は?ニャルガキなんかに負けないんだが?   作:胡椒こしょこしょ

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久しぶりなので初投稿です。


噂は一人歩きする その3

「えーと、このフレンチフライ盛りを一つとコーラと....お前、何が飲みたい?」

 

「...あ、え、えっと...ケーキセットで、アイスティーを....。」

 

「かしこまりました。しばらくお待ちください。」

 

こちらの席に伺いに来た店員に注文を告げる。

窓の外は既に夕焼けによる茜色に紫が入り込み、夜の到来が近いことを予感させる。

トイレにて自分たちが奇妙な現象の渦中に立たされていると知った俺たちは、お互いにさらに話をする為にもファミレスに来ていた。

 

あのまま今日は解散というわけには当然いかない。

なぜなら、学校で流行っている特別棟の女霊。

俺はそれを目撃したにも関わらず、その話自体が元はコイツの作り話でしかなかったのだと判明したからだ。

それはつまり、虚構が形を成しているということを意味しているのだから。

 

運ばれてくる飲み物。

それを嚥下しながらも、目の前の後輩に体験したことを話していく。

いけ好かない風紀委員長に言われて、トイレ掃除をさせられていたこと。

そこで特別棟の女霊に遭遇したこと。

追い詰められたが、機転を利かせて事なきを得たこと。

全て一つの抜けもないように才ノ芽に話した。

 

才ノ芽は真剣な表情で俺の話を聞いている。

トイレの前で真実を教えてもらった時に見せていた怯えは鳴りを潜めて居る。

時間が経って落ち着いたのだろう。

そして、話が終わると才ノ芽が重々しい口を開いた。

 

「大変だったのだな、先輩。...それにしても、よく今無事でここに入れたものだ。間一髪じゃないか。」

 

「はぁ...まったくだ。相手側がちゃんと学生証が見れて、意思疎通が多少なりは取れるような奴じゃなきゃどうなっていたことか....少なくとも、お前とこうしてファミレスで話してはいないだろうな....。」

 

思い返してみても身の毛のよだつ体験。

正直、様々な偶然が重なって無事を手繰り寄せられたのは明白な事実だ。

しかし、正直ことこの件においては重要なのは目の前の後輩の言葉だろう。

なぜなら、俺はただ単に体験しただけに過ぎず、その点彼女はある意味元凶と言える立場だからだ。

 

「でも、大変なのはお前の方だろう?自分の話していた話が形を変えて広まったと思いきや、実像を得ているなんて....それこそ、オカルトだ。」

 

「先輩...そう、だな....。」

 

才ノ芽は表情を曇らせる。

日頃であれば、食いついていたようなオカルトという言葉にも食いつかない。

...こりゃ、相当だな。

 

「まずは、元の創作怪談。どんなものかはトイレで聞いたが、どんな経緯でその友人とやらに話したのか教えてくれるか?」

 

まずはその話がどのようにして話されたのかを聞く。

本来俺が聞きたい事は他にあるが、まずは話しやすそうなところから話してもらうとしよう。

 

「わ、分かった...。」

 

いつもとは違って、素直に頷く才ノ芽。

そして、口を開いて訥々と話し始めた。

 

「その日は、特に何もない日だった。天体観測の許可は一週間後とかなり期間が開いていて、そしてテスト期間中ということもあって長い時間開いてすらいない。先輩たちもあまりいないから半ば私はその同学年の子と話に来ていたようなものだった。」

 

「....お前、すげぇな。テスト期間中ならさっさと家に帰って勉強しようとか思わなかったの?」

 

「...?これまでの積み重ねがあるのだからテスト期間中は知識の詰め込みよりコンディション維持に力を入れるようにしてるのだが....」

 

「出来る奴ってのは違うな、やっぱ...。」

 

頭が良いとは思っていたが、まさかコンディションの話になるとは。

彼女はテスト期間を迎えるまでにすべての範囲の理解が済んでいるということか。

見習いたいもんだな、ホント。

 

「そ、そうだろうか...えへへ...、それで怖い話が苦手ってその子が話していたのを聞いて、私はその子を揶揄うつもりで嘘の話を作って聞かせてみたのだ。」

 

一瞬照れ笑いを浮かべるも、表情を真面目な物に変える。

それにしたって怖い話が苦手な人に、作り話とは言えそれを聞かせるとか...。

 

「容赦ねぇな、お前。」

 

「わ、私だって悪かったと思っている!...ただ、その...出来心で....。」

 

目線が下を向いて、テーブルを撫でる。

まぁ俺もそうやって、仲のいい相手を揶揄う時はある....っていうか目の前の後輩をこの前揶揄ったばかりだし人のことは言えないのだが。

 

