は?ニャルガキなんかに負けないんだが? 作:胡椒こしょこしょ
月曜日の朝。
それは昨日とのギャップに苦しみ、身体は悲鳴を上げる時間。
昨日までは見たいテレビを見た後に惰眠を貪り、好きに自分の時間を使えたというのに。
一日経てしまうと打って変わって朝から起きる時間を拘束されて、学校という一つの場所で長時間生活することを強いられる。
「....眩しい....。」
太陽が俺の顔を嫌がらせのように照らす。
雲一つなく晴れ渡った青空。
燦燦と輝く太陽を睨みつける。
お前が昇らなかったら俺がこんな時間に起きることもなかったのに....。
昨日オカルト板で、『浮かんでいるから沈むもの』というタイトルのスレに目を付けていたのだが、それを見ることは出来なかった。
なぜなら....。
「ふふっ、こうして一緒に歩くの久しぶりだよねっ!最近は大会が近くて起こしにいけなかったから、日常が返ってきたって感じ!」
笑顔で隣を歩く少女。
俺の幼馴染である満仲千和だ。
今日、彼女が大会期間中であるにも関わらず起こしに来たことで俺は毎朝の日課である掲示板巡りが出来なかったのだ。
なんでも普段から朝練を真面目にやっている分、今日くらいは身体を休ませた方が良いんじゃないかという話になって朝の練習はなくなったらしい。
ずっと負荷を掛け続けるのはよくないとか。
正直、こちらとしてはずっと朝練してもらいたいものだったのだが。
昨日の夜は「沈むとて浮かぶもの」と言った興味深いスレに目を付けていたのだ。
一日経た掲示板のスレはまったくその在りようを変えてしまう。
だからこそ、興味深い内容のスレであれば次の日の朝に見ることにしていたのだ。
しかし、その計画は彼女が枕元に立ったことでもれなくご破算。
朝のルーティンが崩されたことで、テンションは駄々下がりである。
「あっ、見て!あそこの犬、大きくなったよね....。昔は禊君、犬を怖がってあそこの前を通る時、私の手を握ってたっけ....。」
「そんなことあったっけ?覚えてない。」
彼女は左横の家で犬小屋で惰眠を貪る柴犬を指さしてそう話を振ってくる。
この分では、登校時間を掲示板巡りに使うことは叶わないだろう。
横で携帯を弄ると、うるさいだろうし。
「...どうしたの?上の空だね?」
「...まぁ誰かさんに毎朝のルーティンが邪魔されたからな。なんか朝を迎えた気がしないっていうか。」
遠回しにお前のせいで掲示板巡りが出来なくて朝が始まった気がしませんと伝える。
直接言うと面倒臭そうだし。
すると、彼女は俺の腕を掴んで真剣な顔になる。
「えぇっ!?一体誰がそんな....今度そんなことがあったら言って。私がその人に直接話を付けるから。」
「..あぁ、うん.....。」
見当違いなことを抜かす幼馴染に、二の句が継げない。
ここまで都合よく考えられる脳みそが羨ましい。
もしかして、自覚がないのか....!?
「お姉ちゃんにおまかせっ!!」
「.....」
ぐっと力こぶを作るような仕草をする彼女に冷たい視線を送りながらも、上を見上げる。
...おっ、トンビが飛んでる。
結構飛んでいるはずなのに、見ると珍しさを感じてしまうんだよなぁ。
.....話すことねぇなぁ。
正直、コイツと二人で登校なんて久しぶり過ぎて何話せばいいか分からん。
練習どんな感じとか?
....興味ないなあ。
聞いても生返事になるのは目に見えている。
何か話すことはないだろうか....。
...くそっ、これが才ノ芽が相手だったら楽だったというのに....。
,,,ん?才ノ芽?
後輩のことを考えると、一つある疑問が頭に浮かんできた。
昨日アイツから聞いた取るに足らないような噂。
あんな噂をアイツは学校中で噂になっていると言っていた。
それなら、隣のこいつもあの噂を知っているのだろうか?
