セイウンスカイはトレーナーさんを諦めない   作:キ鈴

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セイウンスカイ
晴れ時々曇り、所により土砂降り。

グラスワンダー
圧力鍋もびっくりの高圧力女子。

トレーナーさん
堅苦しい言葉遣いから生真面目な印象を受けるが目的の為なら手段を選ばないヤベー男。
本名は鼓 喰花(つづみ くうか)だが作中ではトレーナーと呼ばれるので覚える必要はない。ほぼ裏設定。


セイウンスカイは名付けない

 トレセン学園中等部のとある教室。そこの生徒の一人であるキングヘイローは言い様のない不安を覚えていた。

 

 絶対におかしい。こんなことは有り得ない。何かとんでもない事が起きているに違いない。

 

 その不安は授業が1限から2限目、3限目へと移ろう度にどんどん蓄積されていく。そしてとうとう不安に押し潰されそうになったキングヘイローはお昼休みにその不安の元凶、セイウンスカイを直接問いただすことにした。

 

「スカイさん、貴方一体どうしたのよ!?もしかして病気!?」

 

「急になんなのさ……」

 

 カレーうどんを食べようとしていたセイウンスカイは尋常ではないキングの形相に若干引き攣った表情を浮かべた。キングの問の意図が彼女には全く分からなかったのだ。

 

「だって貴方ッ!今日一日居眠りをしないどころか、真面目に授業を聞いてたじゃないの!」

 

「……。いや、まぁさ?確かにセイちゃんの授業態度はいつもは良いとは言えませんよ?けどたまには真面目に受けることも────」

 

「少なくとも二年に進級してから一般科目で船を漕がなかった日は一度もないでしょう。貴方の斜め後ろの席のこのキングが断言するわ」

 

「……そうでしたっけ?」

 

「そうよ。どうしても貴女が言いたくないと言うのなら無理に聞き出したりはしない。けど一人で悩みを抱え込んだりはしないで。私達はライバルであると同時に友人でもあるのだから」

 

 キングヘイローはセイウンスカイの両肩を掴み諭すようにそう言った。しかし当のセイウンスカイは釈然としない。当然だ、今の彼女には悩みなんて一つもないのだ。どころか昨日、永年の宿願を叶えすこぶる上機嫌。セイウンスカイという名前が表すように晴れ晴れとした気分だった。

 

「トレーナーさんが決まったんですよ」

 

 セイウンスカイの一言にキングの不安の眼差しに変化があった。過去、何人ものトレーナーと契約してきたセイウンスカイだったが彼女はその契約をキング達クラスメイトに自ら話すことはなかった。知らず知らずのうちに契約し、知らないうちに解約している。

 

 そんな彼女が自発的にトレーナーとの契約をキングヘイローに報告した。それが意味する所を聡いキングヘイローは直ぐに理解した。

 

「ようやく見つかったのね。貴女がずっと探していたその人が」

 

「うん。心配かけてごめんね」

 

「ほんとよ、おバカさん。それで?そのトレーナーさんはどんな人なのかしら?」

 

「多分キングも知ってる人ですよ?セイちゃんのトレーナーさんはグラスちゃんと同じ人ですから」

 

「えっ──────」

 

 セイウンスカイの回答を聞いたキングが固まった。数秒動きを停止させたかと思うとオロオロと手を彷徨せ、何やら冷や汗のようなものを流している。まるで目の前で踏まれ、爆発寸前の地雷を前に焦っているかのような取り乱し様だった。

 

「スカイさん、それ大丈夫なの!?だってグラスさんのトレーナーに手を出したら──────」

 

「キングぅ〜〜〜?私が何ですか〜〜〜?」

 

「ヒッ!!」

 

 突如背後から聞こえたその声にキングヘイローは飛び上がった。振り返る間でもない、背後にいるのがグラスワンダーであると当たり前のように放たれる圧から既に確信していた。

 

「あっグラスちゃんどうしたの?」

 

「業務連絡に来ました〜。セイちゃん、今日は授業が終わり次第一緒に美術室へ行きましょう。そこでトレーナーさんが待っていますから」

 

「りょうかいで~す。けどなんで美術室?」

 

「放課後あの部屋は誰も使いませんから、私達のミーティングルームとして使わせて貰ってるんです」

 

「そうなんだ。うん、なら放課後よろしくね」

 

 グラスワンダーはセイウンスカイとそう短く言葉を交わすと教室へと戻って行った。二人の会話からキングヘイローは自身の心配が杞憂であった事を察し深く肩をなでおろす。

 

「寿命が三年は縮んだわ……」

 

 

 

□□□

 

 

 

 放課後、グラスワンダーに案内されセイウンスカイは美術室を訪れた。扉を開け中に入ると油絵の具の匂いが鼻をつく。見渡すと部屋の隅でキャンパスにペインティングナイフを走らせるトレーナーの姿があった。

 

「グラスちゃん、トレーナーさんは絵を描くの?」

 