「じゃあ、その子経由で話が広がったのか?」

 

「いや...私が聞いたけど、彼女はその話については既に忘れていた...っていうか、部室には一応私達以外の一年も居たわけだから、彼女で確定と言うわけでもない....。」

 

まぁこの手の話は広めた人間を見つけ出すのが難しいだろう。

そもそも一人であるとは限らない。

聞きかじった話、それが頭の片隅にあってそれで広まった可能性がある。

 

「そんで?聞きかじった怪談を他の人に話したのか、それともまともに聞けてない分、本当にそんな話がこの学校の怪談としてあるのかと勘違いした奴がいたのかは知らないけど言伝され続けて歪んだ形で今の噂になったっていうわけか。それで、お前が噂の元となった話をしていたことは誰か知っているのか?」

 

「いや、誰も知らない。話した子に聞いても、似ているとは思ったけど噂がまさか私の話が元とは思わなかったようだし、他の人はそもそも私がそんな話をしたことも知らない。」

 

「そりゃそうだろうな。」

 

というより、誰が元になったのかなんて実際の所多くの人はどうでもいいのかもしれない。

俺達のようなオカルトに目がない人種以外にはただの話のタネ、話題に困ったときのネタくらいの認識だろう。

たとえそれが作り話であろうがどうであろうが、本当の所はどうでもいいのだろう。

俺達のような人種だってテストや部活と遥かに気にするべきことが多い分、それが作り話であると知ったところでなんとも思いはしないだろうな。

それに、才ノ芽の場合は聞いた本人が気づかない程に大きく形を変えてしまっているのだから。

 

「...それから数日だった。私自身も私の手から離れた怪談の事は忘れてしまっていた。忘れてたんだ...あの時、私が怪談を話した子が特別の4階のトイレ前で変な女の人を見かけたと言うまでは。」

 

「....なるほどな。それで、その子はどんな反応だった。」

 

「....私が忘れていた程だ。彼女も私の話など忘れて噂は本当かもしれないと言っていた。」

 

話した本人が忘れていたのだ。

それならそりゃそうだと言えるだろう。

広まり続けた話は元の話がどんなものか誰も知らないなら、最早それは親と子の関係ではなくなってしまうだろう。

卵が先か鶏が先か。

その命題において卵と決定されたということだ。

 

「そこからサッカー部の先輩がトイレに行ってから学校に来てないなんて聞いて....。」

 

「不安になったのか....?」

 

俺が尋ねると、彼女は首を横に振った。

 

「違う、思ったのだ。もし、これが本当なら....たとえ私の手から離れて形を変えてしまった物だとしても、大元は私の話だ。つまりは...これって私のせいなんじゃないかって。先輩が襲われたのだって...元は私が変な気を起こして話なんか作らなければ.....。」

 

彼女は俯いて、机の一点を見つめる。

...まぁ、確かに元凶ではある。

彼女自身の話がなければ、そもそも今学校ではびこっている噂は存在しやしないのだから。

でも....、だからと言って気にするべき程の落ち度が彼女にあっただろうか?

 

「...確かにお前の話があったから噂がある。でもさ、別に俺が襲われたりとかそういうのに責任感じる必要ないと俺は思うぞ。」

 

「だが、....私が余計な事をしなければ....。」

 

「だって考えてみろよ。作り話とかしたことのない人間居るか?俺だって昔、小学校の修学旅行の夜とか怖い話をするときに今まで聞いた話を弄った作り話をしたりしているし。第一、その噂だって多くの人の間で広まってて、広げた奴なんて最早分からないほどだろ?第一、噂とか怖い話とかが実現化するなんて、思いもよらないって言うか....思ってたら端的に言ってイカレてるっていうかさ。だから、俺はお前が別段気にする必要はないって思うわ。俺がらしてみれば、こんなことがあるなんて運が悪かったねって感じだ。」

 

俺は自分の考えを彼女に告げる。

こんなことは本来起こるわけがない物。

そんなもので自責するなんて、時間の無駄だ。

それに、そんな風にいつまでもうじうじ悩んでいる様はあまり目の前の少女には似合わない。

そう感じた。

 

「禊先輩....そのっ...ありがとう。少し、気が楽になった。」

 

「そりゃ良かったな。...あ、ありがとうございます。」

 

こちらに笑いかける才ノ芽。

コイツにここまで素直に礼を言われるのはなんか照れくさいので俺は流す。

そして、丁度良いタイミングで店員が注文の品を持ってきてくれたのでそれを受け取った。

俺の前にはコーラとフライドポテト、彼女の前にはチョコソースとクリームが載ったチョコケーキとチョコプリンが来る。

 