どうせ話のネタに困っていたのだし、聞いてみるとしよう。
「なぁ、そういえば聞きたい事があるんだけど。」
「なになにっ!?禊君の質問ならなんでも答えるよ!!」
俺の声を聴いて、ずいっと距離を詰めてくる千和。
近い...。
その元気の良さやらに圧倒されて一歩後退しつつも、俺は口を開く。
「お前さ、俺たちの学校の特別棟の噂って....知ってるか?」
「特別棟の噂.....?うーん.....。」
質問を聞いて首を傾げる千和。
この様子では知らなそうだな。
「アレかな?私のクラスなら特別棟3階にある美術室の窓からは授業中でも運動場を使用している2年生の姿がよく見えるっていう奴?」
「いや、知らない。てかなにそれ、噂?見てなんか意味あるの??なんだか怖いんだけど.....。」
なんというか触れてはいけない闇に触れたような感じだ。
そんなのが噂として語られる程にお前らのクラスは2年生に関心を持っているってことか?
なんで???
聴きたい事とは違った知りたくもない情報を知ってしまったんだけど......。
「てかお前らのクラスの話だろ。俺が言っているのは学校全体で広がっている噂だよ噂!」
「学校全体....これ以外となると、知らないかなぁ。」
逆になんでそんなこと知ってて、そんな情報がお前らのクラスで出回っているのか知りたいものだ。
いや、良いや!
知らなくても良いや!!!
なんか俺の直観がこの話には触れない方が良いって言ってるわ!!!
まぁでも知らないのか。
いや、確かにこういうオカルトっていうか怪談チックな話はコイツ興味ないだろうしな。
聞いてもすぐに忘れてそうだ。
「そうか...いや、なんでもない。」
「え、なになに?どんな話なの?気になるんだけど!」
千和は話に食いついてくる。
...面倒臭いな。
これ話したとしても結構下らない明らか嘘であると分かるような噂だしなぁ。
こんな話して、俺が気にしていると思われても面倒だ。
「いや、別に?なんか特別棟で変な女を見た的なそんな話があるらしいぜ。」
あの怪談の上辺の部分しか語らない。
すると、考え込むような表情をする。
「ふ~ん、私特別棟にはあんまり授業以外で行かないからなぁ。」
「俺もだよ。だからまぁ、なんとなく気になったから聞いただけで俺的にもどうでもいい話っていうか...。」
まぁどうでもいいっていうのは本当だ。
少し気になる部分もなきにしも非ずだが、それでも限りある脳の容量に収めておくような高尚な話でもない。
ただ後輩が、同好の士が言っていたことだから頭に残っていただけの話だ。
すると、彼女は笑顔を俺に見せた。
「それじゃ、おそろいってこと?ふふ...やっぱり幼馴染だから不思議と似てしまうってことなのかな?」
「....そもそも特別棟に授業以外で用がある人間なんて部室がある人間以外居ないだろ。お前、陸上部。俺帰宅部。幼馴染がどうとか関係ないだろ。」
「ふふ...お揃い...一緒...ふふ、ふふふふ....!!」
話聞いてねぇなコイツ。
俺が否定しているにも関わらず、なおも愉快そうに笑っている彼女。
何だコイツ、笑い方不気味なんだが。
いつもの活発なコイツでは考えられないような笑い方にドン引いてると目が合う。
すると、彼女はなぜか目を細めて微笑を湛えている。
「...今日、一緒に帰ろうか......。」
そう言って身体をくっつけてくる。
耳元に息が吹きかかって、身体にゾクリと変な感覚が走る。
これはまずいと千和から距離を離した。
「大会近いんだろ。練習してろ、馬鹿が。」
そう言って速足で彼女よりも先を行く。
背後では「そんなぁ~」とさっきとは打って変わって間の抜けた声を発しながら彼女が駆け足で隣にまた並び立とうしているのが分かる。
危ないところだった。
もし、ここで耳に息が吹きかかったことで俺が変な反応を見せるとどうなるか。
最悪の場合、バレるかもしれない。
....俺が耳が弱く、ASMRを買い漁って聞いていることに。
もしそんな自分の性癖が幼馴染とはいえ異性になんてバレてみろ。
恥ずかしくて死ねるぞ!!
