デート・ア・ライブ 士道リバーション   作:サッドライプ

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 妹の裏の顔を知る、3年前の話。

 美九攻略のテーマは、“現れてしまったメアリー・スー”。

 茶番だろうがご都合主義だろうが、救いは救い。
 物語としては三流でも、そこで幕ならめでたしめでたし<Happy end>!

 だが強引に合わせた辻褄の代償は、カーテンの内側で―――――。




美九ホワイトナイト

「宵待月乃(よいまちつきの)?」

 

 枯れた葉が風に乗って街路を吹き抜ける、そんな冬の始まり。

 士道が暖房を入れ始めたリビングでぬくぬくしていると、遅めに帰ってきた妹に一枚のチケットを渡された。

 

「アイドルのライブチケット?でも聞いたことないし………っていうか琴里お前、友達の家に遊びに行ってたんじゃなかったか?」

 

「そのともだちのお兄さんが、なんか“どよーん”ってなっててね?元気づけたらもらったのだ!」

 

「ほうほういい子だ琴里。おにーちゃん琴里が優しい子で嬉しいぞ」

 

「にゅふふー!」

 

 褒め言葉とともに頭を撫でてあげると、白いリボンをぴこぴこさせて琴里は喜んでいた。

 いちいち動作が小動物みたいで和む。

 

 そのまま気になったことを聞きつつ話を続けた。

 

「で、それをなんで俺に?」

 

「えー、一人でライブ行くのこわーい。だからおにーちゃんが行くかなーって」

 

 言うほど怖そうには見えない間延びした口調だった。

 

 まあライブというのは不特定多数の人間が集まって変なテンションになる場所(極論)。

 小学生の琴里が積極的に行きたがるものでもないか。

 

「………せっかくあるものを無駄にするのもなんだしなぁ」

 

 なんとはなしにチケットを部屋の電灯に透かすように掲げてみる。

 日時はわりと近いらしい。

 場所も近所だ。

 特に用事がある訳でもなし、嫌がる要素は士道にはなかったので、

 

「いい経験だと思って行ってみるか」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 アイドル――――偶像。

 

 可憐、美麗、無垢、優美、――――そんな正のイメージを己の容姿で、振る舞いで、芸で、人々に伝えることで魅了し、昇華させていく存在。

 そこには、ただ見目のよいだけのただの人間を“アイドル”たらしめる形の無いなにかがある。

 形無きが故にひとたび熱狂した者は際限なく昂ぶり、――――形無き故に、堕ちれば、ただ脆い。

 

 

 “宵待月乃”とやらについて調べてみた士道は、琴里の友達のお兄さんとやらが落ち込んでいた理由と、チケットを琴里に譲った理由についてすぐに理解した。

 

 早い話がスキャンダルだ。

 昔付き合ってた男がどうだの、妊娠して堕胎しただの、クスリがどうだの、なかなか刺激的な文句が掲示板やSNSで踊っていた。

 中学生の士道と一つか二つしか変わらないその娘が、と考えれば過激も度を越していて現実感がなく、少々嘘臭いレベルだったのだが………アイドルにさほど詳しくない、ある意味冷めた目で見ている士道と違って本当に熱中していたファンがどう感じたのかは想像するほかない。

 

「まったく―――――」

 

 度し難い。

 

 寂しく中古ショップのカートで叩き売られていた宵待月乃のCDから落としたデータを、ポータブルオーディオでイヤホンの片耳に聴きながら、士道は溜め息をつく。

 

 

「どうしたの、士道?」

 

 

「いや、いい曲なのに、って思って」

 

「…………」

 

 コードで繋がったもう片方のイヤホンを耳にあてた、公園のベンチの隣に座る七罪が、視線を士道に合わせて訊いてくるのに答えた。

 

 アップテンポで流れる、青春を歌った曲が流れている。

 一分一秒を目いっぱいに謳歌する……そんな歌詞と、それに恥じないくらいに一生懸命で楽しんで歌っている女の子。

 

「………士道は、こういうのが好きなの?」

 

「ああ……」

 

 最近ギターにはまった士道には分かる。

 音楽は嘘をつかない。

 音符、リズム、音色、そういうものが幾重にも複雑に連なっていけば、誤魔化しは利かず、いやおうにも演奏者の気持ちが出てくる。

 まして、“声”はそれがダイレクトに反映されるのだ。

 

 歌が好き。

 歌えることが楽しくてしょうがない。

 そんな風な気持ちを伝えてくれる歌手が悪い奴なわけがない。

 

