝く笑顔が悪魔の笑みに見えてしかたなかった。
とりあえず、正面に七罪の髪があるともふもふしたくなって仕方がない。
雑念から遠ざかるため、士道は顔を七罪のやや右上に出すように体を動かした。
「………!!」
体勢的に、より七罪の肩や背中に密着する距離になったことに、今度は七罪が反応する。
おそるおそる横を見上げると、自分と同じくらい緊張した様子の士道の赤らんだ頬が見えた。
そして、ばくばくと伝わってくる心臓の鼓動に、自分と同じかそれ以上に緊張している士道に――――――、安心、したのだろうか、それとも、可愛い、なんて思ったのか、七罪自身も分からない感情が胸の内に湧き上がった。
だから―――――――、
「じゃあいきますよー……………はい、チーズ!」
ちゅっ
「…………ヒュウ♪」
「な、ななななな七罪ぃぃ!!?」
一割の悪戯心と、九割の愛情を、口づけに乗せてその頬に。
タイミングは完璧で、七罪が少し体を浮かしてキスする瞬間がもう芸術的な程見事にフィルムに収められていた。
九割の羞恥と、一割の喜びの表情で現像された写真を大事そうに抱えて歩く七罪と、頬に走った暖かく柔らかい衝撃に放心気味の士道。
それが写真連合―――そういう名前だったらしい―――のブースを出たところで八舞姉妹に発見され、二人きりのデートは結局短い時間で終わりになったけれど。
そのすぐ後の放心する暇もない天央祭暴走特急八舞号の再開に、今度は少しだけありがたいと思ってしまった士道なのであった。
こんな風にその年の天央祭一日目は終わり――――――――、
二日目の記憶は士道には存在しない。
もとい、全力で抹消しようと思っている、その日の朝の出来ごと。
「嵌められた…………!?」
興奮覚めやらぬ様子の耶倶矢と夕弦に付き合って、士道まで美九の家に泊まることとなってしまった、天央祭一日目の夜が明けて。
寝ぼけ眼の士道を、起こしたのは美九だった。
「だーりん、だーりん、起きてくださいー朝ですよー」
「みく…………?ふわぁ」
「だーりん可愛い………うん、やっぱりこれなら」
美九の心地いい澄んだ声は逆に眠くなりそうだったが、寝ぼけた頭でその言葉を聞いた。
実は天央祭の実行委員なのでかなり忙しい美九。
朝早くにもう出立しないといけないので、“シャワーでも浴びてから”“夕弦さんたちと”一緒に後でゆっくり来てくださいねーと伝えられたのを、寝ぼけた判断力でその言葉を聞いてしまった。
言い訳をするなら、直後におはようといってきますのキスと称して七罪にされたのと反対の頬に“いたずら”されたのが狙ってなのかどうなのか、と気にしながら体を動かしていた集中力の欠如は致し方ないことだろう。
だが、シャワーを浴びている間に、着替えが撤去され“どう見ても美九と同じ女子制服ですただしサイズが大きめ”と白いブラとショーツが代わりに丁寧に畳まれた状態で脱衣所に置かれていたのは罠としか言いようがない。
数日前に士道が〈贋造魔女【ハニエル】〉の変身能力をどこまで使えるか、というのをやって応用は上手くいかないが士織化するのは自由自在という結論を得た、なつみく監修の悲しい実験を思い出して、その実験の意図もろとも分かりやす過ぎるくらいに伝わってしまった。
他の着替えを捜すために…………自分以外全員女の子達の家を全裸で徘徊する勇者にはなれなくて、泣く泣く七罪の天使を喚びだして女の子の見た目に変身する士道。
用意された制服―――下着は情けなのかスパッツもあった―――に袖を通す、男物の着替えを見つけるまでのほんのわずかな辛抱だと自分に言い聞かせて。
だが、着替え終えるかどうかというそのタイミングで、ノックも無しに脱衣所の扉が開く―――――。
「きゃあっ!?」
「士道、まだか!時の針は空転を続けておるぞ――――――――む、御主は?もしや」
「心配。長いシャワーは体を冷やします―――――――疑念。士道が夕弦達を差し置いて女の子を増やした、というのでは無さそうですね」
「あ、あ………!」
これも絆というのかどうなのか、少しの間を置いて、“士織”の正体は即刻八舞姉妹に特定される。
そして、目の前の面白そうなそれに、耶倶矢と夕弦は、にやりと笑った。
「―――夕弦、やっちゃう?」
「連行。やっちゃいます」
「ようこそおいでくださいました、だーりん、もといはにー!夕弦さんと耶倶矢さんもお疲れ様です」
「なんの!好奇心が拓くのは災厄【パンドラボックス】のみにあらず」
「恍惚。耶倶矢と夕弦の二人に拘束され為す術もない士織は、それはよいものでした…」
「しくしく…………」
打ち合わせ無しの連携プレーによって、女子学生のまま天央祭会場まで耶倶矢達に連行されてしまった士織、もとい士道。
美九と八舞姉妹、同じ家に住んでいるから仲良くなるのはいいことだが、何故被害が士道に来るのだろうか。
前の聖夜と違い、本物の女装姿を大衆に曝してしまった悲しさをなんとか押し込めて、美九に訊ねるべき問いを投げる。
「なんでこんなことするんだよ………」
「それはですねー」
なんと美九、祭りの目玉イベントの一つであるミスコンに出場しないかと推薦されたのだとか。
いやまあ、そういう“認識”がないとはいえ元人気アイドルなのだからむべなるかなと言ったところなのだが、あいにく美九は実行委員の仕事で忙しい。
天央祭実行委員とは、とりあえず準備段階で過労で倒れる人間が出て、そのせいで負担が残りのメンバーに集中して前日に楽しい文化祭の幻想を見ながら脱落する者が続出し、生き残りでなんとか当日を回したあと全員ぶっ倒れるというどう考えても色々なものが間違っている集団である。
美九は精霊なので体力は並みの男より遥かにあるので、余裕はあるが流石に仕事中に体を二つに分割するわけにもいかない。
かと言って主催者側がイベントに対してただ断るというのも収まりが悪い、ので―――――妥協した案として、美九に匹敵する美少女候補を連れてくること、というのを提示したのだった。
「だったら夕弦か耶倶矢でいいだろ!?ほら、どこからどうみても美少女!!」
「し、士道………ちょっと、そんな………っ」
「反則。追いつめられた本音だからこそちょっと今のはヤバかったです……」
(いえ、最悪それだったんですけどー、お二人にたくさんの人の前で何かさせるのってちょっと不安がありません?)