それに、なんというか中学の頃からだろうか。
あんな風に一瞬彼女の雰囲気がいつもの感じから変わるようになった。
そう言うところがなんだか苦手で、千和と話すのを避けるようになったのは。
過干渉気味な態度とは別に、どこか別の意図を感じる彼女の目つきが苦手なのだ。
陸上部だけあって、千和はすぐ追いついて来て隣で笑顔で歩いている。
凄い視線を感じると思ったら、千和はさっきあんな微笑を浮かべた人物とは思えないほどにニコニコと無邪気な笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
その落差が怖いんだよなぁ。
そう思いながらも、そんな彼女から俺は目を逸らしたのだった。
◇
放課後。
生徒たちは部活動がある人間以外は校外へと出ていくような時間。
俺は特別棟への廊下を歩いている。
「今回に限っては君のように不真面目な生徒が居てくれて助かった。」
「はぁ....。」
俺の隣には風紀委員長。
一度歩きスマホをしてから目を付けられているのか会えば何か嫌味のような言葉を言ってきて、その癖容姿や立ち振る舞いから貴公子とまで言われているいけ好かない女だ。
現状、俺は彼女に連行されているのだった。
今日の昼休み。
俺は以前魔堂で買ったピラミッド型の迷宮パズルを家に置き忘れて、最悪な事にそれを鞄を開いたタイミングでコイツに見られたのだ。
その時のコイツのしたり顔と言ったら忘れられない。
「やはり君は学生の風上にも置けない奴だなぁ!?」とイキイキとした笑顔で言われた。
部活動で特別棟に用があるのか後輩の生徒とすれ違う。
「ん?どうした??なんでそんなこと言うのか聴かないのか?大人しいな、いつもであればそんな発言して良いのか、不謹慎ではないのかと揚げ足を取ってくるというのに。」
「....なに?聞いてほしいの?」
俺は彼女の言葉に聞き返す。
というかいつも揚げ足取ろうと俺に目を光らせているのは誰だって話だ。
まったく面の皮が厚いなんてものじゃない。
寧ろわざとのようにも思えてくるものだ。
すると奴はまるでやれやれと言ったように目を閉じて手を広げる。
「まったく普通こういう時っていうのはその発言の動機を聞いて話を膨らませる物なのだよ。人とお話したことありまちゅぅ?」
心底舐め腐った口調で俺に言葉を吐きかける。
マジでイラつく女だなコイツ....。
「コミュニケーションっていうのは自分の思った通りの返事が返ってこないのが普通なんだよ。お前こそ人と話したことあんのかよ。」
腹立つので言い返す。
すると彼女は窓の外を見ながらも口を開く。
「なんというか最近、バカげた噂が学校で流れててね。どうしても特別棟の4階の男子トイレ掃除は勘弁してくれって奴が居るんだよ。男の癖に、情けない。だから、君みたいに拒否権ない奴が居て助かったってこと。感謝したまえよ?ちゃんと掃除すれば本来は没収されるはずの物、返してあげるんだからさ?」
俺の言葉無視かよ....。
隣で勝手に事情を話し始める女。
...実はコイツが聞いてほしかったんじゃねぇの?
「...特別棟の女か?なんか教師に捨てられて死んだとかいう。」
俺が答えると、奴は目を丸くする。
「へ~、知っているんだね。てっきり君は友達が居ないから知らないものだと思ってたよ。....いや、そういえば君の趣味は迷信集めだったか?それなら知ってて納得だ。そんな下らないこと趣味にできるなんて、君変わってるよねぇ~?」
目の前の女は口元を歪ませて、俺の趣味を揶揄する。
その表情を見ているだけで、頭の血管ブチギレそう。
顔良い癖にそこまで癇に障る顔できるってある意味才能だと思う。
「なにお前、馬鹿にしてるの?」
「えっ、聞かなくても分かるだろう?よくそれで高校受かり待ちたね~?ふふ、いや悪い....そういう空気が読めないから君には友達が居ないんだろうなって思っちゃったよ。いけないいけない、本当のことを言ったら可哀想だもんねぇ。」
コイツ....マジでぶん殴りてぇ....。
でも、我慢だ。
コイツはこれでも女。
そもそもそこまで気ごころ知れていない人間を殴るほど野蛮人のつもりもない。
階段を上る。
本棟から特別棟へと続く連絡通路がある2階から2階層上がって4階。
4階はどの階よりも人気がない。
...演劇部の部室、確か2年前になくなったんだっけ演劇部。
全体的に4階には既にもうない部活の部室跡が残っているからだろう。
ここだけ、誰にも必要とされていない空間だ。
そういう空白にこそ、そういう霊的だったり悪いものだったりが溜まりやすいとか聞いたことあるな。
...まぁ、だからと言ってあんな噂を信じるつもりはないが。
廊下歩いて、奥の方へ。
そこにトイレはあった。
その周りだけ、時が止まったかのように音がない。
角の方だから外の音とかが響いてこないのだろうか?
