No.39は関係ないです。
士道が〈贋造魔女【ハニエル】〉によって変身した姿で精霊・十香に遭遇した日。
思えば学校帰りに拉致監禁させられかけ、そのタイミングで空間震に巻き込まれて逃げ遅れ、精霊と軍の戦闘を生で観戦した挙げ句精霊に斬りかかられた後に女子の姿で勘違いされてなつかれた。
もはや何が何やら…………な状況は今に始まったことではないので慣れたものな士道だが、流石に色々有りすぎて精神的に疲れが隠せない。
当然相応、というか寧ろ体感よりも短い程度の時間は経っていて、まずは様々な原因によって傷んで使い物にならなくなった制服から着替えると―――女の子の家に士道の着替えがあることに琴里が冷たい視線を浴びせてきたが今更過ぎるので開き直った―――すぐに夕食の時間となり彼への皆の追及は一旦切り上げられた。
琴里だけハブる………なんてこともなくいつもより急に増えた七人分の食事を見事に作りきった耶倶矢と夕弦特製の夕食を味わう中、美九達の気遣いで落ち着いた空気の中でゆっくりした時間が取れたのはいつものことだがその思い遣りがありがたい。
食後は尋問再開なのだが。
とはいえ、多少は回復したので頭もましな速さで回転するようになり、琴里のいるこの場で何を言っていいかを慎重に考えなければと注意する。
「で、士道?どうしてあんな珍妙な状況になってたのよ」
「い、色々あったんだ色々!」
折紙に監禁させられかけたことは――――単純に好意の暴走としか思っていない士道からすれば個人的というか自分と彼女の間で解決すべき問題なのでここで言うことではないこと。
………監禁は当然に犯罪なのだが、その気になればすぐに脱出できた以上そこまで話を大きくするつもりはないという考えの士道は大物と言えば大物なのだろうか。
「それは色々あるに決まってるでしょうね………っ。女装して精霊と会って人質にされた挙げ句撃たれるなんて不思議体験あなた以外後にも先にも誰もしたことないわよ!」
その理由を訊いているのだと興奮して言いつのる琴里を宥めつつ、士織の姿が天使によって変身したものではなくただの女装だと思われているのを見て取った。
まあ当然だろう、〈贋造魔女【ハニエル】〉によって姿は女性の体格に調整されるとはいえ身長が縮むわけでもなし、まして遠くからの映像では士織=士道を見抜いてもそれが超常の力で変身していると考えるよりはまだ現実的なただの女装だと普通は考える。
つまりは、士道が封印した精霊の能力を扱えることも、向こうが勘違いしている内は言わない方がいいのだろう。
「その、あれだ。話せば長くなるというか、複数の人間の名誉に関わることだから………」
「そーね。女装する兄を持つなんて妹の私の名誉にも関わってくるわね」
「だから事情があるんだって!」
「女装してたこと自体は否定しないのね、うわー残念だわー今度からおねーちゃんって呼べってこと?死んでもごめんだわー」
「心にもないことを………大体お前だけには言われたくないんだよ似非女王様が」
「んな………あれは神無月のバカを制御する為に仕方なく―――!」
「女王様やってること自体は否定しないんだな、うわー残念だわー今度から琴里様って呼べってことか?死んでもごめんだわー」
「っ、この…………!」
「なんというか、これは」
「嘆息。似た者兄妹というか、どっちもどっちというか」
「…………私が根本の原因だけど、士織に関してはあなた達と美九の悪ノリが九割でしょうに、何外野でやれやれしてるのよ」
「………………くぅ、うにゃ」
「四糸乃さん、眠いですー?ベッド使いますかぁ?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ四糸乃はばっちり………」
「えーっと、よしのん喋れてないですよー?」
なんというか、真面目な話をする空気からどんどん遠ざかっていく訳だが何故か煽り合戦を始めた士道と琴里が熱くなってしまって止まらない。
