デート・ア・ライブ 士道リバーション   作:サッドライプ

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 この小説で折紙が変態行動に走るとランキングが上がる法則。

………みんな好きだねえ。だからってそればっか書く気も無いけど




十香エスケープ

 

 五河士道は柔らかな少女の面を憂鬱げに沈めながら、空間震によって球形に抉られた街の一区画を折紙宅のマンションの屋上に上がって見下ろしていた。

 士織と呼ばれている姿で吹き抜ける風に伸びた髪を煽られながら、無人の破壊された街を眺めているのは酷く侘しげな絵面となっているが、そんなことを考える訳もないその内心は、単に困り果てて途方に暮れているだけである。

 

「…………どうしよう」

 

 しばらく行く当てもない。

 今からでも入れるシェルターは無いだろう、災害中に開くシェルターなどあったら大問題である。

 

 空間震警報が人々の日常となって久しく、その避難の態勢もしっかりと整えられていた。

 動けない重病人や老人はいつでもベッドごとシェルター直結のエレベーターに搬入できるようにしておく義務が医療施設類には法で定められているし、その他事情があっても基本的に掛かっているのは己の命となればそれこそ必死で災害からは避難するだろう。

 そんな世の中、監禁されていたせいで本震から逃げ遅れたという士道はあまりにレアケースだった。

 

 幸いにも空間震自体には巻き込まれなかったが、空間震はあくまで精霊がこの世界に現出する際に付随する現象であることを、士道は知っている。

 すぐに始まる筈だ、人間に“災害”とされた精霊と、そんな精霊を“排除”しようと銃口を向ける人間達の戦争が。

 

 否―――既に始まっていた。

 

 火薬が炸裂する、耳を貫くような超音速で撃ち出された銃弾の悲鳴。

 それも甲高い乾いた音ではなく、大口径の重い鉛を叩く轟音。

 

 人の営みの絶えた街のアスファルトに反響しながら、砲火はその音を追い越す速度で獲物に喰らい掛かる。

 一直線に放たれる獣―――その主である狩人もまた、鋼の武装で身を固めていた。

 背の装備から青白い光を噴出し、その反作用で為す翼を以て空を翔る狩人達の呼び名は“魔術師(ウィザード)”。

 その数、ざっと二十。

 

 それにたった一人で応戦する精霊は、対照的に幻想を思わせる騎士鎧姿だった。

 腰回りを保護するのは文字通りのスカート、長く艶やかな黒髪を纏めるのは兜の代わりに大きなリボン、しかしプレート部分はもちろん紫を基調とした布地も薄白い飾りも、霊装だとすれば防御力はそれこそ人智を超えるものだろう。

 

「…………夕弦や耶倶矢のよりか、よっぽど防具っぽいな」

 

 というより精霊の最強の盾である霊装がドレスや魔女コスチュームでない真っ当な鎧のデザインであったことに何故か注意が行ってしまった士道の、彼女に対する初見の感想だった。

 

 まあその防御力はやはり大したもので、銃弾程度なら避けるまでも無く全て弾き、魔術師(ウィザード)達と違い何の補助具も無く身一つで空を舞う彼女の速度を緩めることすら無い。

 そしてそんな彼女に業を煮やしたか、何人かが手にSF映画そのものの光る剣を装備し、切り掛かる。

 レーザーなのか不思議粒子なのか知らないが、その剣ならば霊装を突破できるのか否か―――人の形をしている存在が切り刻まれるのを見たいとは思わないので知りたくも無いが、それは精霊の彼女も同じようだった。

 

 一瞬虚空より現れて霞んだ何か―――鞘、というよりは匣のように見えた―――黄金色のそれから抜き放つ、薄く輝く幅広の大剣。

 ただの少女と体躯はまるで違わぬ、その細腕がその重量武器を鮮やかな軌跡でもって一閃すると、切り掛かった者の内二人がいとも容易く弾き飛ばされる。

 