外から見える範囲でもトイレは本当と比べると少し汚く古い。
薄暗くて不気味だ。
「じゃあそこの掃除頼むよ。小便器から大便器、床まで全て。くれぐれもサボったり、抜け出そうなんて考えるんじゃないぞ?私はここで立って見張っているからな」
「....それが風紀委員長サマの仕事か?忙しそうで頭が下がる思いだわ。」
皮肉まじりに言葉を紡ぐと、彼女はそれを分かってか悪い笑顔で答えた。
「あまり褒めないでくれ。私はただ私が嫌いな人間が私の指示で働いているのを見るのが好きなんだ。」
「良い性格してんな、お前。...はぁ~っ、だりぃ....。」
やはりバレてしまっているらしい。
それならそれで気を遣う必要もなくて楽だから良い。
それにしたってここ一室全てを掃除だなんて重労働以外の何物でもない。
普通一人でやる分量かこれ?
でも、外でコイツは俺が出ないように待っているらしい。
....それなら、ゆっくりしたって問題ないな。
コイツの自由な時間を潰せるなら、まぁそれも悪くない。
肩を落としながらも、なんとか自分を奮い立たせて男子トイレへと入る。
用具ロッカーから色々その時々に必要な物を出して、掃除を開始する。
まずは小便器を1個ずつごしごしと擦る。
楽そうだからという理由で水回りの水垢を雑巾で拭き取る。
床にはモップを掛ける。
この時点で結構時間が経っていた。
別段急がずにゆっくりやっていたからだろうが。
さぁて、最後は大便器か。
二つしかないし、ここまで長引かせるの逆に俺がきつくなってきたのでさっさと済ませてしまおう。
トイレに入ると扉を閉めて鍵をかける。
鍵もガタガタしてるんだけど....。
ブラシを手に取る。
それにしたって、電気を点けてもどことなく薄暗いってどういうことなんだよ。
最近体育館改修って話が出てるらしいけど、文化系の部活生からしてみれば特別棟の改修をしてもらいたいだろうな。
俺、帰宅部だし推測の域を出ないけど。
....うわ、虫居る。
単純作業を続けていると思考が別の方向へと飛びがちだ。
周りの音も嫌に耳に着く。
さっきまで静かだと思っていたけど、ぴちゃん...ぴちゃん...と等間隔で水滴の落ちる音がする。
俺、緩く締めていたか?
もう一つの個室トイレ終わらせたら締めなおすか。
時計を見れば4:40分。
まだまだ全然、外では部活が行われているだろう。
千和は一緒に帰ろうと行っていたが、それって練習終わるまで待たないといけないのかなぁ。
だとしたら一緒に帰りたくねぇなぁ。
待ちたくないもん。
そう思って、トイレの水を流して便座を下す。
そして扉の方へと向き直ったその時。
トイレの流れる音に紛れてはいるものの、水音がさっきよりも近くで断続的に響いていた。
「...トイレの配管おかしくなったのか?」
一度トイレを詰まらせたことがあるが、詰まらせるとトイレから断続的に水音にも似た変な音が鳴る時がある。
異物どころか紙も流していないのでそんなことは起こりえるわけないが、もしかしたらもしかするかもしれない。
流し終わったトイレを開けると、その水面は凪そのもの。
これでもないか...。
「...気のせいかな。」
そう思って、鍵に手を掛けた瞬間。
ぴちゃり....とまるで濡れた足で床を踏むような音が鼓膜を揺らした。
その水音は扉の前で響く。
「....っ。」
強張る背中。
そして一定のリズムでぴちょ...ぴちょ...と雫の落ちるような音。
下を見れば、少し黒い汚水のような水が扉の隙間から床を伝って筋を描くように一滴ずつ入ってきている。
誰か....居る?