「なんか量多いな、それ。全部食えんの?」

 

「...正直、想定以上に多い.....。」

 

俺が言うと、彼女は言葉に詰まる。

まぁメニューを見ればケーキセットは日替わりらしいし、それ故に写真も載っていないので分からなかったのだろう。

...まぁ、食べきれなければ残せば良いだろう。

 

「取り敢えず、食おうぜ。お前はケーキセットだからそんな心配はないだろうが、俺はポテトだからな。冷めたらおいしくなくなる。」

 

「...まぁ、そうだな。そうさせてもらおう...。」

 

そう言うと、俺達は食事を始めた。

食事と言っても小腹を満たす為...少なくとも俺はその為に口に運ぶ。

口の中を塩味が刺激する。

...普通にフライドポテトだ。

特になにか特筆すべきところはない。

ファミレスだし。

 

「まぁ、取り敢えず経緯やお前がどう思っていたのか、そして俺はそれについてどう思うのかは話せたな。情報交換はひとまず完了というわけだ。」

 

「正直...私からしてみれば情報交換というよりは、ただ先輩に励ましてもらっただけのような気もするのだがな。」

 

苦笑いしながら彼女も口にケーキを運ぶ。

まぁ、確かにそうだ。

でもまぁ、情報交換が出来たのも事実なわけだし。

彼女からしてみれば、このあらましが見えているが俺からしてみれば突然噂の化け物に遭遇した!なんて状態なのだから再確認できたことはありがたいのだ。

 

「まっ、ぶっちゃけ重要なのは俺が切り出す次の段階だから気にしないで欲しい。」

 

「次の段階....?」

 

「あぁ。」

 

才ノ芽は首を小さく傾げる。

俺は咀嚼していたポテトを嚥下すると、コーラをストローで吸って喉を潤す。

そして、話を切りだした。

 

「俺は、今日特別棟の女霊に遭遇した。その時、一つの違和感を感じた。違和感っていうか,,,不条理っていうか....。」

 

「不条理だったら、そもそも女霊に遭遇したことだけじゃなくて黄野先輩から置いて行かれたことや制服をクリーニングに出す羽目になったことと一つどころか枚挙に暇がないのでは?」

 

「揚げ足取るな。違和感だよ違和感、一つ違和感を感じたんだ。」

 

細かい所をつついてくるんじゃないよ。

さっきの殊勝な態度はどうした。

こんなことなら下手に励ましたりしなければよかった。

ネット上でのレスバの影響で『~なのでは?』と言われると脊髄反射でちょっとイラっとしてしまうので個人的にやめて欲しい。

 

「俺が奴に遭遇したのは4:41だ。それは言ったな。」

 

「まぁ、なんかすっごい時間強調してくるなとは思っていたぞ。」

 

思ってはいたんだ。

自分の中ではかなり重要な要素だったので自然と語っている間に力が入っていたのだろうか。

であれば、話が早い。

 

「俺が奴と遭遇したのは4:41。噂で奴が出現する時間は5:37だ。何故か出現する時間とは違う時間で俺は奴と出会ったことになる。」

 

「...それは先輩の腕時計がおかしかったのではないか?」

 

「そんなわけあるか。今でも正確な時刻を刻み続けているわ。」

 

彼女に腕時計を見せる。

今も時計の針は正しく時を刻み続けている。

すると、才ノ芽は首を傾げる。

 

「だとしても一体何の問題があるのだ?」

 

「おいおい、しっかりしてくれよ。それでもオカルト大好きっ娘か?まず、噂では女霊は特別棟の4階男子トイレに5時37分に出現するとなる。しかし、その条件を守らないとなると?」

 

俺の問いかけを聞いて、しばらく考え込む。

そして、ハッとした様子で顔を上げる。

 

「噂通り行動するのであれば、避けることが出来る。でも、その軛から外れてしまえば....!」

 

彼女は顎に手を宛がって、言葉を口にする。

気づいたか...。

 

「そうだ。ほら、有名な心霊スポットってあるだろ?ああいうのってさ、いわくとかあるだろうけど須らくどのスポットにも共通して言えるのは、肝試しとかそれ目当てで行くことも出来れば、興味もなければ避けることだってできる。つまりは俺達側に選択権があるんだ。会いたくなければ会わなければいい。」

 

心霊スポットというのは、ここで写真を取ると変なのが写るとかその敷地内で何かが起きると言われている場所がほとんどだ。

“この場所で”という縛りがあるのだ。

怪談や都市伝説というのは須らく同じだ。

条件という物が存在する。

 

しかし、今回の特別棟の女霊は時刻というルールを外れて出現した。

それはつまり...アレが噂に縛られていないということを意味するのではないか。

 

「あぁ。噂があてにならなくなる。それはつまり、奴がどの時刻でどの場所でどのようなことしてくるのか、それが分からなくなるということだ。そんなの...正体不明の危険な不審者が学校内でずっと徘徊しているのと同じだろ。安心して学校生活なんか送れるわけがない。」

 

5時37分に特別棟の4階男子トイレで出てくる。

そのルールすら守らなくなってしまえばどうする?