(うっ…………じゃ、じゃあ七罪は!?)
(実験の時からうすうす感づいてはいたみたいで、ここしばらく私に捕まってくれてません)
(できれば俺にも何か警告欲しかったよ、七罪…………)
遠い目になる士道に番号札を渡しながら、元気づけるように軽い口調で美九は話した。
「まあ、軽く自己紹介してー、あとはカラオケ感覚で一曲歌いでもすればそれでおーけーです。音源もこちらで用意しておくので、よろしくお願いしますねー、士織さん!」
「…………分かったよ。歌うだけでいいんだな?実際美九も困ってるのは確かみたいだし、それならやるよ」
「っ、………ありがとうございます、だーりん」
こうして、結局士道は美九のお願いを引き受けてしまったのだった。
で、歌うだけ、なのだが。
士道の歌唱力自体は、美九とカラオケによく行くので仕込まれているから聞き苦しいものにはならない、と思う。
だがいざミスコン会場のステージに立つと、そこには千を超える野郎が客席にぎゅうぎゅうに詰まっている凄まじい光景。
その圧迫感に、これを仕事にしてきた美九への尊敬を新たにするも、それどころではなかった。
緊張でいっぱいいっぱいになって、自己紹介は噛み噛みで大変なことになっていた―――それがいいとか戯言が聞こえた気もしたが。
切り抜ける為にさっさとパフォーマンスに移り、曲が流れる。
歌い方は、体が覚えていた。
緊張を紛らわせる意味でも、士道は歌に集中する。
ちょうど心境的にも、歌詞は今の士道の心ともシンクロする部分があって、―――――――――悲劇は起こった。
美九のチョイスした歌は、恋に悩む少女の歌。
不安だよ、怖いよ、どうかおかしな娘だって思わないで。
そんな言葉に、士道はつい共感して力を込めて歌う。
霊力(チカラ)を込めて、歌ってしまう。
―――――――破軍歌姫、顕現。
“わたしに、どうかふりむいて”
「…………………あ、あれ?」
歌い終えると同時に、会場が不気味な沈黙に包まれていた。
どこか憶えがあるようなないような雰囲気、具体的には去年のクリスマスとかに。
『まだ候補者は残っているようですが、今年のミスコン優勝者は決定しました。
―――――――さあ、みんなで名前を呼んであげましょう』
「「「「「「「しおりーーーーーーん!!!!!!!!」」」」」」」
「しおりん「しおりん」「しおりん」」「しおりん」「しおりん」「しおりん「しおりん」「「しおりん」「しおりん」しおりん」」「しおりん」「しおりん「しおりん」「「しおりん」しおりん」「しおりんぺろぺろ」しおりん「しおりん」「しおりん」はあはあ「しおりん」「しおりん」」「「しおりん」「「しおりん」「しおりん」しおりん」しおりん「しおりん」「しおりん」」
「ひ……………っ!!?」
目は虚ろ、妖しい引きつり笑い、今にもステージに乱入してきそうな男ども、かと言って振り向いてもスタッフや他の出場者ですら、どう見ても正気ではなかった。
みんな、士織に振り向いていた。
「い、い、い………………いやああああああああああああああああああっっっっ!!!!!」
この年、ミスコン会場で生徒関係者入り乱れての暴動が起こる。
参加者は「しおりんが可愛すぎた」など意味不明の供述をしており…………。
この年、ある少年が心に深い傷を負い、また天央祭ミスコンの歴史に、伝説が打ち立てられた、らしい。
ごめん、七罪デート途中でギブアップするくらい砂糖吐いたぶん後半馬鹿やってバランスとった…………。
しおりんかわいい