デート・ア・ライブ 士道リバーション   作:サッドライプ

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 切るとこ難しいよー
 んで、またも今回結論が見えてる引きでした。




狂三アクアリウム

 

 粒の細かい砂塵の舞うグラウンド。

 遮る物の無い日差しが砂に反射して目に眩く、春の風が運ぶは熱気。

 若さを持て余した高校生達がひたすら友達を蹴り回す、そんなスポーツを授業中に楽しんでいた。

 

………いや、体育の授業でサッカーをやっているだけで、別に隠語とかではないが。

 

 士道達のクラスも例に漏れず、また男子と女子に分かれてやっている筈なのに何故か男子に混じって夕弦と耶倶矢が参戦している。

 

「行くぞ夕弦!」

 

「呼応。今こそ八舞のコンビネーションを見せる時です」

 

 まさに風のような軽やかかつ素早いドリブルで耶倶矢が相手を次々と交わし、空いたスペースへと出る。

 そこに同じチームの夕弦が走り込んで並走したかと思うと――――耶倶矢がボールを高く高く打ち上げた。

 

 そこからはまさにファンタスティック。

 耶倶矢がそのままうつぶせに反転しながら前方に滑りこみ、脚を曲げつつ上に向ける。

 その靴底を踏み台にして、夕弦が高く高くジャンプした。

 

 そこからヘディング――――かと思えば、夕弦は更に空中で体を捻りオーバーヘッドキックの体勢に移る。

 

「再現。こないだ点いてたテレビで昔のアニメをやってたので、」

 

「我ら八舞流に改造した彼の必殺技をとくと見よ!!」

 

 

「「スカイラブハリケ――――――、」」

 

 

 ピイイィィィィィィィーーーーー!!!

 

 すかっ……………ぽてん

 

 士道が吹いた指笛に驚いて、夕弦がボールを思いっきりスカ振る。

 落下する夕弦を士道が待ち構え、受け止めてその衝撃を殺したかと思うとそのまま彼女の手首を掴んで連行体勢に入った。

 

「はい夕弦さんファール一発レッドで退場でーす」

 

「狼狽。士道、な、何故――――!」

 

「やかましいサッカーのルールじゃ敵だろうが味方だろうが人を足蹴にしたら悪質な反則だとかそれ以前に良い子は絶対に真似しないでねを敢えて真似した悪い子が更にオーバーヘッドとか悪ふざけにも程があるぞ

―――――――頭から落ちて怪我でもしたらどうするんだこの馬鹿」

 

「………反省。しゅん………」

 

「あの士道、夕弦をそんなに怒らないで、これは――――」

 

「耶倶矢、お前もだよ。下芝生でもないのにあんなことして背中真っ茶にして………どっか擦り剥いたりしてないよな?」

 

「う、うん…………」

 

 士道が寄ってきた耶倶矢の体操服の汚れた背中をぱたぱたとはたくと、しおらしくなって、おろおろと惑った手が士道の体操服の裾をきゅっと掴む。

 

 急にそんな光景を繰り広げ始めた士道達を「いちゃいちゃしやがって……」「わざわざ見せつけてんのか、けっ」みたいな視線が憎しみと共に集まっているのだが………士道は夕弦と耶倶矢の心配に必死で気付いていないのかそれとも既に慣れてしまって無視しているのか。

 

 

「まったく、何やってるんだか………」

 

 

 少し離れた木陰で、見学している体を装った七罪が呆れたように呟いた。

 それに、体格の幼い七罪と違う意味で体育の授業を見学していても不自然でない、“見た目だけは”儚そうな少女が隣で返事を返す。

 

「あらあら。しかし何故ちょうど夕弦さんを受け止められる位置に士道さんがタイミング良くいたのでしょう?」

 

「なんとなく耶倶矢達が馬鹿やりそうな気配を察して慌てて駆けつけたんでしょうよ」

 

「………なかなか羨ましいですわ。士道さんに愛されているのですね」

 

 時崎狂三。

 約束の土曜日が近づく中普段通りに学校に来て普段通りに振る舞い、士道の前で見せた豹変をおくびにも出さない精霊少女。

 あれから当然士道は七罪達に狂三が精霊であったこと、その証拠に異能を見せられ脅迫紛いにデートに誘われたことを、七罪達に相談した。

…………士道がそれに応じるつもりなことも。

 

