お待たせしました?
開戦の号砲は既にして放たれている。
精霊〈プリンセス〉に味方する乱入者によって混乱した戦場に、しかし威嚇では済まない一撃を射ち込んだ士道は明確に敵だ。
だが、その一撃によってDEMの魔術師【ウィザード】達は“敵”を討つべく襲いかかる事すらままならなかった。
士道が放った暴風の矢は、大気の存在する限り周辺のそれを喰らい吸収しながら威力を増していく、対象の距離が遠ければ遠いほど強力無比と化す恐るべき天使の矢。
その性質故に射程距離から単純に破壊力を推し測ることこそ出来ないが、それこそ成層圏の果てまで狙い射てる代物が掠めたその衝撃でも十分過ぎる程の威力を保持していた。
霊力を含んだ衝撃波が容赦なく叩きつけたことにより、何人かは空中での機動に支障を来す程に機体や自身の肉体に損傷を受けていた。
十香相手に優勢を維持していたとはいえ、部隊の練度と連携、作戦が嵌まったことによって向いていた流れは十香が考えていた様に強引に断ち切れる程度の均衡の上での話。
まして――――。
「悪いけど、手加減出来る気はしない。死にたくなけりゃ、さっさと失せろ…………っ!」
白き獣が空を疾駆する。
四糸乃の〈氷結傀儡【ザドキエル】〉の、オリジナルのそれより二回りは小さいが、女性の体躯である今の士道を背に乗せて戦場を駆けるには何も支障は無い。
士道の激情に反応する様に荒ぶる吹雪の使いがその猛威を奮う。
獣が咆哮を上げ、爪を振り乱し、睨み付け、凍てつく空気を吐き出すことで、不可思議な力場によって己の身を守る魔術師の守りごと“凍らせる”。
撃ち掛かる銃弾すらその勢いごと“凍止”させ、かと言って不用意に近付けば氷達磨。
“顕現装置(リアライザ)”による治療が為されれば五体満足で回復することも出来よう、士道とて積極的に嬉々として止めを刺しに行く気もないが、それでも運が悪ければ死ぬかも知れない。
だが、それを認識しても斟酌する感情の余裕は今の士道になかった。
――――だって、本当は憧れていた。
そうだろう、精霊が世界を破壊する災厄というなら、それを討伐しようと戦う人々は本当なら世界を救うヒーローだ。
少年なら一度は抱く憧れとして、尊敬の対象だった。
士道は究極的に精霊の彼女達の味方だから――――相容れない立場だからこそ、尚更に。
なのに。
裏切られた、と言うのは身勝手な感想なのは百も承知。
それでも。
「こんなものが正義なんて認めるか」
正義のヒーローが常に正々堂々と立ち向かうことなんて、誰も強要していいものではない。
それでも。
「十香を絶望させやしない。それが正義だっていうなら――――」
叩き潰してでも、十香を守る。
「ええ、ええ。それが士道さんですわ、それでこそ士道さんですわ」
極寒の戦場に、場違いなまでに妖しく甘い声音が響く。
「――――――狂三!?」
背後に時計盤を従えながら、黒と朱のドレスを纏った全く同じ姿の少女“達”が紅潮した顔を揃って士道に向ける。
「折角ですもの、パーティーは派手に愉しく参りませんと。お付き合いしますわ?」
「…………助かるっ」
にこりと士道にだけたおやかな笑顔を一瞬浮かべると、ひきつるようにそれを歪めスカートを翻し魔術師(ウィザード)達に飛び掛かる狂三。
その分身達は天使を使えない?…………使うまでもない、霊装と素の能力で格闘戦を挑むだけで士道に散々混乱させられた相手には事足りる。
その例外――――頭抜けた二人のエース格、不意射ちの“天駆ける者【エル・カナフ】”にすら直感で反応し対ショック姿勢を咄嗟に取っていた内の一人、崇宮真那が、それまでの迷いや葛藤を全て投げ出し血眼で狂三向けて襲いかかった。
「〈ナイトメア〉ああぁぁぁーーーーーーーっっ!!!」
〈プリンセス〉がたらし込もうとしていた自分の兄と確信出来る少年の存在、それと戦場に乱入し天使を操る少女との関係。
疑いを深める自分達の正義と在り方。
だが、積極的な行動を抑制されてフラストレーションを溜めていた宿敵を前にして冷静さを保てる程――――真那は狂三を“殺し疲れて(壊れて)”いなかった。
「…………つまらない、ですわ」
「なに!?」
「結局貴女を突き動かすのはありきたりの、一山いくらの正義感。そんなものでこの胸は揺らせない、心は踊らない」
瞬きも追い付かぬ速度で振るわれる光剣、折れ曲がる不規則なレーザーを捌きながら、言葉通りに余裕の表情で狂三は嘲笑う。