少なくとも時間に縛られなくなるなら、4階トイレは使えない。

場所に縛られないならトイレどころか、学校のどこに居ても気が休まることがない。

そもそもつかまったりすれば血を抜かれるっていうのも怪しくなる。

噂が分からなくなるということは、その法則が掴めなくなるということ。

それは、これからの学校生活をいつ奴に会うか分からない不安を抱えて送らなければいけなくなるということを意味していた。

考えすぎかもしれないが、最悪のパターンを考えるとそうなってしまうだろう。

 

「...今はまだ幸いアレに目撃・遭遇したとされる人は少ない。でも....もしみんなそんなこと知ったら...パニックになる....。」

 

「そうだな。今は誰もあんな噂を本当とは思ってないし、そもそも女霊に会ったことがないからあんなものが存在しているとは知らない。でも、知ってしまったならかなり面倒臭いことにはなるだろうな。」

 

昔日本がオカルトブームで湧いていた時代、こっくりさんという儀式が流行った時代があった。

紙の上に50音でひらがな書いて、鳥居とはいといいえと書かれた紙。

それに十円玉を置いて、みんなで占いをするみたいな降霊術崩れみたいな儀式。

 

勿論それは小学校などでも流行ったが、それと同時に集団ヒステリーやパニック障害が起きて病院に運ばれるなどといった事例が起こった。

それによって教育委員会でコックリさん禁止令が出たり、学校ごとに禁止になったりしたと社会問題となった事例がある。

 

ただの儀式で実際に化け物が出るわけでもないコックリさんだってそうなるのだ。

ましてや今回は女の霊が実際に居るのだ。

何が起こるか分からない不可解性と何らかの害が自分や周りの人に及ぶかもしれないという可能性、そして得体のしれない異形の存在は間違いなく大騒ぎになる。

思考の飛躍かもしれないが、もしかすれば学校閉鎖とかになるかもしれない。

 

「...でも、先輩。正直、先輩とこうしてこのことについて話していて悪いのだが、私達が話したところで最早どうしようもないんじゃないか?」

 

「....そうなんだよなぁ。常識的に考えて。」

 

ぐうの音もない出ない正論だった。

寺生まれでもなし、特殊な力があるわけでもない。

あの女霊が噂から外れつつあるということに気づいていたとしても俺達にはどうしようもないのだ。

そもそも噂もあてにならないのであれば、避けることも出来ない。

俺らが出来ることは出会いませんようにと今後怯えながら祈ることくらいだろう。

 

「噂通りの存在ではないかもしれない時点で、俺達が分かっていることなんてないに等しいしな。どうする?学校中に清めの塩でも撒くか?」

 

どうしようもないので、投げやり気味に冗談を口にする。

すると、彼女も苦笑いで応じる。

 

「そもそも清めの塩ってどう用意すれば良いか知らないし、そんなことしたら私達は生徒指導室行きだぞ、先輩。」

 

二人して溜息と吐く。

すると、不意に才ノ芽は顔を上げた。

 

「それかもう一つ説...というか私がそう信じたいってだけなのだが、噂っていうのは大元であるはずの私の話が言伝され続けたことで歪んだ物だ。それなら噂だって沢山形を持っているんじゃないか?私達が知っている噂のもっとマイナーなバージョンの奴があって、それの出現時刻が4時41分だったとか。」

 

「なるほどな....噂が広まっていく内に形が変わっていったのなら、同じ内容だけど細部が違う噂の内容に従っているだけかもしれないってことか....。」

 

「あぁ。正直、私はそう思いたい。じゃないと、きりがないじゃないか。」

 

きりがない。

その通りだ。

俺が言っていた通りだとしたら、それこそどうしようもないからな。

才ノ芽が言っている通りなら、色々噂を蒐集して当てはまらないように動けば遭遇することを避けられるかもしれない。

そっちの方がまだ救いがあった。

 