 そしてすぐに左から打ち掛かってきた後続を、柄から離した片腕一本でこともなげに相手の手首を掴み、背中に来た刃を同じく剣で迎撃し、そのまま流れで柄頭で打ち据えた。

 そのまま掴んだ手首を引き寄せ、その主目掛けて大剣で突き刺す。

 翠に輝く半透明の膜―――彼らを彼らたらしめる万能の力、“随意領域(テリトリー)”が魔術師(ウィザード)を守ろうとするが、その護りは容易く貫かれ飛行用の装備を失うこととなった。

 

 翼をもがれた敗者を精霊は地面へと放り捨て…………同時に、その周囲を包囲するように飛んでいた者たちの内一人がふらふらし始めたかと思うと、そのまま力を失い同じく墜落の途へと転がる。

 最初の一閃の際に、その刃の軌跡の延長線上にいた者だ。

 

 あの精霊の武装たる天使の能力―――あの大剣で、全てを切り裂く、刃が届かないような遠く離れた距離までもを。

 

 理屈を超えた感覚的な部分で何故か士道はそれを把握すると、同時にあれ、と思った。

 

 相手を全滅させるならその隙はいくらでもあった。

 向こうの遠距離攻撃は、ミサイルを撃ち込んでも霊装の前には目くらまし程度にしかなっていない以上効果は無い。

 ならば気にせずに全力で前に突っ込みながら適当にあの大剣を振り回せばそれだけで勝負は着く。

 単純な戦法故に付け入る隙が見つけにくい、絡め手に走ろうがそれは彼女の突撃と剣戟を僅かにでも逸らせるレベルの何かが無ければ成立しない策なのだ。

 

 だが魔術師(ウィザード)達と精霊は戦っている、戦いが“成立している”。

 

「あしらっているだけ、なのか?」

 

 相手が行動不能になる程度にはその大剣を振るってはいるが、淡々と近くの相手から無力化していく様には攻撃してくるから攻撃し返しているだけという印象が伝わってきた。

 

 精霊と人間の隔絶した実力差。

 だとしたら、この戦場に何の意味があるというのだろう。

 

 士道はなんとなく虚しい気持ちに駆られた。

 

 そんな精神的余裕を持って彼が客観的に見れば敵か味方か謎のヒロインよろしく戦場を観察しているのは、単に巻き添えを食らうのを恐れてだったが。

 1キロメートルは離れた士道の位置からは精霊と魔術師(ウィザード)達が戦っている様子などハエが踊っているのと変わらないサイズでしか見えないが、〈贋造魔女【ハニエル】〉によって変身した体でなら捕捉することが出来る。

 我武者羅に背を向けて離れるよりは、何が起こっているのかを常に把握しつついざとなれば天使で自衛した方がいいか、という判断だった。

 

――――それが、吉と出たのか凶とでたのか。

 

 どうにもならない状況を打破するカード、カラーリングも武装の物々しさも他と一線を画す魔術師(ウィザード)の増援が二機、天より舞い降りる。

 

 あからさまな真打(エース)登場といった風情に反することはなく、その二機は曲がりなりにも精霊と凄まじい速度で何合も刃を交わし、隙を見ては砲やミサイルを直撃させている。

 霊装に大した被害も受けてはいなそうだったが、その実力を持つ敵が一人ならともかく二人で連携を取られるのは面倒だと判断した様子だった。

 二人が合図と共に同時に左右に離れ、残っていた他の者らで浴びせかけた一斉射撃の粉塵を突っ切って、少し離れたマンションの屋上に仕切り直しとばかりにその精霊は降り立って足を付いた。

 

 

 そう、何の冗談なのか士道のいる場所、真横に降り立って。

 

 

「……む?ッ!!」

 

「のわっ!?」

 

 咄嗟、といった反応で精霊が振るう大剣、こちらも士道は咄嗟に防いだ―――両の掌で速度の乗った斬撃を挟み受ける、白刃取りで。

 

(こ、怖……っ、二度とっていうかまたやれって言われても出来る気がしない………!!)

