やー久しぶりに士道さんの黒歴史書いたぜー。
モニターに目まぐるしく色とりどりの光点が流れる。
複数の線上に引かれたそれが高速で幾つも幾つも横切り、そして左端に引かれたボーダーラインを超えずに例外なく消えていく。
高速で刻まれるビートに合わせ、疾走する電子の音色。
その流れを完全に掌握し、彼はインストラメントを操りきった。
――――PERFECT!!
「…………ふう」
現れ踊る金文字を感慨も無く見ながら手の力を抜いてぶらぶらと振る。
集中を解いた中、ふともともと騒がしいゲームセンターの中で人のざわめきを感じた。
――――おい、あれのextremeクリアとか初めて見たぞ。
――――しかもパーフェクトって………画面とかもうスコアってレベルじゃなかったし、何者だよ。
――――いや、あの人、まさか士道<シド>っ!!
「…………」
――――え、それって?
――――しばらく前、颶風<グフ>って女二人組と一緒にゲーセン荒らしまくった凄腕だよ!
――――ああー!ガンシュー、レース、格闘、音ゲー、それにUFOキャッチャーまでやりたい放題してたあの士道<シド>さんかよ!?
「……………………(汗)」
………そういえば、そんなことを一時期やっていた、気が、しないでも、ない。
八舞姉妹の好奇心に引き摺られ、美九から給料としてそこそこ貰っている彼女らと一緒に置いてあるゲームを片っ端からランキング最上位になるまで遊び尽くしていたことがあるのだ。
精霊の身体能力に追随する為しおりんモードというインチキの一端すら時に(オートで)発動しながら付き合っていた当時の彼の発言の一つがこちら。
『運動神経、反射神経というものは、要は慣れと自分の体をより俊敏・精確に動かしていくイメージをする能力だ。だから業腹ではあるが五河士織として優れた身体能力を発揮した記憶があれば、人間たるこの身であってもそれなり程度の動きを見せて何の不思議もあるまい。人間の身体能力で遊ぶことを前提としたゲーム相手ならば尚更にな』
要は『女の子の姿になれるようになってから運動がもっと出来るようになりました』という見ようによってはかなり情けない黒歴史発言だが、今はそれと関連するが少し異なる黒歴史によって集団の視線を集めている。
そして、士道は経験からなんとなく察していた。
照明は大抵がゲーム機の煌びやかな光、そして閉鎖密封されたある意味異次元のこの空間では、はっちゃけた馬鹿の勝ちだと。
ここでまともな態度を取れば寧ろ場を白けさせる空気を読めない馬鹿扱いされるのだと。
故に彼は回帰する。
指貫きグローブは持ち合わせていないけれども。
当時必須品だった指貫きグローブは自宅の机の引き出しに厳重封印したままだけど。
「諸君、親愛なる同士諸君。久しき帰参、まずは麗しき双子の不在を詫びよう。代わりと言ってはなんだが、私と誰か楽しい楽しいゲームをしてくれる人はいないだろうか?種目の選定も任せよう」
――――パねえ、士道<シド>さん相変わらずの闇言語だぜ!
――――それよりどうする?誰か行く奴いないか?
――――そんなに凄いのか?じゃあ俺が行くぜ!