でも、どちらにしても俺達二人の考えは数少ない判断材料の上に建てられた憶測に過ぎない。

そう考えると、こうして議論していてもしょうがないように感じる。

背もたれにゆっくりと背中を預ける。

 

「どちらにしても、一つ言えることはどちらにしても結局俺らは何も確かなことは分かっていないってことか。この話し合いも実際の所有益だった面は、お互いにこの件に関しての所感を共有することが出来たってことくらいだな。」

 

正直、あんな出来事を誰にも共有できずに胸の中に貯めこむのは精神衛生上もよろしくなかった。

そういう意味ではこうして言える相手が居たのは僥倖だったと言えるだろう。

 

「出来ることと言っても、噂についての聞き込みとかそのくらいじゃな....ヒッ!」

 

彼女もどこか疲れた様子でそう言いながら窓の外へと視線を向ける。

その瞬間、彼女はビクリと身体を揺らした。

その瞳にはどこか怯えと恐怖を孕んでいた。

喉から引き攣った声が出ていた。

 

「どうした....っ!!?」

 

彼女の態度に不思議に思って、視線の方向へと目を向ける。

そして、目の前の光景に言葉を失ったのだ。

 

最早日が沈んで、夜となった外。

そこで窓の真ん前に一人の少女が窓ガラスに手を突いてただ立ち尽くしていた。

人が外から俺たちをこんな近くから凝視していたのだ。

 

さっき変なのに遭遇したことから、すっげぇビビってしまった。

きっと才ノ芽もさっきまで異形の話をしていたから驚いてしまったのだろう。

それが別段あの時に遭遇したような異形でないことに胸を撫で下ろす。

しかし、今度は別の意味で怖くなってしまった。

 

その凝視している視線の主。

それは、俺にとっては見覚えがある...というかかなり身近な人物だった。

 

「満仲...先輩?一体何をして....というか、なんでここに....?」

 

それは、俺の幼馴染にした先輩である満仲千和その人だった。

彼女は能面のような表情でただ無言でこちらを見つめていた。

その表情からは感情がまったく伺えない。

かといってこちらに何か働きかけるわけでもなく、ただただ眺めているその様はとても不気味に映った。

お前、一体どんな気持ちでそこでそんなことしてんだよ....?

色んな意味で怖いわ....。

 

「.....。」

 

千和は俺達二人が自分の存在に気づいたと分かると、微笑みを浮かべながら歩き去っていく。

俺達は呆気に取られて、黙ってしまう。

なんだったんだアイツ....。

 

「な、なんだったんだ....?」

 

「...同じ学校の生徒を見かけたから足を止めたんじゃないか?」

 

「えぇ....でもずっとこちらを見ていたではないか....。」

 

困惑した声を漏らす才ノ芽。

俺だって何が何だかわからないよ。

意味不明だわ。

 

そう思った矢先、店のドアが開いたのかベルが鳴る。

店員が接客している。

まぁ、俺達には微塵も関係ない。

ポテトは既に尽きそう。

そして、目の前の彼女は目の前のケーキに段々とフォークの動きを鈍くさせていた。

 

「やっぱ量が多かったんじゃん、おま....」

 

「やっほー!禊くーん!お待たせぇ~!ごめんね、お姉ちゃん待たせちゃったねぇ?」

 

聞こえてきた声に、背筋を寒気が走った。

横を見ると、そこにはさっき外を歩き去ったはずの千和が満面の笑みを浮かべて立っていた。

えっ....この人、何してるの?

しかもお待たせとか言っちゃってるよ....。

なに、俺の幼馴染で頭おかしいの.....?

今が一番、コイツの事が分からないよ....。

 

最早、何の返事もしてないのに俺の隣に座っていた。

...ダメだ....逃げ道を封じられている。

俺、席を離れることが出来なくなっている...!?

 

「せ、先輩...!満仲先輩と知り合いだったのか....!?というか、先輩いつの間に呼んでいたんだ!?」

 

「え...俺呼んでない、マジで何も知らない....。」

 

才ノ芽の言葉に答える声が震える。

すると、千和は才ノ芽へと視点を移した。

 

「あれ?私のこと知っているの?」

 

「そ、そりゃ知っていますよ!有名人ではないですか!!陸上部エースでしかも美人で性格が良いって、下の学年にまで知らない人は居ませんよ!...でも、そんな満仲先輩がどうして禊先輩のことを....。」

 

なんだよ....俺がその有名な先輩と知り合いだったらおかしいって言いたいのか?