 

「私の〈鏖殺公【サンダルフォン】〉を、素手で………っ!?」

 

 命が懸かっていると無茶もできるのだなと己が為した曲芸に驚いていると、精霊の声が聞こえた。

 

 よく通る、濁りのない澄んだ声だった。

 同時に、警戒に満ちて固く鋭く絞り出されていることに気づき、士道は慌てて釈明した。

 

「まて、違う!別に俺は君の敵じゃない!!」

 

「信じるかっ、おまえは何だ!?」

 

「本当に違うって、大体俺君のこと知らないし、敵も味方もあるわけないだろ!?」

 

「………ッ!」

 

 睨みつける精霊の紫水晶の瞳の色が印象的な、例に漏れず他の精霊の女の子達に負けず劣らずの美少女。

 だがそれゆえに、全力で凄まれると迫力も相応だ。

 

 

「私だって知らない………“なのに”敵なのだろう、おまえ達は!?」

 

 

「―――!?」

 

 その半ば叫ぶような訴えは、士道の心の何かを掻き毟った。

 

 知らない―――そうだ、夕弦や耶倶矢、四糸乃は最初に会った頃人間について、人間と精霊の関係についてどれほどのことを知っていただろう?

 七罪や美九は例外として、確かに知らないことは多くて………なのにこの世界に現れたというそれだけで命を狙われ続けるのだ。

 八舞姉妹にとってのお互い、四糸乃にとってのよしのん、そんな心の支えが見つけられなかったとしたら。

 実際に可能かは別としていつもいつも理由も分からず命を狙われ続ける、一人ぼっちで。

 

 それが今までの彼女だとしたら、なんて――――。

 

 

 そんな考え事を長くしている時間も無かった。

 

 空気を撹拌する音に、一瞬彼女を見失った魔術師(ウィザード)達がこちらに向かってくるのだと耳で理解する。

 士道にとってまずい状況だった、このままこの精霊に敵だと思われて斬りかかられ続けるのも危険だし、それに対処する様子をその他に見られるのも嫌な予感しかしない。

 

 どうする、どうするべき、どうすればいい。

 焦りのままに絡まる思考の中で弾きだした結論、それはある意味自棄を起こしたようなとんでもないものだった。

 

「敵だっていうんなら……俺を人質にしろっ!」

 

「な、何!?」

 

 掌に捉えたままの大剣―――〈鏖殺公【サンダルフォン】〉とか言ったか―――の刃を自分の首筋に当て、精霊の懐に潜り込むように体を滑らせる。

 固いような柔らかいような、いつだか触った七罪のそれともまた違うなんとも言えない霊装の感触が背中に当たっていた。

 

「一体何のつもり……!?」

 

「こっちにも色々事情があるんだよ!いいから、上手く行けば君もこの場は戦わずに切り抜けられるかもしれないからっ」

 

「むぅ…」

 

 そうこうしている内に魔術師達は集まってくる、包囲するようにされているが不審な一般人が精霊といるというイレギュラーな事態に困惑している様子は伝わってきた。

 

 精霊の少女もやることにしたらしく、士道の首に当てられた大剣を閃かせ声を張り上げる。

 

「うごくなー、うごいたらこやつの命はないぞー」

 

「逃げ遅れて…………たす、助けてください……っ、お願い……!」

 

 棒読みなんとかならなかったのか、とツッコみつつも迫真の演技でカバーする来禅高校文化祭アイドルしおりん。

 瞳に涙を溜め、空を飛んでいる相手の位置的にウル目で上目遣いで哀れな少女を演じる。

 その顔を見せられれば、男はもちろん女性すらも庇護欲に駆られても不思議ではなかっただろう。

 

 だが、目があったのは、例のエース格らしき二人の内、装備に引っ掛かりそうなストレートロングの髪を伸ばした女性。

 彼女は怜悧な表情をぴくりとも動かさず、

 

「そうですか、それはそれはとても――――、」

 

「助けて………、え?」

 

 

 

「――――運が悪かったですね」

 

 

 

 向けられたのは、今にも放たれるのを待っていると言わんばかりの仄かに輝く太い砲口。

 引き金と共にそこから光が溢れ出し―――。

 

 屋上が最上階と繋がる、大穴を開けてそこに陥没させた。

 

 

 

 

 

「なんだあの女、無茶苦茶やりやがる………!?」

 

 かろうじて士道も精霊も無事だった。

 余波はともかく彼女らに向かってくるエネルギーは全て天使に切り裂かれ、その隙に一緒に離脱したのだ。

 