「当たり前の善意を持った真っ当な善人でありながら――――情けと優しさでこんな無茶をしてしまう。そんなあの方を見習うか、その優しさに身の全てを預けるか。私を殺したければ、それくらい突き抜けてからいらっしゃいな」
ある種かなり痛烈な皮肉であることを理解しないまま、そう言い放つ狂三。
笑みを崩すことなく、前言の通りに彼女は派手に愉しく戦場を踊り狂い続けた。
「アデプタス2、勝手な行動を…………チッ」
もう一人のエース、真那をも凌駕する“最強”の魔術師(ウィザード)、エレン・メイザースは、彼女と対照的にまだ冷静に状況をコントロールしようと努めていた。
混乱しきった状況にさらに〈ナイトメア〉が乱入したという窮地だが――――結局は士道を仕留めればまだ脱せられるかも知れない。
もしかしたら〈プリンセス〉を絶望させるという当初の目的すら達せられるかも知れない。
そう“彼女”に対する十香の反応を見ていたエレンは考えた。
仮にそれを現実にした場合荒れ狂う呪いを知る由もなく。
そしてその呪いの持ち主が、愛する者が修羅場に身を投じている正にこの時、何をしているのかを知る由もなく――――。
取り敢えず猫の手でも借りたいと自らが見下した部隊に連絡を入れた。
「アデプタス1よりASTへ。事前の作戦通り不確定要素の排除を求めます」
『えー、その子、精霊かどうかも分からないじゃないですかあ。自衛隊として、そんな可愛い日本人の子供を攻撃するなんてできませ~んっ』
「…………お見事、流石ってところかしら?」
沈黙したこの国の軍隊を傍目に見ながら、魔女はそれを歌声一つで為した歌姫に言う。
歌姫は、表面上はほえほえと和やかに笑いながらも否定で返した。
「そんなことないですー。あの人達がよっぽど嫌われていたってー、それだけの話ですよ?」
歌姫―――この美九の歌は、厳密に定義するなら洗脳ではなく催眠。
本人がどうしてもやりたくないこと、考えつきもしないことをやらせることは出来ない。
今精霊である彼女らがいて攻撃を加えられないのも、『手出し無用の最上級警戒対象の精霊であること』『もっと注意を払っておくべきものがある』などと思考を反らした結果である。
つまりは、精霊を討滅するという部隊の第一義を見ないふりをしてでも協力されない選択肢があるほどに、あのDEMという連中は嫌われていたらしかった。
それをそれと事情に興味もあまり無いのでさておいて、美九は静かに目を伏せる七罪に疑問を呈した。
「それで、今回だーりん派手にいっちゃってますけど、これ終わった後どうしましょー?」
「……………」
七罪は暫し沈黙した後、言葉少なに返した。
「せいぜい悪趣味な石像をなるべく作らずに済むように、努力はするわよ」
わずかに眼を極彩色に輝かせながら、魔女は視線を士道が奮闘している方角へと投げる。
そんな七罪に、同行していた少女の精霊は、その心を手のパペットに代弁させた。
『よしのん達には、よく分からないな。士道くん頑張った!じゃダメなの?』
「…………まあ、それもそうなんですけれどねえ」
「四糸乃はそれでいいわよ」
「…………?」
ふっと笑みを溢すと、くしゃりと四糸乃の前髪を乱しながら七罪は彼女の頭を撫でつけた。
「他の事は何も考えずにただ士道が好きだから傍にいて味方する。そんな女が私たちの中にいてもいいんじゃない?――――一人か、二人くらいはね」
最初から期待値の低かったASTの援軍をあっさりと諦めたエレンは、単独で士道を討つべく部下を纏めることも放棄して強襲する。
氷の結界を逆に防備を無くすことで文字通り薄氷の上を行くようにすり抜け、先端を向けるだけで牽制となる必殺の矢の射線を掴ませない。
変幻自在と疾風怒涛を両立させる駆動。
装備もまた世界でも最高品質のものを与えられているその性能を最大限に活かし流れる様に、押し寄せる様に、息も吐かせぬ様に、攻める。
士道は元来戦士ではない。
天使という強力な武器と超人たる能力を備えた肉体を持っていようと、誰かを殺す為に戦う者ではない。
守りたいものを守る為に、敵を殺す為に。
結果として部下を捨て駒にしてでも士道に接近し、エレンがその光剣を振るうことが出来たのは、その精神の差なのかも知れない。
「――――っ」
――――破軍歌姫、顕現(ねえ、わたしをころすの?)