やかましいわ。

才ノ芽は俺が初めて会った時のような猫かぶりモードで話している。

敬語とか使っているし、久しぶりに見たなこんなコイツ。

 

「そりゃ、私は禊くんの幼馴染でお姉ちゃんだからね!というか、逆に私からしてみれば君が一体何者か知らないんだけど?一体、禊君とどんな関係なの?というか、君は一体どこの馬の骨ちゃん?ねぇ?答えてよ、ねぇって!」

 

「え...えっ!?」

 

にこやかに話してはいるものの、その言葉端にはどことなく刺々しい物を感じる。

それに最後らへんは詰め寄るかのように口調だ。

事実、才ノ芽は急にそんなテンションで声を掛けられたので戸惑って面食らっている。

しょうがないな....。

 

「彼女は才ノ芽一華。俺のオカルト仲間だ。つーか、なんで外からこっち眺めてたの?そもそもお前なんでここにいるの?お待たせとか言っちゃってるけど、待ってねぇし。」

 

俺が代わりに後輩の事について教える。

そもそもこっちのこと尋ねる前にお前の方が不審な行動をしてこちらをビビらせたんだ。

説明の義務があるんじゃないか?と思う。

すると、千和は頬を膨らませる。

 

「べっつに~、私は幼馴染の中でも空気の読める幼馴染ですしぃ?禊君と馬の骨ちゃんの会話を邪魔しちゃダメかな~って思って待ってたんだよ?それにそもそも私一緒に帰ろうって言ったよ!」

 

「は?いつ言って.....。」

 

言い返そうとして、言葉を止める。

 

『...今日、一緒に帰ろうか......。』

 

あっ....そう言えばそんなこと言ってたわ。

あの状況下でそもそも完全に忘れてたわ。

身体中にぶわっと脂汗が浮かぶ。

やっべぇ~~~、やけに言葉に棘があったり、お待たせとか言ってたのは俺がすっぽかしたって思って怒ってんのか.....。

 

俺は千和が怒ったのを見たことがあまりない。

しかし、怒ると拗ねたように口を利かなくなったり、かと思えばなんかすっごい粘着質に言外に責めてくるので面倒臭いのだ。

 

「先輩、約束してたのか?....女の子との約束を破るのはあんまり褒められたものじゃないぞ...。」

 

「ちょっ、し、しょうがないだろ?色々あったんだから!!お前は分かるだろ!?」

 

ジト目で見てくる後輩に対して声を上げる。

そもそもあの化け物に出くわすまでは、一緒に帰りたくね~待ちたくね~と思っていたのだ。

つまりアレがなかったら忘れることはなかった。

だからこれは不可抗力と言えるだろう、だってマジでそれどころじゃなかったもん。

 

しかし、そう説明するわけにはいかないのだ。

だってお前....トイレで化け物に会って貴方のこと完全に忘れていましたなんて通用すると思うか?

ふざけてるのかと思われるだけだろう。

 

「ねぇ....二人の世界に入るのやめなよ....。私、ここに居るでしょう?」

 

「ふ、二人の世界ってなんだよ!?そんなものねぇよ!!!」

 

二人の世界はないけど、二人で共有した体験はある。

そしてそれは簡単に理解を示してもらえる物ではないのだ。

さっきまで浮かべていた笑顔は消え、虚ろな瞳で俺に顔を寄せる。

俺の苦手な表情だ....。

 

「嘘....、じゃないとお姉ちゃんの約束を無視して、こんなところで女の子と一緒に居るっておかしいよね....?ふふっ、固まっちゃって...可愛い。大丈夫だよ?禊君が幼馴染との約束を反故にするはずないもん。そこの女の子に無理やり誘われて連れていかれちゃったんだよね....?うん、たとえそうじゃなかったとしても君が言うなら私、そう信じ込むよ...?ねっ、そうだよね....?」

 

「え”っ”!?私が悪い感じになるのか....!?」

 

千和の理不尽な物言いに驚き唖然とする才ノ芽。

息がかかる程に近づいている千和の顔。

彼女の射貫くような視線に俺は正直ビビり散らかしていた。

 

考えろ...考えろ考えろ....。

目の前のコイツをなんとか穏便に引き下がらせることが出来るであろう言い分を....。

馬鹿正直に言うわけにはいかない。

だが、何故か千和は才ノ芽に敵意を向けている。

そしてそれは俺の不注意のせいで起きたことであるので才ノ芽にとっては理不尽以外の何物でもない。

正直申し訳ない。

なんとか才ノ芽からも敵意のタゲを逸らせないと...。

 

何か...何かないのか.....!

