ラスボス?いいえクソ雑魚幼女です~元社畜の異世界幼女生活~ 作:二本目海老天マン
いいよ。
ありがとう。
◆深夜、都内某所にて
衝撃。
誰かが勢いよく背中にぶつかると同時に、背中に灼けるような熱を感じた。
「―――あ?」
空気が抜けるような間抜けな声を絞り出すと、スーツ姿の男―――僕は膝から地面に崩れ落ちた。冬の冷たいアスファルトが頬に貼り付くが、身体は指一本動かすことが出来なかった。
―――刺された?
ジワリと背中から溢れ出した血液が指先を濡らしたことで、僕はようやくその事実に辿り着く。
誰かに恨まれる覚えは無かったので、恐らく通り魔という奴だろう。
……まあ、聖人君子として生きてきた訳でも無いので、極々平凡なサラリーマンとして過ごしてきたつもりでも、知らず知らずのうちに刺されるほどに恨みを買っていた……という可能性もゼロではないか。
残業が長引き、終電を逃した帰り道。周囲に人気は無かった。
自分で助けも呼べなければ、誰かが近くを通りがかる可能性も低いだろう。
僕の背中に刃物を突き立てたであろう人間は既に何処かへ走り去ってしまった。自分を殺す人間の顔ぐらい見ておきたかったが、首を捻ることすら出来ない僕の視界に映るのはアスファルトだけだった。
―――ああ、有っても無くてもどうでもいいような人生だったな。
薄れゆく意識の中でそんな事を考える。
何の楽しみも情熱も無く、機械のようにルーチンワークを繰り返す日々。心が壊れない程度に苦味を薄く引き伸ばしたような生活。
僕が死んで悲しむ人間が一人も思い浮かばない事に少しだけ可笑しさが込み上げる。
希薄な交友関係。疎遠な両親。最後に仕事と関係の無い所で誰かと会話したのはいつだっただろうか?
社会人にもなって、自分から積極的に人と関わろうとしなかった末路がこれか。
―――まあ、気楽でいいか。
どうせ死ぬのなら未練が無い方が幾らかマシというものだろう。
夜の暗闇の中で、一人の男が20年程度の短い生涯に別れを告げた。
◆暗闇の中
『―――人界から神秘が失われようとしている』
曖昧な意識の中で声が聞こえた。男とも女ともつかない中性的な声だ。
声の主の姿を確認しようにも、辺り一面は墨で塗りつぶしたような暗闇で、自分の瞳が開いているのか閉じているのかも分からない。それどころか自分の肉体の感覚すら朧気だった。
声は続ける。
『忘れ去られた神々は信仰を失い消え失せた。森の賢者達は智慧を失い獣へと堕ちた。彼らを支える精霊達も大気に融け、遠からず姿を消すだろう』
見えない"何か"が救いを求めるように僕に手を伸ばした気がした。
『人素薄き魂よ。我ら霊なるもの達の王となってはくれまいか。どうか、寄る辺なき存在が安らぐ大樹となってほしい』
妙な夢だな。僕はぼんやりとした頭でそんな感想を浮かべた。
こういう状況なら普通は走馬燈のような情景が浮かんでくるものではないのだろうか。それとも人生において思い返すような出来事が何も無いからこんな妄想が溢れ出したのか。
まあ、悪くないじゃないか。
最期くらい誰かに求められるのも。それに応えるのも。自分にしては上出来だろう。
たとえそれが末期の夢だったとしても。
何故か声を発する事が出来なかったので、承諾の意を示すように僕は暗闇の中で声の主に向かって手を差し伸べた。
『感謝する、新たな王よ。願わくば世界に再び神秘と混沌を。荒ぶる生命と魂が輝く闇の時代を―――』
……何やら不穏な台詞と共に、曖昧だった僕の意識が急速に霧散していく。
本当に変な夢だったなあ。
今際の際にそんな呑気な事を考えていた。
◆深い森の中