扉に耳を付ける。
「....っ....ぅ.....。」
微かに聞こえる息遣い。
小さいながらもどこか荒い。
それを確認すると、弾かれるように扉から身を離した。
誰か....居た。
扉の前で誰かが立っている。
誰が立っているんだ...こんな人気のない特別棟の4階の、しかも男子トイレなんて。
まさか...あの噂。
どこか薄暗く不気味さを感じていたトイレの中。
一瞬、思考がそちらへと流されそうになる。
...だけど、寸でのところ踏みとどまる。
「....なぁ、黄野...なのか?」
居るとすれば冷静に考えて外で待っているであろう風紀委員長サマに他ならない。
大方、噂を認識していたし怖がらせようとしているのだろう。
まったく、口は達者だがやることは幼稚だな。
やれやれ....。
彼女の行いだと断定して呆れる。
その瞬間、カリカリと何かを引っ搔くような音が聞こえてきた。
なんだ...?
段々と扉の向こう側からの息遣い、いや声がはっきり聞こえてくる。
「..んせい.....せ...せんせ....」
「おい、冗談は....」
響く不気味な声。
それに若干引きつつも、扉の向こうに居るであろうアイツにやめさせようとする。
その言葉を遮るように、電気が消えた。
ただでさえ電気が点いていてもどこか薄暗かったトイレの中。
電気が消えると、周りが見えなくなるほど暗くなる。
ただ呻くような声と引っ掻くような音が暗い室内に響く。
「おい黄野ぉぉぉ!!!これは流石にやりすぎだぞ!!!ここまで来ると性根腐っているどころか頭湧いてる感じだぞ!!分かってんのか?テメェちょっと学校で王子様とか貴公子とか言われてるからって何しても良いって思ったら間違いだ調子のんな!!!その胸で王子は無理があるんだよっ!!!!」
ちょっと怖いなって思ってしまった俺はその気持ちをかき消すかのように大声を出す。
今まで思っていたことも含めて口に出した。
外見にも言及したんだ、これならアイツも言い返してくるだろ。
前に一回、アイツが「性格は悪いし女の癖に女にモテて悦に浸っててキモイけど、おっぱいは良いよなぁ~」って言ってる男子一団と出くわして睨み散らしていたのを思い出したのだ。
ちな、その男子一団はその後アイツの信者女子集団に精神的リンチされて無事死亡した模様。
女って怖すぎ。
しかし、返事が返ってこない。
ずっと扉を引っ掻いているだけだ。
なんだ...今回は随分とくどいな。
「おい、なんとか言え...よ.....」
便器を踏み台にして、扉の上に手をついて懸垂の要領で扉の向こうの様子を見る。
そこに、アイツは居なかった。
そこに居るのは髪が汚水でぐっしょりと濡れた長髪の女。
リスカ痕が痛々しく何本も刻まれている腕。
身にまとうのはところどころボロボロで汚れた小汚い制服。
異常に伸びて、また手入れしていない排水溝のように汚らしい毛のようなものが絡みついた爪で扉をずっと引っ掻いている。
俺が見ていることに気づいたのかゆっくりと首を上げる。
髪の隙間から目が覗く。
充血した瞳は揺れながらもこちらを見つめている。
そして、まるで喜色を湛えるような吐息と共に言葉が吐き出される。
「みつけた...せんせい.....」
「ひっ....!...っぅ!」
手を放してしまい、尻もちをついてしまう。
は....えっ、マジで?
あの噂....マジだったのか?
腕のリスカ痕や発言。
それは後輩から教えてもらった噂と重なる部分がある。
でも、だとすれば....。
時計を見ると時刻は4:41。
噂で言われていたのは5:37だったはず。
じゃあ、目の前に居るのは噂の奴じゃない?
でもだとしたら誰なんだ?