今日一日起きたことがまるで走馬灯のように頭の中を流れる。

そして頭の中でとある人物が浮かび上がった。

 

「お前の約束を忘れてしまっていたのは申し訳ない。でも、これには理由があるんだ。」

 

「理由?何かな?」

 

千和が首を傾げる。

俺はそれを見て、すかさず口を開いた。

 

「風紀委員長の黄野にいちゃもん付けられて物を没収されたんだ。それで、トイレ掃除をさせられていたんだけど、その時にアイツが俺を置いて帰ってしまってな。それで、奴が帰る前に俺を見張る役割を才ノ芽に押し付けたんだ。それで、申し訳ないからなんか奢るよって話になってな。そこからもう黄野の悪口合戦!それで完全にお前との約束も忘れてしまっていたんだ。つまりは、黄野が悪い!才ノ芽じゃなくてな!!」

 

「それ黄野先輩が悪いことになります....?」

 

才ノ芽が俺の主張に疑問符を浮かべる。

俺も正直、結構苦しい言い訳だと思う。

そもそも俺が物を没収されなければよかった話だし、いくら黄野が見張りすっぽかしたからと言ってそれで彼女のせいで約束を忘れたというのは図式として成り立たないからだ。

でも、言わないよりはマシなはずだ。

 

しかし、千和は俺の手を取って目を潤ませていた。

 

「そうなんだ...物を人質に取られて働かされた挙句に、監督すべきなのに居なくなってたんだ...禊君、可哀想....。その、黄野ちゃんって子のせいだったんだ.....。」

 

「えぇ....。」

 

困惑した声を出す才ノ芽。

俺も正直、同じ気分だ。

マジで信じちゃったよ....。

なんか悪者みたいにしてしまったけど、そもそも日頃から印象が悪いんだから黄野は悪く思うなよ....。

 

千和はすぐに才ノ芽の方向へと首を向ける。

表情はさっきとは違ってどこか申し訳なさげだった。

 

「ごめんね...一華ちゃん。お姉さん感じ悪かったよね.....。私、禊君が好きな物の話、分からないから仲良くしてくれたら嬉しいなぁ...。」

 

「い、いえ気にしていませんから...それに、私も周りで話せる人が居ないので助かっている面もあるっていうか....。」

 

その異変に面喰らいながらも、千和の言葉に受け答えする一華。

...どうやら、穏便に済ませることが出来たらしい。

よかった....なんだが分からないが、ずっと嫌な予感がしていたからほっと一安心だ。

そう思った瞬間、突然隣の千和から手を握られる。

びっくりして心臓が跳ねた。

な...なんだ...!?

 

「な、なんだよ....?」

 

「ううん、それじゃ一緒に帰ろっかって!」

 

「はぁ?いやアンタこの店に入ったばっかり....。」

 

俺が言葉を紡ごうとするも、彼女はそれを無視して才ノ芽の方へと笑顔を向ける。

 

「私が居ない間、禊君の話聞いていてくれてありがとう!でも、もう大丈夫!禊君のことなら幼馴染の私が一番わかってるから!後はお姉さんにお任せ!良いかな?」

 

「は、はぁ....構いませんけど....。」

 

「お、おい...!」

 

俺が咎める声を出すと、彼女は呆れた表情を見せる。

 

「あれ以上話していても無意味でしかなかっただろう先輩?それなら、また後日頭を冷やして色々考えてみる方が建設的なのではないか?7時だし。」

 

彼女に言われて、時計を見る。

確かにそんな時間だ。

彼女の家はちょっと遠くにある。

確かにそれなら今解散した方が良いだろう。

 

「そ、そうか....悪いな、付き合ってもらっちゃって。金、出しとくから....。」

 

「それは流石に悪いっていうか....どちらかと言えば私の話を聞いてもらうことが多かったわけだし...」

 

「良いんだよ。今更計算するのが面倒臭い。俺が全部出しておくから。」

 

「そんなっ!禊君に財布を開かせるわけにはいかないよ!この場で一番の年長者は私!私に任せてッ!」

 

財布を開くと、千和が身体を前に乗り出す。

おっ、なんも頼んでないのに払ってくれんのか。

先輩だから払わないとなぁって思ったけど、一番の年長者は彼女のわけだから道理だな。

 

「じゃあ頼むわ。」

 

「えぇっ!?満仲先輩何も頼んでないんだからそれはなんというか良くないんじゃ....」

 

「大丈夫大丈夫!禊君に頼まれただけで私満足だし!!それじゃ、またね!一華ちゃん!!」

 

そう言って俺の手を引いてレジの方向へと向かう。

力強....