「ありがたいよ、ここで道化に終わっては虚しいどころの話では無いのでね。故に私の拙い全力で当たらせてもらおう。
………ああ、ハンデなど考える必要は微塵もありはしない。常に本気の勝負を私は望む。当然だ、――――遊戯<ゲーム>で本気になれない人間に他の何で本気になれようものか!!」
そして、士道<シド>は、はっちゃけた。
挑戦者十数人を様々なゲームで返り討ちにし、インチキ超絶技巧を見せ、ギャラリーの賛美を浴びながら若干いい気分でゲームセンターを後にする士道。
雨雲もすっかり晴れ、外の新鮮な空気をたっぷり吸いこんでいるところに――――、
「きゃーシドさんかっこいいー」
「…………ッッッ!!!?」
可愛らしい少女の声援に、愕然とした表情で振り向き、急に脇腹を押さえた。
「な、な……なつ、七罪………っ!!?」
「シドさんまじパねえっすー」
「ぐはっ!!」
ジト目かつ平坦な声音でゲームセンターから出てきた士道を出迎えたのは、緑の長い癖毛の特徴的な精霊少女、七罪。
そのやる気のないながら彼にとって途轍もない威力を発揮する言霊に、士道は思わず膝を突く。
ちょうどいい位置に来た彼の額をつつきながら、七罪は溜息混じりに言葉を投げた。
「まったく………ひとがあなたの事でよく分かんない連中と話付けてる間に、当の本人が何やってるのよ、もう」
「仕方がなかったんだ……気づけば、つい………」
「へえ?つい、で一人称が“私”になるのねシド?いっそもうしおりんの格好で行った方がもっと盛り上がったんじゃない?」
「ぐっ!?ぅぉぉ…………!」
七罪が追い詰める度にダメージを受ける士道。
こういう話題になるといつものパターンなのだが、今日はちょっとだけ意地悪をする気分な七罪。
ぐりぐりと指で軽く士道の額を押し続けながら、喋り続ける。
「ていうか、その無駄に深刻に恥ずかしがる?後悔する?その心理もよく分かんないんだけど、ならなんでそもそもああいう行動するの?」
「業を………業を持たぬものには分からない………っ」
「ふーん。変なの」
「かはっ!!?」
「―――――なによ。耶倶矢達とはあんな楽しそうにしてたくせに」
いじめても、微妙に面白くなかった。
そんな心理が声に出ていたが、ダメージを受けた士道の耳に届いてはいなかった。
まあいつまでも士道を路上でへこませていても仕方ないので立たせて、七罪は美九の家への“帰路”に同道する。
半歩ほど前に出た士道が、七罪がアスファルトに出来た水たまりを踏まないようにとコースに気を付けながら引っ張る手に従いつつ、その指と指を絡ませて歩いた。
「それで、案外早かったな?俺はちょっと買い物がてらここで暇つぶしして、その後みんなの晩ごはん作って待ってるつもりだったんだけど」
「暇つぶし………随分個性的な暇つぶしだったわね」
「もう勘弁してください」
「だめー」
ぺろ、と舌を軽く出した後、おもむろに七罪は表情を疲れたそれに変えた。
「…………仕方ないと言えば仕方ないんだけど、話の途中で夕弦と耶倶矢がぷっつんして、祈りを込めて十字を切りそうになって、また一旦お流れに」
「何があった!?」
――――精霊の前に立たせる士道の安全は完全に保証されている。
そんな旨の発言を琴里がしてしまった為狂三の事件を思い出した彼女らが多かれ少なかれ刺激されて、とてもではないが冷静な話し合いが続行できなくなったという経緯だった。
「まあ色々大変だったのよ。あなたがはっちゃけてる間ね」
「ごめん、ごめんって。本当もう許して………」
「どうしよっかなー」
頭を下げる士道から表情が見えないように顔を背け、考えるふりをする七罪。
ちゃっかり手は握ったまま離していないが、士道がその意味に気を回している様子は無かった。
琴里と交渉している間士道が遊んでいたことを怒っては、実はまったくなかったりする。
士道も妹の事で複雑な心境で、精霊の問題だって覚悟していたとはいえ実際に直面して、その上で事態の中心なのに蚊帳の外で宙ぶらりんの立場なのだ…………発散したくもなるだろうし、多少の暴走もあるだろう。
何より美九は当然としても、七罪も耶倶矢も夕弦も全員士道には激甘なのだから。
ただ、怒るのと拗ねるのとは別な話で。
拗ねると士道はたくさん困って、いっぱい七罪のことを考えてくれる。
世話好きの士道は案外それで満たされることもあるから、これは需要と供給の一致であると、七罪はいつものように自己正当化した。
「みんなにチクっちゃおうかなー士道<シド>さんが遊んでたって。士道どうなるかなー、今晩寝られるかなー?」
「七罪さん!?どうかそれだけはやめて!」
「………ふふっ」
腹に色々なものを抱えていそうな妹(仮)とのやり取りでささくれた神経も癒されていく。
きゅっと繋いだ指にほんの少しだけ七罪は力を込めた。
返ってきた士道の肌の柔らかさと温かさを再認識し、そうして“守るべきもの”をしっかりと確かめていた。
――――士道が精霊に命がけで対話することで、世界が救われる?