どっちにしろヤバいのに変わりは....。
混乱する思考。
しかしその思考を切り裂かんかのごとく、どんどん扉を引っ掻くペースが速くなっていく。
そして、声もどんどん大きくなっていく。
「せんせい...せんせい....あけてせんせいあけて.....あけて....」
地面に伝う汚水に赤い液体が混じり始める。
どちらにしても俺はこの狭くて鍵が老朽化しているような心もとない室内に追い詰められてしまう。
「はっ....はっ...。」
口元を押さえて、声を抑える。
今更ではあるが、それでも怖いからそうしないと叫び出してしまいそうだった。
夢...ではない。
臀部の痛み。
紛れもない現実だ。
「せきにんとって...せんせせんせい...あけてあけて...あけろ....」
懇願するような声から、声色が変わる。
まるで恫喝するような、そんな声色。
「あけろあけろあけろ...にがさないあけろ...開けろっ!!!!」
最早引っ掻くどころか体を扉にぶつけ始めている。
扉がドンドンと音を立てて揺れている。
扉の揺れはどんどんと大きく、ぶつかる頻度も狭くなっていく。
壁に背を付けて頭を抱えて縮こまっていると、鍵がカタカタと心許なく揺れているのが見える。
「開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ....」
鍵からバキッという音が鳴ったのが聞こえて背筋が冷たくなる。
確か、入る時に感じていたが鍵は老朽化して外れそうだったはずだ。
奴の体当たりはどんどん激化している。
このままじゃ間違いなく...鍵が壊れて侵入される。
そうなったら...どうなるんだ...?
噂の通りであれば血が吸われる。
でも、そもそも出現する時間すらも合っていないんだ。
どうなるかなんて、分かったものじゃない。
「ひぃっ!なんだよ....なんで俺がこんな目にあってんだよ!!」
俺はただ言われた通りトイレを掃除していただけなんだぞ。
なんなら噂の時間ですらなかったんだ。
どうしろっていうんだ、どうすればよかったんだ?
確実に避けようがないだろ!
そもそもあんなガキが思いつきで流すような噂なんか信じるわけないしなっ!!!
...待てよ。
そもそも、目の前のこいつも時間守ってねぇじゃん。
それってずるくね?
というか、俺なんもしてねぇじゃん。
廃墟に肝試しとかで霊の怒りを買うとかならまぁしょうがないなってなるし、噂を一目見ようとあえてその時間条件にここに来たとかなら分かる。
でも俺、掃除してるだけだよ?
お前幽霊なら時間守れや死にぞこないが。
なんで俺こんなに怖がらされているんだ。
そもそも俺は先生じゃねぇよ、先生探すならせめて職員室近くのトイレにしろよ。
...なんだろう、一周回ってイラっとしてきた。
ゆっくりと立ち上がる。
鍵は最早付いているのか付いていないのか分からないくらいガタガタと揺れる。
そしてガチャンと音を立てて、外れる。
鍵が地面へと落ちていく。
きっと完全に地面に落ちて音を立てる頃には奴はここに侵入しているだろう。
俺は足を上げる。
扉が少し開いているのが見えた。
実際は刹那の一瞬。
しかし、それは俺にとって数十秒に思えるほどの時間。
やることはただ一つ。
「っ...オラァァァ!!!!」
力一杯全力で扉を蹴りつける。
入りかけた分、勢いが付いたのか扉の向こうでゴンッと壁に激突する音が聞こえる。
咄嗟に扉に背中を付けて座り込む。
そして、財布を内ポケットから取り出すと、そこから生徒証を取り出す。
ケツが湿った感覚がする。
どうやらあの汚水の上に座り込んでしまったらしい。
それでも、気に留めることなく扉の隙間から生徒証を外へと滑り出す。
「その足元の生徒証を見ろぉぉ!!!お前も元はこの学校の生徒ならそれがどういうことか分かるだろ!!?」
これで駄目なら最早耐えるしかないな。
携帯で助けでも呼ぶか?
ブチギレて怒号上げて、蹴り飛ばしたんだ。
怒っているかな....俺もう駄目かもわからんね。
最後にスレ建てでもするか?