 だからライブが少しだけ楽しみになる………と同時に、やはり度し難い、と思ってしまうのだった。

 

「って、七罪?」

 

 すりすり。

 

 もともと大して空いていなかった距離をゼロにし、ふと肩のあたりを擦りつけてきた七罪に、イヤホンの曲から注意が向かう。

 七罪の体が柔らかい、というのは精神的な感覚だろう。

 寒空に温かい人肌がくすぐったかった。

 

「ど、どうした?」

 

「ふーん、だ」

 

 すりすり。

 

 なにやら不機嫌な表情でそっぽを向かれた。

 その割に、体を擦りつける動きは止まらない。

 

 何故かマーキング、という言葉が脳裏に浮かんだ。

 

「何ネコみたいなこと………ごろにゃん」

 

「にゃうっ!?ちょ、ちょっと士道、やっ、くすぐったい……!」

 

「っ!?わ、悪い、気が付いたらつい………」

 

 無意識に七罪のあごのあたりに手をやってくすぐっていた。

 

 なんというか、最近士道には七罪にネコのイメージがついて仕方がなかった。

 

 真夜中にキスを交わして一年と少し、相変わらず士道の前に不定期に現れる少女をしている七罪。

 あの時との違いと言えば、携帯くらいは買ったらしく必要なら連絡が取れるということと、別れ際に姿が消える謎の現象を最初の二回以来見ていないこと。

 それ以外は、ふらりと士道の前に現れては二人で時間を過ごす不思議な関係を築いている。

 

 事前に約束を交わすこともあるが、今日珍しくイヤホンで音楽を聴きながら歩いていた士道を捕まえて一緒に聴きつつのんびりしているように、偶発的散発的に一緒にいることが殆どだった。

 

 正直七罪がどんな生活をしているのか、士道にはよく分かっていない。

 “精霊”という存在が実際どういうものかも詳しく聞けていない――――どこか触れてはいけないような気がして。

 それが士道自身の直感なのか、それとも七罪がそこに触れて欲しくないと思っているのが伝わってきているのかは自分でもはっきりしないが、それを押して好奇心で無理に訊くことでもないだろうと思っている。

 

 ただそんな、仲が悪いと言われれば全力で否定するが曖昧ではある距離感で、七罪の振る舞いも合わさって野良ネコのイメージが頭から離れないのだった。

 

 だからといって割と失礼な士道の行為を正当化する訳ではない、が――――七罪が気分を害した様子はなかった。

 

 というか七罪は少し考えたあと、おもむろに両手を頭にやる不思議なポーズをとる。

 そこの髪の一部がほのかに光った、と思うと、再び士道を見上げて訊ねてきた。

 

 その頭頂部には、七罪の翠の髪と同色のもふもふした一対のネコ耳がにゃーん。

 

 

 

「士道は、こういうのが、好きなの――――?」

 

 

 

「………!!?」

 

 否定、できなかった。

 肯定する勇者にも、なれなかったが。

 

 

 

 

 

 ライブ当日。

 

 CDを聴いて、すこしだけ楽しみにしていた士道ではあるが、それ以上に不安でもあった。

 

 琴里の友達のお兄さんはかなり熱狂的だったらしく、ステージに立つ彼女の顔が見えそうなほど前の席がチケットに指定されていた。

 だが、そこから会場の客席を振り返れば開演時間間近だというのに、空席が目立つ。

 席を埋める人々の表情もどこか、応援するアイドルのライブを聴きにきたというにはあまりに精彩を欠いていた。

 

 スキャンダルが報じられて以来、ずっとこんな雰囲気の中で歌ってきたのだとすれば。

 

 また、士道が“宵待月乃”について調べている中で目に入ってしまった無責任な中傷、罵詈雑言。

 それに直接曝されてきたのだとすれば。

 

 あの一生懸命で、聴いているだけで楽しくなる、そんな歌は歌えるのだろうかと。

 

 

―――――果たして士道の不安は、当たっていた。

 

 

 開演し、ステージに立つ宵待月乃。

 皮肉にも百合のような“汚れを知らない”清楚可憐な顔立ちは強張り、薄淡い長髪を揺らす歩き方もどこかぎこちない。

 そして、客席のファン一人一人を目に入れる度に、表情は恐怖に歪んでいった。

 まるで、そこにいる人全てに責められ拒絶されているかのように。

 

 それでも、伴奏が始まり、マイクを口元に掲げ。

 

 

「―――――――、―――――」

 

 

 歌どころか、声すらも聴こえなかった。

 