「はい。暇を見つけてはああしてキャンパスに向かってますね。でも何の絵を書いているのかは絶対に教えてくれないんです」

 

「へー……。そう言われるとセイちゃんとしては気になっちゃうな~」

 

「ダメですよ。ああ見えてトレーナーさんは怒らせると面倒くさいんですから」

 

「えっ、グラスちゃんトレーナーさんを怒らせたことあるの?」

 

 グラスワンダーの発言にセイウンスカイの声量が上がる。その声はキャンパスに意識を向けていたトレーナーの耳にも充分に届くほどの大きさで、二人に気づいた彼はいそいそと画材道具を片付け始めた。

 

「お二人とも来ていたんですね。さぁ席に座ってください。ミーティングを始めますよ」

 

 トレーナーに促されセイウンスカイとグラスワンダーの二人は美術室の一番前の席にならんで腰を下ろした。その前方、教卓に立つトレーナーは昨日のスーツ姿とは一変、黒のジャージというラフな衣服に身を包み、しかし髪は相変わらず七三分けに綺麗に固められていた。

 

「さて、グラスワンダーさんも既にご存知の通り、本日から僕達の仲間にセイウンスカイさんが加わります。僕自身、まだまだ新米でお二人にはご不便をおかけする事も有るかもしれませんがどうぞよろしくお願いします」

 

「セイちゃん、改めてよろしくお願いいたしますね〜」

 

「うん、こちらこそよろしくね」

 

 トレーナー、セイウンスカイ、グラスワンダー。それぞれがそれぞれに並々ならぬ想いをもつ三人のチームが誕生した瞬間だった。

 

「そういえばトレーナーさん、チーム名ってもう決まってるの?」

 

「いえ、急な話でしたのでまだ決まっていません。宜しければお二人で決めて貰えると助かります。生憎、僕はそっち方面のセンスはからっきしでして……」

 

「チーム名ですか〜それは重要ですね〜」

 

 セイウンスカイとグラスワンダーは頭を悩ませた。たかがチーム名と言えどそれはこれからは彼女達の看板となるものだ。あまり雑には決めるのははばかられた。

 

「他のチームは星の名前や自分達の好きなモノを名前にしたりしてるよね?」

 

「はい。スピカやリギル、キャロット等がありますね」

 

「といってもあまり被せても何だか面白みがないよね〜セイちゃん的にはオリジナリティを意識したいとろこですし」

 

「オリジナリティですか……」

 

 うーん、うーんと二人が唸るばかりで案は浮かばない。やがてその唸り声も無くなり美術室に静寂が訪れようとした時、グラスワンダーがポツリと呟く。

 

「ダンデライオン」

 

「えっ、グラスちゃん何それ。なにかビビっとセイちゃんのセンサーに反応する響だったんですが」

 

「ダンデライオン。確かタンポポの英名でしたね。グラスワンダーさん、何か由来はあるんですか?」

 

 トレーナーがそう問いかけると何故かグラスワンダーは顔を赤く染め、彼女にしては珍しく煮え切らない答えを返した。

 

「いえ、えっと……好きなんです、タンポポ。深い理由はありません」

 

「へぇ〜。でもセイちゃんは良いと思うな!カッコ良さと可愛さが同居した名前でオシャレだと思うよ!」

 

「僕も良い名だと思います。グラスワンダーさんさえ良ければその名前を採用したいのですが宜しいですか?」

 

「えっと……はい」

 

 グラスワンダーは相変わらず頬を染めたまま目を伏せ、少し遠慮がちに首を縦に振った。何故グラスはここまで恥ずかしがっているのか、トレーナーとセイウンスカイは疑問に思ったがそれを口にすることはなかった。

 

「では決まりですね。これから僕達はチーム:ダンデライオンを名乗ります。お二人共、仲間であると同時にライバルであることを強く意識し、共に精進していきましょう」

 

 

 

□□□

 

 

 

「さて、チーム名も決まった所で早速今後の方針についてお話させていたいただきます」

 

 トレーナーは黒板にチョークを走らせる。カッカッカッ、と小気味よい音の後、黒板に次のような文字が記されていた。

 

『グラスワンダー 8月17日メイクデビュー』

『セイウンスカイ 9月4日メイクデビュー』

 

「グラスワンダーさんには以前にもお伝えしましたがお二人にはまずこのメイクデビューを目標にトレーニングに励んでいただきます」

 

「分かりました〜」

 

「セイちゃんは9月4日ですか〜。今日が7月20日だから後1ヶ月あるわけですね」

 

「次にこれからのトレーニングについてですがまずグラスワンダーさんには最高速度(トップスピード)の底上げを行って貰います」

 

「最高速度……。それは昨日のセイちゃんとの勝負で私自身、至らなさを感じた所でした」

 

「そうでしょうね。本来、差しウマ娘である貴女が逃げのセイウンスカイさんと横並びになった時点で勝敗は決したはずでした。ですがそうはならないどころか貴方は差し返されてしまった……それは貴女の最高速度の遅さを物語っています」