美九がご飯後の満腹感でうとうとし始めた四糸乃を適当な部屋で寝かしつけてきて、耶倶矢が風呂を沸かして、まず七罪・美九が入って――――。
「なによ夕ごはんの時だって周りの女の子にあれこれ世話焼かれてデレデレして、将来ヒモねヒモ」
「俺にうちの家事全般させておいて言ってくれるな、そういうお前は俺がいないと三日でカップ麺生活になるのが目に見えるぞ」
「失礼ね、料理くらいできるわよ」
「料理できるのと自炊できるのは別だろ」
まだ続けていたので、今度は耶倶矢と夕弦が風呂に入ってきて、それからちょっとして目が冴えた四糸乃が起き出してきたあたりで――――。
「なに、周りに女の子侍らせてハーレム気取りですか?何の自慢にもならないのよそういうの」
「その何の自慢にもならないことを元々俺にやらせる予定だったらしいどこかのどなたさんはどういう了見だったんですかねえ?」
「私の知らないところでやってたのが気に入らないって言ってるのよ!」
「……………………え、お、おう」
「っ、は!?ま、待って、今のなし!!」
「いや、その、………なんかゴメン」
「~~~~~っ!!」
唐突に終わった。
もはや逆にここまで口喧嘩のネタが続くあたりこの上なく仲のいい兄妹なのかもしれない。
そんな琴里の状態はあらゆる意味で顔を赤くして息も荒く、士道に対する細かい過程の詰問をこれから出来る様子ではなかった。
結果的に話が逸れまくったのは狙ってやった――――のでは、間違いなくないが。
それでも一番重要な部分の確認だけはどうしてもしなければならないと、琴里は真剣な口調で問う。
「士道。これからも彼女―――〈プリンセス〉と、関わっていくの?」
「ああ」
返す肯定は即答。
「そう。なら、これ」
手渡されたのは、四糸乃の時にも付けさせられたインカム。
琴里は心なし強く士道の手に触れるように握りこませると、静かに言った。
「〈ラタトスク〉は当然全力で支援するわ。だから前回みたいに、勝手に外さないでよ」
「…………指示なんてされても聴きやしないかも知れないぞ。というより俺は十香の力を封印しようと思って関わっていくつもりな訳じゃない」
勿論それが最善の選択肢で十香の意思でもあるなら取るのに否は無いが、敢えてそういう言い方にした士道の意図を察し、琴里は本音を語る。
「十香、っていうのね………私達は彼女の名前すら知らなかったわ。“精霊を救う“、それだけを考えるなら、士道に好きにさせるのが一番なのかも知れない。…………こういうことを言うのは〈ラタトスク〉司令失格だけれど、そう思う」
「……………」
「今日は色々あったから、まとめないといけない資料も多いの、私は〈フラクシナス〉に戻るわ。士道はもう遅いし、四糸乃と一緒にここに泊まるのかしら?疲れてるでしょうけれど、暖かくして寝なさいね。夜はまだ寒いから」
「ああ。お前も、無理するなよ」
本音ついでだろうか、いつもの黒いリボンを付けている時には中々出ない思い遣りの言葉に士道も素直に返した。
努力するわ、などと矛盾した答えをしたまま文字通り夜の空に消えていった琴里を見送り、士道は振り返る。
話を見守っていたのは、五人の精霊達。
一言で語りきれない経緯を士道と辿ってきた彼女達にまずすべきは、頭を下げることだった。
「その、ごめん!また勝手に決めてるよな、無茶するってこと」
「全くだな。だが――――」
八舞姉妹がしゃがんで、士道の顔を覗く。
優しい瞳を揺らしながら、熱を移すように交互に額を擦りつけて二人は言う。
「回顧。誰かの為に一生懸命になれる…………そんな士道に想われたから、今夕弦達はここにこうしているのです。
――――大事にしてくれるなら勿論嬉しいけど、それで士道が士道を縛るなら、少しだけ、淋しい」
「だから気にせず、御主は欲することを為せばいいのだ。案ずるな、五河士道の往く道には常に八舞の加護が付いておるわ!」
夕弦の柔らかな笑顔と、耶倶矢の朗らかな笑顔。
すぐ近くに二つ並ぶそれがそこにあることにこの上ない幸運を改めて感じる士道に、四糸乃も、美九も、七罪も贈るのはエールだった。