不可抗力とはいえ、約束を忘れた俺にも落ち度はないこともない。

千和に従っておくべきだろう、金出してもらえるわけだし。

彼女に引かれるまま、席を立ってその方向へと歩いていく。

振り返って彼女に手を振った。

 

「そういうわけだから、じゃあな。」

 

俺の別れの挨拶に、どことなく苦笑いを浮かべて才ノ芽は答えた。

 

「あぁ...また明日。」

 

それを見て、彼女に背を向けた。

会計は一人が全て出したことで円滑に終わり、俺達は外に出る。

 

「ふっふ~ん♪」

 

「上機嫌だな。」

 

楽しそうにスキップをする千和。

そんな彼女にそう言うと、キラキラとした目で俺を見上げる。

 

「そりゃ当然だよ!最近は禊君と一緒に帰るなんて久しぶりだもん!」

 

「そうっすか。」

 

それでなんで上機嫌なのかはよく分からないが、楽しそうなら良いだろう。

コイツ、怒ったり気分が落ちたりしたらなんか怖くなるしな。

そう自分の中で納得していると、ポケットが震える。

取り出して見ると、それは才ノ芽からのメールだった。

 

『取り敢えず私は似た噂とかがないか聞き込みをしてみる。』

 

そのメールに了解と打ち返すと、俺はポケットに戻す。

異形は確かに学校に居る。

でも、俺達がどうにか出来るかは分からない。

現実的に考えれば俺達に出来ることなんてないに等しいだろう。

それでも聞き込みをするのは、噂の元の話の主である責任感か何かをやっているという安心感の為か。

いずれにしても、俺も聞き込みをしてみよう。

そうこれからの方針を自分の中で定めると、隣で猫カフェの猫を指さして可愛いと言っている千和の話に付き合うことにした。

 

 

 

◇

 

 

翌日。

教室にて、椅子の背もたれに背を預ける。

もうすぐHRが始める。

それなのに、活力は未だに湧いてこなかった。

 

昨日の疲れが尾を引いているな。

あんなことがあった後、俺は落ち着きを取り戻す為にも夜12時を回ってもPCの前からどけないでいた。

気を紛らわしてたのだ。

あんなことがあってから、人とレスバすると素直に俺は先生じゃないよと言って引き下がったあの異形よりも間違ったこと言っても後に引けなくて詭弁弄しながらこちらの揚げ足を取ってくる人間の方が怖いなっと思ったのだ。

 

あの異形について何も分からないなら、最早気にしていてもしょうがない。

それこそ学校生活をまともに送れなくなる。

聞き込みはするけど普段は考えない、そのくらいのスタンスが一番ちょうどいいと思った。

出会った時は出会った時だ。

次もうまく行くように祈ろう。

 

チャイムが鳴り響く。

周りの生徒たちはみな一様に速やかに自分の席へと戻っていく。

そして誰もがみんな席に座ってしばらくすると、教室の前のドアが開く。

 

入ってきたのはいつもの担当教師ではなく、若い女性の教師。

確か英語教諭の鈴村先生...だったか?

彼女が教壇に立った。

周りはいつもの中年の男性教諭じゃないことに戸惑い騒めく。

鈴村教諭は教室を見回すと、口を開いた。

 

「昨日の放課後、秋山先生が貧血で職員室前のトイレで倒れられた為、今日は秋山先生が休みです。このクラスの皆さんにお目にかあるのは初めてですが私は.....」

 

知らない教師が前に立っているから騒めいていると考えているのか、自己紹介を始める鈴村教諭。

しかし、俺の意識は既に鈴村教諭から外れていた。

 

『アドバイスしといてやるが先生に会いたければ職員室に行け!ここから2階降りて連絡通路を渡ってそこに職員室がある。』

 

昨日、あの異形と出くわした時に俺は確かに職員室の方へと行けと言っていた。

それはただ単に彼女が先生を探しているということに目を付けて、逃げ切る為に言った方便のようなものだ。

しかし、昨日の放課後にうちの担任が職員室のトイレで倒れたと聞いて嫌な想像が頭を過ったのだ。

 

もしかすれば、奴は...俺に言われて職員室のトイレへと出向いたのか?

いや、もしかすれば本当にただ体調不良とかで倒れたのかもしれない。

だが、倒れた要因も貧血だと聞けばどうしても自分の言った不用意な発言が人が倒れる原因を作ったのではないかと思ってしまう。

 

「...どちらにせよ、どうしようもないってか。....お前の気持ち、ちょっと分かった気がするわ。」

 

俺に先生に出来ることなどない。

ただ昨日の才ノ芽を思い出して、呟く。

アイツみたいに責任を感じて思い悩むほど俺は人間が出来ちゃいない。

それでも、自分のせいかもしれないと考えるとあまり気持ちの良い物ではなかった。

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