――――高説結構、だが知らぬ。
――――慈善事業なら余所でやれ、愛し君を失う事態こそが最もあってはならないことだ。
――――所詮我らは悪逆の災厄、士道を犠牲にしなければ滅ぶ世界ならば我らこそがその破壊者ともなろう。
愛しい人には見せられない彼女達の形振り構わない本音はそれで、一度士道を失ったと思った時の嘆きと絶望を思えばそれは開き直りではなく恐怖でもあった。
時崎狂三の事件の際に痛感したことだ、人は容易く死ぬ、精霊の気まぐれで。
いや…………たとえ害意がなくとも、普段七罪達が細心の注意を払っている力加減を間違えるだけでも、精霊の身体能力は容易く人を傷つける。
それを思えば、士道を見ず知らずの精霊と接触させることを呑める筈などないのだ。
だが、七罪達はまだ知らない。
つい一時間程前、士道が声を掛け縁を結んだ少女が一体何者なのかを。
「……………ふう」
「お疲れ、琴里」
五河家、そのリビングのソファに沈み込みながら琴里は深い深い溜息を吐いた。
活発さの欠片も思わせない疲れ切った様子の彼女が、目の下の隈や気だるげな無表情など別の意味で活発さを持たない女性解析官の部下、村雨令音にねぎらいの言葉を掛けられる。
だが、それに応える気力も無かった。
正直、髪を二つに括ったリボンも外して楽になりたいところだったが、そうもいかない。
黒いリボンは“強い琴里”の証…………そのように自己暗示を掛けている道具だ。
豹変しているように見えてもそれを外せば甘えん坊の泣き虫の琴里に戻ってしまって、今の心境では泣き喚き散らし、“最悪の事態”になる可能性もあるのだから。
そしてもちろん、“強がり”は強がりであって、今の琴里も辛くない訳がない。
――――おにーちゃんが、帰ってこない。ただいまを言ってくれない。
用事があるのではなく、“帰りたくない”と思われているから。
付けざるを得ない―――無論、周囲の精霊達に気取られない範囲で―――監視によれば、士道は今〈ディーヴァ〉誘宵美九の家に転がり込んでいて、そして、それは彼の自発的な意思であるらしい。
両親もいない、一人の五河家は広過ぎて、物寂しさに包まれている。
付き添ってくれる令音の存在が、本気で有難かった。
――――私は、何を間違えた?
「琴里、今日の会合の資料と分析結果だ」
「………ん」
精霊との交渉も上手くいかず、二日目の進展に至っては無いも同然と会話記録を再確認しては自嘲する。
会話の中から得られた情報と〈ベルセルク〉達を士道の封印が緩む程に激怒させたことを秤に掛ければ、寧ろ成果としてはマイナスとも言えただろう。
この状態では、発言権を取り上げられている士道の言葉を聴く見通しすら立っていない。
…………仕方のないことではあったのだが。
なぜなら、七罪達は自分達の本音が士道の身の安全こそを案じているのだというのを誤魔化し、あくまで嫉妬心からのものだという姿勢をブラフとして話を展開しているのだから。
今回夕弦と耶倶矢が暴発したことでヒントを与えはしたものの、“〈ナイトメア〉時崎狂三の一件に五河士道がどう関わったか”というカードを手の内に温存していて、切るつもりが欠片もない以上、琴里達が彼女らの真意に正確に辿り着ける可能性は限りなく低い。
一方だけが立場をほぼ全開にしてしまった交渉は、下手をしなくとも練習中のボクサーとサンドバックの構図だ。
「琴里、大丈夫かい」
それでも。
「――――大丈夫よ。もともと精霊にこちらを信用させるのも含めて士道一人に丸投げする予定だったんだから。その役目がこちらに回ってきた程度で、投げ出せる筈がないでしょう」
そう言って、“強がる”ことしか、琴里には許されていなかった。
そんな葛藤を余所に、とある場所、あるいはどこでもない場所。
「ねえ、よしのん」
『なんだい、四糸乃?』
「あのお兄さん……それに、この傘」
『ん?うんん?…………あれあれ、四糸乃、まさかとは思ったけどもしかしてもしかしなくてもっ?』
「~~~~っ」
『そっかそっかぁ。もちよしのんは応援するよ!』
「あ、ありがと、よしのん………それで、どうすればいいか、分からなくて」
『うんうん、四糸乃の初めての恋だもんね!協力もする、ん、だけど………』
「?」
『お兄さん………ああ、名前も訊かないと。四糸乃にメロメロきゅーにするには、四糸乃が自分で話しかけるしかないかな、って。大丈夫?』
「………がんばる」
『おー、その意気だっ』
そんなやり取り。
中二病黒歴史要素、いちゃらぶ要素、シリアス要素、やや鬱要素、そして癒し要素。
この中に当初入れる予定の無かった要素が一つあります。
……………七罪、お願いだから士道さんといちゃついて他の子の出番食う癖そろそろやめてね!!()