「私も、そのおかげで今こうしていられてますから、その………」
『士道くんなら大丈夫!それで、よしのん達に手伝えることがあったらなんでも言ってね!』
控えめに、底抜けに明るく、四糸乃とよしのんからは信頼。
「その、………だーりん。私達アレな自覚ありますから、ちょっとでも目を離すと不安なのも当然ですよねー?でも、そのぶんだけだーりんと同じように無茶だってできるんです、だーりんの為なら」
美九は、強がり。
でも、その不安定に揺れる瞳の光には、きっと気付かないふりをしてあげるのが一番なのだろう。
そして、七罪も。
「琴里とちょっとだけ、本音で話したわ」
「何を?」
「結局外野でどうのこうのしたって、士道が精霊をどっかで引っ掛けてくるのは止められない」
「う…………」
「真っ先に引っ掛かった私が忘れてたなんてね」
「―――!?」
「何時も通りに引っ掛けてきなさいよ、フォローだってもう慣れたものなんだから。…………そして、あの子も笑顔にしてあげる、そうでしょ?」
十香に何を感じ、どうしたいと思ったのか。
その詳しいことはまだ語っていないにも拘わらずそこまで言い当てられ、叶わないと思った。
狂三の事件の時の、壊れそうな彼女達の姿を知っている。
あれは確かに彼女達の一面でーーーーだが、それだけではなかったのだ。
強くなった。
あるいは士道が知らなかっただけで、その強さは元々そこにあった。
誰よりも近くにいながら、これ程の好意を向けられていながら、気付けなかったことに少しだけ悔しさを覚えつつも、その想いを確かに受け入れた士道。
その夜、少しだけ夜更かしをしながらも。
寝床で見たのは、暖かい夢だった。
そこにあった気がする、十香の満面の笑顔が上手く思い描けないことだけが、唯一残念だった程に――――。
十香との再会は、存外早かった。
明くる日、昨日の戦闘の余波が学校の校舎にも及んでいたらしく、休校となった為朝食の後に一度五河家に帰るところだった士道に、弾んだ声が掛けられたのだ。
「シドー!!」
「と、十香!?」
流石に昨日の今日でとは思っていなかった士道は、慌てながら彼女といた時の士織の姿でないことに気付きどうしたものかと必死で考えた、が。
「ふふん。頑張ったのだぞ。こう、むーとかふーとか気合いを入れてだな、そうしたら初めて自分の意思で此方に来ていたのだ!」
「そ、そうか。いやそのこれは………!」
「ところでその装いは――――そうか、普段はその格好で奴らを欺いているのだな。だが匂いが同じだからそこは工夫………いや、それはダメだな、私が気付けなくなってしまう。うーむ」
「…………は、はは」
慌てる、というより混乱していた士道だが、十香が自己完結してくれたので助かった。
だが同時に、その言動が最初に感じたものと少し異なる事にも気付く。
子供っぽいというか犬っぽいというか、天真爛漫さが本来の十香の素なのかも知れない。
自分にとって敵しかいない悲観と諦観が覆っているのが今の十香で………なら、希望さえ見つけることが出来たなら。
彼女が未来を見つめ、そこに向かっていける何かを、その心に宿したなら。
きっと明るく笑ってくれる、その笑顔が見たいと思った。
黒い感情に塗り潰された表情を苦痛だと気付いてすらいない、彼女の寂しさに堪えられないのは士道。
「なあ、十香。見せたいものがあるんだ」
「む、なんだそれは?」
「色々だよ。この世界の色々…………それを十香と、見て回りたい」
だから探そう、希望を。
あやふやで形の無いものだけれど、それは誰もが持っている、当たり前に持てているものだから、きっと難しくはないはずなのだ。
「シドーがそう言うのなら、いいだろう」
「ありがとう。じゃあ――――――」
あっさりと了承してくれた十香に笑いかけ、士道はその手を差し出した。
「さあ、俺達のデートを始めよう」
リアルで引っ越しの影響で落ちていく更新速度。
それはさておきそろそろ原作の新巻が。
楽しみだけど、この作品に影響ないといいなあ…………
原作未完結の二次はそれが怖い。