 当然皆反対したが、対案が無い………完全な力を振るえない七罪達では四人がかりでも狂三に暴れられれば止められるか分からないこと、そもそもそんな戦いの選択肢など選びたくないこと、また狂三にもおそらく目的がある、士道を害するだけが目的ならいくらでもやりようがあること、などの要素を挙げ、渋々ながら納得させられた。

 

 だが、七罪達とて狂三の笑みの奥底、瞳に淀む“なにか”を四人が四人とも直感的に察知している。

 不安は消えない。

 そもそも、士道に対し痣が付くような乱暴な真似をしただけでも、腹に据えかねているものがあるのだ。

 

「それで、七罪さん。わざわざ体育を見学なさってまで、わたくしに何か話したいことがあるのではなくて?」

 

「………時崎狂三、私達は士道とあなたとのデートを邪魔したり余所から監視したりするつもりは無いわ。理由がなんであれ、デートはデートだもの」

 

「それはそれは。感謝しますわ」

 

「だけどね――――、」

 

 だから七罪は、美九達他の三人の分まで込めて警告と共に狂三を睨みつけた。

 

 

 

「あなたが何考えてるか知らないけど、士道にまたかすり傷一つでも付けてみなさい。

―――――――この世に肉体を持って生まれたこと、後悔させてあげるから」

 

 

 

 この、命に代えても。

 

 そんな覚悟まで宿した七罪の言葉を受け、狂三はどこか読めない曖昧な表情を浮かべた後、また表情をいつもの笑みに戻して言った。

 

「ええ、ええ。覚えておきますわ」

 

 

 

 

 

 そして迎えた土曜日。

 

 集合時間十分前に待ち合わせ場所にやって来た士道を、黒いゴシックドレスを纏った狂三はにこやかに出迎えた。

 

「うふふ。よく来てくださいました、士道さん。わたくし、とてもとても嬉しいですわ」

 

「よく言う…………」

 

「そんなことをおっしゃらずに。ところで士道さん、肉と魚、どちらが好みですか?」

 

「?もう昼飯の話か?………………魚?」

 

「はい、では決まりですわね」

 

 そう言って狂三は士道の腕を取り、引っ張りながら歩きだした。

 駅前に位置する総合アミューズメント施設、その一角にあるとある場所へと。

 

 

 水槽に泳ぐ、魚、魚。

 暗く設定された照明と裏腹に水面から射す光が、陸上では見ることの決してできないモノ達の営みを照らしている。

 

「魚、…………ね」

 

 士道と狂三が今居るのは水族館、確かに魚だった。

 肉と言えば動物園に連れてこられたのだろうか。

 

 だが、食べ物で例えられた割には狂三は楽しそうに水槽に見入っていた。

 その顔に水面の揺らめきが屈折させた独特の光の模様が映っている。

 

「魚、好きなのか?」

 

「さあ……興味はありますけれど」

 

「…………?」

 

 疑問符を浮かべる士道に、彼を放置して狂三はそのまま設定された順路を辿る。

 

 そのまま色々な魚や貝、クラゲなどの水槽を見て回る二人。

 場所の空気もあって、静かなデートになったが――――何故か居心地は、悪くない。

 

 そして途中の売店の表示を見て、士道は息を吐いた。

 

(デートはデートなんだし、な………)

 

 

 ルートも終わりに近づき、その水族館の目玉となるサメの収められた巨大な水槽。

 そこに手をかざして、狂三は話を切り出す。

 

「ねえ士道さん――――どうお思いですか、これ」

 

「どう、って……?」

 

「海に落ちてサメがいる、なんて言われたら誰しもが恐れる癖に、アクリル板の水槽に居れば愛玩動物扱い、だなんて」

 

 静かな口調で語る狂三に、どこか責められた気がして。

 士道は、同じく静かな口調で返した。

 

「宿題の話か?」

 

「当たらずとも遠からず、かしら。士道さんは野生から外れて飼われた動物が可哀そう、なんて考えたことはありますか?檻の中で、死ぬまで観賞用の命」

 

「………ない。だって、それは俺達が語る問題じゃないよ」

 

 こういう変な思索は昔の過ちを引きずり出されるようで胸が痛いが、語らなければならない場面だとはなんとなく感じた。

 

「生き物の世話をするなんて、言う程簡単なことじゃない。少なくとも、それでお金をもらってるとかだけで出来ることじゃない。だからここに住んでる生き物は、飼育員の愛情を受けて、育ってきた。