諦観からか、思考が変な方向に飛びかけてなぜか幽霊相手に強く出ていた。
「俺はな、先生じゃない!!この学校の生徒だ!!!...アドバイスしといてやるが先生に会いたければ職員室に行け!ここから2階降りて連絡通路を渡ってそこに職員室がある。まっ、行けるもんならな。」
ここまで来ると、今度は落ち着いて来たな。
血...抜かれるってどのくらいなんだろ。
全部かな...出来れば貧血になるくらいが良いな。
全部だったら死んじゃうし。
そもそも血抜くのかな?
案外これでバァッ!みたいな海外のホラーありがちのただの驚かしって線ない?
ないよなぁ....。
最悪の場合を考えて、渇いた笑みを口から漏らす。
しかし、扉の奥はまるで端から誰も居なかったかのように静まり返る。
そして一言声が聞こえる。
「ちがう...この人、じゃない.....。せんせい...せんせい....。」
その声が聞こえた後、ぴちゃんぴちゃんと水音が響く。
その音は段々遠のいていく。
行った....のか?
扉を少しだけ開けて外を見る。
外には、誰も居ない。
ただ、髪の毛交じりの汚水に汚れた俺の学生証があった。
....汚いなぁ。
顔を顰めながら拾い上げようとする。
すると、身体が不意に力が抜けて体制を崩しそうになって壁に手を突く。
壁もどこかぬめっている。
気持ち悪い。
体勢を整える。
すると、手が震えていることに気づいた。
そこで初めて自分がどれほどの緊張状態に陥っていたか理解した。
...さっきのも自棄になってただけだしなぁ。
ケツも濡れてるし、どうせ洗濯に出さないといけない。
それなら、上着が汚れても一緒か。
そう思うと、学生証を服で拭ってポケットに入れる。
今も、足が震えている。
でも、もうここに居たくはないのでゆっくりと外へと歩みを進める。
外では黄野が待っているだろう。
もう物を返してもらわなくてもいいから、家に帰してもらおう。
ちょっと今日は...もう、無理だ。
...それに、もしあの女霊が職員室の方に向かったとすれば出口で出くわしているかもしれない。
心配だ....ま、まぁ?あんな奴だけど知り合いだし?
「あっ禊先輩...変な音したけど大丈...大丈夫か!?顔色が真っ青だぞ!!!」
なぜか外には才ノ芽が立っていた。
彼女は一歩前に出て心配そうに俺の顔を見つめた。
「風紀...委員長は?..というか、誰かここから出なかったか?」
「あ、あぁ黄野先輩か?天文部の帰りに先輩と出くわしてな。なんでも用があるから自分の代わりに先輩を見ていて欲しいって...。あの、これもなんか出てきたら渡しておけって。」
そういうことか。
どうやらこの階に天文部の部室があって才ノ芽は帰り際に黄野に監視の役割を押し付けられたということか。
それにしたってあの女.....!
俺が掃除している間に帰ってやがったのか....、しかも当事者の一人であるはずの俺に何も言わずに。
これなら掃除なんて本気でやらずに機を見てサボってしまえばよかった。
そうすれば少なくともアレに出くわさなくて済んだはずだ。
まぁ....どちらにせよ、没収される品が返ってきたからそれは良いが....。
「それに、私が見ている範囲では先輩以外にここを出入りした人間は居ないぞ。...誰かと、一緒だったのか?」
彼女はどこか不安げな表情でこちらに尋ねてくる。
どうやらあの女の霊はトイレから出て行ったのではなく、消えたと考えるべきだ。
そうだ、それだ。
今は何も言わずに帰るような人間の屑はどうでもいい。
重要なのはトイレの中で出くわした存在。
才ノ芽もここに居るんだ。
なら、もっと詳しく話を聞く必要がある。
なんせ、才ノ芽から聞いた話とは食い違う部分があるから。
「なぁ、教えてくれ。お前、噂は誰から聞いた。その時にちゃんと『幽霊は5:37に出没する』と聞いたのか?それは...間違いないのか?」
「な、なんでそんなことを....。」
彼女はどこか戸惑った表情をしている。
それも当然か。
散々そんな話は子供の御伽噺にすら劣ると笑って、彼女も俺の言葉に同意していた。
そんな俺が急にそんなことを言い出したら、戸惑うに決まっている。
でも、今は目の前の少女がどう思うかはどうでもいい。