 ノリと雰囲気で押し切って精霊の少女に掴まらせてもらい、マンションを一気に“飛び”降りてマンホールから地下空間へと潜り込んだ二人。

 空間震対策として地下シェルターの発達したこの天宮市は、その類の設備に事欠かない。

 受験の終わってから高校に上がる少し前の時期、八舞姉妹と探検と称してあちこち、今思えばどう考えても関係者以外厳重立ち入り禁止な区画も走り回ったのは懐かしくも忘れたい、だが今現在役に立っている思い出である。

 

「何が地下巣宮(アンダーグラウンド)………英語にしただけじゃないかよ」

 

「?何の話をしているのだ?」

 

「いや、独り言…………はあ」

 

 重い、それはもう重い士道の溜息をどう取ったのか、精霊の少女は何故か気遣うように士道に話しかけてきた。

 

「おまえ、本当に奴らの仲間ではなかったのだな……」

 

「ああ……あんな危ない女を知り合いに持った覚えはないな」

 

 彼女にそう返し、しかし一応一度殺意を持って刃を向けられた身としておまえ呼ばわりされ続けるとなんだか少し怖いので、打ち解ける最初の一歩を踏むことにした。

 

「そうだ、俺は五河士道。好きに呼んでくれればいいから」

 

「そうか、シドー。……………そうか。すまぬが、私は名乗れない」

 

「え?あ、いや、別に名乗りたくないなら―――、」

 

「いや、言葉通りの意味だ。私に名は無い。だから名乗れない」

 

 地下の黄色の照明に、目を伏せがちにして寂しそうな表情で言うのが見えた。

 士道も、静かに言葉を返す。

 

「そうか。じゃあ、なんて呼べばいい?」

 

「え?」

 

「いつまでも君とかお前で済ますわけにもいかないだろ?」

 

「………私に名があれば、呼んでくれるのか?シドーは」

 

「当たり前だろ」

 

「っ、……!」

 

 ぴくりと、一瞬だけ上げた視線が士道のそれと交わった。

 何かを確認するように、それを通して士道の瞳を覗くと、彼女は言った。

 

「だったら、シドーが名付けてくれ。呼びたいようにな」

 

「え………?」

 

 命名と聞いて、一瞬狼狽するが、急でもなんでもここは応える場面だと気を取り直した。

 

 下手に意味を持たせるのは未だにクラス名簿で七罪の名字をまともに見られない的な事情があるのでパスするとして――――。

 

 

「十香(とうか)。十香………どうだ?」

 

 

 周囲の精霊が何故か揃いも揃って名前に漢数字が入っているので、なんとなくで十を入れた名前と音感から出て来た名前だった。

 それを受け取った少女は、反芻するように小さく繰り返し――――。

 

「十香、トウカ、とうか、十香…………それが、私の名前なのか。そうだ、私は十香だ……っ!」

 

 

 小さく、微笑んだ。

 

 

 それが、士道の初めて見た、彼女の悲しそうでない顔。

 

「シドー、シドー」

 

「十香。………でいいのか?」

 

「うむ。――――ありがとう、シドー」

 

「え?」

 

 いきなり肩を掴まれ、困惑する士道。

 十香と名の付いた少女は自信ありげな仕草で、どこかわくわくしている様子でこちらを見ていた。

 身長差の関係からやや見上げる形だが、強い紫水晶の眼光が意味も分からず士道を熱く見つめてくる。

 

 そんな彼女の意志の在り処は―――――、

 

 

「よし、安心しろ。シドーは、十香の名に懸けて私が護ってやるぞ!!」

 

 

「………お、おう?」

 

 盛大に何かを勘違いしている気がするような、底抜けの善意だった。

 

 

 





 何故か十香主人公な視点で見ると「今明かされる衝撃の真実ゥー!!」みたいな裏切り方されても驚かれないくらい怪しい登場の仕方でしたしおりん。

 まあなし崩しで関わっちゃった士道さんがそんなことする訳ないんですが。


 そして名づけイベント、この後あの作中最も厨二な感じのするあの名字を付けるのは、当然―――。

 あれ、原作で名字付けたのって令音さんだっけ。
 やっぱり士道さんの□□□□□ですわ、これは


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