デート・ア・ライブ 士道リバーション   作:サッドライプ

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 兄として、妹として、互いの絆が試される、一年前の話。

 狂三攻略のテーマは“正義の在り処”。

 正義とは、要は最大多数が善と見做す行動規範。
 集団の共有する思想故に、強固でありながら移ろい易く、身を任せるその安心感と引き換えにミクロの現実に対し時に呆気ないまでに硬直する。

 結局、人は何が正しいかではなく、何が間違っているかでしかものを測れない。
 何かを悪であると批判することでしか語れないならば、はじめから正義など語れるものではないのだ。

 ならば、差し示された明確な悪に対し、必要なのは“ただ、感情に従うこと”。
 たとえそれが、なにを意味するとしても………少年は、その覚悟を終えている。




狂三スチューデンツ

 

 入学式。

 

 とりわけ受験競争を経てその学校に晴れて入学する身としては、生徒はそれぞれ思い思いの感情を胸に体育館に整列することだろう。

 式典の中感慨を噛み締めるか、それともさっさと教室に入って旧知や新しき友と語り合いたいと心を逸らせるか。

 いずれにしても早く終われと思う者はいても長く続けと思ってくれる人間は殆どいないであろうという意味では、目出度い場の筈であるのに割と残念なものであった。

 

 来禅高校も例外ではなく、そして更に先に挙げたどちらにもあてはまらない認識を入学式に持つ、新入生の女子生徒が約一名。

 

(士道、暇なんだけど)

 

 つんつん

 

(いいから前向いてろって)

 

(知らないおじさんの話聴かされても…………強いて言うならおめでとうの一言でいいのに)

 

(諦めろ。そういうもんだ)

 

(…………)

 

 つんつん

 

(あーもう)

 

 士道の隣に座った七罪が指先で士道の脇腹を突っついてくる。

 それをさりげない動きでガードしていると、そのやり取りだけで暇も紛れているらしく彼女も口で言うほど不満を感じているわけでもなさそうだった。

 

 そして、少し視線をずらすと、夕弦と耶倶矢も何やらもぞもぞとお互いにやっていた。

 

…………まあある程度は仕方ないだろう。

 

 勉強内容を頭に詰め込んでいようともこれまでの学校生活の積み重ねが無い三人は、こんな風な場に慣れていない。

 空気を読んで大きな声を出さないで大人しく座っているだけでも立派と言えるのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 幸いこの学校の教諭や来賓達はそこまで話が長い方でもないらしく、焦れる程待つこともない間に校歌と国家の斉唱を行い式が終了した。

 

 そして、士道は七罪達三人と一緒に教室へ行くべくまだ覚束ない校舎内を人の流れに沿って歩く。

 

「お疲れ、夕弦、耶倶矢も」

 

「倦怠。何もしないというのが非常に苦痛であることを再認識しました」

 

「だ、だからってあんなこと、しなくてもよかったじゃん、夕弦……」

 

「あんなこと?」

 

「わあああっっ、なんでもないなんでもない、忘れて士道!!」

 

「…………何やったんだよ、夕弦」

 

「自爆。耶倶矢のそういうところ、可愛いですけど心配にもなります。それはともかく士道にもあとで同じことをしてあげるので………くす」

 

「と、とりあえず遠慮しとく………」

 

 周囲も自分も黒いブレザーを身に付けた制服姿という独特の環境に変わっても、いつも通りの空気で話しながら廊下を進む。

 その、途中の出来事だった。

 

 

 

「だ・あ・りーーーんっっ!!」

 

 

 

 むぎゅ。

 

 背後からの急襲。

 素早い動きからの勢いを滑らかに殺しながらのホールドはまさに芸術的。

 そのまま士道の首元に腕を回し、すりすりすり。

 柔らかい肢体を存分に押しつけながら、士道のうなじに頬ずりをする。

 

 そんな技を公然と新入生達に見せる、元アイドルの二年生の姿がそこにあった。

 

「えへへ、誰でしょうー?」

 

「美九……ちょっと、なにをいきなり……!」

 

「だいせいかーい!そんなだーりんには入学おめでとうございますのハグをプレゼントぉ!!」

 

「ふわっ、ぐぅ………!?」

 