 

 必死に口をぱくぱく動かして、スピーカーから漏れるのは不規則な息の音だけ。

 その表情が見えるほど近い位置にいた士道には分かってしまった。

 

 恐怖のあまりに、声の出し方すら忘れてしまった――――そんなお話のような嘘みたいな状態に陥ってしまったのだと。

 彼女の受けた仕打ちは、きっと士道の想像していたものなんかより遥かに苛烈で、もはやその心はボロボロになってしまっていたのではないか、と。

 

 そして、歌うこともできなくなった彼女の表情に様々な想いが浮かんでは―――――一つに集束する。

 

 

 悲嘆、吃驚、焦燥…………全て無に塗りつぶされ、絶望へと。

 

 

「………っ」

 

 宵待月乃の顔から、一切の色が抜け落ちる。

 伴奏が止まる。

 観客達が、ざわめき始める――――――、

 

 

 

「――――――――――頑張れぇぇっっっっッ!!!!!」

 

 

 

 その、前に。

 

 静けさの中を、叫びが切り裂いて会場中に響き渡った。

 

 我慢できなかった、あんな表情が見えてしまって、どうにかしなければならないと。

 ただ見ているなんて堪えられない、無味乾燥の絶望の顔。

 あんなの人間がしていい表情じゃないと思った瞬間、勝手に叫んでいた喉に一番驚いていたのは―――――五河士道、彼自身だったのかもしれない。

 

 だけど、止まらない、止める気もない。

 

 

「俺はっ、きみのCDを聴いた!すげーいい歌だって思った、だからここに来た。――――――少なくとも今は、それだけだッ!!」

 

 

「…………っ」

 

 知りもしなかったアイドルのライブに、チケットがあるのにもったいないからと、そんなきっかけだった士道には言う資格も無い発言かもしれなかった。

 

 だが、資格など。

 あんな絶望(もの)をただ見ているだけなら、知ったことじゃない。

 

「きみの歌が聴きたい―――――それ以外の理由でわざわざここに来たりするかよ」

 

 ある意味酷なことを言っている。

 こんな傷ついた娘に歌えと、仕事をしろと強要しているも同然だからだ。

 

 それでも、士道は彼女に必要だと思ったから。

 

 誰かに否定され続けたのならば、それよりずっと強く彼女を肯定することが。

 

 

「だから負けんなッ!!ここにはきみの“敵”なんて居やしない!!!」

 

 

 そこまで言って、暴走したところで士道は少し我に返った。

 無茶苦茶なことをやってしまった。

 

 気づいたら、会場、数百ほどの視線を自分に集めてしまっていた。

 

 それらが何を考えているか、正直読めない。

 突き刺さるそれらに体がどっと冷や汗を流した。

 こんな中で歌えるアイドルまじで尊敬するていうか怖くて声が出なくなる気持ちちょっと分かった――――とか馬鹿なことを考えつつも、それを“利用”しようとおくびにも出さずに客席を振り返って問いかけた。

 

 

「なあ、そうだろっ!!?」

 

 

―――――賭けだ。

 

 ここで他の客から士道の言葉を否定されようものなら、もうステージの上の彼女は立ち直れないかもしれないから。

 だが、そんなことはないと確信していた。

 

 だって、あんないい歌を歌える彼女が悪いやつな訳もなければ―――――そんな彼女の歌を好きになって聴きにきた人達も悪いやつらな筈がない!

 

 果たして。

 

 

「そうだ………」

 

 

「ああ、そうだ!」

 

「その通りだ!」

「応援してるよ、月乃ちゃーん!」

「絶対、ぜったい、月乃ちゃんの味方だぁーーーーーー!」「信じてるからね」

「あんな噂に負けないで!!」「頑張れ、頑張れ!!」「最高の歌を、聴かせてくれーーーーーーー!!!」

「月乃ちゃん、愛してるーーーーっっ」「月乃ちゃん」「ツ・キ・ノ!ツ・キ・ノっ!わあああああああっっっっ!!」

 

 次々と皆が上げる明るい叫びが、その答え。

 

 不安だったのはファンとて同じ。

 アイドルを信じると決めても、好きなモノに対する心無い言葉を知れば傷つくし、そんなアイドルが日に日に元気を無くせば、好きだからこそいっしょに疲れてしまう。

 そのファンの姿に影響されて、アイドルも元気を出せなくなればあとは悪循環だ。

 あとは“宵待月乃”の破滅まで一直線――――その、一歩手前だったものが。

 

 ここで声を上げて応援出来ずに、何がファンだ!!