――――たとえそこから出ることがなくても、そういう居場所のことは、“檻”じゃなくて、“家”って言うんじゃないのか?」

 

「一方的な愛情という可能性はありませんこと?」

 

「かもな」

 

「その愛情にしたって、アクリル板の向こうにいるから抱けるものですわ。その敷居は、愛でる側が上位であることを示す柵だから」

 

 ちらちらと何かを例えるように、遠まわしに。

 そんな狂三の言い回しに多少苛立ちを覚え、結論で強引に断ち切った。

 

「そんなこと、自分が相手より下だろうが家族だろうが赤の他人だろうが同じことだ。そこが檻だの家だの針の筵だの天国だのって、決めるのはそれこそ向こうだろ。こっちはこっちなりに精一杯やるし、居て欲しいなら居て欲しいって言うけど、必要ならお互いいくらだってアクリル板を叩き壊す。近づく為か、そこから抜け出す為かは知らないけどな」

 

「…………」

 

 何故か狂三は、そこで黙り込む。

 

 

 結局そのまま水族館を出て、暫く歩いた。

 狂三は少し外れの、木々の植えられた人気のない公園へと士道を誘導していった。

 

 そこで立ち止り、一定の間。

 彼女が振り返った時、その声は。

 

「士道さんが悪いんですわよ?」

 

「狂三………?」

 

 

「ではそのアクリル板――――――――好きなだけ叩き壊させてもらいますわァ?」

 

 

 瞬間、狂三の足元の影が、爆発的なまでに大きくなる。

 光の当たり方とか、あきらかにそんな次元ではない不可思議な影の“膨張”、それはすぐに士道の影をすっぽりと覆うまでになった。

 

 そして士道は、一瞬眩暈を覚え、かくりと膝を突いた。

 脱力感と倦怠感。

 まるで活力が影の闇に吸いこまれていくような。

 

「これ、は―――――?」

 

「〈時喰みの城〉……………くすくす、くすくす。ああ、やはり士道さんは素晴らしいですわ。最高ですわ。常人ならばとうに意識を失って永遠に目覚めない強さで“いただいて”も、その程度で済んでいる」

 

「なに――――?」

 

「わたくしの天使、いい子なんですけれど少々大食いなところがございまして。ですから、人間から“命の残り時間”を餌にしていますの」

 

 嘲るような狂三の口調。

 そして、前髪に隠された右目が、ちらりと垣間見える。

 

 時計の文字盤。

 黄金に輝く、生物としては明らかに異物のそれが、なのに埋め込まれたような不自然さが全くなく狂三の瞳で時を刻んでいる。

 

 否、巻き戻っている―――――?

 

「俺の寿命を吸ってる、ってことか………?」

 

「怖いんですの?怖ろしいんですの?でェ、もォ、安心してください。わたくしが欲しいのはあなたの封印した四体分の精霊の力。いただいているのも…………底が見える気配がないのですけれど、ね。ああ、本当に、いい………っ」

 

 

 有象無象とは、大違い。

 

 

「っ、おまえっ!!」

 

「きひ、きひひひひっっ。ええ、いただきましたわ。加減を間違えて、戯れに、虫の居所が悪くて、特に生かして帰す理由がなかったから。精霊の力を振るい、空間震とは別に、吸って奪って殺して殺して殺して殺して殺してッッ!!

…………どこかの暇な人が確認できるものだけを数えて、ついこのあいだ死者一万を超えたそうですわ。わたくしだけを目の敵にして、しつこく追ってくる魔術師(ウィザード)までいるほどなのですよ?」

 

 哄笑を上げながら、狂三は至近距離まで接近し、士道の顔をさわさわと撫ぜる。

 鉤のように曲げた細い人差し指をくるくると回しながら、士道の目玉に触れるか触れないかのところまで近づけ、そして言った。

 

 

「さあさあ士道さん、宿題の答え合わせの時間ですわ!!ここに巨悪がいます。害獣が、怖ろしい怖ろしい化け物がいますわ。新しいアクリル板が必要ではなくて?囲いは、柵は、檻は!?今あなたはどうしたいですの?封印しなくてよろしいのですか?当然、“わたくしは”全て叩き壊しますけれどォ。あなた今どんな気分でして…………ねえ、飼育員(しどう)さん?」

 

 