 

「……はい」

 

「ですので今日からは筋力トレーニングと短距離での全力疾走を毎日交互に行って貰います。筋力を付けつつ、その筋肉を十全に駆動させられるよう(ほぐ)していくのが目的です。僕は今日、グラスワンダーさんのトレーニングに付き添えませんので筋トレメニューは以前お伝えした内容の実践をお願いします」

 

「分かりました……トレーナーさんはこの後何か用事があるのですか?」

 

「いえ、僕は今日というよりはこれから数日、セイウンスカイさんのトレーニングに付き添います」

 

「へっ?私ですか?」

 

 突如名指しされセイウンスカイは少し驚いた。トレーナーの担当ウマ娘になったとはいっても所詮は仮契約。元からの担当ウマ娘であるグラスワンダーを差し置いて自身をマンツーマンで指導して貰えるとは露ほども考えてはいなかったのだ。

 

「セイウンスカイさん、貴女がまずやらなくてはならないのはフォームの改善です。御自身でも気づいているでしょうが今の走りは既に貴女に適したものではありません。例えるなら大人が子供用の三輪車に乗って走っている、それほどにちぐはぐな状態なのです」

 

「三輪車……」

 

「身体に適さないマシンは負荷となり貴女の身体にダメージを残します。それが蓄積し、身体を壊してしまう前に三輪車(フォーム)を改造しなくてはなりません」

 

 セイウンスカイは息を飲んだ。自身の身体に今の走法が適さなくなっていることは彼女も既に気づいていた。それでも、彼女はそのマシンを愛していたのだ。古くなり、汚れ、過去のトレーナー達から何度乗り換えるよう言われてもそれを捨てることは出来なかった。

 

 しかし、探し求めてようやく手に入れたトレーナーはマシンを捨てろ等とは言わなかった。ただ改造してやると、セイウンスカイがこの数年、欲し続けていた言葉を放ってくれたのだ。

 

「トレーナーさん、私何でもやるよ。どんな厳しいトレーニングだって絶対にやりきってみせる」

 

 だから、そんな言葉をプレゼントしてくれたトレーナーに報いようとセイウンスカイは覚悟を持って言葉を返した。

 

「いえ、別に厳しいトレーニングとかは必要ありません。貴女にはこれから数日、校外へ出て僕とランニングをしてもらいます」

 

「トレーナーさんとランニング……?それは一体どういう────」

 

 どんな過酷なトレーニングが待っているのかと覚悟をしていればトレーナーから指示されたのは人である彼とのランニング。言うまでもなく人とウマ娘の身体能力には大きな差がある。ウマ娘であるセイウンスカイが人のペースに合わせ走った所で大したトレーニング効果が得られないことは火を見るより明らかだった。

 

「言ったでしょうフォームの改造だと。一緒にランニングをする事でセイウンスカイさんには僕の走りを間近で観察してもらいます。言葉で理論を説明するより実際に見せた方が貴女にとっては良いはずしょう?───────8年前、そうであったように」

 

「!!」

 

 セイウンスカイはトレーナーの言葉の意味を直ぐに理解した。

そうだ、自分はそうだった。何時だって観ることで技を手に入れてきたのだ。

トレーナーの走法も、スーパークリークの円弧のマエストロも、シンボリルドルフの弧線のプロフェッサーも観察に観察を重ね自身のものにしてきた。今回も同じことをしろとトレーナーは言っているのだ。

 

「理解して頂けたようですね。では早速ランニングへ向かいましょう。グラスワンダーさんは筋力トレーニングをお願いします。決して負荷をかけ過ぎず、プロテインを飲むのを忘れないでくださいね」

 

「えっ!ちょっと待ってください!」

 

 そう告げてセイウンスカイと共に部屋を出ようとするトレーナーの裾をグラスワンダーは掴んだ。しかし言葉が出ない、咄嗟に掴んでしまったものの自分のこの感情をどうトレーナーに伝えたものか、その方法をグラスは見つけられずにいた。だから結局、自身の望みをそのまま口にするしかなかった。

 

「その……私もランニングに付いて行ってはダメですか?」

 

「グラスワンダーさんが付いてきても得られるものはなにもありませんよ。それよりも筋力トレーニングに専念してください」

 

 すげなく言い残し、トレーナーはセイウンスカイと共に美術室を後にした。一人残されたグラスワンダーは二人が出て行った後の扉をじっと見つめ小さく言葉を零す。

 

「ずるいですよ……二人でランニングなんてまだ私ともしてくれたことないのに……」

 

 醜い嫉妬だと言うことはグラスも理解していた。だけど今まで独占していたトレーナーがセイウンスカイに奪われてしまったかのようでグラスワンダーは胸が締め付けられるような苦しさを覚えた。

 

「きっとトレーナーさんはダンデライオンの花言葉、ご存知ないんでしょうね──────」

 

 そう呟いたグラスワンダーの言葉はこの場に居ないトレーナーの耳には決して届くことはなかった。

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