とにかく、噂について知りたい。
じゃないと、納得できない。
噂とは違う時間に本当に噂のような女の霊に出会った。
あんなものが、学校に存在しているのだ。
知らなければ気が済まない。
安心して用を足すことすらできないだろう。
なぜなら噂とは違う存在であるとすれば、4階のトイレを避けた所で安心できないから。
そして、それを聞き出すには下手に回りくどい聞き方しても戸惑うだろう。
それにこいつも一応オカルト趣味を共有する同志だ。
そう言う話は、笑いはすれど耐性はあるだろう。
それに、俺はコイツに聞くしかないし。
「俺は....多分その噂の霊と出会ったからだ。アレは人じゃないとはっきりと自信を持って言える。そんでもって、俺が奴に出会ったのは4時41分。噂とは食い違う。だから、詳しく噂について知りたいんだ。頼む、教えてくれ。」
「そんな...せ、先輩も面白い冗談を..言うのだな。は、はは....ははは....。」
彼女はどこか引きつった笑みを浮かべて、一歩下がる。
....やはり信じてもらえないか。
もうこの際、信じてもらわなくて構わない。
さっきの体験を吐露できないのはきついが、今はその噂について聞ければ良い。
「...信じなくていい。ただ教えてくれ。その噂は誰から聞いた。大元を辿っていけばもしかしたらその霊が誰か、奴を捨てた教師というのは誰かも分かるかもしれない。とにかく...詳細について知らないと気が済まない。じゃないと...安心できない。」
俺は一歩距離を詰めて、才ノ芽に尋ねる。
少なくとも誰から聞いたのかとかを知りたい。
すると、彼女は再度後ずさる。
壁に背が付く。
「...先輩まで、そんなことを...言うのか。」
彼女は俺の目を見つめながら呟く。
その目は揺れている。
それはまるで怯えているかのようだった。
「...どういうことだよ。」
俺が尋ねると、自分の身体を抱くように腕を交差させる。
そして俯きながらも口を開いた。
「確かに、私は先輩に話した噂を聞いた。誰から聞いたではなく、風の噂でみんなが話しているのを聞いた。でも....そんなことは、あり得ないんだ。」
「だから、お前が信じられないのは分かったって。それよりも噂について....。」
俺が言葉を吐こうとすると、彼女は顔を上げる。
目はしっかりと俺を見据えている。
その表情はまるでこちらに訴えるように...いや、あたかも弁解をしているかのようだった。
「その噂はっ!...元々は、私が天文部の友達に話した怪談が、元なんだ。ネットで聞きかじった話をこの学校に当てはめただけのでたらめ。それが多分言伝で歪んだのが今の噂。...だから、そんな女霊なんて本来は存在するはずがないんだ。だって....そもそもその噂の大元が、私の...嘘なのだから。」
「...は?なんだよ...それ。」
全て嘘。
それはつまり、教師に孕まされて自殺した少女も居なければ捨てた教師も居ない。
だからこそ、5:37どころか4階トイレに霊が出るはずもない。
なぜならそんな事象はこの学校ではないのだから。
全部、目の前の後輩の創作でしかないのだから。
じゃあ....俺が見たものは一体、なんなんだ?
薄ら寒い物が背中を這い上がるような感覚。
「禊先輩....。貴方も、確かに...トイレで女霊を、見た...のか?サッカー部の先輩や..私の友人と同じ様に.....。」
彼女は俺に問いかける。
その瞳は揺れ、身体は震えている。
まるでじゃない。
彼女は確かに、怯えていたのだった。
噂の女霊。
しかし、その話の大元である話が嘘であると知っている少女にとっては女霊の目撃情報や被害に遭った人物のことを聞くのは心穏やかではないでしょう。
風紀委員長、性格はクソ確定ですが仕事さえすればちゃんと約束守って物返してくれる時点で割と融通の利く人ではあると思うんですがそれは....。
例にも及んで、この人も名前にモチーフがあります。
幽霊見て逆切れするなんて、SAN値が太すぎるっピ!!!
怖い物を見て、心騒いだ時はどうするべきでしょう?
...そうだね、お姉ちゃんにお任せだねっ!
ちなみに最終回は思いを自覚した弟君を姉が泣きながら逆レして連載終了ってはっきりわかんだね。(小松構文)