目を覚ました僕は、ぼんやりと夜空を見上げていた。
―――何処だここは。
むくりと上体を起こして周囲を見渡す。
目に映るのは、自分が刺された路地裏でも無ければ病室でも無かった。
鬱蒼と生い茂った木々に、ここしばらく嗅ぐ事の無かった濃密な水と緑の香り。子供の頃に遊びに行った祖父母の実家の裏山が確かこんな雰囲気だっただろうか。
「あっ、そういえば傷は……」
直前の記憶を掘り返して、僕は慌てて背中に手を伸ばしてみる。ペタペタと刺された辺りをまさぐってみたが、それらしい傷跡や痛みは無さそうだった。
……というか、何か色々と変だぞ。
自分の両手をまじまじと見つめる。僕の手ってこんな小さかったっけ?自分の手の形をハッキリと覚えていた訳ではないが、こんなプニプニとした柔らかそうな手ではなかった筈だ。
「んっ、んんっ……」
喉か耳がおかしいのか、発声した声も妙に高音に聞こえる。
身にまとっている服も、着慣れた安物のスーツではなく薄緑色の羽衣の様なものになっている。履いていた筈の革靴は失われており、ツルッツルの白い素足が晒されていた。
……これ、僕の足?なんか短くなってない?
それに、さっきから視界に入って来る絹糸のような銀色の髪。それはどう考えても自分の頭から伸びているようだった。
いよいよ不安になってきた僕は、微かに聞こえる川のせせらぎを頼りに、音のする方向へ向かって歩き出す。舗装のされていない森を素足で歩くのは、安全面から考えるとあまり好ましくは無かったが、気にしている場合ではない。
月明りを道しるべに恐る恐る歩いていると、程なくして川辺に出た。多少は開けているが周囲に人の気配は感じない。誰か居ればこの場所について尋ねたかったのだが……まあ、居ないのならば仕方あるまい。僕は気を取り直して川に近づくと、水面を鏡にして自分の姿を確認した。
腰まで伸びた流れるような銀髪。
真紅に染まった宝石の様な瞳。
月明りを浴びて新雪の様に光り輝く真っ白な肌。
保護欲を誘う丸みと柔らかさを帯びた身体。
―――恐らく年齢10歳程度の妖精のような美少女が水面に映し出されていた。
「ウワーーーッ!!誰こいつーーー!?」
夜の闇に僕の絶叫が響き渡る。
すると、僕の叫びに応えるように、何やら空中に黒いガラス板のような物が突如として現れた。
「ひえっ!こ、今度は何っ!?」
予想外の出来事の連続に、僕は情けなく涙目になりながら腰を抜かして後ずさる。
よく見ると、ガラス板には何やら文字の様なものが書かれている。
……えっ、日本語じゃん。
僕は恐る恐るガラス板に近づくと、書かれている内容を確認した。
――――――――――
名前:なし
性別:女
種族:精霊
クラス:ダークロード
レベル:1
ちから:1
すばやさ:1
かしこさ:1
うんのよさ:5
――――――――――
ガラス板に描かれた内容は、所謂RPGのステータス的なそれだった。
「……これ、ひょっとして僕のステータス?」
水面に映った自分を『誰だ』と、問いかけた瞬間に現れた"
……というか、"性別:女"!?
僕は恐る恐る、身に纏った薄緑の羽衣の裾をたくし上げる。
"アレ"が無かった。
ついでに言えば羽衣の下は何も着けてなかった。
『人素薄き魂よ。我ら霊なるもの達の王となってはくれまいか』
脳裏に"夢"で聞いた言葉が蘇る。
……いや、あれは夢では無かったのだ。僕は頭痛を堪えるように指先で額を抑える。
ここまでお膳立てされていれば、自分の置かれた状況が嫌でも分かる。移動時間の暇つぶしに読んでいたWeb小説等でお決まりのアレである。
どうやら僕は異世界転生したようである。しかも女の子になって。