 やたらテンションの高い美九が、士道の背中にくっついて騒ぐ。

 美九の色々な意味で柔らかい感触―――肌、肉付き、髪、胸、あとは天然で香ってくる彼女の匂いを急に感知し、どぎまぎしながらも士道は焦った。

 

「み、美九、見られてる!めっちゃ見られてるから!!」

 

 もはや語るに及ばない、問答無用の可愛さを備えた美九に甘えるように抱きつかれている士道。

 周囲の男子からは嫉妬と殺意、女子からは好奇の視線を向けられて穴が空きそうな気分だった。

 あと、見ず知らずの人に指を差されるということが実際にあるのだなと、不名誉な体験に妙な感慨を抱く。

 

 そんな士道の心中を慮ったのかは定かではないが、ひとしきり堪能すると美九はすっと体を離してくれた。

 

「あのなあ、美九………」

 

「めんごですー。ほら、だーりんが同じ制服着てるの見ると、嬉しくなっちゃってー。

…………ほら、ついにだーりんといっしょに同じ学校と思うと、これはもう抱きつくしかないと!」

 

「士道といっしょに同じ学校と思うと?」

 

「復唱。これはもう抱きつくしかない?」

 

「か、耶倶矢、夕弦………?なんでにじり寄ってくるんだ?」

 

 美九が自身の制服の袖を甘えさせてちょこん、と肘を曲げてアピールすると、何故か反応する八舞姉妹。

 妙な迫力を出しながら左右から距離を詰める二人。

 向けられる視線の、嫉妬と殺意の割合が一気に後者に傾き、そして好奇が軽蔑へと色を変えていくのが分かる。

 それはまあ、気持ちが分からなくはないので仕方ないのだが、今は―――――、

 

 

「「「…………っ!!?」」」

 

 

 それら“理解できる感情”とはまるで別の、刃物のように鋭く、焼けた鉄の様に熱く苛烈な視線が貫く。

 

 白銀の糸が翻るイメージが、何故か脳裏を過ぎった。

 

 

「な、なんか今………」

 

「殺気。なかなかの使い手がいたようです」

 

「えーとー、いったい……?」

 

 それが向けられたのは美九と夕弦と耶倶矢だったようで、彼女らは一瞬背中を震わせて動きを止めた。

 三人のみならず近くにいた人間が無差別に知覚するほどの激しい感情が辺りに発散されて、その場の空気がなんだかおかしくなる。

 そして不意に訳も無く猛烈に狩られる小動物の恐怖を覚えた士道は、それでもなんとか口を開いた。

 

「いつまでもっ、ここで時間潰しても仕方ないし、そろそろ移動しないか!?」

 

「そうね。ほら、三人とも一旦士道から離れなさい」

 

 額に汗を垂らした七罪もまた続いてフォローしてくれた。

 

 

 

「ここは学校なんだから、いつもの家のノリで士道に甘えるのは自重しときなさいよ」

 

 

 

「……………っっっっっ!!!!??」

 

 もとい、トドメを刺してくれた。

 

「な、七罪っ」

 

「あれっ、え……??」

 

 ぎり、ぎり……がりッ

 

 水晶とかそんな感じの石を擦り合わせるような音が、どこからか耳に響く。

 士道は何故か、背筋の凍るような寒気が襲ってきて止まらなくなってしまった………。

 

 

 

 

 

 美九と別れ、一年間学ぶことになる教室に入る。

 士道・七罪・夕弦・耶倶矢が同じクラスになっているあたり、入試結果はともかくこちらは確実に七罪が何かしたのだろう。

 まあ、入った瞬間に士道達に向けられた視線に、それどころではなかったが。

 代わりと言ってはなんだが、例の独特の視線はいつの間にか感じられなくなった。

 

(ハーレム………)(羨ましい)(自宅に連れ込んでとっかえひっかえ………)

(最低)(死ねばいいのに)(ロリコン………)

 

「「最後のちょっと待て」」

 

 ひそひそと聞こえる噂話に士道と七罪が同時に抗議した。

 士道が初めて会ってから七罪の外見年齢は変わっていないが、会った当時の士道と同じ年くらいのそれだから士道にとっては云われの無い非難だし、間違われるならともかく高校の制服を着た状態で戸籍等不正に弄ったとはいえ15歳扱いの七罪にとってロリ扱いは悪口とすら言えるだろう。