 

 士道に触発されたファン達が客席の空きを埋めてあまりある程に、各々が声の限りに声援を上げる。

 鼓膜がびりびりと悲鳴を上げるほどに、絶え間ない温かい声が会場中にこだまする。

 

「は、はは……すげえ。これがアイドル………っ!」

 

 

「「「「「ツ・キ・ノ!ツ・キ・ノ!ツ・キ・ノ!ツ・キ・ノっ!!」」」」」

 

 

 焚きつけた己でさえ尻込みしそうな熱気と、いつの間にやらはじまったシュプレヒコールに確信を得て、士道は安心に笑みこぼしながら、再び前の宵待月乃を見た。

 視線が合い、表情に色が戻るのを見て胸を撫で下ろした。

 

 

「ぁ……、あ、ああああぁぁ……………っっっ!!」

 

 

 歌姫に、声が戻る。

 

 

 もはや止まらない歓声の渦に、大粒の涙を見せながらも、とても綺麗な頬笑みを彼女は見せた。

 

「ありがと、う………っ。ほんとに、本当にっ、ありがとうございます…………!!」

 

 

 

 

 

――――もうだいじょうぶです。ありがとう、嬉しくて嬉しくて……アイドルやってて、よかった………ぐすっ!

 

――――がんばれーっ

 

――――はいっ。私、今日は本気の本気の、命がけで歌います。だから、聴いてください!!

 

 そうして再開したライブは、今まで想像したこともないくらい最高のものだった。

 声援が嬉しくて、踊ることが楽しくて、そしてなによりまだ自分は歌えること、それを“あの人”が聴いてくれることに胸のドキドキが止まらなかった。

 

 だから“宵待月乃”は、ライブで全力を振り絞って疲弊しきった体に鞭を打ち、走る。

 

「お礼を、いわないと………っ」

 

 控室でフードつきの上着を引っつかみ、関係者通路を走りながら羽織る。

 止めるマネージャーなんか知ったことじゃない、向かう先は、混乱を避けるために絶対に普段行かないライブ直後の客席側。

 

 興奮の収まらぬままに帰っていく人の波に、しかし絶対“あの人”は見つけてみせると気合を入れて、………わりとあっけなく見つかった。

 

「あの、本当にご迷惑をおかけしました」

 

「いいですよ。おかげで最高のライブをここでやることができました」

 

 

「あ…………っ!!」

 

 

 己の命そのものと言っていい歌が歌えなくなって、破滅する瀬戸際を掬い上げてくれた人。

 その不思議な彼女と同い年くらいの少年は、会場のスタッフに頭を下げているところだった。

 

「だ、ダメ!」

 

「「へ?」」

 

 あそこで彼が声を上げてくれたから、自分は立ち直れた。

 もしそれで彼が謝らなければならないのなら、まず自分が頭を下げなければならない、と。

 

 そう焦って上げた声に、間抜けな声が返ってきた。

 かと思うと、近づいて彼女が被っていたフードの下を確認した二人が目を見張る。

 構わず、“あの人”を逃すまいと肩のあたりの服の袖をきゅっと握った。

 

「宵待さん!?」

 

「あ、あの………私、あなたにお礼が言いたくて。――――だから、この人のことは」

 

「え?あ、ああ。構いませんよ。ごゆっくり」

 

 不安になりながらその中年スタッフに縋る視線を送ると、何故か微笑ましいものを見る目で立ち去られた。

 逆に困惑する“あの人”は、落ち着かなげに肩とこちらの顔に視線を往復させている。

 

 少し、可愛いと思った。

 

 だが、まず何をおいても知らなければならないことがある。

 上がった呼吸を落ち着かせ、言い間違えのないように。

 

「その、ですね。名前を、お訊かせ願えませんか?」

 

「いいけど……五河士道だ」

 

 いつか、しどう。

 

「素敵なお名前ですぅ………っ!」

 

 イツカシドウ。

 

 “宵待月乃”――――――本名誘宵美九(いざよいみく)は、熱の止められないその想いで。

 

 

 彼の名を心の奥底に焼き刻んだ。

 

 

 





 やったね美九ちゃん、実に都合よくヒーローがあらわれたよ!

 君の歌を聴きながらネコ耳少女といちゃついてたヒーローがね!


 っていうかその七罪にしたって〈贋造魔女【ハニエル】〉使ってネコ耳にしたってことはそれだけ精神不安定になってたといういつも通りの面倒(ry



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