 まるで芝居のように仰々しく声を張り上げ、またも何かを遠回しに揶揄する狂三。

 認識が食い違っている。

 なんだか士道はそんなことをおぼろげながら感じて、だが侮辱されたことだけは確かに分かっていた。

 自分だけでなく、彼女たちまで侮辱されたことは分かっていた。

 

 それを許容できる士道ではない。

 だから、苛立ちとともに叩き返す、変わらずの結論で。

 

 

 

「決めるのはおまえだろ…………理解力足りてないのか二度も言わせんな!!」

 

 

 

「え………?」

 

 ぽかんと勢いを削がれる狂三に、士道は静かに語りかける。

 

「こんな回りくどいやり方と言い回しで、何か狂三が俺を試したがってるみたいだってことしか分からない。でも今はそんなこと関係ない。

…………なあ狂三、学校、楽しいか?」

 

「何を………?」

 

「楽しいよな。だって笑ってた。演技だとしても、打算だとしても、毎日学校に来て、俺とどうでもいい話をして、笑ってたんだ…………だったらほら、このまま学生やるのだって選択肢だ。封印するかどうかは問題じゃないだろ。ただの学生やってりゃいくら燃費が悪くてもそもそも天使を使う機会なんかほとんど無い」

 

「…………色々と知識も思慮も欠いた発言ですわね、士道さん。その提案、穴だらけですわよ?」

 

「三度目だぞ、狂三。“決めるのは、おまえだ”。俺はただ、狂三に居て欲しいって言っただけだ」

 

「……………!」

 

 驚いた顔で狂三は唾を飲み込んだ。

 何かを否定するように首を振り、狂三は士道に食って下がる。

 

「呆ッれますわね!?あなた今わたくしがこれまでどれだけ殺してきたと言ったか、もうお忘れですの?そんな化け物が、ただの生徒として学校に居て欲しい?素面で言っているならとんだ聖人ですこと!」

 

 言い募る狂三に負けない勢いで、士道も返す。

 

「聖人?逆だよ、人を傷つけた奴に裁きが下るべきなら、その家族や本人に会ってごめんなさいも言えない七罪達の幸せを願ってる俺は決して正義なんかじゃない。そんなんで、だからこそ、語れる悪が一つだけあるとするなら。

――――人殺しが人殺しをやめちゃいけない?ふざけんな、惰性で人殺しなんかそれこそ“最悪”だろうが!!」

 

 士道の、その言葉を聞いて。

 狂三は一歩、二歩と後ずさった。

 茫然とした表情で見開かれた左目の文字盤が間抜けに巻き戻り続け………いや、止まった。

 

 足元を見れば、影が正常な形に戻っている。

 体を襲っていた吸い取られる感覚も、気づけばなくなっていた。

 

「人殺し、惰性?………違う、違う、最初は、でも、わたくしは…………!?」

 

 体を震わせ、自問自答を繰り返す狂三。

 その姿が、酷く弱々しくて、助けを求めているように見えたから。

 

「そういえば、言ってなかった」

 

 手を狂三に向かって、差しのべた。

 

「また来週も学校に行こう。つまらない授業受けて、どうでもいい話して、なんでかにこにこしてるお前の顔がなきゃ寂しいから。だから、狂三」

 

 

“俺と、友達にならないか?”

 

 

「士道、さん………」

 

 

 それは、きっと果たされない願い。

 

 

 その手を取ろうとした狂三を、突然沸いた嫌な予感としか言えない何かに突き動かされ、横に突き飛ばす。

 

「――――ッ」

 

 次の瞬間、胸の奥にまで捻じ込まれる灼熱感。

 視界に移るのは、鮮血の赤の混じった薄く光るナイトドレス、おそらく霊装を身に纏った“もうひとりの狂三”。

 いきなり突き飛ばされて地面に倒れ、目を白黒させている彼女にそっくりな“狂三”。

 

 その腕が、士道の胴体を、素手で貫いている。

 

「げふ………っ、が、あ……!??」

 

 その意味を理解する前に、夥しい量の血を吐き士道と同じくらい理解できぬと言った態の“狂三”の霊装を汚しながら、士道は崩れ落ちた。

 意識が、闇に沈む―――――。

 

 

 

 そして、呆気なく。

 五河士道は、死んだ。

 

 

 

 





 次回、ブチ切れます。

 いや、誰とは言わないけどね。


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