セイウンスカイはトレーナーさんを諦めない   作:キ鈴

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マンハッタンカフェは許さない

 セイウンスカイの走法をアップデートするべく学園を出たスカイとトレーナーは河川敷へと足を運んでいた。河川敷は何処までも真っ直ぐに伸びる川に、それに沿うようにして道が続き、西に沈みかけた夕日がそれらを紅く染めている。

 

「この河川敷は直線で2km、さらに途中に架けられている橋を渡る事で信号に捕まることなく周回することが可能です。ランニングにはもってこいの場所でしょう」

 

「そうですね。人通りも少ないし景色も良い。こんな場所よく知ってましたね?」

 

「ここ、僕のランニングコースなんです。それよりも夏とはいえ日が落ちるまで余り時間がありません。早速トレーニングを始めます、しっかり付いてきてくださいね」

 

 そういうとトレーナーはセイウンスカイに背を向けて走りだした。トン、トン、トン、と地球の摂理から外れたかのように不自然に、けれど美しく加速していく。それは正しく数年前セイウンスカイが憧れた走りそのものだった。

 

(綺麗だ───────)

 

 付いてこいと指示されたにも関わらずセイウンスカイは立ち尽くし、トレーナーの走りを見つめ続けた。無理もない、彼女はこの走りを何年も求め続けていたのだから。

 

「セイウンスカイさん、何を呆けているのですか」

 

「えっ、あっ!すみません。ついトレーナーさんの走りに見蕩れちゃいました」

 

「……。まぁいいです。次はちゃんと付いてきてくださいね」

 

 そう言うとトレーナーは再び走り始めた。今度はセイウンスカイも走りだし後に続いた。

 

 セイウンスカイは観察した。トレーナーの歩幅、脚の回転速度、着地時の足首の角度、腕の振り方、呼吸のリズム、それら全てを己の中に落とし込まんと彼を凝視した。

 

 セイウンスカイは周囲から天才、黄金世代の一人であると評されているがその実、身体能力そのものは特別秀でたウマ娘ではない。ではなぜ天才と呼ばれるのか?それは彼女の観察眼が並外れたものだからだ。

 

 その目は物事の本質を見抜き、観察した技術を己の物とする。

 

 その観察眼を持つセイウンスカイは現在のトレーナーの走りが少年時代のものから変化していることに直ぐに気がついた。

 

 (地面に足が接している時間がちょっとだけ永くなってる?そうか、子供の頃よりも筋肉量が増えているから足の回転数を落としてでも一歩の飛距離を伸ばしてるんだ)

 

 彼女の目を持ってしてもトレーナーの走法をトレースするのは容易ではなかった。30分、1時間、二人は時間を忘れて河川敷を走り続けた。

 

「セイウンスカイさん、ストップです」

 

 突如トレーナーがそう言って静止をかけた。足を止め何かあったのかとトレーナーを伺うと表情が強ばっている。先程まであれだけ軽快に走っていたのに体は硬直し冷や汗を流していた。

 

 何かに怯えている?─────そう察したセイウンスカイはトレーナーの視線の先にある『何か』に目をやった。

 

 10m程先から誰かがこちらに歩いてくる。腰まで伸びた長い髪を見て『グラスちゃんかな?』と思ったが違う。夕日に照らされて分かりずらかったが距離が縮むにつれその髪が美しい黒色である事が明らかになった。それと同時に黒髪のウマ娘の歩みが早まった。どうやら向こうもこちらの存在を認識したらしかった。

 

「トレーナーさん?どうかしたんですか?あの黒髪の方とお知り合いなんですか?」

 

「セイウンスカイさん、今から少しの間僕に話を合わせてください。説明は後ほどしますのでよろしくお願いします」

 

「へっ?それってどういう─────」

 

 セイウンスカイのその言葉が最後まで紡がれることはなかった。代わりに、いつの間にか二人の目の前まで来ていた黒髪のウマ娘の次の言葉によって遮られてしまったからだ。

 

「どういう……ことですか」

 

 その氷のように冷たく底冷えのするような声にセイウンスカイは背筋を凍らせた。怒っている、めちゃくちゃに怒っている。いや、むしろ恨まれてると言い換えた方がしっくりくる。一体トレーナーは彼女とどういう関係なのか、何をすればここまで恨まれるのか、そんな疑問を抱きながらトレーナーへと視線を移した。

 

「お久しぶりですカフェ(・・・)さん」

 

「もう一度伺います。これはどういうことですか」

 

「……何を問われているのか分かりませんね」

 

 混乱し冷や汗を流すスカイとは対称的に当事者であるトレーナー不自然なほどに冷静だった。先程まで身体を硬直させ冷や汗を流していたとは思えないほどの完璧なポーカーフェイスを作り、カフェと呼ばれたウマ娘に相対している。

 

「どうして貴方がトレセン学園のジャージを着てウマ娘と一緒に走っているのか聞いているんです」

 

 それは怒声とは言うにはあまりに小さく、しかし込められた怒りを認識するには充分すぎるほどに想いのこもった言葉だった。

 

「……」

 