 

 それはともかく。

 なんとなく確信がある。

 自分が今最も目立っている新入生だと。

 美九との騒動もそうだが、入学早々それこそ人間離れしたレベルの美少女と複数仲良くしている男はそれはもう確かに注目の的だろう。

 

 とはいえ、それを理解することと受け入れ受け流すことはまた別の話なのだが。

 衆目を集めることには、若干トラウマもあるし。

 

「う………」

 

 怯む士道を、耶倶矢が軽く肩を叩いて励ます。

 

 あくまで善意で。

 

 

「ふん。余人の意識を集束させるは雄たる御主の当然の器量よ。その魂の波動を揺らすには足らぬと示さねばなるまい?」

 

 

「……………。……………」

 

 士道は、返事に詰まった。

 

 最近の話である。

 耶倶矢といつものやりとりをしているとき、ふと気付いた。

 本当に、何のきっかけもなく、ふと気付いてしまった。

 

――――俺は何をやっているんだろう?

 

 かっこいいと思っていた謎の言い回しとか、変な思想とか、妙な憧れとこだわりとか。

 “気付いてしまった”。

 

――――もしかして、もしかしてなんだけど、これはものすごく恥ずかしいことなのでは。

 

 後で七罪と美九に訊ねたところ、無言が何よりの返答であった。

 

 で、自覚したのがいいことなのかどうなのか。

 耶倶矢にとって魂の盟友であるところの士道は、彼女の言動に乗らなければならない。

 というより、暫く例の暗黒言語を封印していると、それはもう寂しそうな半泣き顔をされ、夕弦に怒られた。

 

 だが。

 やるのか、入学初日に“あれ”を。

 これから一年を、下手をすれば三年間を共にするクラスメートの前で、初日から?

 

(だが、耶倶矢の笑顔には代えられない………ッ!)

 

 士道の方こそ半泣きになりそうな表情を堪え、必死に高笑いを張り付けた。

 

 

 

「足らぬ、足らぬ………か。ふ、ふはは、くはははは!!応とも、私の渇望は私のものだ。飢餓にも等しき世界に対しかく在れと願う其の指針は、他人に吸い寄せられて動くものではない。礼を言おう、耶倶矢よ」

 

 

 

「うむ、分かればよい。それでこそ我が盟友士道よ」

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 満足げに頷く耶倶矢。

 一方、あれだけ注目されていたのに、今度は全力で士道から目を逸らす周囲の者達。

 

 もうなんというかまともな高校生活というものから決定的にコースアウトしてフルアクセルかましたような、そんな想像というか事実に、士道の精神も色々一杯一杯となりつつあった。

 

 気力がものすごい勢いで目減りしていくので、もう士道は黒板に書かれた出席番号に対応した席にさっさと座ることにした。

 七罪もそこまで対応できなかったらしく、前後左右知らない生徒が座っていて………うち、左に座っていた女の子が話しかけてくる。

 

 

「面白い方なのですわね、“士道”さん?」

 

 

 アシンメトリの前髪で左目を隠した、不思議な雰囲気の美少女だった。

 微笑を顔に張り付け、その赤い瞳で見透かすように見つめてくる。

 

「君は………?」

 

「わたくし、時崎狂三(ときさきくるみ)と申しますの。

――――――よろしくお願いしますわ、士道さん?」

 

 是非、狂三と呼んでくださいまし―――そう続けて頭を下げた彼女。

 対する士道もまた、頭を下げ返した。

 

 

「よろしく狂三……………まともにはなしかけてくれてほんとありがとうございます」

 

 

「え、ええ…………?お礼にはおよびません、わ?」

 

 士道の不思議な挨拶に眼をぱちくりさせながらも、お上品に返す狂三。

 

 それが、彼女との出会いだった。

 

 

 





 今回のヒロインの登場が一番最後の部分だけとか、半分まだ幕間っぽかったかも。
 四話も続けたから癖が抜けてない………?

 それはともかく狂三が前話でなんか意味深に登場した風だったけど実はそんなことなかったんだぜ!というお話でした。

 そしてさあ士道よ、以後作者と同じだけ悶絶するがよい()


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