(おかしいなあ…。)
ンフィーレアは、今日は店が定休日の筈と思い、そして祖母であるリイジーは、次の定休日は少し出かけるような事を言っていたことを思い出す。
予定が思ったより早く済んだのかなとも思ったが、それにしては店の鍵がかけっぱなしなのは妙だ。
中にいるなら、日中祖母は基本的にポーション研究に勤しんでいる。
まして、先日神の血と呼ばれる伝説の赤いポーションを目にしてやる気が十全に満ち満ちていた祖母が、今日に限ってそれを怠っているとも思えない。
それほどに彼の祖母はポーション作りに心血を注いでいるのだ。
それこそ、ちょっとやそっとの物音では反応しないくらいに。
そして、そういった器具はまとめて一階にある。
であれば作業中の祖母は必然的に一階にいるということ、しかしそれにしては物音がしない。
かと言って、泥棒に入られたにしては表から見た感じ、店内が荒らされた形跡は無いのが妙だ。
(知らない誰かが勝手に出入りしている?でも、目につく限り何か盗られたようには思えなかった。)
ポーションというのは得てして高価なもの、適当に棚のものを掻っ攫うだけでもまとまった額にはなる。しかしそれもされてはいない。
ならば侵入者の目的は自分か祖母、もしくは双方の身柄か?
確かに、優れたポーション職人が攫われることは無いことはないが、ポーション職人とは同時に魔法詠唱者でもある。
というのも、ポーションを作る過程で魔法が必要となるからだ。
それを連れ去るなら、連れ去る側もそれなりにリスクを負うものだ。
生半可な者ならば、返り討ちにあうことも少なくない。
ましてや白昼堂々立ち入るなど、見つけてくれと言っているようなもの。
自分でも祖母でも連れ去ろうなどとすれば、騒ぎになればすぐに見つかるし、それこそ依頼を受けた冒険者が多数駆けつける。それほどにバレアレの名はエ・ランテルでは大きい。
「ペテルさん。」
ンフィーレアは、壺を運んでいた漆黒の剣のリーダーに小声で話しかける。
「おや、どうしましたか?」
「誰かが店に出入りしているかもしれません。」
「…本当ですか?」
ペテルの声色が穏やかなものから真剣なものになったからか、他のメンバーも張り詰めたような空気になる。
注意深く周囲を警戒する一行。
そして、奥の扉が僅かに開いているのに気がつく。
後ろのンフィーレアを守るように各々武器を手に扉に近づき、ペテルがドアノブに手をかける。視線を合わせ、頷き、そして勢いよく開ける。
「あっれー?お早いおかえりですねー。」
目の前にいたのは面識もない女性だ。
しかし、その雰囲気というか、纏う空気は何やら違和感を覚えるものだ。
現に今、冒険者四人に囲まれて少しも動揺していない。
「ンフィーレアさん、お知り合いですか?」
ペテルが視線を女から外さずにンフィーレアに問う。
「い、いえ初対面です…。」
「いやー、だいーぶ待たされちゃっててちょーっとイラついてんだけどねー。」
女は余裕の態度を崩さずに、そして続ける。
「ンフィーレア・バレアレくん、ちょーっと人助けだと思って攫われてくんない?」
瞬間、空気がざわつく。
「ンフィーレアさん、下がって!」
「ニニャ!お前もガキ連れて逃げろ!」
「なに、モモン殿ほどでは無いにせよ、殿くらいは務めてみせるのである!」
ペテルとルクルット、ダインの三人は女の前に立ち塞がる。
間違いなく、ここで死ぬ覚悟だ。
「いやー、御涙頂戴とは感動的だねー。」
その覚悟を嘲笑うようにおちょくるような口調でいう女。
「ま、人が集まんなきゃ遊んでもいいよねー。」
そう言って舌なめずりをする様は、正しくネズミを前にした蛇そのものであった。