 トレーナーは直ぐには答えない。顎に手をやり考えるような素振りを見せつつ、たっぷりと時間をかけて問いに答えた。

 

「貴女の想像通りですよ。僕は資格を得て中央のトレーナーになったんです。そしてこちらは僕と契約関係にあるウマ娘のセイウンスカイさんです」

 

 その解を聞いたカフェはよろめき数歩後ずさった。俯き、長い黒髪で覆い隠されてしまった彼女の表情は伺えない。

 

「私を初めての担当ウマ娘にしてくれると言いました」

 

「子供の頃の話です」

 

「私を迎えに来てくれると約束しました」

 

「その約束は果たせそうにありません。謝罪します」

 

「私と一緒に貴方を倒した少女(・・)にリベンジしようと誓ったはずです」

 

「……。貴方では勝てないと気づいてしまいました」

 

 ポタポタとカフェの足元にだけ雨が降っていた。その雨はトレーナーが答えを返す度に勢いを増していく。

 

「ちょっとトレーナーさんッ!!言い過ぎですよ!会話の内容は全然理解できませんけどあの人泣いてるじゃないですか!何か事情があるんでしょうがもう少し言葉を選んであげてください!」

 

 そうセイウンスカイがトレーナーを窘めるが彼は意に返した様子もない。ただジッと視線を逸らすことなくカフェを見つめ続けていた。

 

「私では少女さんに勝てないからその子を選んだ……そういうことでいいんですね」

 

「はい」

 

「許せない……私が一体どれだけ貴方を……絶対に許さない」

 

 黒髪のカーテンの向こう側の琥珀色の瞳が真っ直ぐにセイウンスカイを見つめていた。その双眸に気づいたスカイは蛇に絡みつかれたかの様な錯覚と共に既視感を覚えていた。

 

 (このプレッシャー……グラスちゃんにそっくりだ)

 

「貴方達は絶対に私が倒します。私ではなく、その娘を選んだ鼓くんの選択が正しかったのかどうか、それを教えてあげます」

 

 そう言い残し、目尻に涙を貯めたままマンハッタンカフェは二人を横切り走り去って行ってしまった。

 

 

 

 □□□

 

 

 

「どーいうことか説明してくれるんですよね?」

 

 黒髪のウマ娘が去り、再びランニングを再開したセイウンスカイは前を走るトレーナーの走法を観察しながらそう問いかけた。

 

「あのウマ娘の名前はマンハッタンカフェさん、僕とは昔馴染みの関係です」

 

「トレーナーさんの初めての担当ウマ娘になる約束がどうとか言ってましたけど、アレってどういうことなんです?」

 

「……」

 

「グラスちゃんなら何か知ってるかなー?」

 

「ちょっ、それは!分かりました答えます。ですからグラスワンダーさんには内密に願います」

 

「はいはーい。ではどーぞ!」

 

「カフェさんの言う通り、僕は幼少時代に彼女のトレーナーとなる約束をしました。けれど僕はそれを反故にしてグラスワンダーさんと契約した。だから彼女は怒っていたんです」

 

「トレーナーさんはどうしてマンハッタンカフェさんではなくグラスちゃんを選んだんですか?」

 

「……貴女はご自分の距離適性を把握されていますか?」

 

「セイちゃんの適正ですか?えっと、長距離、中距離、あとはマイルも少しは走れますけど、それが何か関係するんですか?」

 

「はい。セイウンスカイさん、貴女は短距離以外の全てに適正を持っています。そしてそれはグラスワンダーさんも同じです。けれど、カフェさんはそうではなかった」

 

「あーそういうことですか……」

 

 そこまで聞いてセイウンスカイはトレーナーが何を言わんとしているかを察した。そう、彼がトレーナーになったのはセイウンスカイを倒す為だ。リベンジを達成する為に資格を得てトレーナーとなりグラスワンダーと契約した。当然、契約するウマ娘は誰でも良かった訳では無い、リベンジの対象であるセイウンスカイと同じ適正を持つウマ娘である必要があった。どれだけ才能があり優秀なウマ娘であろうとセイウンスカイと戦うことが出来なければ彼の目標を達成する事は叶わないからだ。

 

「カフェさんにはマイルの適正がなかった。だから僕は彼女ではなくグラスワンダーさんと契約したんです」

 

「それは……あの人も怒りますよ」

 

「約束を破ってしまったことは悪かったと思っています。此方から謝罪に行くつもりでしたがまさかその前に見つかるとは……いえ、これは言い訳にしかなりませんね」

 

 トン、トン、トン、と走るトレーナーのペースが少しだけ速くなった。平静を装っているが彼なりに思う所があるのだろう。

 

「事情は理解しました。所でさっきの話だとカフェさんはセイちゃんに勝負を挑んで来るみたいですけど、もしも私が負けたらどうするんですか?」

 

「負けませんよ貴女は。絶対に」

 

 そう言ってトレーナーは更に速度を上げた。加速は止まることはなく、やがてトレーナーの全速力へと到達した。全速力のままトレーナーは河川敷を走り続ける。まるでマンハッタンカフェへと罪の意識から逃れるように体力が尽きるまで彼が止まる事はなかった。

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