魅惑、陶酔、誘惑、朦朧、振るった先は――――自分。
それは士道の拙いなりの渾身の罠であり最後の策だった。
〈氷結傀儡【ザドキエル】〉の氷結の壁を潜り抜け至近距離に近付いた敵には、自滅を誘発する。
だが。
「ぁ、ぁ…………っ」
エレン・メイザースが忠誠を捧げる相手以外に一瞬でも心を奪われることが、精神に耐え難い軋みを上げさせるほどの苦痛を与えたこと。
「………くも、ょくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもッッ」
自傷により決して浅くない傷を負いながら、士道に“従ってしまった”手を熱を放つその刃で焼いて“消毒”する狂気と。
「私の…………私のアイクへの忠節を、汚したなァッッ!」
「――――だから、何だというのだ」
そんな、理も道も解せない傲慢とさえ言えない稚拙な怒りなど及ぶべくもない覇気が、そこにはあった。
「十香っ!」
「大丈夫だ、シドー。“私が、護る”」
エレンと士道の間に突き立つは玉座。
そして盾の役目を果たした後は自ら砕け、吹っ切れた様に透明な表情で笑う十香の持つ大剣にその破片が次々と覆って再集合した。
厳めしい竜頭を模した様にも見える身の丈すら超えたその刃を近付けただけで、その秘めた莫大な霊力により磁極の同極の様にエレンは呆気なく弾き飛ばされる。
「何をしている」
「〈プリンセス〉――――ッッッ!!!」
「貴様…………シドーに何をしている」
一閃。
振りかぶったとか、斬線がどうのだとか、間合いの外だとか、速さや堅さや鋭さや――――そういうもの全てが無為そのものだった。
私に斬られて欲しいと願われたのなら、疾く分かたれるが“当然”だろう。
もしかしたらエレンは、そのあまりに巨大な刃故に素早くは振り回せないだろうと小回りを効かせながら、受け流しながら、小刻みにかわしながら、十香に対抗しようと、したのかもしれなかった。
なんだそれは?
小賢しい、そんな小細工をすることでこの圧倒的な力に抗える僅かな可能性を狭めていく。
弱点を見つけてそこを突こう――――そう立ち回る程に敗北へと一直線に突き落とされる、これはそういう力だった。
「“最後の剣【ハルヴァンヘレヴ】”」
「――――――――そんな、あり得ない」
純粋な力でしか抗えない、時間の停止や石化の魔眼すら小細工と認定されてひれ伏す王剣。
それに厳めしかった装備をバラバラに切り裂かれ、墜とされた満身創痍のエレンは、しかし自身の傷にも気付かないかの様に呆然と地面から十香を見上げる。
「わたしは、最強のうぃざーど…………」
「だからどうした」
敵しかいなかった世界で、士道が味方になると言ってくれた。
ならば。
それを護る為ならば。
不思議と発揮できた、今までに無い程のこの力をもっともっと強くさえしていける。
だから――――。
「私は、最強の精霊だ」
斬るまでもない。
形も持たせずに発した霊力の圧だけでエレンを彼方に吹き飛ばすことで、そう言外に示した。
エレンの敗北。
それはDEMのメンバーにとって想像すらしたことのなかった非常事態だった。
蜘蛛の子を散らす様に纏まりもなく撤退―――否、逃走を始め、狂三も追撃するどころか気がつけば忽然と姿を消していた。
期せずして士道と十香、荒れ果てた街の中心で二人きりになる。
十香は、取り敢えず地面に下りて変身を解いた士道をただじっと嬉しそうに見つめていた。
「十香。えっと、さっきは助かったよ、ありがとな」
「む?何を言う、私を救ってくれたのはシドーではないか。こちらこそありがとうだ!」
「そ、っか…………でも、決めたんだ。俺が、十香を護るって。味方するって決めたんだ」
「…………っ」
その言葉を聴き、十香が震えと共に嗚咽を漏らす。
「な、何なのだこれは…………シドーが味方だって言ってくれて、胸がぎゅってなって、目が…………何なのだ、おかしくなっているのか、私は」
泣いたことすら初めてなのだろうか。
混乱する彼女を抱き締め、優しく囁く。
「大丈夫だ、だいじょうぶ。だから、十香の全部、俺に一度預けてくれないか?」
「う、うむ…………どうぞ?」
今回も、というより士道の人生は何時だって波乱万丈。
今後も後始末やら十香の処遇やら色々と大変で、そうでなくてもトラブルは尽きないだろう。
士道が無茶したり、精霊達が無茶したり、それでも、結局はなんとかなってしまうものなのだろうが。
だからハッピーエンドだけは約束されているこの物語のジャンルはラブコメディ。
ここにその終幕を一旦宣言するとして――――。
「ちゅ…………し、しろほ…なんらこれ……くひゅぐっはぃ、れろ、ぴちゃ」
「と、十香………しは、動かすは…………っ、!」
締めはやっぱり、主人公とヒロインの幸せなキスだろうか。
いつの間にか強制的に相手を脳筋理論に引き摺りこむ技を修得した十香ちゃん。
相手は【筋】以外のステータスを選択できない、とか()
少し詳しく語ると(ごろごろ)、相手の特殊能力を無効化、回避率をゼロにして、更に相手が直接攻撃以外の行動を行った場合それを無力化した上で全能力値が上昇していく感じ。
対抗できるのは受け止めて防ぐ四糸乃と同じくバ火力の精霊折紙くらい?
精霊折紙は光速回避が自動発動してしまった時点で“小細工”と判定されてアウトな気も。
あ、後書きその他は次のページです。